ミヤマクワガタを持っていたら,それだけでヒーローでした。
○組の○○が採ったってよ,というウワサは1学年9クラスあってもすぐ伝わり,それが他クラスの子であっても見に行ったりしました。
小学校時代,とうとう私は採ることができなかった。本当に本当に欲しかったのに。
図鑑では日本全土に産する普通種,とあります。でも私の暮らす茨城県では平地にはいません。特に水戸ではまず見かけませんでした。
ミヤマクワガタを採集できるようになったのは,生物屋としての修練を積んだことと自動車という移動手段を得たから。今なら,7月前後であればミヤマが欲しいという要求にすぐに応えられます。それはそれで,つまらない大人になったなあという感慨もあるのですが。
先日,職場の雑談でミヤマクワガタの話になりました。ほとんど県内出身者なので,みんなミヤマクワガタが欲しくて欲しくて,でも採れなかった男の子たちであることが判明。どれ,ひと働きしてやるか。
もう8月も終わりでしたが,我ながらプロの目です。いつものフィールドであっさりと,元気なオスを捕まえることができました。納戸から古い虫かごを引っ張り出してきて,翌日の職場で公開。
大きな男の子たちが目をキラキラと輝かせて,樹液の虫のようにわらわらと集まってきました。20代のひげ面男の子から50代のジジイ男の子まで,それなりに酸いも甘いも経験済みの男の子たちです。
ああっミヤマだあ 憧れだったよなあ この頭のソリがいいよな おおこれぞミヤマクワガタ ずっと欲しかったんだよなあ この,このツノの先っちょがあ
男の子たちの興奮が続きます。で,お決まりの質問「どこで採った?」
これですこれ。ヒーローインタビュー。水戸市内だよ,と答えて驚く他の子たちの顔を眺めるこの優越感!
男の子たちはこれがやりたくて,蛇やスズメバチや毒毛虫の恐怖におびえながら夏の森に分け入ったんです。あの,遠い遠い夏の日に。よみがえる草いきれ,あふれる汗,握りしめた捕虫網の感触。スイカ,花火,海水浴,夏の思い出,夏だけのものたち。
女性から見ればくだらないことかと。でも男は,死ぬまで男の子なんです。どこか心の隅っこに少年の自分を抱えたまま,長い人生を戦い抜きます。そして来る最後の日。お別れのその瞬間,脳裏に少年の日の情景を思い浮かべることができたなら,間違いなくそれは幸せな生涯だったことでしょう。かくありたし。
結局このミヤマは,息子に見せたいという若いお父さん男の子が持っていきました。家で息子を前に自慢する顔が浮かんできます。1~2週間は楽しんでもらえるかな。
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