ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

初崎海岸シーグラス、2026 春

 

 冬の嵐で砂浜の消失した初崎海岸。4月に入って何度か春の嵐が過ぎゆきました。冬の嵐と春の嵐、風向きや潮が違います。これは期待していいかな、と出向いていきますと


 復活。露出していた基岩は砂と小石で埋められておりました。

 


 ああよかった、久しぶりに初崎ファンの皆さまに朗報をお届けできた。

 


 もちろんシーグラスもあります。

 


 とはいえ以前を知る身にはまだ完全復活とは言い難い。あと何回かの嵐を経て、GWまでには期待できる状況になるかと思います。きっとここを訪れるたくさんの人が良い思い出を作ってお帰りになることでしょう。

 


 今回ここでの採取は控えました。資源保護というよりは、シーグラスが戻ってきているというその事実のみでお腹いっぱいです。それにこの状況なら、シーグラスは海からどんどん供給されます。どうか焦らずに。

 


 階段下もこれこの通り、ほぼ砂浜と繋がりました。たくさんの足跡、多くの人に愛される海岸です。素直に復活を喜びたいと思います。

 


 最上段、誰だよこんなの置いたのは。

 


 そりゃ本物の犬もびっくりするわい。…… こういう楽しいシャレがあるのも初崎ならでは。まだここは、心に余裕のある方の社交場です。

 


 今回うれしかったこともうひとつ。浜に座り込んで砂を手に取り、丹念に吟味する男性。シーグラスかと思いお声を掛けたら、なんと高温石英を採りにおいでだそうです。うおおお高温石英。ここでその語を発する者が私以外にいようとは。…… あ、お写真はもちろん許可を得て撮らせていただきました。

 


 そうですここはガラスの如く透明な高温石英の産地です。周囲の砂岩に含まれます。乱暴な人はその岩をハンマーでぶっかいて母岩ごと持ち帰ります。砂の中から拾い出すなんて優雅なことのできる人を、もちろん私は好ましく思います。お邪魔したくなかったので会話は最小限でしたけど、もっとお話ししたかったなあ。


 さてこれも含めて、春の嵐のあとの海岸をあちこち歩き回りました。日立の海で見たものをいくつか。

 


 なんかある。

 


 おおお何だこりゃ。「犬の骨石」と名付けました。鉄臭がするのでたぶんボルトとナットなんだとは思います。思わず持ち帰ってしまったけど、時間をかけて「塩抜き」しないとすぐボロボロになります。ううむどうしよう。

 


 形は似てるけどこれは巨大、砂に埋もれた部分を含めると 10 メートルはあろうかという流木です。問題がひとつ。

 


 見た目は木ですけど、ものすごく硬いんです。ひょっとして珪化が始まってる? プレ珪化木? だからといってまあ、この大きさではどうしようもないんですけど。

 


 遠くの海岸が赤く染まってます。なんだろう。

 


 うわああ、海藻です。紅藻という分類の、食用になったり寒天の原料になったりするもの。4月は海藻が育ちきって枯れたり千切れたりする季節です。そのタイミングで嵐が来たのでしょう。とはいえものすごい量です。踏み込むと長靴がずぶずぶとくるぶしまで沈みます。百トンとかじゃきかないこの紅藻、どうなるんだろう。ゴミやら何やら巻き込んでますから利用は難しいでしょう。浜辺の虫が食べるでしょうけどまず食いきれない。となると …… 腐るのか。これぜんぶ。臭気だけでもとてつもないことになる。しばらくここには近づかないようにしよう。

 


 赤くなったドーバー海峡、なんちゃって。これこういう地形じゃないですよ。平らな砂浜です。海藻がどうしてこんな風に積み上がるのか、私には説明できません。

 


 わーすごい。そばで見ると迫力あります。

 


 これがぜんぶ海藻なんだから。

 


 幅広のと細いのと、少なくとも2種類あります。ごめんなさい海藻は専門外なもので。

 


 こんなものも見ました。消波ブロックの間で波に煽られ行きつ戻りつするカラーボール。時を経て黒ずんだコンクリの中で、青があまりにも鮮やかで

 


 子どもがひとり、波に遊んでいるように見えたのです。

 


 変なもん拾った。これが石なら大発見でしょうけど、ものすごく軽い。

 


 たぶん塗装工場の壁とかに塗り重なった塗料が川に流されたものでしょう。工業都市・日立の海岸にはスラグやらプラスチックやらの廃棄物が流れ着きます。面白いものも多々あるのだ。

 


 シーグラス、初崎では遠慮しましたが、私がかの浜で集めるのはミリ単位の丸くちびたもの。窓とかびんとか、元の形象が残っているガラスは拾いませんでした。しかし「瑠璃の宝石」以来、シーグラスはいつか枯渇する時代の遺物と認識するようになりました。で、海岸によってはこのような大きなものが集積する場所があります。今回は拾い集めてみました。

 


 わああ、厚みが1センチ以上ある謎のガラス片。あまり波に削れてないのは硬さゆえか。これも持ち帰りです。

 


 ひっくるめて、これがこの春のシーグラス。収集というよりは記録が目的でしたが、ご覧に入れたく存じます。

 


 大きいの、赤青黄色の、というのが選んだ基準です。手と比べてみて。

 


 個人的には青が好き。

 


 蛍光はこんなもん。右端の明るいのはガラスというよりは表面の被膜が光ってます。左下のはプラスチックと思われる。

 


 この2つでしょうか。1つ目のは珍しい青色、2つ目のはウランぽい色でした。

 

 


 初崎海岸、これからも浜が消える事態はありそうですが、お役所がおかしな管理や商業主義に走らない限り、ここを愛する人々が絶えることはありません。自然の流れに従う今の姿であり続けることを、切に祈ってやみません。

 

 

 

 

↓ 高温石英から始まった。

↓ シーグラスのご紹介はおもに接写でした。

春の沢に呼ばれる

 

 3月 20 日・26 日の記事でご紹介したメノウの、その探索行レポです。

 

 3月も半ばの頃、呼ばれました。久しぶり、沢に拾いに来いと。


 この呼ばれるという感覚をご理解いただくのは至難であります。ただ単なる内的欲求か、本当にオカルト的なものか。いずれにせよ、ご託宣には従います。これまでも私の奇跡的なフィールド運を支えてきたものですから。それになにより、うふふうふふうふふふふ
 

      
 長靴を新調したのだ。前から欲しかったアトム・グリーンマスター。ウェットスーツみたいな素材で、軽くて、フィット感があって、なによりかっこいい。ホームセンターの長靴より二、三千円高いのだけど、かっこいい私をフィールドで支えるのはキミしかいない、うふふうふうふ。さあ新長靴よデビュー戦だぞ。


 私の言う「メノウ拾いの沢」は茨城県北部、久慈川東岸の溶岩と火山角礫岩が積み重なった地域に散在しています。広大な岩塊のどこにメノウの脈があるか。知られた場所はだいたい採り尽されています。新たな鉱脈を探してあちこちをさ迷い歩く、これぞ冒険。ジジイだけど、冒険に年齢制限はないのです。

 


 茨城県の自慢そのいち、道路総延長北海道に次いで全国2位。どこまでも道が整備されてます。そもそも険しい山岳のない茨城には人の住まなかった土地などないのだ。風と共に突き進むのだ。

 


 そして道と風の尽きるところ、こういう谷が私を待ってます。勇躍分け入ってお宝を探すのだ。…… とはいえ何も戦果のないことがほとんど。こうしてハズレを引きながら真理に近づく、こういう過程が楽しいのです。

 

     
 そうしてたどり着いたのが先の記事でご紹介した谷でした。

 


 幸運にもここはまさに鉱脈の真上、大きな玉髄が転がってました。現場の様子や持ち帰ったメノウの蛍光写真はもうお見せしたので、くどくどは申しません。

 


 途中、沢を切るような小滝。固そうな岩の、この壁は溶岩の固まったものかもしれない。この地域で滝といえば袋田の滝、あの棚段になっている部分が溶岩です。固い溶岩と比較的もろい火山角礫岩が交互に重なったところを川が侵食してあの段々を造りました。

 


 ちなみにこの滝の周辺にもメノウ脈があります。


 この沢はこれで切り上げました。河岸を変えて探索を続けていると

 


 おおおメノウ脈。落ち葉に隠れていました。

 


 周囲からはカチ割られたかけら。ここは誰かが先に到達した露頭です。

 


 わあい昇華したような仏頭。これはお持ち帰りです。

 


 これで今日の運は使い切りました。あとはガツガツせずに行きましょう、というので古いメノウ鉱山跡へ行ったのです。

 


 道に転がるズリ石にもブツが。まあ捨てられるくらいですからそれほどの質でもありません。この地の風景の一部ということで。

 

     
 さて次のここは何度目か、私には既知の場所です。とても良い「気」が流れる谷。

 


 水面の美しいことよ。

 


 メノウがありました。

 


 それは沢の合流点。私には未踏の沢です。遡上したかったのですが今日は大ナタの装備なし。落枝の束に阻まれて断念しました。

 


 水底に白い鉱脈。「脈」は溶岩や火山角礫岩の中に一直線に入ります。

 


 まるで切り通した掘割のような流れ。でも天然のものです。

 


 「脈」に沿って沢が流れる場所でした。

 


 その流れの中にサンショウウオのご遺体を見つけてびっくり。どうやらトウキョウサンショウウオのオスです。ちょうど産卵期、メスをめぐる戦いに敗れたか。本来水たまりなどの止水に集まるものなので、もともとこの流れの中で亡くなったわけではありません。この上流に廃棄された水田があります。そこが繁殖地か。

 


 村は廃村になり、先祖が切り拓いた谷津田は湿原になり果てる。でこれはコゴミという山菜名で知られるクサソテツの、その胞子葉(非食用)です。この湿原に大繁殖している様子がわかります。かつて実った稲穂はなく、代わって生えたコゴミの新芽を採る人ももういません。

 


 そしてまた新たな沢にたどり着く。今日は呼ばれるままに足が進みます。

 

  
 ふと見まわした時、脳がピクリと反応しました。意識しないままに何かが見えている。何だろう。以前にヤンマタケを視野に捉えた時も、何が見えているのかわからないままに脳が反応した、あの時と同じ「生物屋の眼」です。さてこの視界内、何が見えてると思いますか。

 

      
 これでした。こんなものにも反応するか。日陰でいじけた、貧相なこれはミツマタです。製紙原料として中国から移入され、茨城ではあちこちに野生化してます。元気なれば名の通り三叉分枝しながら丸い樹形になるのですが、これはどうやら年に数センチ、まっすぐに伸びるので精いっぱいのようです。必死に生きるその切なさよ。

 


 この沢では礫を巻き込んで固化した玉髄と

 


 赤いカーネリアンが収穫物。どちらも置いてきました。今日はもうおなか一杯です。

 

    
 沢の石垣とコンクリの基盤、鋼管のトンネル。かつてここに人の生活があった名残りです。軽トラを 20 分も走らせれば人里に出られる場所ですが、それでも人は去っていく。

 


 そして水は澄んでいく。

 


 最後に、奥久慈に来るといつも寄る展望台からの眺めを。と言っても冬枯れの風景、遠くに栃木の山々。

 


 那須のお山。

 


 関東平野。

 


 花粉で膨らんだ雄花が真っ赤なスギ林と、黄色いダンコウバイの花。春きざす3月のことでした。

 

 


↓ いろんなものに呼ばれます。

↓ 生物屋の眼。

そして光が語り出す / 常陽史料館 塩谷直美展

 


 常陽史料館で素敵な展覧会が始まりました。「硝子ことば 塩谷直美展」。

 


 お久しぶりです。このところ写真展などが続いて(さすがに写真を写真に撮るような愚はできなくて)足が遠のいておりました。今回はガラス。立体。告知ポスターに心が踊りました。さあ何が出るかな。


 最初に言い訳しておきます。写真 100 枚以上です。お時間のない方、だーっとスクロールして気になったところで止める、で結構でございますよ。でもできればじっくりと。写真は作品ごと。1枚目に全景、以下私の目線で。たぶん作家先生の意図や作品のテーマからは外れますが、それが芸術だと思うので、あえて。


中へ
 この個展のポスターにもなった、入り口エントランスの看板作品。




祈りの水

 ご主人の実家の仏壇には、毎日三杯の水がそなえられます。家族の記憶。




木々の声

 写真では肉眼で見たときより明るく写りました。カメラの設定を変えながら撮りました。





光と影

 真っ黒に見えたり透けて見えたり、見ているこちらを映したり。ガラスの不思議。





港にて

 作家先生がかつて住まっていたマルセイユの港。船から次々と降ろされていく美しいものたち。作品が美しすぎて、写真を撮りすぎた。


 

異国の月
 これもフランスの思い出。月は先生の作品のモチーフとしてあちこちに現れます。

     




 先生は東京のお生まれだそうですが、美大を出て滋賀県で制作しフランスで働き、縁あって茨城県の里美村(現常陸太田市)にアトリエを構えました。現地民としてこういうありがたいお話を聞くたびに、途中にもっといいところあったろうになあ、なんて思ってしまいます。本当にかたじけない。



太陽と月の会話
 最近の地球ってどうよ、とか話しているらしい。



部屋番号
 息子さんの最初のひとり暮らしの部屋番号が 202 だったそうです。これも家族の思い出。



三日月の影
 「三日月だって本当は丸いんだよ」幼き日の兄上の言葉がいまだ鮮明に。



やわらかい地球の上
 地震の記憶。ぐにゃぐにゃの地面にぐにゃぐにゃの建てもの。そりゃ倒れるわい。…… 肉眼では黒く見える作品が、カメラの撮像素子には違うふうに映ります。面白くて次々と設定を変えながら撮りまくりました。私なりの芸術の楽しみ方です。



め・で・る
 目出る、愛でる。なんとこのガラス目玉を専門に造る職人さんがいるそうです。ほ、欲しい。



青い三日月
 大きな単体作品は、どこにピントを置くかで悩みます。ピントは心の置き所。



ウインドウズ
 マイクロソフトのアレがモチーフなのかな。ちゃんと月が乗ってます。


色番号
 色に番号があること、知ってました?



無防備な夜
 家の窓を開け放つ。



風化
 大震災の記憶。カメラの設定で別作品のような写真が並びました。どれが正しいのかな。



たくさんの孤独
 千個の椅子、千個の孤独。これも会場の照明と外光の入り方でいろいろな表情に。



2つの時間
 作家先生は、里美村にまで持ってきた大型ガラス溶解炉を処分して活動場所を水戸に移されました。断腸の思いだったことでしょう。その際に発掘された過去の作品の部品たち。作家のバイオグラフィーです。捨てられません。



収集
 好きなものコレクションだって。自分だったら何を飾るだろう。

            



孤高の人々
 5人の賢者はただ考えるだけで何も為さない孤高の賢者。


変遷
 水戸の街を歩いて気付く家々の変遷。わあ私と同じことを考える作家がいたんだあ。



2026 水戸 常陽史料館
 この個展の打ち合わせに来た時の常陽史料館の印象だそうです。武骨な外観と明るい館内、そのギャップが素敵、だって。

 

 


 受付に2種類の小冊子がありました。いずれも …… え?これ作家先生の手造り? プリンター打ち出しの紙を一部ずつミシンで縫い綴じてあります。丁寧で美しい仕事。文章にはガラスと共に歩んだ半生と作品への想いが綴られていました。ああこの人は本当に芸術家なんだなあと思いました。嫌味ではなく、またさほど誉めているわけでもありません。そういう存在であると。私には1つ下の美大を出た妹がいるのですが、まさにこういう存在なのです。同じものを見て、聞いて、感じても、私たちとは異なるモノが前頭葉に投影されてしまう、そんなひとです。私の代わりに異世界を覗いて、それを伝えてくれるひと。私にはとても慕わしく思われます。

 


 なかなかこれだけのために水戸まで来てくれとは言いづらい。写真から何かを感じられたなら、どうか作家先生のお名前をご記憶ください。でも美術作品は、特にガラス工芸は、実物を見るに限りますよ。必ずあなただけの感動があるはずです。

 

 


↓ 常陽史料館のガラス展。

↓ フィンランドでは盛んらしい。

 

春の鶏足山、はじめの花

 

 '26年「春」シリーズ、続きます。今日は鶏足山。


 わざわざ「鶏足山にて」なんてカテゴリーまで作っておいて、記事は1年ぶり。その前の記事まではさらに2年の間隔が。…… 疎遠になった理由はちゃんとあるんです。1つは訪れる人が増えたこと。駐車場が何倍にも拡張されたら、その分だけたくさんの人がこの眺望絶佳の低山を登りに来るようになりました。私のような者には静かでなければ「山」じゃない。これが理由その1。2つめは …… これは最後にお伝えしますね。


 時は日曜、朝8時に家を出て、40 分ほどで鶏足山赤沢登山口着。10 年前なら 20 台分ほどの駐車場が埋まって難儀する時間ですが、今は駐車場のキャパがあるので大丈夫、と思ってたら

 


 はるか手前から路上駐車の列。

 


 そしてそれがはるか先まで。うわあ甘かった。

 


 駐車場が満杯です。空くのを待つハゲタカさんがぐーるぐる。私も一度回りました。

 


 赤いミニさん、確信犯だろうけどそこ出入り口だからね。あ、右に見えてるとんがった山が「赤沢富士」です。

 


 T字路のカドって、道路交通法に抵触するのでは。もう何でもありですね。はるばる埼玉から来て停められなかったで済まないのはわかるし、あえて責めはいたしません。誰だって自分のことでいっぱいなんです。私は土地勘があるのと歩くのを厭わないのとで、少し離れた別の林道の奥スペースに停めました。

 


 わかっておりますよ、この季節に鶏足山に人が集まる理由。ミツマタです。群生地があるのが栃木県側の谷底で、茨城側からは稜線まで登って、また降りて、帰路にもまた登って、降りて。往復の登り幅を足すと 400 メートル。しかも群生地では押すな押すなの人ごみ。SNSに「春の妖精に会ってきました 」なんて書いてる人は、きっとそういうのが平気な方々でしょう。私は御免です。

 


 傍らの清い流れにおじゃまたくし。たぶんヤマアカガエル。

 

      
 登る私はマイペース。多くの方が赤沢富士を目指すのを尻目に、林道を行って途中で一般コースに合流するルートです。

 


 埋められたマンガン鉱山坑口、にどうやら陥没の危険があるようです。十数年前まで開いてたのが、地元の方々の手で埋められました。以前に書いたけど、原因を作ったのはごめんなさい私です。

 


 ずんずん登って、富士山ビューポイント。今日は春霞の中でした。

 


 頂上です。正確には「地形図の三角点峰」。

 


 標識の下にカタクリとシュンランが咲いてます。「この花を守るために標識が立てられた」なんてしたり顔で話している方がおられましたが逆です。実は近年に植えられたものです。カタクリはこの付近に自生はありません。シュンランは稜線にたくさんありましたが、園芸ジジイどもに盗り尽されました。ここに植えられたのはそんな人たちの罪滅ぼしか、なんてうがってみたり。

 


 そして北側の展望峰。下品な大声で自慢話をわめく老人はもういません。静かなる頂き。


 いかんいかん、「花」がテーマの記事でした。

 


 ウグイスカグラ。懸命にレンズ上向きで撮っていたら、よっぽど奇異な姿だったのか妙齢のご婦人方( 50 代くらい)に声をかけられました。笑っておられました。まあ怖がられるよりはマシか。

 


 深山の令嬢、エイザンスミレ。ほんのり染まった頬の色がそこらの村娘にはないものです。

 


 キクザキイチゲ。紫花もあるはずですが、私が出会うのは白いものばかり。

 


 タチツボスミレからまた賑やかな撮影依頼をいただきました。ええ喜んで。

 


 テングチョウ。成虫越冬ですが4枚の翅に傷みもなく、端正な姿で春の陽を浴びます。

 


 おおニリンソウがもう咲いた。春だ春だ。

 


 ふとヒノキの落葉と落果に目が行きました。これにはこれの色です。

 


 マルバコンロンソウ。なぜこの草の名が「崑崙草」なのか由来不明だと聞きました。

 


 マルバスミレ。土が崩れて落ち葉に埋まった路傍にて。崩落地が好きという変わり者です。

 


 ミヤマカタバミ。明るい緑の葉と純白の花の対比が森の底で光ってました。

 


 ミヤマシキミ。ほとんどの株がまだつぼみを固く閉じた中で、この個体は少し気の早い者だったようです。

 


 その実。これもひと枝だけ残ってました。こう見えて猛毒です。

 


 ムラサキシジミの、これも越冬個体。無事に過酷な茨城の冬を乗り切りました。

 


 シュンラン! 鶏足山のはすべて団塊世代の園芸ジジイに獲り尽くされたと思ってました。まだ危険はあるので目立たずに、でも元気に生き抜いてほしい。

 


 場所によっては復活してきているようです。本当はこのブログで紹介しない方がいいのですけど。なぜかって?

 


 さあ鶏足山から足が遠のいた理由2つめ、申し上げましょう。これは昨年2月の記事でご紹介したものです。スギ林で、悪天候で枝から落下した着生植物カヤラン。地に落ちれば死にゆく運命なのを、心優しいナチュラリストの眼に留まりました。名もなきその人は数十に及ぶカヤランを拾い上げ、テープやフジのつるを使ってスギの枝にくくりつけて木々のあいだに立てかけてやりました。これからもこの森で生きていけと。ひと目見てそう理解し、少し眼がしらにうるんときました。この世界にはまだこういうことができる人がいるのだと感動し、ブログ記事でご紹介したものです。ああそれが。

 


 1か月後の同じ枝です。カヤランがすべてはぎとられていました。頭が真っ白に、というのはこのことかと思いました。あのカヤランたちは、誰がどう見ても人の手で救われたものです。あれだけの数を集めくくるのに、ずいぶんな時間と労力をかけたはずです。尊いこころざしと熱い腕を持った篤実のひとです。そう思えば、その善行のかたちそのものであるカヤランを持ち去ろうなんて発想は起こらないでしょう。あらゆる想像力と洞察力の欠如。こんな人の心の欠け落ちた人間がこの世界に同時に存在するというこの悲劇的な真実に声を失いました。これが、この驚きが、私を鶏足山から遠ざけた理由です。

 


 それはどこで何をしてる人間だろう。山盗りジジイは高齢化して、その活動は弱まりました。これはメルカリ野郎のしわざではないかと考えます。となると、このブログ記事が参考にされた恐れもあります。ああネットとはかくも人を悪行に駆り立てるものなのか。…… 最近、4年前の「弥彦山にギフチョウを見た」という記事が読まれてます。たぶんチョウマニアも参考にしているでしょう。そしてそれぞれが捕虫網を持って弥彦山に出かけて百匹ずつ採集する。やがて東京の高尾山同様、彼らの採集圧によって弥彦山のギフチョウが絶滅してしまったら、私も深く後悔することになるでしょう。削除すべきかなあ、あの記事。

 


 善意の皆さまには申し訳ないけど、希少生物やメノウの産地、これからは一層伏せさせていただきます。ああネットが怖い。

 

 

 

 


↓ カヤランの記事。

↓ ミツマタ群生地。

↓ 眺望絶佳、鶏足山。

千波湖の春をゆく

 

 千波湖畔の春をことほいできました。


 駅さんぽの帰路、昨秋紅葉を愛でて歩いたのと同じ道のりで、千波湖の春を記録しようと思い立ちました。水戸市街のど真ん中にある池をそう呼んで、周辺が公園として整備されてます。セントラルパークに次ぐ世界第2位の広さと広報されてます。アレと比べるのもどうかとは思いますが、偕楽園、美術館、大ホールを備えた文化センター、大きな神社、桜山、梅園、そして広大な芝地。千波湖の周囲はジョギングコース。駐車場も整備され、家族連れの老若男女が1日遊べる自然公園です。さあ春の景物、何があるかな。昨秋同様に駅の南口を出る所からスタートです。

 


 桜川ぞいに桜咲く。

 


 水戸でも開花宣言が出ました。例年通りなら、ちょうど小中学校の入学式で満開です。

 


 桜川の土手に一面の菜の花。種類としてはアブラナではなくカラシナというものです。

 


 ツツジのオオムラサキが勇み足。ひと月以上早く開いたものが。

 


 成虫の姿で越冬したキタテハが春を喜んでいます。

 


 10 分も歩けば千波湖岸です。

 


 駅前よりも開花が進んでる。

 


 シダレザクラは種としてはソメイヨシノの片親、エドヒガンです。花が小さめ、でもよく似てる。

 


 おお咲いてた、美術館の横。実は今日の第一目標がこれ、コブシです。北国でことのほか愛される春告げ花。水戸近辺でも自然林の中にぽつぽつと生えてます。いつもその早すぎる開花に遅れをとってました。今年は間に合ったかな。

 


 とはいえこれは植栽されたもの、園芸品種かも知れません。むかし仕事で夏の宮崎市に行ったとき、街路樹がことごとくコブシで、8月だというのに一斉に花を咲かせてました。そういう品種だったようです。

 


 そのまま千波湖の南岸を歩くと…… 貝塚? そんなものがあるとは知らなかった。確かに縄文海進時、ここは渚でした。けっこう昔から人が住んでたのねえ。

 


 花壇のチューリップの葉陰にヒヤシンス。ぽつんとうつむき加減に。何があった。

 


 梅は散りつつあり。

 


 植栽のオトメツバキ。いつ見ても豪奢でありますなあ。

 


 なんだこれ。花壇のうねなんですけど、とても園芸植物とは思えない、貧相なペンペン草みたいのがか細く咲いてます。

 


 おおお、これひょっとしてシロイヌナズナでは。

 


 生物の教科書でおなじみの実験植物。遺伝子操作の研究で多用されます。か細く貧相なのがむしろ扱いやすいから。遺伝子の数も植物界で最少クラス。自然界での競争力も弱っちく、実験室から逃げ出して野生化したはいいんだけど目立つほどに増えることなく、他の植物が少ない海岸や河原で細細と生きてます。神さまはなんでこんなの造ったろうか。

 


 で、なぜ花壇にうねを作る。ああこの世は謎だらけ。

 


 わからんといえばその周囲の花壇も、これなんかとりあえずネモフィラキンギョソウが列になってますが、あいだをホトケノザに埋め尽くされてもう何が何だか。

 


 無敵雑草ホトケノザ。なまじ花がきれいなのが困ります。ホトケノザでも花は花、という記事を以前に書きました。

 


 あらシバザクラがもう咲くのね。

 


 もちろんちゃんと管理された花壇もありますよ。

 


 びっくり。コケをくわえたシジュウカラが私のことを迷惑そうに見てると思ったら、目の前のサクラの幹のくくれたウロに飛び込んで姿を消しました。こんな人通りの中で巣作りするんだ。ヘー。

 

 


 芝地のコケも花盛り。写真ではわからないけど、たくさんのアリがコケの森を探索しています。虫たちも活動期です。

 


 春の異臭、ヒサカキの花。ほんとコレがなければ春の心はのどけからまし、なんですけどねえ。

 


 さて千波湖の南岸を半周し、終点の西端が近づいて参りました。今日の目標はコブシだと申しましたが、厳密にはこの西端の斜面の森の何株かが目当てでした。ここのは間違いなく自生のもの、千波湖越しに水戸の近代を見つめてきたものです。花数が多いのもホメどころ。

 


 ヤブツバキとの相性もいい。ああキレイだなあ。

 


 墜ちても凛とヤブツバキ。

 


 1本、変なコブシがありました。花数が少なめで、つぼみが大きめで、花期が遅め。園芸種かな。開いたころに見に来ましょう。

 


 千波湖西端からの眺め。渡り鳥はみな北に帰りました。先日のテレビ番組で、茨城出身の磯山さやかがサンドウィッチマンのお二人を案内するのがありまして、ここからの風景を二人が絶賛してました。いえホメ過ぎです。ただ平和な風景なんです。

 

      
 巨大黄門さま。ポケモンGOが流行ったころは、ここらがスマホ持ってうろつく連中で埋め尽くされてました。いい迷惑でした。

 


 ここもしょっちゅう工事してます。また何か商業施設ができるのでしょう。…… なんか銅像があるぞ。

 


 徳川斉昭公が息子慶喜を諭すの図と見ました。光圀、斉昭、慶喜の三題噺しかないのか水戸は。

 


 冬の名残のモミジバフウ。新芽の展開はこれからです。

 


 このヤドリギは昨秋の記事でも写真をお見せしました。取り付かれたエノキが辛そうです。

 


 やはらかに柳あをめる北上の。栁の早い芽吹きが、これもまた春をことほぐ如く。

 

 


 晴れた休日の千波湖畔。有料化で評判を落とした偕楽園と違い、今も多くの市民に愛されています。市井を必死に生きる人たちに必要なのは商業施設ではありません。たとえばこんな、春の日差しを喜びながら家族で安らげる場所なんです。それは決してコンサル業者の資料に数字で示されることはありません。

 

 


↓ 紅葉がきれいでした。

↓ ホトケノザでも。

↓ 3月末はいつもお花だより。

 

春の沢メノウ

 

 先の記事で採った採ったと騒いだ沢メノウ、60 枚の写真にまとめました。余計な文章を極力排しましたので、だーっとご覧くださいませ。


 幕前のカーテンコール。左上のデカいのは前回ご紹介したので出番ありません。


 この4つもデカすぎて部屋に持ちこめず、庭での撮影になりました。まあ順番に。


 白玉髄・大。小さな丸い晶洞がポイントです。ツートーンの蛍光も見どころ。


 半球微結晶。半球状の外皮、表面が微結晶で覆われます。ただ残念、川流れで削られてしまいました。


 赤玉髄・大。かなり均質な上モノ。専門家にお願いしたら勾玉いくつ作れるだろう。


 晶洞結晶。内面に生えた赤い水晶が見事です。


 白玉髄・青。A面とB面で印象が違いますけど、素のままの蒼も、蛍光の青もきれい。


 仏頭型押しメノウ。ジノさん史上二つめ、仏頭状メノウが型押しされたメノウです。ボコボコと仏頭の形に凹んでいます。成因は以前の記事を最後にリンクさせますので、そちらで。


 二色蛍光。水晶の部分と玉髄の部分で二色に蛍光するのはなぜなんだろう。


 カーネリアン、赤玉髄。これも勾玉にしたい。


 仏頭そのいち。


 仏頭そのに。


 仏頭そのさん。ああもう仏頭状構造を見ると拾ってしまう自分が情けない。


 「昇華」して析出したような仏頭状構造。川流れしていない玉髄に見られます。


 長径5センチほどの小さなメノウ。マクロレンズに映る晶洞の光の美しさに息を呑みました。


 その他の皆さんワンショット。


 お付き合いありがとうございました。最後のシメはやっぱりぶつぶつ、名付けて金仏頭。照明に応じて金色に輝き、虹色の光を放つ。同一アングルでも変幻自在、本当はブログ用に縮小する前の原版でお見せしたい逸品です。

 


 とまあ春の沢歩きでわが手に落ちたメノウたちでございました。近場の方には縁あらば(新)聖地で皆さまのお目に留まるやもしれません(遠方の方ごめんなさい)。沢歩きレポートも気が向けば記事にしようと思ってます。

 

 

 

↓ メノウ分類おさらい、よろしければ。

↓「型押し」推論。

↓ ぶつぶつが好き。

 

 

王国早春譜

 

         


 花神が、木々に目覚めの吐息を吹きかけながら南から北へと駆け抜けていきます。その様子をさっきまで世界の独裁者たちの蛮行を報じていたニュースキャスターが嬉々として語る。日本人が心の奥に共有する文化、豊かな自然観というものを実感します。いい国に生まれたもんだ。


 ささやかな我が庭を語る「王国」記事、昨年 12 月以来となりました。真新しいものはありませんが、春の便りが不興を買うことはありますまい。

 


 まずは毎年私が執心する初スミレ、今年はヒメスミレでした。山野を出歩かなかったこともあって、足元のこの小さな、そしてしたたかな濃紫の花にその栄誉をあげましょう。野外で採ってきた種からずっと代を重ねてくれてます。


 隣地の古い木造アパートが取り壊されて更地になったとき、広告や看板が出る前に現場監督さんに声をかけて一区画を即金で買ってしまいました。我ながら思い切ったことをしたものです。駐車スペースにコンクリ敷いた以外は家族に使い道を任せたら、最初は父が畑を作り、父の力が衰えてからは家人がそれを引き継ぎました。花の種もいつの間にか撒かれていて、名も知らぬ園芸種がとつじょ開花して驚かせてきます。

 


 スイセンが何種類も埋められていて、時期をずらしながら次々と開花していきます。

 


 スノーフレークは早くから咲いてます。

 


 ジンチョウゲも春早く咲く花です。

 


 ムスカリ。個人的には昔の呼び名「ブドウヒヤシンス」にも郷愁があります。

 


 我が家でクリスマスローズはあまり好まれません、老母以外には。

 


 ヒマラヤユキノシタはぜんぜん大事にされていないのにアッパレ、咲いているではないか。生命は強い。

 


 こんなのもあるんですよ。鉢植えでいじけてたイチジク。まず結実はしないだろうとたかをくくっていたら、昨年は小さい実(花)をいくつも付けました。

 


 花壇のひとすみ、直径 30 センチくらいの範囲でゼニゴケすら生えず土がむき出しの場所があります。理由はこれ、オオバギボウシが夏のあいだ密に葉を茂らせるから。なんだか紫のタケノコみたいな芽生えですね。

 


 オダマキもいつの間にか茎を伸ばし、もう花芽を付けました。

 


 パンジーはひと冬、苗のまま吊り鉢に放置され鉢の芯まで凍結乾燥しているように見えたのですがわあびっくり、ちゃんと生きて成長して開花しました。

 


 虫嫌いさんごめんなさい、一枚だけ。この日、よく晴れてはいましたが強い北風が吹きまくり肌寒く感じました。どこかで成虫越冬していたヒラタアブが一匹、風で煽られるパンジーの花に必死にしがみついて身体を温めていました。いつも言ってしまうけど、身一つで生きる切なさを想います。

 


 植物というものは、陽光と気温が5℃以上あれば成長できるものらしい。素直に驚いてしまう寒がりの私です。というわけで、北関東とはいえ雪のない茨城では冬でも作物が育ちます。おもにアブラナ科、あとネギやらホウレンソウやら。極寒の朝をいつくも越えながら着実に身を太らせ葉を更新するさまはもはや魔法でも見ているようです。写真はハクサイ。ひと冬鍋の具や漬物の材となって我が血肉を養ってくれました。さすがにトウが立って花芽が出たのですがそれすら菜花としておひたしに。

 


 こちらはブッコロリー、じゃなかったブロッコリー。サラダやスープの具でした。葉がぼろぼろなのはなぜでしょう。実は鳥めのしわざです。…… あ、古い茨城弁では憎らしい生物の名に「 め 」を付けます。スズメバチを「バチめ」、野良犬を「イヌめ」というふうに。…… で、過去記事にもあるように、我が王国では赤い実を壊滅させる悪党の役回りです。そしてその鳥は、この季節は野菜の葉を食い散らしやがるのです。周囲のハコベでも食ってりゃいいものをとは思うのですが、人間が食べても美味いものだしなあ。連中にしてみればただ生活してるだけ、でも私には夏のウリハムシと同じ扱いです。ハクビシンアライグマにも狙われたし、ああなんで我が王国はこんな連中のエサ場になるんだろう。

 


 エンドウの葉も狙われ始めたので防鳥ネットで囲いました。

 


 ソラマメがもう開花しました。こういうわざわざ買って食うことのない作物は家庭菜園ならでは。いやホント、全植物体に対して食べる所の少なさったら。

 


 雑草たちについても少しだけ。早春から初夏にかけての仇敵といえばこれ、ホトケノザ。厳冬の頃から少しずつ芽生え成長し、3月には咲いてます。今年は開花前のこれくらいから見つけ次第引っこ抜いているので目立ちません。

 

     
 ここまで育ってしまうともう大変。すでに次代の種をまき散らしてます。よく見ればシソ科らしい綺麗な花ですが、これが郊外の畑や海浜公園・ネモフィラの丘を埋め尽くし赤紫色に染め上げます。ヨーロッパからアジア、日本まで分布するコスモポリタン、ヨーロッパ原産の史前帰化植物と表現する人もいます。逞しい生物であることは間違いありません。

 


 さて見分けはつきますか。よく似たヒメオドリコソウです。これは明確にヨーロッパ原産の帰化植物。肥沃な土地を好み、瞬く間に早春の田畑の傍らを占拠しました。塀を隔てた裏の路地にあることは知っていましたが、とうとう侵入を許してしまった。

 


 定着されると厄介。しばらく攻防が続きそうです。

 


 攻防といえばこれ、セイタカアワダチソウ。周辺の空き地からなんぼでも種子が飛んでくるので、芽生えたのを見つけては駆除する、の繰り返しです。でこれは昨年の見逃し。枯れた植物体の根元から、今年の葉が出てます。駆除、駆除おお。

 


 最後に、私の息がかかった者たちの今年の姿をご紹介しておきます。オキナグサは数年で大株に育ちました。今年はいくつ咲くかな。

 


 ハマナス。市道を侵食しながら年々株が大きくなって、それを抑える私は年々劣勢に。何回も剪定し、冬にはすべて根元から伐ってバーナーで焼いて熱湯かけて。

 


 それでも復活するこの強さ。

 


 剪定した枝葉はいつも海岸で燃やす。この手間が楽しかったりします。

 


 おなじみクサボケ。この朱色を見ないと春が来ません。これも逞しい植物なので油断はなりませんが、大事にしたくはあるのです。

 


 ゼンテイカ、別名ニッコウキスゲ。昨年咲き初めた花を、その当日に老母の手で切られ絶叫しました。おかげで花に行くはずの養分が株に回ったようで、5株くらいに増えてます。今年の花が楽しみです。母から守り抜かねば。

 


 ミツバアケビがもう花芽を開いてしまった。山野にあるものより数週間早い。野外で雄花を採って来て人工授粉させる、という小ワザができません。まあ結実しても今の我が家に食べる人はいませんけど。

 


 冬の間にキツく剪定すると、翌春の花芽が片端から雌花になります。ダメージに対する種の保存本能でしょう。これもまた生きよ殖えよという創造神の命令にひたすら従う、つまりはこの世を必死に生きるものです。生命は尊い。


 何とか我が王国の春の始まりに間に合ったようです。次はフィールドに出てみましょう。今年は何に出会えるかな。さあ花暦の始まりです。

 

 


↓ 2年前の王国の春。

↓ ハマナスの咲くころ。

↓ クサボケはこの家に住み始めてからの因縁です。

↓ 絶叫ニッコウキスゲ。

↓ 目玉もようが現れたり、実が大量収穫できたり、思い出深い。

↓ ブログ最初の記事です。最初から屁理屈ゴネてます。