アリジゴクを飼っていて,そのエサとしてアリを採っていましたが,冬になりその供給に難渋し始めました。クロオオアリやクロヤマアリはいつしか姿を消し,それでも働く律儀者はおらぬかと日溜りを探し回りましたところ,とある運動場の隅,ネットと壁に挟まれて風に当らず人にも踏まれずという短冊の一片のような狭い土地に,アリの一家が居を構えているのを見つけました。初冬というのに元気にワーカーが歩き回っています。大きさはクロヤマアリと大差ないのですが,黒くつやつやとした細長いボディは一見してそこらの未開種族とは異なる余裕を漂わせています。クロナガアリです。
クロナガアリはちょっと変わり者。春・夏・秋と巣の入り口を閉ざして,暗く静謐な世界で穏やかに暮らします。その余裕の源は秋の実り。なんとこのアリ,穀物を収穫し貯蔵するのです。
晩秋,巣の入口を開いたクロナガアリのワーカーたちは一斉に収穫に向かいます。対象はイネ科の雑草の種子。メヒシバとかエノコログサの類。これらをひとり一個ずつ遠い遠いかなたから拾い集めてきます。巣に運び入れた種子はキレイに殻を除かれ,種類ごとに異なる貯蔵室に運び込まれるそうです。巣の深さは4メートルを超えることもあり,無数の貯蔵室を備えます。冬にかけてワーカーは種子を集め続けます。私の周囲ではだいたい2月の終わりくらいまで。そして十分量の貯蔵が完了するとまた巣を閉ざし,温度も湿度も一定の暗闇の宮殿に引きこもり,穏やかに暮らし続けます。雪の上を歩いてエサ探しをすることもあります。もっとも,根雪にずっと覆われる雪国でどうしているかは知りません。
さて私は。なにせ家では冬眠しないアリジゴクのアレキサンドラちゃん(固有名)がお腹を空かせて待ってます。ごめんねごめんねと言いながら動きのとろいワーカーたちをかっさらっていきます。せめてものお詫びにと,家から持ってきたお米を巣の入り口に置いてやると
おおよろこび。
一頭が苦労しながら身に数倍するお米を巣に運び込むと,伝え聞いた仲間がわらわらと出てきて大騒ぎ。私には歓喜の雄たけびが聞こえます。
普段小さいものしか運んでいないので,アリでは常識と思っていた「協力」がこの連中にはできません。ひとつのお米を逆方向に引っ張りあったりしています。ともあれ喜んでいただけて,お詫びというか償いにはなったようです。
どさくさにちっこいヤツが。これ,シワクシケアリといってやっぱり収穫性のアリだそうです。いい度胸だな,ライバルの巣の真ん前で。もっともお米が大きすぎて手も足も出せずに退散していきます。
その後薄馬鹿いえウスバカゲロウのアレキサンドラちゃんは無事に羽化したのですが,私はなんとなくこの巣のいかにも不器用なクロナガアリたちが気になって,冬にときどきお米を置いてやってます。
この冬は仕事が忙しくて様子を見に行ってやれませんでした。ようやく2月の23日。ほうらお米だよー。
人間が食べても美味いものです。いわんやふだんお米なんか口にできないクロナガアリたち。ごちそうだああ うめえよおお とか叫んでいるように見えるんですよ,私には。
あまり一遍にやってもと思い残したお米を,2月28日にもあげに行きました。ところが。
あれ? 喜ばない。
触角で叩いて確認はするのですが,それ以上の行動がありません。
結局一個も運んでくれませんでした。どうやら,もう収穫シーズンも終わりで貯蔵室は一杯なのでしょう。翌日には巣の入り口は閉ざされていました。これから8か月にも及ぶ幸せな引きこもり生活の始まりです。夏の炎熱の元で他の昆虫たちが弱肉強食の修羅場を繰り広げるのを尻目に,蔵にいっぱいの穀物を糧にして,涼しく穏やかな地中の宮殿で語らい,子育てをするのです。……うらやましいと思うのは,たぶん私が疲れているせいなんだろな。
冬。ライバルや捕食者が不在のこの時期に活動するというのは,いくつかの不便を覚悟するならば賢いやり方です。植物ではヒガンバナがこのやり方で栄えてます。私もきっと,選べと言われたらこのやり方を選択するでしょう。でも今は人間の暮らしを頑張るしかない。
また秋にね。