きっかけはここでした。水戸の表通りで特に賑やかな南町のスクランブル交差点。
向かいの二丁目のよく整備された花壇と対照的な一丁目側の、何というか自由な植え込みの中。すっという立ち姿の、見慣れない草が生えておりました。
ぼんぼりのような長柄の実をたくさん付けてます。これはコミカンソウ科の帰化植物ナガエコミカンソウ長柄小蜜柑草と申します。暖地を好む者で分布は「関東以西」となってます。例によって茨城が東北限に近い植物でしょう。私は初めて見ました。のちに
大工町や
茨大前でも見かけました。いずれも路傍の、日当たりと乾燥のきつい場所に涼しい顔して立っていて、それはいかにも大陸生まれな好みだと思います。西南日本ではあたりを埋め尽くす雑草と聞くけれど、一年草で草刈りにも引き抜きにも弱く、きちんと管理された場所で問題になることはありません。
それにしてもコミカンソウ科とは聞かない名です。熱帯・亜熱帯が分布の中心で、日本本土にあまり目立つ種はありません。ネームシップのコミカンソウ、昔からその名と、美しく奇抜な果実を図鑑で見知っておりまして、上の外来種同様関東までの分布です。基本水戸は分布外だと思いますが、実は一度だけ市内で遭遇してます。市内西部丘陵にある浜見台霊園と、それと背中合わせの楮川こうぞがわダム、ここは市内で最初に南方系のツマグロヒョウモン(チョウ)が定着したりして、まるで外界に向かって開かれた窓のような場所です。そのダムのほとりで数十年前に、コミカンソウが見事な赤い実を鈴なりにしているのを見たのです。でも一度だけ。定期的に草刈りはされるし、寒い年もあったし、以後は霧の彼方にかき消えるように姿をくらましておりました。
状況が変わったのはかの茨城県植物園に行ったとき。リニューアル工事に入る閉園直前、最後の記録にと写真を撮りまくっていたら
何だこれ。一見ニシキソウの仲間に見えますが、それよりはるかに端正です。ひっくり返したら
コミカンソウでした。花壇のふちにぽつんとひと株。まだ実が青く小さく柄の長い状態でしたが、表面にブツブツがあるのは近似種の中でもコミカンソウだけです。本当は秋まで待って赤くなった実を撮影したいところでしたが…… 閉園してしまいました。
ならばと、かつて見た唯一の産地、楮川ダムに行ってみます。親戚すじの外来種が生えていたような道端の雑草の茂みや縁石のふちなんかを丹念に探したら
まず縁石のふちにいじけたのがひと株。
草むらにもありました。暖地で大群落を作る姿には遠く及びませんが、生き永らえてくれました。
ただ残念ながら、10 月の果期にカメラを下げて行ったら姿を消してました。この青い実の写真が最後の姿です。
赤い果実を見せてくれる者は、意外にもすぐそばにいました。お散歩の帰り道、久しぶりに台地の下道を通り、自宅のある町内の裏通りに上がってきたら
あったあ。図鑑にあるような立派な立ち姿のがただひと株、人家の駐車場の入り口の縁石と歩道のすき間、ちょうど車のタイヤの間になる位置にキリリと佇んでおりました。周囲も随分探してみたのですが本当にコレひと株だけ。何と控えめな雑草であることか。
見つけたのは9月。まだ色付きが途中です。赤くなりきるのを待って撮影したいのですがさて困った。思いっきりヒトんちの真ん前で、黒ずくめの怪しい男がじゃがみ込んでなんかしてたら確実に通報されます。ご近所さんに何と言われることになるんだろう、うぐぐ。もっと撮りやすい場所にないものかと市内を散々歩き回りましたが、結局見つけられませんでした。雑草に対して何をしてるんだろう私は。
で 10 月。コンパクトカメラを手に裏通りに行ってみます。期待通りに良い色になってます。靴のヒモを直すふりしてこんな写真を撮ってましたが
うぐぐぐ、カワイイぞ。キレイだぞ。あああ本気の接写がしたいよう。…… というわけでプチンとひと枝もらってしまいました。本当は野外で撮りたかったのですが諸般鑑みてやむを得ず。さあここから据え物斬りだ。
直径 3 ミリの、本当にミカン型です。
よし撮った。これで満願成就じゃあ。…… と、撮った後は机上のシャーレに放置していたのですが
何だ? 何かが起こっている。
わああ、弾けてる。
こんなスジ彫りの入った種子を飛ばしてました。
考えてみれば、これも野に逞しく生き世代を繋ぐものです。こういう反応は予想してしかるべきでした。油断したなあ。
乾燥することで果実が次々とはぜていきます。そんなこと図鑑にもネットにもなかった。実物を観察することがいかに重要か、いまさら気づかされました。
ちなみに乾燥した果実。新鮮だったときの何だか海の棘皮動物みたいな質感と比べると、果皮がぴしっと締まって本物の果物に見えます。夢に見たとまでは申しませんが、期待通りの美しい果実でありました。
で、やっぱり思っちゃいました。コレを毎年、我が庭で見たいと。
いや今年、コレを見るためにものすごく歩き回ったんです。球場やら公園やら土手やら国道の路傍やら。まるで山中で冬虫夏草を探すような目つきと動きで大勢の人の間をうろつく、それはさぞや怪しい姿であったことでしょう。我が王国に迎えればいいじゃないか。なんせ種子が手に入ったのですから。
実は実行した人の話があって、水戸の気候でもライバルのいない場所で草刈りもしないで置けば大繁茂するそうです。密集しタワワに実をつける姿はさながらコミカン畑だと。おおおこれはぜひ。
我が家で実施する場合の問題は…… もちろん家人であります。絶対に気付かれる。一発で私の仕業とバレる。ごまかすことは不可能です。どう言い訳し、どう開き直るか。それも含めて、来年が楽しみです。
↓ あの、様々な機会を与えてくれた植物園は、もうありません。