スハマソウ。県の分類で絶滅危惧1B類「ほっとくと絶滅しちゃうかもよ」。理由は限定的な分布とその環境破壊、盗掘の危険。
茨城の、といってもごめんなさい。県内すべてを把握しているわけではありません。本当に詳しい人というのは決してこんなふうに軽々しく発信しないものです。植物を愛する人ならなおのこと。
その軽々しさで、昨年は鍋足山のスハマソウを紹介しようなどとやってしまった。今となっては恥ずかしく思います。一時期、「茨城 スハマソウ」で検索したらその記事が一面で出て冷や汗ものでした。
では「鍋足山 スハマソウ」で引いたら。これも驚きました。山歩きサークルの方々が今年の、今日見たばかりという報告を大量にアップしておられる。すっかり人口に膾炙かいしゃし、広く知られてしまっているようです。とりあえず詳細な自生地は伏せてあるのですが、これだけ報告があっては断片をつなげば大体の場所は推定されてしまいます。実際、岩場の稜線歩きが好きな人だけの道であった自生地への登攀路がすっかり踏み固められて
シュンランが咲く道なのですけど
掘り取られていたり。スハマソウでは確認しておりませんが、無事なんて考えられない。明らかに話が広がり人が増えた弊害です。私は加担しません。鍋足山のスハマソウに関しては以後言及するのはやめます。
これも鍋足山の名物らしい、シロキツネノサカズキモドキ。もっとこなれた名はないものでしょうかね。
というわけで。
スハマソウは見たいので、以前に一度ご紹介した超マイナーな自生地を5年ぶりに訪ねてみようと思い立ちました。春の夏緑樹林の花々を見る楽しみは捨てがたいのだ。
茨城県北部、久慈川と山田川に挟まれた地域は集塊岩(火山角礫岩、ハイアロクラスタイト)の大岩塊。急峻な地形がヒトによる開発を拒み、多様な生き物が暮らします。正確には集塊岩と溶岩が交互に積み重なっていて
これは溶岩層。
ところどころガマと呼ばれる晶洞があって
そーです私が「久慈川本流系」と呼ぶところのメノウの出どこなのです、わははのはー。でも今日はメノウ回ではないのでここまでね。
それではご覧ください、まずは茨城の春の夏緑樹林、早春第一弾。
アカシデ。
エイザンスミレ。
クロモジ。
ぎゃあああ、スギの雄花。
いつもはザコ扱いのタチツボスミレ、今回は良いタイミングに逢えたようで花付きの良い美人さんがいっぱい。花色の変異を楽しむ意味で、少しリスペクトしてみました。
ツクバキンモンソウ。
ツルカノコソウ。これでもオミナエシの仲間。
ハクサンハタザオ。それなりに希少らしい。
ヒトリシズカは春告げ花として外せません。
フデリンドウの咲く環境ではないのですが、たぶんここにかつてヒトの生活があった名残りだと思います。やがて森に飲み込まれる運命です。
マルバスミレ。
ミヤマセセリ。蛾じゃありませんよ。
今回はこんなラインナップでした。日をずらせばまた新たなものを目にできるでしょう。
それでは今回のメインイベント。
かつてここには人の生活がありました。その痕跡が森に消えつつあります。
そして行き着いた林床に
咲いてました。これが茨城のスハマソウ。
日当たりの悪い土の急斜面。花期も終盤、鍋足山のような元気のよい花姿はありません。でもこういう場所こそ、こんな細々生きているものには良い避難場所なんです。
ごくごく狭い自生範囲、でもその中では足の踏み場に困るほど密集してます。落ち葉に埋もれていることもあるので本当に気を遣います。
県内のスハマソウは基本的に白ですが、ここではうすピンクの個体を見かけたりして、おお可愛いいのう。この類(スハマソウ、ミスミソウ、オオミスミソウ… すべて同種)の多様性を知るゆえに、「白い妖精」という表現は私にはできないなあ。
もう実を付けている個体もあります。痩果そうかと言ってキンポウゲやフクジュソウなど多くのキンポウゲ科と同じものです。
かなり傾斜した斜面で、だからこそ落ち葉が堆積しすぎず、こんな小さな草姿でも埋もれずに生きていけるのでしょう。勢い付けて転げれば一気に谷底まで行ける…… と前の記事で書けたのはこのまま土の斜面が続くと思い込んでいたから。とにかく足元が不安定で、そこを重いカメラを装着した三脚を担いで移動します。ふと足元から小石が転げて、ガサガサっと落ち葉を散らしながら落ちていきました。このままガサ音が遠ざかっていくのかな、と耳を向けているとふっと音が消えて、ややあってカツーンという石同士がカチ合う音が聞こえました。
おいおいおい。
断崖じゃないか。すぐ下が断崖で、その下も岩じゃあないか。本当にあーれーとか落ちたら〇んじゃう場所だったんだ。花を見るのに命がけ。どう思います? 世間的にはいろいろ言われそうですけど、個人的にはそれで本望でございますよ。たぶんナチュラリストって、生き物を愛でる人って、そういう人種なんだと思う。
1時間も頑張っていると足腰ガタガタです。不安定な足場にかなり消耗することになります。そこで来るたびに想うのは、あと何回来れるかなということ。ケガしたり、病んだり、衰えても、もうここには来られません。来るたびに、これが最後と覚悟します。
ここのスハマソウを知る人は私以外にもおられますがみなご高齢です。私が最後になるでしょう。そしてこの場所を、私も誰にも明かさずにおこうと思います。まだ踏み分け道がかろうじて判別できますがやがてそれも森に飲み込まれ、ここは人界から隔絶されます。そしてスハマソウは人知れずここで世代を重ねていくことになるでしょう。それでいい。
今度の朝ドラは牧野富太郎先生が主人公ということで、植物ネタは受けるかなーなんて、我ながらこれまた浅はかな。
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