はい続きます,茨城の磯の生物図鑑。基本的にひたちなか市の平磯海岸で見られる生物をご紹介しています。
今日はすごくマイナーな部門から。
触手冠しょくしゅかん動物門 腕足わんそく動物門とコケムシ動物門に分ける場合もありますが,いずれにせよ小さなグループです。動物体も小さいものがほとんど。
タテスジホオズキガイ。古生代に大繁栄した腕足動物の生き残り。貝だけど貝じゃない。古生代末の大量絶滅でこの類の多くの種が滅び,軟体動物である現在の「貝」に取って代わられて衰退の一途です。ちなみに大森貝塚を発掘し日本に考古学をもたらすなど大きな業績を残したE.S.モースは実は動物学者で,日本には腕足動物の採集に来たのでした。
コケムシの仲間。いちどこの網目模様に気付くと,そこらの岩も貝殻もコケムシで覆われていることに驚きます。
これもコケムシじゃないかな。専門家の方,どうなんでしょう。
環形動物門 ミミズやゴカイの仲間。見た目気持ち悪いのばっかりなのが気の毒というかなんというか。
ウロコムシ。うにうにと歩きます。
クマノアシツキ。名前からして南方系。薄黒い体にいやなシワを浮かべながらぐにぐにと蠢くさまを初めて見た時,これは何の毒虫かと思いました。触れたら絶対に刺されて死ぬんだと思いました。体節構造があること,同形の付属肢が続くことから環形動物とあたりをつけて,ようやく正体が知れました。間違いなく,昔は平磯にいなかったものです。「温暖化」の一言で思考停止する愚は犯したくありませんが,南の生きものが北方に進出する事案の一つであろうと思います。
ケヤリムシ。丈夫な棲管を作って引きこもり,美しいエラを広げてプランクトンを捕食します。引っ張り出すとゴカイみたいな生物体が現れるのですが,それはさすがに可哀そうなのでやりません。
ミズヒキゴカイ。イトミミズにしか見えないんですが,ゴカイの仲間。これまたうにうにと不気味に蠢きます。実はこれエラの一部で,これ全体で一匹分だと思われます。本体は砂中深く埋没しています。いつか引っ張り出してやろうかと……やはりそれも可哀そうか。
軟体動物門 いわゆる貝の仲間ですが,イカやタコも貝なんです。
ウスヒザラガイ。
ケハダヒザラガイ。
アメフラシ。貝殻をもたない貝。
アオガイ。カサガイの仲間には珍しい,水中が好きな貝。石のウラに隠れていて,石をひっくり返すとかなりの速足で逃げます。
ウノアシガイ。水がキライ。
カモガイ。こいつも水がキライ。
ベッコウカサガイ。これも水は✖。この水嫌いグループは,満潮時に波しぶきがかかるような高い場所に張り付いています。水に入れてやっても這い出てしまう。でも海の生きものなんです。
ヨメガカサガイ。水嫌い。
アラレタマキビ。水嫌い。
タマキビガイ。水嫌い。この水嫌いグループ,面白いことにそれぞれに波のかかり具合に好みがあって,海面からの高さごとに層を作ってます。
イシダタミガイ。やや水嫌い。
イボニシガイ。肉食。「貝紫」が取れます。
クロヅケガイ。よく似たクボガイが実は一番数が多いのですが,凡種のご多分の漏れず写真を撮ってません。我ながら役に立たない「図鑑」だと思います,はい。
サンショウガイ。微小な貝なのですがこの色は見事です。
バテイラ。食用の貝として知られますが,ここにあげた巻貝はだいたい食えます。食い物が無いときはどうぞ。
レイシガイ。びっしりと石灰藻が付くとイボニシと区別がつきにくい。
ヒラスカシガイ。これは貝殻だけ。生体はこれから大きくはみ出していて,貝殻の意味はありません。
ケガキ。
イワガキ。マガキもあります。茨城の海岸はカキ類が豊富です。
ムラサキインコガイ。いわゆるムール貝に近縁の仲間。ムール貝ことムラサキイガイは大洗のフェリー岸壁にいっぱい付いてます。
これ以外に,岩のすき間の砂中にアサリやオニアサリがいます。写真なかった。
子供のころから磯が好きで好きで大好きで……なんでかな。
陸の森だったら高さ20メートルから地中まで大きな幅と広い面積に生物は分散します。しかし磯では,海岸線という狭い面積の岩の表面とその上下の薄い層にあらゆる生物が集約されます。ものすごく濃密な生命の気。あらゆる動物門を含む生命の大モザイク。精緻にして奇天烈な異形の生きものたち。たぶんそのあたりに,生物屋マインドが惹かれるのでしょう。
ペトラ・ゲニタリクス「生殖の石」。五十嵐大介さんの漫画で広く知られた言葉です。あらゆるものに次々と異形の生命を宿らせる石。カンブリアの生命大爆発を招いたもの。私には,この海岸の石たちこそペトラ・ゲニタリクスであるように見えます。