ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

玻璃の向こうに見えたもの

 

 ユーチューブのメイン画面を開いたら、検索したわけでもないのに茨城県内の神社をリポートする動画がいくつか表示されました。御岩神社とか大みか神社とか、まあ何をいまさらというものでしたがその中でひとつ、城里町しろさとまちの石船神社を紹介したものがありました。聞いたことがありません。森の中、暗い境内を川が流れる何やらゆかしい雰囲気、これは参らねば。


 城里町というのは水戸の西隣、平成の大合併前は常北町桂村七会村という自治体でした。このブログで触れたものでは水晶を探した高取鉱山や絶景を楽しんだ鶏足山七会村、フロラの神殿御前山が桂村です。私のフィールドがあるくらいですから、自然豊かな農村地帯と思ってください。中心地は旧常北町石塚。昭和の中ごろまでは行政・商業の中心として栄え、水戸からは鉄道が通じていました。まあそれも遠い昔、今はすっかり静かになってます。


 で今回の石船神社、旧桂村ですがまずは情報を仕入れに石塚にある町役場へ。地図があればいただこうかと。

 


 結局簡単な観光地図しかありませんでしたが、役場の裏に立派なスダジイの木が。「町の木」がスダジイというのはこれにちなむのでしょうけど、実はここ城里町は水戸より寒冷で、暖地の木スダジイにとっては生育限界です。頑張れ。

 


 とにかく産業と言えるのは農業だけ。水戸・笠間・常陸大宮といった賑やかな街に囲まれたドーナツの中心です。町は若い人向けの住宅地に活路を見出してます。これも頑張れ。

 


 薬師寺というお寺がありました。目立つ建てものは本堂と山門だけ。

 


 境内に痩せたボダイジュ。

 


 昨秋の果実がまだ落ちてました。これ全体でヘリコプターか竹トンボみたいにくるくる回って風に飛びます。

 


 石仏に刻まれたのは「享保」の元号。その時代にはさぞや賑やかな町であったろうなあ。

 


 いかんいかん、今日の目的はここじゃない。

 


 というわけでその名も岩船という神社の所在地に向かう途中の山間部、緑色の岩が露出した崖地がありました。

 


 崩落防止の工事をするらしいのですが、これは何だ、色からすると凝灰岩か。

 


 わざわざ車を停めて見てみたら、緑色は表面に付いた地衣類のせいでした。凝灰岩よりずっと脆そうな、あとで地質図で調べたらこれは砂岩だって。

 


 でもなかなか見事な露頭で

 


 岩場に馬頭観音の碑。石船神社なんてのがあるくらいで、磐座いわくら信仰の素地がある土地なのでしょう。

 


 岩陰に、あれは何だ。

 


 子安観音と二十六夜尊だって。二十六夜尊というのは常陸大宮市瓜連の常福寺におわす仏さまで、このあたりでも信仰されていたんですね。

 


 なんて寄り道をしながら到着、神社入り口。集会所があります。ここに

 


 いたあ。紹介動画にもあったキリン。昭和の時代にこういうのが流行ってよく公園や小学校に置かれてました。どういう経緯でここの門番の職を得たか、聞いてみたいものです。

 


 ああ、そんなウルウルした目で見るなよう。ちなみにチョウの翅の模様でこの目とそっくりなのがあります。

 


 さて参道へ。

 


 山の北側にあるここはすでに日の陰の中。空からの青い光で満たされてます。

 


 なんか祀られている。

 


 矢の根石とな。これ、先ほどの崖地の砂岩ではありません。花崗岩ぽい。はてどこから。なんて考えながら参道に戻って前を見て、思わずうわあと呟きました。

 


 青い風景の中、金色に輝く社殿が現れました。

 


 たまたま山の端から陽が射していたのです。が、こういう邂逅が偶然でなく必然であると考えてしまうのが私です。これは心して参らねば。

 


 お正月から間もないということもありますが、地元の人々によくお祀りされてます。これはよきお社です。

 


 で、拝殿の中に丸く仕切られて森が見えます。てっきり丸い窓があってそれを通しての向こうの風景と思ったら

 


 いきなり浅ましいおのれの姿が現れてびっくりしました。これ、鏡です。直径 80 センチはあろうかという巨大なもの。こんな大きさ見たことがありません。


 拝殿の鏡というとよく「ご神体」なんて言いますが、こういう古き神社のご神体はたいてい大岩か山そのものだったりします。Google のAIのよると「拝殿の鏡」は「参拝者が自分の姿を映し、神さまへの誓いや感謝を捧げる際に、心を整えるために使われます」と。この神社に関してはそう考えることにします。

 


 きちんと自分に向き合おう。

 


 拝殿の奥、これがご神体でしょう。さきほどの矢の根石と同じ岩質の花崗岩系と見えます。

 


 境内にある大岩もうひとつ。石船とあります。

 


 長辺3メートルの半月型、くぼんだ心央に水が溜まり空を映します。なるほどこりゃ船だ。神社の名の由来で、このあたり一帯の地名「岩船」にも関わるのでしょう。

 
 でもこれがご神体ではない。なぜ。 岩石としては矢の根石やご神体と同じものです。


 境内にはマンリョウ

 


 カラタチバナの園芸種。極寒と乾燥が水戸以上の城里町でしたが、良いものを見ることができました。

※ 当初キミノマンリョウとしましたが読者さまからのご指摘で訂正しました。ありがとうございます。

 


 帰宅後に地質図を見て気付いたことがあります。あの境内の三巨岩のことです。神社一帯の地質はやはり砂岩。ところが神社の向かいに見えた山、境内を流れる岩船川の上流になりますが、なぜかこの山だけが「 閃緑岩 」で出来ているんです。さながら天から降った玉石の如くに山ひとつだけ地質が違う。別名「黒みかげ」という花崗岩とよく似た岩石ですが、大海に浮かぶ小島のようにぽつんと。間違いなく、石船神社の大岩はこの山からの転石です。転がってきたんです、ごろんごろんと。


 さあそこで私の妄想が走り出します。なぜ「石船」がご神体でないのか。それは一万年ほど前、もうこのあたりは縄文文化が花開き、人々は豊かな自然を背景とした狩猟採集の定住生活をしておりました。やがて岩船と呼ばれるこの小さな谷にも小さな集落があって、その竪穴式住居の一つではスティーブさんの一家五人がいろりを囲んで談笑中です。


 前日までの雨で周囲はぬかるみ、外を歩くには苦労しそう。獣肉もどんぐりもまだ蓄えがあって食べ物には困りません。今日はのんびり過ごそうか。そう言い合っていた矢先、とつじょ地面が揺れ出します。地震の多い土地柄ですがいつにも増して長く、大きい。揺れが収まり、家を飛び出していたスティーブさんたちの耳に樹々のひしゃげる音が響き、地震とは違う振動が迫ってきます。そして …… 一瞬のことでした。眼前の樹々をなぎ倒して現れた巨岩が、そのままスティーブさん一家を家ごと呑み込んだのでした。巨岩は転がり続け、やがて対岸の山のふもとで止まりました。


 この、谷の天地をどよもした大災禍に集落の人々は恐れおののきました。そこで怒れる大岩の前に祠ほこらを建て、代々お祀りすることで鎮めようと考えます。大岩の外殻から剥がれた二つのかけらと共に。のちにこの地を平定したヤマト朝廷の神話の神が祭神として与えられ、祠の由来を知らない者たちが境内で目立つ舟形石を神社の名としましたが、大岩はそのまま祀られ続けたのでした。

 

             


 …… なーんて妄想が脳内に湧き上がる、実にナラティブ(物語的)な石船神社でした。ブログ記事ひとつもうけました。動画の配信者さん、ありがとうございます。

 

 

 


↓ 高取鉱山。最近転売目的の輩に荒らされたそうです。

↓ 鶏足山。

↓ 御前山。