前の記事から更新なきまま日が経ってしまいました。季節を追うのに忙しくて。
11 月半ば、夜に書斎の窓を開けていたら、何と蚊の侵入を受けました。赤い体色の、たぶんチカイエカというものです。もとより人工環境に適応した虫ではありますが、ちょっとぉ、信じられます? 11 月に蚊が飛ぶんですよお。内陸の前橋より寒いこの水戸で。これまではなかったこと、季節感がズレまくる年です。
その一方でカレンダー通りに進むものも。ユズが大袋に4つ、台所に搬入されました。スーパーでは2個で 140 円なんて値札を見ましたけど、こちらはぜんぶタダです。家人の知り合いの歯医者さんが庭に何本も持っていて、収獲される実は毎年すべて我が家に回されるんです。
もちろん完全にロハというわけではありません。これが家人の手ですべて皮・タネ・ジュースに分離されて、皮はジャム、タネは美容、ジュースはポン酢やカクテル用に加工され、ジャムとジュースの半分は自家用、ほかは生産者はじめ家人の同僚たちに分配されます。するとそれがさらに砂糖袋やら野菜やらで返ってきて…… そうですこれぞ里山資本主義。ユズを原資にして回る経済です。一切おカネが介在しないのでGDPには関与しません。でもおかげで我が家はコメとイチゴに不自由することなく、ジャムの原料としてイチジクやヤマモモなんて珍しいものを楽しめます。
私が山で採ってきたキウイは追熟に1ヶ月かかりましたが
これも里山経済の原資になりました。常陸の国の天地の豊かさに感謝しつつ、冬ごもりの準備は進みます。
11 月末、楮川ダム越しに北の空。深淵を覗くような蒼天ですが冬の色を含み始めてます。私がイメージする当地の「冬空」は、朝は快晴であってもやがて一様に白茶けた薄雲に覆われたり北から雪雲の崩れたのが流れてきたり、決して日本晴れではありません。
今年はいつまでも紅葉が楽しめたのが炎暑の代価と言えるでしょうか。
リンドウが今年も彩りの季節の終焉を告げてくれました。
11 月 30 日、水戸駅前工事区画のささやかなイルミネーション。普段なら家で食卓を囲む義務に服している時間に、夜の街を歩く機会に恵まれました。元の職場の若い人から懇親会に誘われまして。3年前に一切あとを濁さず、関連するすべての組織に縁を切らせて頂いた身です。この手のお誘いは断る気でいましたが、コロナ禍で送別会もできませんでした、ぜひ、と。心からの気遣いを感じて、ああ有難いなあと。まあ、懐かしい顔たちと楽しい語らいができました。アマノジャクもほどほどにしなければなあ…… 秋の気候が続いてます。
12 月3日、庭のハマナスの最後の一輪が開きました。思えば、初夏の頃から次々と咲き続け、炎暑の間もこの花が途絶えることはありませんでした。その労をねぎらいます。
その傍ら、植木鉢棚の下にうごめく者に気付きました。覗いたら目が合った。
ツチイナゴだ。このまま成虫越冬します。我が王国の住民台帳にまたひとり。無事に春を迎えてほしいものです。
前記事で海浜公園に行ったのが 12 月の5日。日が傾く頃まで滞在しましたが秋の装備でも特に寒いことなく、この高温のまま暖冬に突入かと期待とも不安ともつかない思いを浮かべていたら翌日からカクカクと気温が下がりました。
霜が毎日降りるようになり、空は薄雲が広がるようになりました。私はヒートテックタイツを身に付けて、さあ冬の始まりです。
野で冬に備える者を見ました。イラガのまゆです。この固い殻の中には幼虫が丸まって入っていて、春になるのを待って蛹化します。どんな夢を見るものか。
積年の課題ふたご座流星群。今年も極大日は曇りでした。あーあ。
翌晩に那珂川の土手に出てみました。ほぼ満月の十三日目の月がこうこうと照って、流星観測にはいずれにしろ不向きな条件でした。3秒ずつ 200 枚撮った写真に流星は一つもなく、目視でふたご座の頭から飛んだのを1個見たのみ。…… でも十時過ぎに帰宅して、書斎の灯をともし、暖かい部屋で防寒具を一つずつ外して、部屋着に着替えて、写真を整理して…… と進めるうちに妙に満ち足りた気持ちになりました。自然相手に事が思い通りに進むなど、ハナから期待していません。それよりも、冬の満月の下でひと時を過ごせたことが楽しかったんだと思います。
意に沿わなくても過酷であっても、着実に天地は回り季節は巡る。それを日々体感できる、私はなんて幸せなんでしょう。
↓ 3年前の冬のはじまり。
↓ ランキングサイトです。よろしければ私にお力を。