ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

ごめんね女王。

 

 私の起床シークエンス。5時半に起き出し、お湯を沸かし、神棚の水を替え、新聞を取り、居間と父母の部屋のシャッターを開け、洗面をし、自分の朝食を用意する。あら結構こまごまとやってるのね ♪   これで一連の朝の儀礼になっているので、順番が変わっただけで調子が狂います。ま、それはさておき


 5月半ばのある朝、いつも通りに父母の部屋のシャッターを開けたところ、かすかにブブブという羽音が聞こえました。まるでネズミが象に文句をつけたような、静かな朝だからこそ聞こえたレベルのささやかな、それでもはっきりと抗議の声と理解できる鋭さがありました。それが見下ろすような角度で聞こえます。

 


 はて。見上げたそこはサッシの上枠部分、朝の光が逆光になって見えづらいのですが、網戸の外、シャッターの内側に何かあります。目を細めて顔を近づけ、うひゃあと声を上げて身を縮めました。ハチの巣です。アシナガバチの巣。成虫は1匹だけ、それが翅を震わせブブブと私を威嚇していました。大型の、たぶんセグロアシナガバチです。そして間違いなく女王。

 


 巣のメンバー全員で越冬するミツバチと異なり、アシナガバチはその前年に生まれた新女王だけが春を迎えます。エサとなる他の昆虫が現れる4月末あたりから巣作りを始め、まず最初の働き蜂を育てます。女王ただ一匹で巣の場所を決め、材料を集めて育房を作り、産卵し、イモムシを狩って幼虫に与え、育房を増設し…… 自らの王国を創成していくのです。その肩にかかる責任の重さから、女王はとても大人しい。巣に人が近づいても、むやみに突きかかるような危険な真似はいたしません。ひたすら耐え忍びます。とにかく今を耐えれば、すぐに頼りになる娘(働き蜂はすべて♀)たちが成虫になって助けてくれます。そうなれば女王は労働から解放され、ひたすら卵を産む生活に入れます。そうして巣はどんどん大きくなり、働き蜂は増え、王国は盤石になっていきます。

 

 


 問題は今回のこの女王。よりにもよって、としか言えません。朝夕にガラガラガシャーンとシャッターが開閉されるこんな落ち着かない場所になぜ巣をかけたか。大人しい女王だけのうちは良いのですが、働き蜂がいる巣でこれをやったらこちらも無事では済みません。セグロアシナガバチ、大きいぶんかなり痛いです。


 新女王の生存率、そして新王国の残存率は極めて低いと言います。無事冬を生き抜いた女王同士でまず巣作り場所の争奪戦。これに勝ったものが創設女王となり巣作りを始めるのですが周囲は敵だらけ。巣を滅ぼす敵にはナメクジなんてのもいるのだから大変です。結局最初の働き蜂が生まれるまでに8割の巣が滅びます。今回の女王は、きっといい場所を確保できず、人間と接触する危険を避けることができなかったんです。


 生き物を滅ぼすのは私の主義に反します。でもこの巣を放置すればシャッターを開閉する私や老父が危険です。本当に申し訳ないけど、この女王の巣も生き残る2割には含まれないことをこの手で示さねばなりません。

 


 昼下がり、女王がいないことを見て取って、棒を使って巣をたたき落としました。そしてまた肝を冷やしました。巣の上に、女王はしっかりとしがみついていたんです。見えなかった。しかし地面をころころ転がっても女王は巣から離れません。なぜって、女王にとってこの巣はわが身より大切なものだから。この巣だけが自分の存在理由だから。…… 鬼の形相で、女王に殺虫スプレーを吹きかけます。のたうつ女王。

 


 残った巣を拾い上げ、覗き込んだら目が合ってしまいました。女王が必死で育てた最初の娘、丸々と太った蛹化間近の幼虫たちが、おびえて身を縮めながらじっとこちらを見ています。いや目があるかどうか知らないのですが、明らかにこちらの存在をわかっていて、さらには自分たちの運命をも悟っているのだと思います。ごめんね。本当にごめんね。もう女王はいないんだよ。…… この子たちのその後のことは、書きません。ご想像のうえ、お許しください。

 

           
 巣のあった現場に戻っておや、と思いました。さっき女王は間違いなく地面にあったのですが、いません。かき消すように姿がありません。しばし探して、ようやく見つけました。

 


 サッシの下枠に乗ってこと切れていました。え? あれ? 確かにさっきは地面に落ちてたよね?


 最後に女王は、残った力をふりしぼり、巣のあった場所に飛んだんです。自分が王国の創成を夢見たその地に憩い、そしてポトリと落ちた。最後に何を想ったでしょうか。ああ、私はなんてことをしてしまったんだろう。

 


 ここできちんと申し上げます。アシナガバチは益虫です。ミツバチをはじめさまざまな昆虫を狩るスズメバチと異なり、アシナガバチは植物を食害する鱗翅目りんしもくの幼虫、すなわちイモムシ毛虫ばかりを狩ります。恐ろしく効率のいい植物の守り手で、アシナガバチの数が多ければ、5月から9月の間に葉が虫に食われて丸坊主になることはありません。

 


 そして私の王国、我が家の庭にはたくさんのアシナガバチが飛び交います。ことし菜園では5月になっても丸々と太ったハクサイを何個も収穫できました。もちろん無農薬。ソラマメスナップエンドウも大豊作、自前のキャベツは毎日食卓に上がります。キンカンサンショウクチナシも、夏の間はアゲハやオオスカシバに食いつくされることはありません。みな、アシナガバチたちのおかげです。

 


 また一段と大きくなったハマナス。ここもアシナガバチのパトロールコース。みんながハチに守られて、我が王国は豊穣のうちに多様性が保たれています。放置せず、されども干渉しすぎず。ヒトと他の生物が共存する方舟、そんな場所を目指してます。

 

 

 

↓ なんのかんのとハチ好き。

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