ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

街なかのキンラン

 

 「ジノ。さん、もし宜しければ、大工町の再開発ビルにあるロボットの石像近く…木の下を見てみてください。ちょっと意外な花が咲いています。ふふふ。」

 


 前回の記事へのコメント、読者の「守衛」さまから挑戦状です。この「ふふふ」がポイント。「きっとあなたは驚くに違いない、ふふふ」という意味です。ほう、この私を驚かせるとな。受けて立ちましょう。

 

    
 再開発ビル。キャバレーやらサウナやらパチンコ屋やらの詰まった雑居ビルが立ち並ぶ、昭和の猥雑さが凝り固まったような繁華街・大工町。その街区をまるまる一つ更地にして建設されました。市の偉業と言っていい。

 


 ロボットの石像…… ってこれか。木の下?

 


 まっすぐに生えるシラカシの木。その下に

 


                え。

 

  
 わあああ、こ、これは キンラン じゃあないか。野生のランですよおお。

 

    
 あっさり驚かされてしまいました。「守衛」さまよくこんなものをこんな場所で。

 


 ただ単に珍しいとか美しいとか、それだけで驚いたのではありません。この黄金色に輝く花の背後には、深く壮大なバックグラウンドがあるんです。ご存じの方もおられるかとは思いますが、またウンチクを交えながら語らせてください。

 


 キンラン。名の通りラン科の、地面から生える「地生」のタイプ。私の住まう茨城県中央部でさほど珍しいという印象はなく、若葉が展開し始めた雑木林の林床で、そこだけスポットライトを浴びたように光る姿にしばしば遭遇します。ただ花の美しいものの宿命として盗掘者に狙われることが多く、各地で数を減らしているようです。茨城県レッドデータブックで「準絶滅危惧」、環境省の全国版ではより危険度の高い「絶滅危惧Ⅱ類」です。

 


 哀れなのは、掘り盗られたキンランは間違いなく枯死すること。なぜか。

 

 


 菌根、という言葉をご存じでしょうか。いまここに1本の樹がある。でもこの樹は単独で生きているわけではありません。その根はとてもぜい弱で、自分だけでは十分な水や無機養分を吸収できないんです。そこで各種の菌類、つまりキノコの菌糸の力を借ります。菌糸と根の細胞が一体となった「菌根」という構造をつくり、菌糸からは水と無機養分が、根からは光合成で作られた有機物がそれぞれに対価として与えられる、つまり共生関係です。ダイコンのように菌根をつくらないものもありますがそれは例外、少なくとも樹木はみな菌の力で生きてます。ヒトの眼には1本の樹に見えて、その実は巨大な共生体なんです。

 


 そして森にはおびただしい種類の植物と、きっとそれより多くの菌類が息づいています。それらの根と菌糸は複雑に絡み合いネットワークを形成し、森じゅうに養分と、たぶん情報を行き渡らせています。比喩としてではなく本当に森は一個の巨大共生体、混沌と喧噪の共同体なんです。

 


               そしてキンラン。


 もともとラン科植物は菌類への依存度が高いことで知られますが、キンランの場合少し性悪です。おもにブナ科の樹木と菌類が菌根という盟約のもと助け合っているその現場に乱入して、双方から水、無機養分、有機物を強奪して生きているんです。生活に必要な物資の 40 %前後を他者から奪っている、これは間違いなく寄生者です。少なくとも有機物は自前の光合成で作れるはずなのに、それすらも。


 都市には必ず寄生者がいます。複雑極まる権利関係や入り組んだおカネのやりとり、そのすき間に生息してあわいに浮かぶ金銀の砂をかすめ取って生きているやからです。都市がなければ存在できません。キンランもまた、森に流れる膨大なエネルギーの上澄みをすすって生きるものです。森林生態系というネットワークの寄生者。森がなければ生きてはいけません。そんなキンランが水戸でも一番の人工的な場所にいたのです。私の驚いた理由をご理解いただけますか。

 


 最初の写真は雨模様の朝でした。晴れた日に改めて大工町に出かけます。

 

    
 まっすぐに伸びたシラカシ。造園業者の樹木畑という生態系の一部であったものが、1本だけ連れて来られました。菌根と、それに取りついたキンランも一緒に。いわば切り取られた生態系です。シラカシという世界樹の統べる小さな世界。世界樹が倒れれば終わる世界。ここの再開発が完成したのは平成 25(2013)年ですから、このささやかな世界は少なくとも 12 年続いてきました。

 


 花は常に半開、このように大きく開くことは珍しい。十分に派手ないでたちなのに、まるで太陽に顔を覗かれるのを恥じ入るようです。

 

     
 ひどい土なの、わかりますか。この者たちの本来の環境、森の沃土とは比較になりません。菌根の力がよくわかります。

 

 
   キンラン 2001 年 日立           ギンラン 2001 年 日立

 実は街なかのキンランを見たのは初めてではありません。以前に努めていた日立市内の事業所の駐車場で、植栽のシラカシの根元にキンランと、同様の生活をするギンランが並んで咲いてました。春の感動でした。毎年その花を見るのを楽しみにしていましたが、ある年、構内の木をことごとく目の敵にする事務方の指示でシラカシが伐られ、ランたちも後を追って消えていきました。この手の経済屋に生態系とか共生とかを説明する難しさを知る出来事でした。

 

         
 心配事はほかにも。こんな文章を読んでくれる私の読者に不届き者はいませんが、この輝く花に気付く一般人はきっといることでしょう。中には連れ帰ろうとする者も。ここまで読んでくれた方にはおわかりでしょうが、キンランだけを掘り取っても決して育ちません。ただ飢えて枯れゆくだけです。寄主から切り離された寄生者に生きるすべはないんです。この町を離れられない人間がいるように。

 


 大工町のキンラン。ずっとずっとこの地で、この繁華街で同じように暮らす人間たちを見守ってほしいものです。

 

 

★ 「守衛」さまからのコメントを元ネタにこの記事は書かれました。

  守衛さま、いいネタをありがとうございます。おかげで良いものが書けました。

 

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