ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

山と野のあわいに

 

        


 床屋に行く、と言って車を乗り出しました。いえ本当にそのつもりだったんです。


 空は晴れてはいますが、時おり突風が吹き、黒い雲が鳥のように端切れをばたつかせながら過ぎていきます。低気圧が通過の予報で、雨もあるでしょう。こういう空模様は妙に心に触れるものがあります。気付けば水戸から20キロほど離れた里山にいました。

 


 1時間に車が数台通るだけなのにだだっ広く作られた道。折々に幅があって、車の停め場所には困りません。歩いてみれば傍らには春の野の花々。ふわっとハチミツのような桜餅のような芳香が漂うと、白いウワミズザクラが咲いています。


 床屋に行くつもりだったので普段着のまま。カメラも車に残して、道沿いに路傍の花々を見ながらのんびり歩いておりましたが、視界の端に何かがありました。意識しないままに視覚が何かをパターン認識する、以前も「生物屋の眼」としてご紹介したアレです。なんだ、何があった。


 改めて意識をソレに向けて、あ、と声を出して、すでに1キロくらい歩いていたのですが慌てて車にとって返して、運転してその場所に戻りました。また不思議な空間を見つけた。

 


 見た目はこんな場所です。特に目を引くこともない、草刈りの行き届いた斜面。一面のタンポポが春を告げる、まことにのどかな里山の路傍です。

 


 まずはそのタンポポ。一見するとカントウタンポポです。でもなんだか豪壮すぎます。さらに見分けポイント「総苞片」を見るとささやかに怪しい。

 


 たぶんこれ、セイヨウタンポポとの雑種です。かの洋種タンポポの恐ろしいところは、無受精でどんどん種子を作れるくせに、在来のタンポポにも自分の遺伝子を忍ばせ注入し、ゾンビか吸血鬼のように自らの眷属を増殖させていくその不気味さです。一見在来タンポポなのに、DNAを調べたらセイヨウの遺伝子を持っていたというステルス侵略で、都会のタンポポはほぼ汚染され尽くしているとか。それがこんな地方まで及んでいます。


 しかし私が声を上げたのはタンポポにではありません。

 


 これ。

 


 ルイヨウボタンと申します。メギ科というなかなかマイナーな一族の者ですが問題はソコではなく、これはこんなところに在ってはいけない、あるはずがない、まるでカンブリア紀アノマロカリスが金魚鉢を泳いでるようなものなんです。

 


 わあなんか変な花。いやいや実は深いベールを幾重にも被った神秘の森人です。私が知る県内の確実な生息地は福島との県境、標高650メートルのブナの森。牧野植物図鑑にも「深山の林下に生える」とあって、標高60メートルの低地の野っ原でタンポポに囲まれているなんてあり得ない。

 


 ここは何気ない里山です。たぶん元は森で、ルイヨウボタンも人嫌いながら静かに暮らせる環境があったのでしょう。ところが森が伐り開かれて道が作られ、いきなり明るい場所に引き出されてしまった。今後も生き残れるかは知れませんが、隣人に恵まれたか適度なヒトの干渉が良い効果なのか、今のところ居心地は悪くなさそうです。私としてはあれが見たかったらあそこに行け、というナチュラリストの引き出しが一つ増えたことを喜びたいと思います。

 


 さて、どうやらここは面白い場所だぞ。またいいとこ見つけたぞ。カメラ片手に歩いてみましょう。空には千切れた黒雲、明滅するような日差し、そして強風。いつ雨が降り出してもおかしくない状況で植物撮影にはマイナス要素ばかりですが、歩く価値はありそうです。

 


 ニリンソウの群落がそちこちにあります。これも野原ではなく森の陽だまりに生きるもの。ルイヨウともどもこの地の森の記憶です。

 


 ふだん並ぶことのないタンポポと。ちなみにこのタンポポには西洋種の特徴が強く出ています。

 


 ジロボウエンゴサク、ヤマエンゴサク、ムラサキケマン。ワンフレームに私の好きな変な花、キケマン属の3種が競って咲いてます。

 


 ジロボウエンゴサク、次郎坊延胡索。当地のキケマン属では最も繊細なもの。

 


 ヤマエンゴサク。次郎坊より花が大きく青系の花色です。北海道にはそれはそれは立派で美しいエゾエンゴサクというのがあって、例えば北大の構内を青い花で埋め尽くしていると聞きます。いつか見てみたい。いやもう私に「いつか」はないかも。本気で北海道旅行を考えねば。

 


 ムラサキケマンは、かつては我が家の庭にもあった、この類では最もなじみのものです。私の好きなウスバシロチョウの食草でもあります。

 


 早春から春を彩ってくれたタチツボスミレはさすがに花期を終えようとしています。お疲れ様。

 


 クサノオウ。薬草・毒草で、自らの胃がんの治療に欲しがったというのは尾崎紅葉だっけ。

 


 キュウリグサは超ミニマム版野生のワスレナグサ。こういうのがいいんです。

 


 セントウソウも森の住人です。ルイヨウボタン同様取り残されたのでしょう。まず花自体が一般人の眼に留まらぬ微小さですけど、拡大すればちゃんと一通りの構造をしています。直径は2ミリほど。

 

  

          
 写真が不鮮明だったりブレていたり、どうかお許しください。とにかく凄い風が断続的に吹いて花は揺れまくり、陽射しは途切れがちで露出はズレまくり、雨までパラついてきました。状況は最悪です。でもたぶん、今この瞬間が神さまのくれたチャンスなんです。

 


 そしてまた現れたキンポウゲ科っぽい白花。ん?花がデカい。しかも一輪ずつ。ニリンソウじゃないぞ。これは……

 


 イチリンソウだあ!


 昨年は玉川で見つけて喜んでおりました。いざ探すとなると見つからないものです。というか、いま調べて知ったのですがこれ、茨城県の準絶滅危惧種に指定されてました。やっぱり貴重な花だったんだ。こんな大輪の清楚にして美麗な花です、業者やメルカリ野郎や園芸ジジイに狙われます。うわあ、この場所は秘密にしなければ。

 


 何より強調したいのはこの花色。通常イチリンソウのがく片は表側は白、裏側も白ですが個体によっては赤くなる、とされてます、こんなふうに。

 


 でもここの個体群のイチリンソウ、なんと表側までほんのり赤いんです。まるで少女が頬を染めて恥じらうようなピンク色。これは業者に見つかったら大変なことになります。

 


 参考までに、一般的なイチリンソウ。ね?表側は基本的に純白なんです。今日のイチリンソウ、特別です。

 


 ピンクのイチリンソウ。また良いものに引き合わせてもらった気がします。それも含めてこの里山の一角、継続して観察する価値がありそうです。何が出るかなうふふふふ。

 


 ちなみにイチリンソウの学名 Anemone nikoensis日光のアネモネ」だって。いい名前もらってるなあ。

 

 

 

 

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