カエンタケの当たり年だと。都会の公園にまで出現しているのだと。
ドクツルタケ,コレラタケ,ニガクリタケが強毒三兄弟であるなら,カエンタケ,シャグマアミガサタケ,ドクササコは凶悪三姉妹ということでいかがでしょう。これほどタチの悪い毒キノコも珍しい。
その凶悪さの解説は現物を前に据えてからとして,くだんのカエンタケの写真が欲しくなりました。唯一見たことがあるのは二十年前,当時まだ里見村だった鍋足山でのことです。もうキノコの季節も終わりですが,行ってみよう。
いつも笹原集落の奥に駐車して鍋足山本峰を目指して登ります。いい天気です。
シラカシのどんぐりがたわわ。
林内に見慣れぬ葉,よく見たら花芽が付いていてミツマタと知れました。花期の姿は知ってますが,こんな異質な葉をお持ちとは。
かつてフタバアオイの群生地だった場所は二,三株を残すのみ。盗掘される場所ではないので自然消滅か。人間の手を経なくとも,生物の分布は動き続けてます。
分岐点。行きはイワウチワ,帰りはおしきびを下る予定です。背には三脚,カメラ,交換レンズ1本。それだけでも私には結構な重さ。クサリ場を登れるかしら。プロの山岳写真家はこの何倍もの機材とテントほかの山用品を詰め込み,雪の中何時間も登るんですよね。恐ろしや。
登って登って,植林帯を抜けました。
ここから夏緑樹林帯です。
さっそくイヌシデの木の幹に何かいました。トビナナフシです。ナナフシのくせに目立つことが大好きです。
ハエトリグモの仲間はどれも人懐こい。何か来たぞとこちらを窺います。
ヤガ科の蛾が一匹,保護色をまとってじっとしてました。このまま冬越しなんでしょうか。イヌシデの幹は滑らかで隠れるのには不向きのはずですが,この季節よく虫が止まってます。たぶん日光浴には向いているのでしょう。
このルートは鎖場というかロープで登るところが二か所あります。ひとつ目を登ってたどり着くのがコナラとアセビの茂る静かな窪地。勝手にコナラ平と呼んでます。四周を断崖で囲まれた異空間で,何があるというわけでもないのにここに来るとほっとします。
ここからは向かいにある通称「三角点峰」が良く見えます。今年の紅葉はかなり点数が高い。
これ知ってる。「鬼滅の刃」でイノシシ被ってる人だ。
で二つ目のロープ場に至ります。誰だこんな崖にルート作ったのは。
イワウチワがあるのがまさにこの岩場なんです。でも花の季節に来ても私は見てられない,登るのに必死で。そうです高所恐怖症です。
ヒーヒー言いながら登りきるとそこが山頂。ほこらの屋根が無くなってました。
おまいり。
さあ三脚据えてカメラを乗せて絶景を堪能しよう。棚倉断層が南に向かって一直線に伸びている,これが山田川の谷。かの竜神大吊り橋はこの谷に流れ込む支流のひとつに作られてます。今日もバンジー飛んでるのかな。
なんていい気分になっていたら事件発生。若い女性ばかり6人のグループが山頂に現れました。1人が先導役であとはお客さんという感じの,決して人品卑しからぬ方々なのですがとにかく賑やか。頂上からの景観にキャーとかステキーとか,黄色い声というのでしょうか,ものすごく高い声で叫んでいます。慌てて三脚を畳み,頂上を譲りました。南側の岩場でカメラを構えたのですが,頂上ではとんでもない事態が起こってます。たぶん先導役の女性は他の参加者を喜ばせなければならないのでしょう。ここでサプライズがあります!〇〇さんのお誕生会です!ケーキを持ってきました!…… またキャーです。皆さん頂上でお誕生パーティを始めてしまいました。ここからはカワイー!の連呼になります。ケーキのことらしいのですが,もちろんとんでもなく高い声で。ワタシ知ってます。女同士でのみ通じるコミュニケーション術で,感情を表わす言葉をとにかく高い声で出す。高ければ高いほど相手への賞賛の度合いが高くなるというアレ。本心かどうかは存じません。…… どうでもいいけど,頂上からの写真を撮らせておくれよう。
仕方なく南側の岩場で三脚を据えてシャッターを切っていたら,いつの間にか女性たちの話し声が近くに集まってました。顔を上げると一列になって私を見ています。なんのことはない,今度は私が下山路を塞いでいたんです。恐縮と謝罪をしながら道を開けました。なんだ同じことしてるじゃないか。本当に,他人のことをとやかく言う資格がない奴です。
さて改めて絶景を。今年は間違いなく紅葉が大当たりです。
月居山。フタコブラクダみたいな山容はここ県北では良いランドマークです。右端に写る岩峰との間が袋田の滝です。… 月居山の手前にあるのは太陽光発電でしょうか,いささか無粋です。いま日本中の景観がこうなっているのかな。
すぐ隣の鍋足山第Ⅱ峰。いい色になってます。あと1週間で見ごろです。本当に今年は大当たり。
名は知りませんが武弓方面の山。後方にうっすらと日光連山。
八溝山方向。見ていておや?と思いました。何か足りない。
これだ。下の2013年の写真と比べてください。八溝山の真下に見える松が枯れてます。
2013年 2021年
姿の良い,そして最高の立ち位置にある松でした。残念です。
よく見ると他にもまとまった枯れ松があります。マツクイムシでしょうか。紅葉の中に松の緑があることが美しさのポイントだったのに。
頂上周辺。そうですこの多様で変化に満ちた色付きが日本の紅葉の魅力なんです。
ウラジロノキの実が青空に供えられています。これでもバラ科。このいかにも野趣あふれる風情が好きです。
ママコナだと思うのですが名の由来の白い模様がありません。季節的なものか,別種か。こう見えて半寄生植物,根を他の樹木の根に絡ませて養分を横取りしています。
これはリュウノウギク。崖地を好み,奥久慈の稜線でよく見かけます。葉をもむと芳香を放ちます。野菊の季節の最後を飾る密やかな花です。
ウリハダカエデ。赤から黄色の変化に富む紅葉を見せてくれます。
ダンコウバイ。紅葉のハズれ年にも鮮やかな黄色で人を慰めてくれます。秋だけでなく早春の枯れ野を飾る黄色い花も人を喜ばせ,クスノキ科なので香油を含み香りでも楽しませてくれる,実に得難い存在です。
うわあ。山頂を少し下ったところが一面に伐採されてました。里川の谷が丸見えです。伐られたのはスギやヒノキの植林だけ,時期はおそらく前の冬から春にかけて。
人工林が伐られても私にはどうでもいいことです。どうでもよくないのは林床にあった陰生植物たち。暗く湿った森の底で細々と光合成をしながら,それなりに穏やかに暮らしていました。日なたでの華やかで喧噪に満ちた生活は好みません。静かな静かなマイペースの日々。それが突然強烈な陽光に葉を焼かれ,乾燥に晒され,ブロードウェーの舞台で主役を演じるスターのような生活に放り込まれました。宝くじに当たったビンボー人と言ってもいい。
おなじみヤブコウジ。こんな盛大に実をつけてるの,見たことありません。葉に赤い色素(たぶんアントシアン)を貯めて陽光を防ぎながら光合成をして大稼ぎ。こんな生活もあるのかとさぞや驚いたことでしょう。
彼女たちも知っているのでしょう。これは三日天下。来年になれば光合成能力の高い陽生植物が一斉に萌芽して,たちまち頭上を覆ってしまうんです。そうなればまた元の日陰生活に逆戻り。下手をすれば苦手な生存競争に巻き込まれて滅ぼされます。今のうち,今年のうちにたくさんの子を作ってばらまき,次代を安全な場所に送り込まねばなりません。これは計算されたリスクヘッジでもあるのです。
ミヤマシキミもびっしり花芽を付けました。
おお,キッコウハグマ。ここにもいたか。先月にも記事にした貧相な陰生植物。それがこんなに花を付けて。乾燥に苦しみ葉は陽に焼かれてぼろぼろですが,それなりに光合成ができたようです。
来年の夏を越せるかどうか。
ミドリヒョウモンの雌が足元から飛び出しました。タチツボスミレのそばの切株などに産卵して,秋のうちに生を終えます。たぶんその仕事もだいぶ終え,静かに満足しながら陽を浴びてます。
困ったのは繁茂した草と雨風で流れた土のせいで,おしきびルートの道が消えていること。稜線に沿った道なので何とか進めましたが,こんな道標が有難い。来年は道だけでも草刈りして欲しいと切に願います。このルートがメインの人もきっとおられると思うので。
無事降りてきた笹原の集落近く,1本だけサラシナショウマが咲き残っていました。ふつう群生する花なので,ぽつんとしていると余計に寂しそうに見えます。
本日写真にしたキノコはこれ一つ,ツチスギタケです。…… ええ認めます,カエンタケが目的だったなんてすっかり忘れてました。
登って降りて三時間。時計を見てまだこんな時間かと驚きました。たっぷり一日小冒険を楽しんだつもりが,えらく効率のいい時間の使い方をしてしまった。しばらく距離を置いていた山だけど,岩場のスリルといい生物の豊かさといい,もう少し潜って踏査してみようかと思わせてくれます。
鍋足山遠望。左のピークが今日登った本峰,伐採地も見えます。右のピークが三角点峰。右から左へずーっと縦走するコースもあって,次の春には花を愛でる山歩きでご紹介しようと思ってます。
ノコンギクが咲いていました。日陰で空の青を映しこんでいました。どこにでもあって誰の眼も引かない,そんな里山の野菊です。秋が終わります。
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