南風が吹いて、水戸が東京より暑いという異常な日々です。せめて雨で冷やしてくれそうな雷雲は、みな水戸の手前で力尽きて消えていきます。カラカラです。かくなる上は連日雷雨に見舞われているという北茨城の森に行くのだ。行って水けを補給するのだ。

林道上にミヤマカラスアゲハの雄。水たまりで吸水しています。「日本で一番美しいチョウ」ランキングの上位にあります。ただこの個体は羽化から日が経って、幾多のライバルとの戦いのあと。翅はかなり汚損してました。歴戦の勇士です。

久しぶりの夏緑かりょくの森。水の気に溢れ、それ以上に凄まじい生命の「気」に圧倒されます。以前は聖なる森と表現してましたが、この季節の今の印象は喧噪そのものの生き物たちのささやきに満ち、人間というよそ者である私には居心地が悪くさえあります。実際に危険はありますし、ここに住まうものたちの栄養にされぬよう気を付けて、マナーを守っての入山です。

樹皮を滴る昨日の雨。水と光が森を、この巨大な生命装置を駆動させてます。

この世界の主役は植物と菌類(キノコ)です。植物が水と有機物の環境をつくり、菌類が物質を循環させる。動物は森に食われぬよう物陰に潜んで暮らします。…… この写真、何だかわかりましたか。土くれに身を潜めるアズマヒキガエルです。

そっと樹皮になりすますガガンボの類。幼虫は周囲の腐葉土か沢の水の中で、森に流れる膨大なエネルギーのわずかなおすそ分けで成長します。鳴き盛るエゾゼミやエゾハルゼミ、舞い迫るアブ・ブユ・ヌカカもみなこの森の従属物です。

これも木漏れ日に輝きながらおすそ分けを狙ってました。

盛夏の森に花はなし。ツクバネソウ果実が膨らんでいました。つやの表面に森の緑と青空を映して。

私の好きな赤い実、ヒメウスノキ。これもつやのある実で、映すものは空の青。

この季節に私の目を引くのは何と言っても夏キノコです。木漏れ日の射す林床に赤い光があって、誘われるままに行ってみるとヒメベニテングタケの幼菌でした。ぽっと立っていますが土の中で落葉を分解し、植物と菌根を作って成長を助け、そんな森を回す仕事の成果として咲かせた「花」、それがこの姿です。

テングタケも生命豊かな森ではよく見かけるものです。

カワリハツのピンク型。傘の色の変異が大きいことから付いた名です。でもこれが一番いい色だと思う。

立ち枯れた木にびっしり付いてこれを分解していたのがチャヒラタケ。赤みの強い個体群で同定に手こずりました。

そして出たぞ冬虫夏草カメムシタケ。生きた昆虫をたおす菌のプレデター、自然度の高さのバロメーター。思えば二十年前、まだ冬虫夏草が「あっても見えない」時期が続いて、散々県内を歩き回ってとうとうこれが「見えた」のがまさにこの森でした。

狭い範囲に七個体。どうやら土に潜って越冬する小型カメムシに集団感染したようです。とりあえず宿主を確認したくて掘り出したけど、そのまま置いてきました。資源保護は大切です。ちなみに左下のオレンジ色はついでに掘り出したサナギタケ。蛾のまゆから出てました。

倒木上に見つけました。実はこれも冬虫夏草なんです。木材をうがって生活する甲虫の幼虫に取りつくもので、クチキツトノミタケという種類。初めて見ました。何百年かけて木が育ち、倒れ、菌類が分解し、ぐずぐずになった材に甲虫が産卵し、育ち、それを冬虫夏草菌が養分にする。森を巡る膨大なエネルギーのほんのひとしずくに生きるものです。知る者にしか見えません。これもそのまま森に委ねることにします。

知らねば見えなかったものもう一つ。渓流沿いの大木のくくれた根ぎわに白い星。直径は5ミリほど。なんとこれも冬虫夏草。微小なクモに取りつくもので、あまりにも人目に付かないので和名もありません。学名アカンソマイセスと申します。そう言われても困るでしょうけど。

森の片隅でヒトの目に見えない同士の食ったり食われたり。こんなかそけき生態系、もちろん豊かな森でしかあり得ません。
なぜそれがそこにあり、そのように生きるのか。何億年もの時間をかけて、相手が変われば自分も変える「共進化」を繰り返し、遺伝子も代謝システムも姿形も変化させ、敵とも同種とも戦い続け、そしていまここに至ります。一つの生命がそれぞれ宇宙に匹敵する時間と謎を秘めています。ヒトがそれを見つける手段は唯一、それを「知る」ことです。
この日の最後に、また新たなものを見ました。

これ。何だこれ。高さ 20 センチ超、節があります。先端はギボウシのつぼみのよう。節とつぼみに生えるのは「鱗片葉」に見えます。明らかに被子植物なんだけど、緑色の部位がまったくない、これは寄生植物か腐生植物です。とすればかなり正体を絞れますが、なんせ初見なのでその大きさと姿に驚きの方が先立ちます。

帰宅後に散々調べて、これはつぼみが開く前のシャクジョウソウという結論に至りました。でも確証を得るには開花した姿を見なければなりません。ええええ、こんな遠いところにまた来るのお?ガソリンと高速代かけて。

シャクジョウソウだとすれば、その手の込んだ生活環に想いを馳せねばなりません。種子から芽生えた幼植物はすぐ菌類と「菌根」を造り、菌類が落ち葉を分解して作り出す有機養分・無機養分を横取りして自分の物とし、やがて花茎を伸ばし、咲き、種子を散らす。菌類が生業にいそしむ豊かな森でしか生きるすべがありません。茨城県レッドデータⅡ類です。
帰路のお話をちょっとだけ。
愛車エスクードで林道を駆け、延々と山道を下り、常磐道に乗り、時速百キロで走り、降り、あと少しで家というタイミングで首の後ろに
ちくちく、ずしり
何か大き目の虫が爪を立てて取り付くのを感じました。私にパニックを起こさせて事故らせようという森からの刺客です。普通の方なら悲鳴を上げていたところでしょう。しかし、ふふふ、こちとら虫を相手に半世紀、この程度で騒ぐタマではありません。正面を見たまま片手で払いのけました。ぽとりとドアポケットに落ちたのは

エゾゼミ。
え、おい、どうすんだよこんなとこで。ここはお前らの生息域じゃなくて、仲間なんかいない土地だぞ。

ボクは乗れと言われたから乗っただけですう。ここどこですかあ。こんなことのために何年も土の中にいたワケじゃないのにー。
いやそう言われてもなあ。とりあえず庭に放すしかなかったけど、元通りの生活も子孫を残すこともできないよなあ。あああ後味悪いぞお。森から持ち帰った唯一のモノがこれとは。
ねえ、今日に限ってはわし何も悪いことしてないよねえ。
↓ 関係各所。
↓ ランキングサイトです。よろしければ1票を。