ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

玻璃の向こうに見えたもの

 

 ユーチューブのメイン画面を開いたら、検索したわけでもないのに茨城県内の神社をリポートする動画がいくつか表示されました。御岩神社とか大みか神社とか、まあ何をいまさらというものでしたがその中でひとつ、城里町しろさとまちの石船神社を紹介したものがありました。聞いたことがありません。森の中、暗い境内を川が流れる何やらゆかしい雰囲気、これは参らねば。


 城里町というのは水戸の西隣、平成の大合併前は常北町桂村七会村という自治体でした。このブログで触れたものでは水晶を探した高取鉱山や絶景を楽しんだ鶏足山七会村、フロラの神殿御前山が桂村です。私のフィールドがあるくらいですから、自然豊かな農村地帯と思ってください。中心地は旧常北町石塚。昭和の中ごろまでは行政・商業の中心として栄え、水戸からは鉄道が通じていました。まあそれも遠い昔、今はすっかり静かになってます。


 で今回の石船神社、旧桂村ですがまずは情報を仕入れに石塚にある町役場へ。地図があればいただこうかと。

 


 結局簡単な観光地図しかありませんでしたが、役場の裏に立派なスダジイの木が。「町の木」がスダジイというのはこれにちなむのでしょうけど、実はここ城里町は水戸より寒冷で、暖地の木スダジイにとっては生育限界です。頑張れ。

 


 とにかく産業と言えるのは農業だけ。水戸・笠間・常陸大宮といった賑やかな街に囲まれたドーナツの中心です。町は若い人向けの住宅地に活路を見出してます。これも頑張れ。

 


 薬師寺というお寺がありました。目立つ建てものは本堂と山門だけ。

 


 境内に痩せたボダイジュ。

 


 昨秋の果実がまだ落ちてました。これ全体でヘリコプターか竹トンボみたいにくるくる回って風に飛びます。

 


 石仏に刻まれたのは「享保」の元号。その時代にはさぞや賑やかな町であったろうなあ。

 


 いかんいかん、今日の目的はここじゃない。

 


 というわけでその名も岩船という神社の所在地に向かう途中の山間部、緑色の岩が露出した崖地がありました。

 


 崩落防止の工事をするらしいのですが、これは何だ、色からすると凝灰岩か。

 


 わざわざ車を停めて見てみたら、緑色は表面に付いた地衣類のせいでした。凝灰岩よりずっと脆そうな、あとで地質図で調べたらこれは砂岩だって。

 


 でもなかなか見事な露頭で

 


 岩場に馬頭観音の碑。石船神社なんてのがあるくらいで、磐座いわくら信仰の素地がある土地なのでしょう。

 


 岩陰に、あれは何だ。

 


 子安観音と二十六夜尊だって。二十六夜尊というのは常陸大宮市瓜連の常福寺におわす仏さまで、このあたりでも信仰されていたんですね。

 


 なんて寄り道をしながら到着、神社入り口。集会所があります。ここに

 


 いたあ。紹介動画にもあったキリン。昭和の時代にこういうのが流行ってよく公園や小学校に置かれてました。どういう経緯でここの門番の職を得たか、聞いてみたいものです。

 


 ああ、そんなウルウルした目で見るなよう。ちなみにチョウの翅の模様でこの目とそっくりなのがあります。

 


 さて参道へ。

 


 山の北側にあるここはすでに日の陰の中。空からの青い光で満たされてます。

 


 なんか祀られている。

 


 矢の根石とな。これ、先ほどの崖地の砂岩ではありません。花崗岩ぽい。はてどこから。なんて考えながら参道に戻って前を見て、思わずうわあと呟きました。

 


 青い風景の中、金色に輝く社殿が現れました。

 


 たまたま山の端から陽が射していたのです。が、こういう邂逅が偶然でなく必然であると考えてしまうのが私です。これは心して参らねば。

 


 お正月から間もないということもありますが、地元の人々によくお祀りされてます。これはよきお社です。

 


 で、拝殿の中に丸く仕切られて森が見えます。てっきり丸い窓があってそれを通しての向こうの風景と思ったら

 


 いきなり浅ましいおのれの姿が現れてびっくりしました。これ、鏡です。直径 80 センチはあろうかという巨大なもの。こんな大きさ見たことがありません。


 拝殿の鏡というとよく「ご神体」なんて言いますが、こういう古き神社のご神体はたいてい大岩か山そのものだったりします。Google のAIのよると「拝殿の鏡」は「参拝者が自分の姿を映し、神さまへの誓いや感謝を捧げる際に、心を整えるために使われます」と。この神社に関してはそう考えることにします。

 


 きちんと自分に向き合おう。

 


 拝殿の奥、これがご神体でしょう。さきほどの矢の根石と同じ岩質の花崗岩系と見えます。

 


 境内にある大岩もうひとつ。石船とあります。

 


 長辺3メートルの半月型、くぼんだ心央に水が溜まり空を映します。なるほどこりゃ船だ。神社の名の由来で、このあたり一帯の地名「岩船」にも関わるのでしょう。

 
 でもこれがご神体ではない。なぜ。 岩石としては矢の根石やご神体と同じものです。


 境内にはマンリョウ

 


 カラタチバナの園芸種。極寒と乾燥が水戸以上の城里町でしたが、良いものを見ることができました。

※ 当初キミノマンリョウとしましたが読者さまからのご指摘で訂正しました。ありがとうございます。

 


 帰宅後に地質図を見て気付いたことがあります。あの境内の三巨岩のことです。神社一帯の地質はやはり砂岩。ところが神社の向かいに見えた山、境内を流れる岩船川の上流になりますが、なぜかこの山だけが「 閃緑岩 」で出来ているんです。さながら天から降った玉石の如くに山ひとつだけ地質が違う。別名「黒みかげ」という花崗岩とよく似た岩石ですが、大海に浮かぶ小島のようにぽつんと。間違いなく、石船神社の大岩はこの山からの転石です。転がってきたんです、ごろんごろんと。


 さあそこで私の妄想が走り出します。なぜ「石船」がご神体でないのか。それは一万年ほど前、もうこのあたりは縄文文化が花開き、人々は豊かな自然を背景とした狩猟採集の定住生活をしておりました。やがて岩船と呼ばれるこの小さな谷にも小さな集落があって、その竪穴式住居の一つではスティーブさんの一家五人がいろりを囲んで談笑中です。


 前日までの雨で周囲はぬかるみ、外を歩くには苦労しそう。獣肉もどんぐりもまだ蓄えがあって食べ物には困りません。今日はのんびり過ごそうか。そう言い合っていた矢先、とつじょ地面が揺れ出します。地震の多い土地柄ですがいつにも増して長く、大きい。揺れが収まり、家を飛び出していたスティーブさんたちの耳に樹々のひしゃげる音が響き、地震とは違う振動が迫ってきます。そして …… 一瞬のことでした。眼前の樹々をなぎ倒して現れた巨岩が、そのままスティーブさん一家を家ごと呑み込んだのでした。巨岩は転がり続け、やがて対岸の山のふもとで止まりました。


 この、谷の天地をどよもした大災禍に集落の人々は恐れおののきました。そこで怒れる大岩の前に祠ほこらを建て、代々お祀りすることで鎮めようと考えます。大岩の外殻から剥がれた二つのかけらと共に。のちにこの地を平定したヤマト朝廷の神話の神が祭神として与えられ、祠の由来を知らない者たちが境内で目立つ舟形石を神社の名としましたが、大岩はそのまま祀られ続けたのでした。

 

             


 …… なーんて妄想が脳内に湧き上がる、実にナラティブ(物語的)な石船神社でした。ブログ記事ひとつもうけました。動画の配信者さん、ありがとうございます。

 

 

 


↓ 高取鉱山。最近転売目的の輩に荒らされたそうです。

↓ 鶏足山。

↓ 御前山。

磯崎新って知ってるかい

 

 磯崎 新いそざきあらたという建築家をご存じでしょうか。代表作のひとつとして茨城県つくばセンタービルが知られます。でも水戸の者には別の思いが。そうです水戸に

 


 コレを授けてくれた人です。

 


 亡くなって数年、そのゆかりの水戸芸術館で回顧展が開かれてました。すいませんもう閉会です、うふふ。

 


 東大建築学科卒で始めから人を使う身分、食うに困ったこともなく人に怒られたこともない、目立つ容姿で弁が立ち文才もある、まあなんとも可愛げのないお方。こういう、庶民が四苦八苦する浮世を高みから見物しているような身分の人もきっとこの世には必要なんでしょう。そういう視点でなければできない仕事もある。なんとなればこの大先生の作品、どれもこれも見事なまでに「 壊れ映え 」するんですうふふふふ ♪ さあそういう基準で見て参りましょう。

 


 平日なのに結構な人出です。会期が終盤ということもありますが、そのビッグネームぶりがよくわかります。皆さん水戸にようこそ。

 


 最初に触れねばなりません、水戸芸術館

 

      
 …… のタワー。もはや水戸のシンボル。以前にも書いたように「水戸で千年後にも残っている建てもの」の筆頭です。チタニウム製の外壁は三千度の高温にも耐えます。どうやって取り付けたのか知りませんがどうやって取り外すのかも、その費用を含めて想像がつきません。どんな状況になろうともこれはここに立たせておくしかないでしょう。周囲がガレキになろうとも。

 

      
 想像してください。この塔が苔むし、草葉で覆われ、途中から生えた何本もの木がにょきにょきと虚空に手を伸べる姿を。廃墟と化した水戸の街でチタン合金の駆体は朽ちることを知らず、ただ燦然とその雄姿を屹立させ続けるのです。ああ私にもう少し絵心があったなら。

 


 水戸芸術館は磯崎が好んだいくつもの様式の寄せ集めです。まあどれも贅を尽くした分、壊れた姿が絵になることでしょう。タイムマシンでその姿が見たいぞ、いや本気で。

 


 そして茨城ならこれも外せません、つくばセンタービル。私はこれの竣工直後に周辺をうろついておりました。ただ今のような視点は持ち合わせておりませんでしたので、心新たに再訪したい気分です。たぶん、磯崎自身が「廃墟化」をイメージしていると思う。

 


 この広場、戦隊やライダーのロケ場所として有名です。


 建築は実物を見ないとわからない。当然のことながらこの回顧展は模型展示が中心なので、どこまでその本質を捉えられるか。…… なんて難しいことは抜きで、感覚のままにシャッターを切りました。以下ごゆるりとご覧ください。

 


 空中都市。

 


 海上都市。ドバイにこんなのありますよね。

 


 これなんだっけ。

 


 これで一般住宅。施主が蒸発して実現しなかったと。こんな建物内に球を浮かべた構造、バブル期にあちこちで模倣されました。とどめがフジテレビか。

 


 北九州市立美術館。

 


 大分県医師会館。現存しないそうです。すごく気に入って何枚も撮ってしまった。

 


 ディズニーの本社ビルだって。うん、アンチディズニーの眼には廃墟が見えるぞ。

 


 東京都庁コンペ出品作。落選前提で、敢えて超高層という条件を無視して。けっこう骨のあることしますね。実現した双耳峰ビルより、この方が重々しくて都庁らしくも思えます。


 いま評判(らしい)隈 研吾の建築を、読者の方に紹介されて以来いくつか見に行きました。磯崎と同じ東大建築学科卒の建築家です。何というか、その設計の「理」は伝わるし、よく「計算」がなされているのもわかります。でもそれ以上がなかった。私のゴーストを震わせるものがない、言い換えれば「壊れ映え」しない建築でした。磯崎 新にある無駄とかバカバカしさがなかった。時代が違うし予算のケタも違う、仕方のないこととは思います。いや本当に磯崎センセーときたら

 


 どーすんのよこんなもん建てて。

 


 壊れ映えとは別に、個人的に心動いたもの。砂漠に建てた方丈、3 m × 3 m 。生活は無理でも、好ましい建築と思えました。何百億円の仕事ばかりじゃないんだ。深いなあ。

 


 ちなみに建てものが廃墟となり草木を生やした姿、超が付く現実主義者の我が家人には想像できないというか、理解できない概念のようです。読者の皆さまはいかがでしょう。

 

 


↓ 壊れ映えとは。

悲報聖地河原

 

     
              封印の聖地。


 封が解かれる3月末日まで間がありますが、様子を見に行ってまいりました。いかつい警備員さんにお声をかけてみます。

 

   

 工事は順調ですか? その…… 予定通りに4月には河原に降りられますか?

「ダメだね。7月になりそうだ」

 

 えええええ

 

「全然工事が進まないんだよ」

 何かあったんでしょうか。

「この(と作りかけの堤防を指して)土がないんだ」

 土?

「ああ、この土は混ぜ物をして作んなきゃならないんだけど、それが届かないんだ」

 あちこちで堤防工事してますからね。

「ここも3,4ヶ月は遅れそうだよ」


 聞けば、もう何年もこの堤防工事の警備をしているのだと。大きな体と真っ黒に日焼けした顔。職務に合ったお姿ですが、きちんとお話のできるまともな方です。
※ すいません微妙な物言いになりました。永らくまともな会話が成立しない「団塊の世代」を相手にしてきたものでついこんな。決して職業に偏見はありません。

 

 ここの河原を楽しみにしていたんですが。

「ここはけっこう流れ着くからね。しばらくは降りられないから、別の河原や沢で探すといいよ」

 

 …… おいおいおい、私はひと言もメノウなんて言ってないのに。

 

 メノウ拾いだっておわかりだったんですね。

「いっぱい来るからね。みんなここで帰ってもらっているんだ」


 メノウ目的の方がみな我が信徒ばかりではないでしょうから、封印を知らずに来る方も多いのでしょう。ましてやバーベキュー客はいつも通りに来るだろうし、素直に言うことを聞く者ばかりではなかろうに。ああ、聖地の門番とは大変なお仕事です。深く頭を下げてお別れしました。


 さてしかし困った。ゴールデンウイークはおろか夏休みまでも聖地で信徒の皆さんと交流できないことが判明しました。せっかく「久慈川メノウ教」という気宇壮大な風船がいいあんばいに膨らんでたところなのに。

 


 それよりどうすんだよーこのお供物用のメノウの山をー。工事が予定通り終わったら置く日時を予告して、もし読者さまにお会いできたら直接お渡ししようと思っていたのにー。半年先までなんて庭に置いておけないよー。まだ増えるだろうしー。

 


 このまま布教を休止するというのもちと寂しい。代替地を考えております。現時点で最有力なのが8キロ上流の山方宿「神奉地」の河原。ね、聖地っぽい名前でしょ。コンビニもトイレも駐車場もあって、何より水際まで車で行けます。ここも工事が入ってましたが最新の状態がわからないので、あくまでも候補です。読者いや信徒の皆さまで、もっといい場所をご存じならコメントでお知らせください。とにかく私の記事を見て久慈川に、メノウに興味を持ってくださった方に、間接的にせよご奉仕したいと思っております。


          神奉地の河原、2023 年の様子


 改めて申し上げ、ご注意を喚起いたします。


 聖地河原、2026 年7月まで封印です。降りることができません。
 物忌み明けのその日までどうか忍耐のほどを。
 現地の情報は随時ご報告いたします。

 

 


↓ ホントびっくりしたなあ。

↓ 神奉地ご紹介。淡水魚館はもうありません。

玉川荒らし

 

        


 父の退院と施設への入所、その準備やら日程調整やら大いそがしでしたが、ようやく道筋が立ちました。ほっとして眠りに就いたその夢の枕元でモクズガニがごそごそと歩き回ります。玉川でよく見かけるもの、これはきっとかの地へのお誘いに違いない。少なくとも2ヶ月ぶり、様子を見にいきましょう。

 


 おお、のどかじゃのう。北風きついけど。

 


 こんな用水路も探しますが

 


 ドブガイがいただけ。

 


 ここはどうだ。過去にあまり戦果がなかった場所です。

 


 びっくり。こんなとこにも先行してメノウを拾う人が来てました。小さな玉髄のかけらが河原に集められているのは、先んじた人が置いていったものです。私もよくやります。以前も書いたけど、「お先に失礼しました。これは私には不要のものですが、よろしければどうぞ」、もしくは「ここのいいモンはオレが先にいただいたぜひっひっひ」という意味になります。ここでぐぬぬ、とか言ったら負けですよ。メノウ拾いの極意 ① 人には必ず目こぼしがある、② 雨が降るたび石は動く、さあ。

 


 ほらね。まあみな透明で薄っぺらく、特に晶洞とかの景色もない。

 


 先程の置きメノウの上にどかん。メッセージの上書きです。これで「ジノ、参上!」という意味になるのだ。ふふふ。

 


 一つだけお小言、言わせていただきます。崖のちょうど目線の高さに横一筋、メノウの脈が入っている場所があります。鉱物愛好家には仕方のないことかもしれませんが、ここをカチ割っていく人がいるようです。地元の人の車が通る生活道路沿いで、さぞや目立つ行為だったことでしょう。このような岩脈部分だけを削るとそこから上が崩れやすくなります。袋田の方で実際に崩れた場所を知ってます。メノウ拾いが玉川周辺の人々に白眼視されたら大変です。玉川遊びの鉄則、地元民に迷惑をかけないこと。地元に嫌われるのはメノウに嫌われるのと同じです。

 


 なんてぶつぶつ言いながら用水路をばちゃばちゃ歩いていたら、底のコンクリ上に足跡が。タヌキかな、と当初は思ったのですが5本指の跡がしっかり付いていることからこれはイタチだと判断しました。ちょろちょろとあぜの草むらを走る姿を玉川ではよく見かけます。冬でも水の中を歩いてエサを探すんだ。野に生きる厳しさを思います。

 


 そんなこんなでこの日の戦果ぁ! 後の人のことを考えて数はセーブしましたが、大柄なのが多いなあ。その一方で玉川らしい赤い縞模様のは一部です。いくつかピックアップしてご紹介を。

 


 1 0 センチ四方という大きな玉髄。

 


 「赤くないのは拾わない」という玉川じぶんルールを破ったのは2面に開いた晶洞があったから。おおおそこから中を覗きたいぞお。…… で、覗いたんだけど面白い景色はありませんでした。

 


 ぐちゃぐちゃっとした玉髄。久慈川本流によくあるタイプですけど玉川では珍しい。
 


 ただ蛍光では見るべきところも。

 


 今回いちばん赤かったやつ。

 


 最近このレベルの玉川らしい赤縞メノウが少ないなあ。

 


 これまたぐちゃッとした晶洞メノウ。

 


 これも接写・蛍光・微結晶と部分をつまめば見どころはあります。

 


 珪化木。キリがないので拾わないようにしてますが、このように年輪や木目がくっきり残っているのには弱いなあワタシ。教材になるかななんて。何だよ教材って。

 


 こちらは晶洞の仏頭状構造でアピールしてきたので連れ帰りました。ごめんね、構造が複雑でクリーニングしきれなかった。

 


 お次は晶洞部分だけがカポッと外れたやつ。

 


 透過光でもきれいで、もちろん蛍光します。

 


 でも今回最高の逸品はこちら。左右 1 3 センチあります。

 


 全面ぶつぶつ! ああどうしよう私を狂わせるぶつぶつが見渡す限りに。

 


 しかもこのツヤ、この光。

 


 拡大すれば虹の七色を放っているのが見えます。これはもう ぶつぶつ様 とお呼びして神棚に鎮座していただくしかないぞ。

 

 


 あ、父です。日常生活すべてに介助が必要ですが、アタマははっきりしていて食欲も旺盛です。でも病気が見つかって、人生の最終局面であることが判明しました。

 


 私にこの人生をくれた人です。だから今は恩返しの日々。


 静かなたそがれであらんことを。

 

 


↓ ご高覧あれ。

↓ 怪しいことも言ってます。

大洗どどーん

 

 はい今回は掌編です。5秒で読み終わりますよー。


 朝早く常澄つねずみに行く用がありました。水戸と大洗の間の、広大無辺に田んぼが広がる土地です。縄文時代は海の底、今は水戸市の一部ね。

 


 かなたに筑波山。遠く遠くあの山の端に陽が沈む壮大な夕景に息を呑む、ここは関東平野の北東端。


 さて時間を持て余すという贅沢極まる境遇です。あ、無職って読み替えていいのよ。その時間の有効利用、久しぶりに大洗海岸に出てみましょう。

 


 神磯みいそどどーん。神さまが降り立ったという岩場です。当地にしてはかなり波が穏やか。カモメがいい絵になってます。ここも元旦にはものすごい人で、みんな朝日と鳥居を写真に収めようとしただろうなあ。

 


 岩は新生代第三紀の礫岩れきがんで、化石も貴石も含まずまあさして面白いもんでもない、なんて言ったら怒られるかな。…… 以前、大波打ち付ける沖の岩場にゴムボートで渡って釣りをする人を見ました。何も釣りに命をかけなくても、と思ったものです。

 


 で、大洗海岸。その礫岩由来の丸まった石が波に洗われています。ここでメノウやシーグラスが大漁!という記事や動画が流布してますけど、たぶん夢でも見たんでしょう。ここは決して「ある」場所ではない。

 


 と言いつつ探しましたが、小さなメノウ粒ひとつ。これ一個ではとても「ある」場所とご紹介できません。拾い物が目当ての皆さん、お気を付けを。


 拾い物で大切なのは「場所」です。トンチキな場所で無駄な労力をかけることはない…… というのが定石ですが、まさかここでというイレギュラーがあるのもまた事実です。何の話かというと、行きつけの海岸で意外なものを拾うことが昨年あったんです。

 


 サントリーレッドの 180 ミリリットル瓶! うわあ懐かしい、半世紀前の宇津井健のCMを曲付きで思い出すぞ、たぶん昭和を生き抜いた人にしかわからないだろうけど。波の荒い茨城の海では古瓶はすぐ砕かれてしまうのですけど、砂の中に埋もれることで守られていたようです。…… え?今もこれ売ってるの?

 


 もっとびっくりしたのがこれ、サザエでございま~す。西南日本の皆さんにはなんだ珍しくもないと思われるでしょうが、もともと茨城にいなかったものでございます。図鑑には「房総半島以南に分布」とあります。イセエビといいホラガイ(ボウシュウボラ)といい、南の生物が最近はデカい顔してのさばっています。どうでもいいけど、サザエの漁業権ってどうなっているんだろう。

 


 冬は昼間の潮があまり引かないので、海に足が向きません。風寒いし。冬でも以前は夜の平磯海岸に出て、バフンウニやらクモヒトデやらタコのロレンツォやらを捕ったものです。大潮の岩場にあるときはひとり、あるときは仲間たちと。今はただ懐かしい。

 

 


 ※ サントリーレッドのCM、ユーチューブで探したのですが大原麗子のばかりが出てきました。あうう。

 

 

 

↓ タコのロレンツォ。

かみね動物園の一日

 

 茨城生物の会、2025 年最後の観察会は

 


 日立市かみね動物園 いやあ燃えるなあ。会員にここの獣医さんがおられて、便宜を図ってくださったようです。ありがたや。

 


 まずはレクチャーを受けて

 

  
 時節柄、県内のクマ情報もパネル展示してありました。

 


 茨城県では最古にして最大、かみね動物園。全国規模の知名度がない最大の理由は「市営」だから。その存在意義はあくまでも地元の人々への還元。不要な宣伝はしなくても地元民ならみな知っていて、県内の子供会や幼稚園、小学校の遠足の欠かせない選択肢になってます。1956 年に都市公園法の適用を受け翌年開園。当初の飼育動物は4種7頭でした。今や 70 種 500 頭。ジャイアントパンダはいませんがレッサーはいます。ゾウキリンカバサイトラライオンと押さえる所は押さえています。20 年ほど前に旭山動物園の改革が評判になってドラマや映画が作られたとき、その旭山の改革前の古い施設としてロケ地にされたこともありましたが、このかみね動物園も次々と建て替えが進みアップデートを続けています。地元民の支持が根強く、個々の動物の出産や死は地域ニュースのトップになります。私も誰かに連れられ、のちには家族を連れてもう何回訪れたことか。楽しい思い出ばかりで、その名を聞くだけで高揚…… というよりむしろ、郷愁が胸を覆います。ああ、歳をとったなあ。

 


 日立市の鳥ウミウ。日立で捕獲されたウが、全国の鵜飼いに使われます。

 


 逆光だあ。

 


 そしていよいよ獣医さんに連れられバックヤードの見学、まずは動物園のアイドル・ゾウの飼育舎へ。

 


 途中の水槽にいきなり鼻だけ現れてびっくりした。

 


 ゾウのごはん。

 


 ゾウのふん。軽くて臭くありません。

 


 ゾウの歯。

 


 現在メス2頭が暮らしています。ゾウの世界もいろいろあるようで、元は仲が良かったのが一方が他方をいじめるようになり、分けて飼育するようになったとか。うーむ。

 


 はちゅウるい館。← ホントにこういう表記 バックヤードでは貴重な種の増殖に取り組んでいますが、盗難を警戒して撮影は遠慮するようにと。この手の「マニアに売る」ことを目的とする泥棒こそが、全国の飼育施設最大の敵になっています。メルカリめ。

 


 コツメカワウソの5人家族。子どもたちは生まれて日が浅く、先日公開されたばかりなのがNHKの地元番組で紹介されてました。

 


 チンパンジー舎にて。一頭のチンパンから妙な目線をいただきました。じーっって。え?わし? わしなんかした? …… じーっっ。妙にヒトに似た生きもののこういうところは苦手だなあ。

 


 ニホンザルは、そういえば昔「保和苑」にもいたっけなあ。エサやろうとして引っ掻かれたよなあ。キライだよお前ら。

 


 タイムリーといえばタイムリー、クマ舎に人だかり。ツキノワグマもヒグマもいます。

 


 またまたバックヤード、マテバシイの枝が積み上げてあって、なんとキリンのエサだって。園内に生えていて地産地消

 


 お肉は日に当て解凍中。トラとライオンとジャガーのごはんです。猛獣舎その名も「がおーこく」のバックヤード。

 


 これがトラの寝床かあ、なんてのんびり見ていたら

 


 金網の向こうからトラさんに睨まれてました。おおこわ。飼育員さんは必ず二人一組で行動し、万が一にも事故が起こらないように注意しています。あちらさんから見たらエサだもんなあ。

 


 ジャガーにも睨まれた。

 


 このあたりで観察会は解散でしたが、もちろん私は帰りません。まだまだ見るべきものがある。楽しい記憶を伴っていたり、新規の施設に驚いたり。

 


 竹や木材が積んであります。昆虫に冬越しの場所を提供しています。実はこれ、例の獣医さんのしわざなんです。哺乳類も昆虫も大好きという得難い人物で、フラミンゴの池でトンボ捕っていたりするらしい。結婚してお子さんもいるんですが、パパが動物園の獣医だなんて最高ですねえ。きっと自慢に思っていることでしょう。

 


 動物園。その言葉の響きに子どもたちは高揚し、大人たちは郷愁を感じます。この茨城県随一の動物園が未来永劫続くことを祈ります。

 


 人気者・キリンのもぐもぐタイム。さっき見たのはマテバシイの葉でしたが、この時はシラカシを食べてました。日本の木の葉でいいんだ。コアラみたいな偏食でなくてよかった。

 


 シマウマ。あの毛を剃ったら白いんだっけ? 黒だっけ?

 


 クロサイ

 


 サイの亡くなった個体があって、献花台が設けられてました。ここの動物たちは一頭一頭が市民に愛されています。…… 私が死んだら、こんなにお花もらえるかなあ。

 


 これも人気のカバ。

 


 カバ舎の前にはずっと昔から直営の売店・食堂があって、自分が子どもだった時も、自分の子どもを連れてきた時も必ず利用してました。思い出がいっぱいの場所です。

 


 これで動物園のお話は終わりですがもうひとくさり、お付き合いください。動物園だけじゃないんです。ここは市営の広大な総合レジャー施設、動物園のほかに小さな遊園地、大きなレジャーランド、年間利用できる市民プールなどを備えてます。いずれも低料金で気軽に楽しめます。海に向かって突き出した山の上という最高のロケーション。これを 1 950 年代に構想した日立市って本当にすごい。あ、桜の名所でもあります。

 


 動物園に隣接した小さな遊園地、入場は無料。親子連れで楽しめます。ここにも楽しい思い出がいっぱいです。

 


 山の上にあるレジャーランドは大人も楽しめます。

 


 ジェットコースターは大人気。自分でペダルをこいで軌道を行く遊具もありますが、なんせ山の上なので実際の遊具の高さよりも高所感があります。海を見ながら空を飛ぶ感覚です。

 


 展望台からは東に太平洋(すいません、写真撮り忘れた)。

 


 北と

 


 南に幅2キロの日立市街。

 


 丸いドームはシビックセンター。

 


 西は山。一番高いのが神峰山、そこから海に延びる稜線の先端にこの公園はあります。

 


 これは…… 恋人たちの聖地ってやつか。市は扱いに困ってます。

 


 恋人どうしでも、家族でも、いつ誰と来ても楽しめる都市公園です。

 


 さて至福とも言える追憶と発見と、楽しい思い出を上書きできたかみね動物園訪問記ですが、最後にひとつオチが付きました。これが 1 2 月7日の日曜日だったのですがその翌日の夜、発熱したんですワタシ。我が家で猖獗しょうけつを極め、父の命運を少し早めてしまったインフルエンザのその始まりでした。その後のことはもう記事にしたので再録は避けますが、疑問が残りました。どこで感染した?


 いつ、というのはこの日曜日で間違いありません。どこで、です。この日は朝8時に町内ボランティアの清掃活動をしてすぐ日立に向かいました。清掃は人との距離を置いた野外作業でしたから可能性は低い。動物園で、と考えるのが自然です。人込みもあったし室内研修もあったし。誰からだろう。無症状の人もいるから特定は無理だろうな。


 そんなことをつらつら考えておりましたら、突如フラッシュバックのように浮かびました、あのチンパンの意味ありげな目つきが。

 


 奴だ。奴が呪力でウイルスを私に差し向けたのだ。


 思うにかのチンパンジーは、群れの中のいちモブを装っておりましたが、実はチンパン界のシャーマンだったに違いありません。ぐぬぬ、エテ公と思って油断した。そもチンパンジーは人間と 97 %のDNA(ゲノム)を共有しています。オスの成獣が直立すれば 170 センチ、腕の骨の太さはヒトの3倍、握力は 300 キロ。組打ちしたら負けます。精神の領域でも我々を凌駕している可能性を否定できません。おのれチンパンジー

 


 悪ノリはこれくらいにしますね、ふふ。

 


 かような妄想が炸裂するほどに、かみね動物園は停滞していた私の前頭葉に活力を与えてくれました。疲れてる皆さん、いかがですか。私には心から楽しめた動物園体験でありました。

 

 

 

 

来し方の幻影

 

 また大仰なタイトルですいません。昨年秋から冬にかけてのおさんぽ記録です。

 

     
 水戸で最後までアーケードのあった南町三丁目、そのアーケードの明かり取り部分がすべて取り払われました。もうただの鉄骨です。これからは夏の日差し、降りそそぐ雨、恐竜滅ぼす隕石、そんなものが容赦なく歩道に落ちてきます。

 


 撤去前の9月の頃。歩く人々がアーケードの作るわずかな日陰を頼って右に寄っているの、わかりますか。こんなものでも役に立っていたんです。アーケードは全国規模で消えつつありますけど、それではいよいよ冷暖房完備のショッピングモールに台頭されることでしょう。バブル時代、定価売りで濡れ手に粟の大儲けをしては豪遊していた商店主たちを知っています。それでも町全体でショッピングセンターとして機能していたものが、各商店の放漫経営でみるみる衰退したその象徴がこのアーケードだと思っています。

 

       
 選挙がありましたよね。その時のこのポスター、空前絶後のセンスの悪さです。中学生が考えたレベルのコピーと、一見して子供じみた党首のポーズ。誰も指摘しなかったんだろうか。いえこの政党にはなんの興味も恨みもありません。ただ選挙で大敗した事実とこんなポスターを街頭に貼り出す感覚には深い関連があると私は思います。ねえ新しくなろうよ。

 

    
 こんな車も入れないような小径を見ると歩きたくなる。悪い癖です。

 


 メガドンキのかつてロッテリアがあった場所。何だよゼッテリアって。何の冗談かと調べたら運営会社が変わって「高級志向のバーガー屋」に生まれ変わったようです。店名改悪と高級志向、死亡フラグを二つも立ててまあ。ちなみに値段が高いだけのただのハンバーガーでした。

 


 市民のいこい、千波湖

 


 人と世の盛衰に関わることなく、私は歩き続けています。

 


 ポスターもゼッテリアも、本気で考えた結果ではあるんだろうなあ。ただ関係者に現場思考のできる人がいなかっただけ。

 

   
 どこへ行くのか、何が残るのか。想像力に欠ける人が増えたとは思います。

 

  
 私はこんな無機質な風景にだって想像力を掻き立てられるのですが

 


 アンデシュ・ハンセンの世界的ベストセラー「 スマホ」は、iPhoneが爆発的に普及した 20 1 1 年からわずか8年後に出版されていますが、SNSの危険性やら子供の知能低下やら、そこに書いてある警句はいよいよ現実化しています。ちなみに第7章のタイトルは「 バカになっていく子供たち 」。

 


 スティーブ・ジョブスが自分の子供にはiPadの使用を厳しく制限した話はご存じですか。子供が悪いんじゃないんです。スマホ、そしてSNSにいやでも触れねばならないこんな世界が悪いんです。今の子供たちを本当に気の毒だと思います。

 


 私は知能よりも、ヒトから感性が失われていくのが恐ろしい。この空をああ美しいと見上げるよりも、ひたすらうつむいてスマホの画面をタップしている。重症者ではひと画面当たり4秒以下。感性も思考も入る余地はありません。

 


 これも実証されている事実ですが、スマホを見ている間は人の創造力や感情制御を司る前頭葉の「 背外側前頭前野 」が活動しません。ぼーっとしている時よりも活動が低下する。そして習慣化することで脳の発達が停止する。驚くべきことに見ているものが学習アプリであっても害は同じです。作家の赤川次郎さんは多作で知られていますが、その底なしの創造力を支えているのは「手書き」を続けていることだとか。そういえばスマホで「執筆」するラノベ作家に大成する人が少なく、その作品も他人のものの焼き直しがほとんどというのもうなずけることです。

 


 水戸の大通りが草ぼうぼう。南町のカド、かつてデパートがあり今はスポーツドームと屋台村みたいなのがある場所です。おしゃれといえばおしゃれな一角、でも従業員の誰も目の前の草取りをしようとしません。想像力と感性の欠如の見本だと思います。

 


 芸術館前、ガンダムマンホール。今ごろこんなものを、とは思う。

 


 見つけてしまった、意外な自撮りポイント。横断歩道の途中からしか写せないのが玉にキズ。

 


 1 1 月末、サッカーファンは盛り上がっておりました。

 


 彩雲。

 


 朝、遠くのマンションが曙光を返してきます。この季節だけの朝の光です。

 


 北から雲が流れてきました。栃木に雪を降らせた雪雲の成れの果てです。

 


 いつも利用する駅ビルスタバのお気に入り席から。落ち着いて座れる席で、最近の記事はここでメモ帳(紙の)に書いてます。周囲のお客さんはみな若い人で、必ずスマホタブレット、さらにはノートパソコンまで開いていたり。昔は私もそれがスタバのルールと思ったか、かっこいいと考えたか、電子機器を持ち込んでみましたがどうも効率が悪い。こと文章に関しては「書けなく」なることに気づきました。前述の件だと思います。今はひたすら紙とペンを使ってます。

 


 夕照筑波山

 


 その夕空を映すマンション。

 


 ザ・ノースフェースの手袋が落ちていた。とにかく上から下までこのブランドで身を固める人がいて、何がとは言いづらいのですが心中ではこういう方々を軽んじてしまいます。

 


 駅前カラス。こいつは一人の男性にまとわりついてエサをねだっていました。そういえば私も駅前でカラスにやたら話しかけられたことがありましたが、同じ個体でしょうか。

 


 駅前からの景観をひとりブチ壊していた赤ビルが解体されて、角櫓すみやぐらがすっきり見えるようになりました。

 


 
 その赤ビル跡。地下2階まであった怪しのビルはようやく姿を消しました。

 


 改札前でふと気づいたんですが、広告が学校と神社ばかり。教育と神頼みか。地方都市の現実を垣間見てしまったような。

 


 水戸ホーリーホック、J2優勝とJ1昇格おめでとうございます。J1は同じ茨城のアントラーズ優勝で幕を閉じたし、まあめでたい。都会ならともかくこんな地方でJ1チーム2つって、いいんだろうか。

 


 図書館前、ケヤキはほぼ落葉しました。赤いドウダンツツジはどうする気だろう。

 


 寒風吹く那珂川の堤防を、久しぶりに帰路に選びました。良く晴れた、これが関東の年の瀬。彼方に見える雲の壁は、今まさに栃木県より北に雪を降らせている雪雲の上端部。こんな風に見えるのだ。

 


 泉町のこんぴらさま。新年の準備も整って、水戸の街の年末です。

 

 


↓ 昨年末も同じような写真撮ってた。