奥日光に,もう何十回行ったことでしょう。
ああ,あちらに別荘があるなんて上級国民ではありませんよ。
昔,父の勤務先の保養所が奥日光のまた奥,湯元にありまして,小学校の時から何度か連れて行ってもらいました。長じて高校生の時には,蝶採り仲間と菖蒲ヶ浜のバンガローに泊まりながら採集に明け暮れました。移動手段に車を得てからは,渋滞を避けて真夜中に出発し,明け方から戦場ヶ原や奥白根山を歩き回りました。人が多い場所は大嫌いのはずなのに,こんな風に時間差で動きながら日光に通いました。
私のナチュラリストとしてのキャリアから人格形成に至るまで,いろは坂の上に広がる冷涼な異世界は,絶対的な位置づけで私の胸の内にあるのです。
で。
十年前のGWのころ,たまたま中禅寺湖畔を歩いていて,見慣れぬスミレを見つけました。かつて仏人ガロアが世にも珍しい昆虫を発見し,世界中から昆虫学者が殺到したあたりです。小柄で上品ななりわいのスミレでしたが,当時は今ほど知識がなく,ただデジタルカメラに姿を収めました。そして私が「大災害」と呼ぶ,ハードディスクがぶっ飛んだその日に,あのスミレのデータも失われてしまいました。
ものを知らない,知識がないというのは悲しいものです。あとから気づきました。あれは日光特産のスミレ「フジスミレ」ではなかったかと。この三千世界でただ一か所,栃木県日光でしか見られないスミレだと。 …… 以来,GWに日光へ行ってあのスミレに再会することがフィールド目標の一つになりました。でも年を経るごとにGWの連休は好きに使えなくなっていき,日光まで足を伸ばす間がありません。それにGWの日光なんて,好き好んで渋滞にハマりに行くようなものです。渋滞大嫌いの私が二の足を踏むのもご理解いただけますでしょうか。
しかし今年は。
今年も,500人の聴衆相手の講演をやりました。10連休の2日間をパワーポイントのスライド作り(サービス出勤)で潰し,講演は大盛況でしたが疲れ切りました。いかんこのままでは心のバランスが。昨年はウスバサイシンを見るくらいで収まりましたが,今年はキツいです。もっと腹に来るイベントでないと頭が切り替えられない。
…… 日光へ行こう。行くしかない。GWを一週間過ぎて,フジスミレがまだ咲いているかどうか知れませんが,とにかく行こう。
朝3時起き。4時過ぎには家を出てまだ暗い水戸の街を抜け,栃木の最奥を,奥日光を目指します。空はどんよりしてますが,まあたぶん晴れます。
ずんずん近づく男体山。ほら晴れた。
着いたー! 見よ男体山。
奥白根山も湖面に映り。
ここから湖畔周回遊歩道を歩いていきます。
どこでも会うぞタチツボスミレ。
たぶん歩くことただそれだけが目的の人には気づかれないでしょう。ハナネコノメの微細な花が遊歩道を彩ります。
ヤマエンゴサクの不思議な造形。
微細な花に気付かない山歩きの人々もさすがにケータイカメラを向けていました。アカヤシオの花。まだ冬枯れの日光の森で,ひときわ生命の色彩を放ってます。
道沿いの森。なんというか,ケモノ臭え森だなあというのが第一の感想です。シカに下草を食い尽くされて,ぷんと獣臭が漂います。しかしおかげで地面まで光が届き,小柄な植物には良い環境になっています。そこに。
ありました。まごうことなきフジスミレです。とうとう会えました。
日本特産どころじゃありません。本当に,日光周辺にしかないんです。近縁のヒナスミレよりなお小柄で,一般の方にはまず気づかれないでしょう。むしろそれがこの花には重畳。フジスミレ目指してどっと人が押し寄せたら,逆に危機です。いやーキレイねーほんと来て良かったわーとか言いながら目的の花を踏み潰すような方々に知られないことが自然保護。皮肉なものです。
そこにしかないものを見る。そこにしかない空気を感じる。事物はひとそれぞれでも,旅の目的は同じです。今回の私はフジスミレがその目的でしたが,それ以上にこの行動,移動そのものが意味を持ってました。おかげさまでリフレッシュ完了。また明日から戦ってまいります。
皆様もどうかお健やかに。
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