ジノです。日頃のご愛顧に感謝して,今日はキレイなものだけお見せします笑。
漱石に負けない私のスミレ好きはご存じ(花物語 スミレ - ジノ。参照)のことと思いますが,長年撮り貯めた茨城県内のスミレ全種の写真をご披露したいと思うのです。
日本はスミレの王国ですけど,茨城県は中途半端な地理上の位置ゆえさほど種類は多くありません。特にキスミレの類は一種も産しませんし,高山性の種もありません。文章少な目でご紹介します。それは無理か。
アオイスミレ
3月中に最盛期を終えてしまうという恐ろしく早咲きのスミレ。清楚な花色の中に少しやんちゃな顔を覗かせて,あっという間に腕の間をすり抜けていきます。
アカネスミレ
茜色,というとどのあたりを指すのかよくわかりませんが,小さな草姿に鮮やかな紫の花を咲かせるこの愛らしいスミレにはふさわしい名です。思わぬ山中で出会うと少し幸せな気分になれます。
アケボノスミレ
上の写真冗談のように思えるかも知れませんが,本当にこんな風に咲いてるんです。挿したわけではありません。ソメイヨシノや彼岸花と同様,花が葉に先駆けて開くんです。なんとも華やかな満開の笑顔のような花は,こちらの気分も持ち上げてくれます。県北部のブナ帯に産します。
アメリカスミレサイシン
初見で正体が知れず,えらく悩みました。ようやく文献でウィオラ・ソロリアという学名にたどり着き,しばらくはそう呼んでいました。和名通りの外来種です。日光の東照宮あたりに白花品種が咲いていましたが,水戸の西部丘陵地には紫花が野生化しています。涼しいところがお好みの異人さん。つやのある濃い花色の花弁は本邦産にない特徴で,やっぱ外人さんだ。
アリアケスミレ
変化に富んだ花色を有明の空になぞらえたとか。スミレの仲間はみな好意的なネーミングで幸せですね。暖かい地方が分布の中心で,分布の端に近い茨城では珍しい種です。私はわざわざ県南の利根川まで撮影に行きました。スミレには,そうまでする価値があるから。
エイザンスミレ
好きだなあ,細く切れ込んだ葉に白く上品な花。横顔をほんのり朱に染めるあたり,そこらの村娘とは一線を画します。山地の林床,結構暗いところでも花を咲かせています。なんというか,山中に迷い,たどり着いた謎の屋敷にひっそり暮らしてた高貴な娘,なんて想像する私は変?
カワギシスミレ
エイザンスミレとマキノスミレの交雑種。両親とも美しく花付きの良いスミレで,その遺伝子を継いだ薄い赤紫色の花も品がよろしい。惜しむらくは交雑種で種子ができないこと。さらに残念なのは,この写真を撮った福島県境の林道が閉鎖されてもう会いに行けないこと。縁がなかったんだろうなあ。
コスミレ
小さいスミレ,とは名ばかりで,特に花後はとんでもない大株になります。人家に多いスミレで,ずっと昔からうちの庭にありました。家を新築した時に消滅したのに,いつの間にか舞い戻っているしたたかさも備えてます。とにかく花付きの良いスミレで,鞠のようになって開花しているのをあちこちで見かけます。3枚目の写真は我が庭で一番元気な個体。にぎやかですね。
コミヤマスミレ
はいこれが2018年の課題です。暗いくらーい林床を好む南方系の小さなスミレ。茨城は分布の北限に近く,私は1か所の産地しか知りません。で,花期にも出会えていない。この花を撮ることができれば,茨城県産の基本種をコンプリートなのです。
サクラスミレ
「スミレの女王」の名をほしいままにする,山地性の美麗種。平野の広がる茨城県では希少なスミレなのですが,実は水戸や日立の低山丘陵にもあります。でもどうしたことか低標高地の花はみな小さい。大輪のサクラスミレらしい花はやはり県北山地に行かねば出会えません。さすが女王さま,もったいぶるなあ。ちなみに「サクラ」の名は,花弁の先が桜のように少しへこむからだそうです。なるほど。
スミレ
前出の記事があるので多くは語りません。私の大好きな花です。
シロガネスミレ
最近目につくようになったのがこれ。アリアケスミレだと言い張る人がいましたが,引っこ抜いて根を見れば判別が付きます。スミレの変種の一つで,なんと東京の白金で発見された故の名だとか。そんな都会で,と思いますが,これがよく生えているのは路傍のアスファルトの隙間ですから,案外都会っ子なのかもしれません。
アツバスミレ
これもスミレの変種,海岸型です。高温・乾燥に耐えるために分厚い葉と発達した地下茎を持ちます。見つけたのは日立の駐車場ですけど。
タチスミレ
背高のっぽの変わり者。茨城のスミレで特筆すべき,と言えるのがこれです。川沿いの湿地帯に生え,花が咲いた後1メートルまで茎が伸びるびっくりスミレ。河川改修とともに全国で絶滅していき,最後にここ茨城に残っています。小さな小さな白い花を控えめに開きます。この写真を撮るために県南に3年通いました。
日本の湿潤な森林気候に適応した「日本のスミレ」とでもいうべきスミレ。あちこちで大群落を見かけます。適応が進んで,各地で新たな種分化が起こりつつあり「タチツボスミレ類」という一大勢力になっています。ただし茨城にはこれ一種。まあわかりやすくていいんですけどね。花色は薄い紫色。これが陽を浴びて一斉にふるふると春風になびく様は天の国もかくやという美しさです。
ツボスミレ
花期の長いスミレで,6月に田んぼのあぜ道をびっしりと白い花で埋めてます。その小さな花は他のあでやかなスミレたちを見たあとでは決して目を引くものではないはずなのに,ついカメラを向けてしまいます。一花の美しさというより,群れて咲く楽しさ,にぎやかさが魅力です。いろいろな作戦があるものです。湿地性の変種アギスミレというのもあるのですが,すいません写真見つかりませんでした。
ナガハシスミレ
ふざけているわけではないんだろうけど,なんでしょこのクチバシ。サーベルタイガー? マンモスの牙? 正しくは「距」と言って蜜を貯める部分らしいのですが,こんなにも突き出す必要が果たしてあったのでしょうか。それにも増して不思議なのがその分布なのですが,それはいずれ稿を改めてと思っております。
ナガバノスミレサイシン
太平洋ベルト地帯に分布するスミレ。茨城は北限に近い飛び地分布で,筑波山で見られます。やたら顔が長いほかはあまり特徴がない,と言っては可哀そうかな。
ニオイタチツボスミレ
タチツボスミレより花色の濃い,小さくとも自己主張の強いスミレ。かすかに芳香まで持ちます。と言っても私にはわからない。なんと,私は,こんなにスミレを愛するこの私は,こんなにもスミレを愛しているのに,スミレの香りがわからないのです。
スミレの香り成分はβイオリンというのですが,この化学物質に感受性の「ある」人と「ない」人が1:1なのだとか。嗅覚受容体の遺伝子の差だそうで,私はその「ない」ほうのひとり。スミレの香りを永遠に感じることができません。理不尽とは思いますが,えてして人生こんなものです。
ノジスミレ
私がバイブルと仰ぐ「増補改訂 日本のスミレ」の著者いがりまさし氏が種の説明に二度までも「だらしない感じ」と表現するなどクソミソなので,つい私も雑に扱ってしまいます。身近にあるのにろくな写真を撮ってません。ごめんね。
ヒカゲスミレ
葉の陰に花をつけるなんてことしてちゃあ,日陰なんて名づけられても文句は言えねーわな。図鑑の写真ではもう少し何とかなっているんだけど。それなりに大きく美しい花なのですが,花数も少な目で,本当に日陰の生き方が性に合っているのでしょう。本人が幸せなら,そういうのも否定しません。
ヒナスミレ
バイブル本の「日本のスミレ」では「スミレのプリンセス」と称賛されています。このたおやかな花姿を見れば納得でしょう。透明感のあるうすピンクの花色はありそうでない,このスミレだけのものです。山上に生育し,早咲きで,お目にかかるのも一苦労な高貴の姫君。連れ帰っても,うちの庭なんぞでは咲いてはくれない気がします。
ヒメスミレ
こちらもヒメの名を持ちますがただ単に「小さい」という意味です。本当に小さな,しかしアスファルトの継ぎ目や芝生をびっしりと埋め尽くす逞しいスミレ。濃い紫色で自己主張も抜かりなく。山野を歩く専門家の先生たちの間で減少が心配されたのですが,実は身近にいくらでもあったというオチがつきました。
フモトスミレ
春浅いブナ帯の林床にひそやかに咲く小さなスミレ。私でも見過ごしてしまうことがあります。地味と言えばそうなのだけど,よく見ると距の部分とそれに続く花茎の赤紫が鮮やかで,まるで紅の軌跡を引いて飛ぶ火山弾のようです。
マキノスミレ
山地性のスミレ。ピンと立てた葉が凛々しいです。ブナ帯で見かける印象なのですが,低標高地にもあったような。実は私には正体のつかめないスミレです。
マルバスミレ
崖のような崩落地が好きっっという変なスミレ。私が知る中で,最も純白なスミレ。花茎に毛があるのをケマルバスミレ,ないのをマルバスミレ,なんて分類学者が人生に関わりそうな大事なことを言ってますが,私は気にしてません。
以上26種。これ以外にヤミゾスミレという交雑種があるはずなのですが,たぶん見ることは難しいかなと思いリストからは外します。
どうです? スミレってずいぶんと多様でしょう。しかもそれぞれに個性的。興味を持っていただけましたでしょうか。よろしければ,次の春からスミレ探索に出かけてみませんか? 身の回りをちょっと意識して見るだけで,何種類も上げられるかも知れませんよ。
最後に,私のスミレ遍歴の最初のエピソードを聞いてください。
あれは30年以上前,大学4年の夏。私は北海道・大雪山の稜線にいました。凄まじい風でした。空は一様に鈍く白く光り,その手前を暗雲が覆っています。どこから来ているかわからない暗い光の中,目の前を生き物のように蠢く雲が地面を舐めながら飛びすぎていきます。強風の中立つこともできず,かといって立ち止まることもならず,吹きさらしの岩礫地帯を私と仲間たちは這うように身をかがめて前進してました。その,異星の大地もかくやという,あらゆる生命を拒絶したような大地に,一面に黄色いスミレが咲いていたのです。今にして思えばタカネスミレだったであろうそのスミレたちは,烈風に吹き飛ばされることもなく,ただ地上数センチの高さに付けた黄色い花を,一斉に打ち振るっていました。見渡す限りに,小さな小さな音の鳴らぬ黄色い鈴を全身で振り鳴らしているようでした。
あの光景を思い出すたびに考えます。あれは本当に現実の風景だったのか。実は私の魂は肉体を抜け出し,冥界の風景を垣間見ていたのではないだろうか。
そんな,異界としか思えない苛烈な世界で,今も生きているスミレたちがいます。なんと驚くべき生命でありましょう。