母の本棚を整理していて…… あ,死んだわけじゃないですよ。その母の本棚を片づけていたら,懐かしい本が出てきました。
光瀬龍「カナン5100年」(1979,ハヤカワ文庫)
「辺境5320年」(同)
「たそがれに還る」(同)
うわあ,脳が震える。光瀬龍といっても若い人はイメージが湧かないだろうとは思います。昭和に一時代を築いたSF作家のひとりで,数多くの壮大な物語やジュヴェナイル作品を生み出し,その抒情的な作風から「SFの吟遊詩人」と呼ばれました。「夕ばえ作戦」は十年ほど前に漫画化されたので,それでご存じの方もいるかな。
当時の私は特に「年代記」シリーズが好きでした。遠い遠い未来で,今の私たちと同じように悩み苦しむ人々に感情移入していました。イラストなど一切なく表紙も抽象画であった当時の文庫本です。かえって想像力を刺激され,思うがままに作品世界をイメージしていました。間違いなく,今の私の人格形成にも大きな影響をくれた作家です。本を失くしたと思っていたのですが,母の本棚にあった。母が光瀬龍なんか読むわけないから,たぶん妹が持ち出してそのままになったのでしょう。宝物を掘り出しました。
それに比べて最近の小説ときたら…… なんて始まってしまうのが私の年代の役どころでしょうが,やめときます。どんな作品が書かれてどんな作品が売れるのか,その責任はその時代にありますから。それも含めて,とにかく私は若い人たちに読書を薦めています。若いときに読んだ本は,一生その人に残りますから。
光瀬龍の作品,もちろん私はいくつものフレーズを憶えています。それ以上に,いくつもの情景を頭に描くことができます。異星語を解読するコンピューターの無機質な声とか,ゆっくりと音もなく火星の大地に墜落するロートダインとか。中でも心に残るのは,表題作「カナン5100年」の,過酷な異星開拓を任された隊員たちの悲惨な末路と,それを象徴する作家のひと言です。
カナンの地はオリーブの咲くときのみ,カナンであった。
願わくば,いまの若い人たちがそれぞれに,一生残る言葉に出会えますように。