いやさすがにジュースを買いに来たわけではなく,人間の客を誘うはずの光に囚われてそのまま帰る道を失ったのでしょう。
決して珍しいものではなく,絶滅危惧種でもなんでもありません。国内では北海道から九州まで生息,ほぼ同じものがユーラシア大陸全般に分布しています。群生したり大発生したりしないのでいつでも見られるものではありません。ただ目立つしデカいし,たまたま目にした一般人に騒がれたりします。他のヤママユ科の蛾と同様に成虫に口はなく,ただ一度の恋で子孫を残し一生を終えます。
それにしても,なんて色だ。たぶん羽化したての新鮮個体。翅の破れや鱗粉の損耗もないので,その独特の色調がよくわかります。
北杜夫先生は名著「ドクトルマンボウ昆虫記」で,このヒスイにも似た緑が勝った白を「冥界の水の色」と表現なさいました。すごい。私もこんな形容ができるようになりたいものです。
チョウ・ガの仲間「鱗翅目」で最も美しい昆虫だと私は思っています。かのオオスカシバの造形美・機能美とはまた根本的に異なる,生まれたままの無垢なる美しさ。チョウで言うならミヤマカラスアゲハの青鱗やアカエリトリバネアゲハの赤・黒・緑のコントラスト,あるいはミドリシジミやモルフォチョウの金属光沢。どれも捨てがたい魅力を持っていますし,実際に人気投票をしたらこれらが上位に来ることでしょう。でも私は,アサギマダラの浅葱色(薄い水色)やこのオオミズアオの幽玄な色に心惹かれます。
アサギマダラ
よく似たオナガミズアオというのがいて,見分けづらい昆虫の典型例なのですが
オナガミズアオ
後翅の眼状紋が円形ならオオミズアオ,というのを根拠にしときます。
翅の緑白色だけではありません。手足を彩るのは西洋の高貴な婦人のドレスを思わせるビロードの如き赤紫。なんと重厚で,そして精緻で美しい。
最近は昆虫の珍しいのに遭遇しても標本にしようとは思いません。この個体は植え込みのヒバの枝に付けて置きました。でもこれが大失敗。この通り緑地に白,天敵の鳥に見つけてと言わんばかり。数時間後には胴体が消えて翅ばかりが散乱する惨状となりました。
また一つ,野生の運命に手を掛けてしまった。ヒトの力,そのものが罪。私が見つけなければと思うと反省しきりです。
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