この記事をご覧になるのが新年になる方も多かろうと思います。前もって申し上げます。鬱 です。老親介護に関するリアルで不愉快な鬱々、要介護3の父の身に起こった出来事の私的備忘録です。浮世離れが身上の私でございますが、この世の従属物である事は皆さまと変わりがない、そんなお話です。飛ばしてくださって構いません。

98 歳の父が 1 0 月に病気の宣告を受けました。まあこちらはとっくに覚悟ができていたので、積極治療や延命治療はしない、ただ静かに見守ろうということで、それは問題なかったのですが当座の処置入院一週間、寝たきりが災いしてそれまで自分でできたことができなくなり、退院後に世話をする母の負担が一気に増えました。もともと体が弱く、それ以上に心が弱い母はすぐネをあげ、ご飯を食べなくなるわ不定愁訴がうるさいわ、要介護が一人増えた状況になってしまいました。
そしてとどめに 1 1 月末、私がインフルエンザを持ち込んでしまいました。私以外全員が予防接種済みでしたが見事に全員罹患、母が治りかけたところで父が発熱。とはいえ 37 ℃ほどでしたが疲れと病で憔悴しきっていた母がパニくり、結局救急車を呼ぶ羽目になりました。
搬送されたのはO病院。市内では大きな個人病院で、外科以外では搬送される確率の高い、でもあまり評判の良くない病院です。モノがインフルエンザだけに、他の総合病院から断られた結果なのでしょう。
母が救急車に同乗し私は夕刻になって車で参上しました。ちょうど入院手続きが始まったところで、事務の方と男性看護師が母と話していました。何があっても文句言いません的サインをいくつかさせられましたが、インフルなので隔離病棟の個室、差額ベッド代一日 8800 円を取られるとのことでした。
実はこれ不当な出費でした。あとで他の病院の方から聞いたのですが、隔離するのは病院側の判断なのでまっとうな病院なら徴収しないお金だと。まあその時はそういうものかと特に疑問は持たず、父を預けました。
その三日後、土曜の朝。同じ看護師から電話が来ました。父が夜間に動き回る。このまま骨折とかされてはたまらんので、家族から付き添いを出すか即退院かを考えろと。
おいおいおいおい。
その昔は付き添いという職業が存在しましたが「完全看護」という建て前のもとその人たちは病院から追い出されました。そんな経緯、完全看護という言葉を吹っ飛ばすかのような暴言です。責任放棄も甚だしい。
この病院はダメだ、と家人と相談し、他の信用ある病院への転院を決めました。
その日の午後、別の看護師♀から電話があり、今度は ① 付き添い ② 拘束 の選択を迫られました。仕方なく拘束を依頼すると共に、転院の希望を伝え、月曜になったらその手続きを始めることをお願いしました。特に問題なく伝わったように思えました。
退院と転院の違い、わかりますか。面倒くさい患者を「退院」はただ放り出すだけです。でも「転院」は、入院中のと転院先のと、双方の病院の「ソーシャルワーカー」が話し合って調整し、書類を整えなければなりません。手が掛かりますがそれが病院ソーシャルワーカーの仕事です。

さて月曜。また違う看護師♀との電話で、改めて転院の依頼、ソーシャルワーカーへの働きかけをお願いしました。そのつもりでした。「明日の十時半に退院でーす」なんてノリでその看護師から返答を得て、すっかりうまく回っているものと思い込みました。夕刻近くになって転院先となるS病院から連絡が来て、O病院からさっぱり連絡がないとのこと。その後はS病院のソーシャルワーカーさんに交渉を依頼したのですが、判明したのは
① 看護師は退院時間なんて言っていない、もちろん転院なんて聞いていないと主張
② 当然O病院のソーシャルワーカーは動いていない
という気の遠くなるような状況でした。誰が悪いのか知りませんが、O病院のソーシャル氏がまるで機能していないのは確かでした。ソーシャルワーカーが所属する部署は「連携室」なんて言うのですが、病棟と連携室どころか病棟内ですら連携の取れていない病院でした。S病院関係者の尽力で、ようやく明日の転院が決まりました。

翌日。とにかく今日はO病院を脱出できれば勝ちとします。会計も病院の言いなりに支払いました。隔離病棟から一般病棟に移っていましたが、こちらの希望を聞くことなく強制的に個室、差額は取られ続けてました。しかもインフルは完治したが肺炎の兆候がある、あと2週間入院して抗生剤の治療を続ける予定だったが家族の強い希望で転院となった、なんて意見まで付けられて。転院先の診察では肺炎の兆候なんて見つかりません。あのまま入院していたらたっぷり二週間分差額と治療代を搾り取られるところでした。
とまれ無事脱出成功です。転院先のS病院も大きな個人病院ですが、院長先生が穏やかで無欲、その院長から末端までよく連携のとれた雰囲気のいい病院で、個室ですが差額は取られません。職員の皆さんも余裕があって、医療者の本分をわきまえた人たちです。父も、O病院ではなかった睡眠剤の処方をしてもらってよく眠れるようになり、夜のせん妄は出なくなりました。そして私も、病院からの電話を戦々恐々待ち続ける日々からようやく解放されました。
父はこのままS病院で年を越し、1月になったら有料老人ホームに移る予定です。かなりの費用が掛かりますが、介護の厚みは金額に比例します。ほんの数か月のことと考えれば少しの無理も致しましょう。

自分の話ばかりしてしまいました。騒ぎの中心にあって父は元気です。ほぼ耳は聞こえず歩行は困難、生活のすべてに介助が必要な状態ですが幸か不幸か胃腸は丈夫で食欲旺盛、ボケてもおりません。明日の元旦は外出許可が出て久しぶりの帰宅、一族に囲まれての新年会です。楽しんでくれたらと思います。