
常陽史料館で素敵な展覧会が始まりました。「硝子ことば 塩谷直美展」。


お久しぶりです。このところ写真展などが続いて(さすがに写真を写真に撮るような愚はできなくて)足が遠のいておりました。今回はガラス。立体。告知ポスターに心が踊りました。さあ何が出るかな。
最初に言い訳しておきます。写真 100 枚以上です。お時間のない方、だーっとスクロールして気になったところで止める、で結構でございますよ。でもできればじっくりと。写真は作品ごと。1枚目に全景、以下私の目線で。たぶん作家先生の意図や作品のテーマからは外れますが、それが芸術だと思うので、あえて。
中へ
この個展のポスターにもなった、入り口エントランスの看板作品。



祈りの水
ご主人の実家の仏壇には、毎日三杯の水がそなえられます。家族の記憶。



木々の声
写真では肉眼で見たときより明るく写りました。カメラの設定を変えながら撮りました。




光と影
真っ黒に見えたり透けて見えたり、見ているこちらを映したり。ガラスの不思議。




港にて
作家先生がかつて住まっていたマルセイユの港。船から次々と降ろされていく美しいものたち。作品が美しすぎて、写真を撮りすぎた。














異国の月
これもフランスの思い出。月は先生の作品のモチーフとしてあちこちに現れます。


村
先生は東京のお生まれだそうですが、美大を出て滋賀県で制作しフランスで働き、縁あって茨城県の里美村(現常陸太田市)にアトリエを構えました。現地民としてこういうありがたいお話を聞くたびに、途中にもっといいところあったろうになあ、なんて思ってしまいます。本当にかたじけない。






太陽と月の会話
最近の地球ってどうよ、とか話しているらしい。




部屋番号
息子さんの最初のひとり暮らしの部屋番号が 202 だったそうです。これも家族の思い出。




三日月の影
「三日月だって本当は丸いんだよ」幼き日の兄上の言葉がいまだ鮮明に。


やわらかい地球の上
地震の記憶。ぐにゃぐにゃの地面にぐにゃぐにゃの建てもの。そりゃ倒れるわい。…… 肉眼では黒く見える作品が、カメラの撮像素子には違うふうに映ります。面白くて次々と設定を変えながら撮りまくりました。私なりの芸術の楽しみ方です。











め・で・る
目出る、愛でる。なんとこのガラス目玉を専門に造る職人さんがいるそうです。ほ、欲しい。


青い三日月
大きな単体作品は、どこにピントを置くかで悩みます。ピントは心の置き所。


ウインドウズ
マイクロソフトのアレがモチーフなのかな。ちゃんと月が乗ってます。


色番号
色に番号があること、知ってました?




無防備な夜
家の窓を開け放つ。


風化
大震災の記憶。カメラの設定で別作品のような写真が並びました。どれが正しいのかな。




たくさんの孤独
千個の椅子、千個の孤独。これも会場の照明と外光の入り方でいろいろな表情に。












2つの時間
作家先生は、里美村にまで持ってきた大型ガラス溶解炉を処分して活動場所を水戸に移されました。断腸の思いだったことでしょう。その際に発掘された過去の作品の部品たち。作家のバイオグラフィーです。捨てられません。






収集
好きなものコレクションだって。自分だったら何を飾るだろう。







孤高の人々
5人の賢者はただ考えるだけで何も為さない孤高の賢者。

変遷
水戸の街を歩いて気付く家々の変遷。わあ私と同じことを考える作家がいたんだあ。


2026 水戸 常陽史料館
この個展の打ち合わせに来た時の常陽史料館の印象だそうです。武骨な外観と明るい館内、そのギャップが素敵、だって。




受付に2種類の小冊子がありました。いずれも …… え?これ作家先生の手造り? プリンター打ち出しの紙を一部ずつミシンで縫い綴じてあります。丁寧で美しい仕事。文章にはガラスと共に歩んだ半生と作品への想いが綴られていました。ああこの人は本当に芸術家なんだなあと思いました。嫌味ではなく、またさほど誉めているわけでもありません。そういう存在であると。私には1つ下の美大を出た妹がいるのですが、まさにこういう存在なのです。同じものを見て、聞いて、感じても、私たちとは異なるモノが前頭葉に投影されてしまう、そんなひとです。私の代わりに異世界を覗いて、それを伝えてくれるひと。私にはとても慕わしく思われます。

なかなかこれだけのために水戸まで来てくれとは言いづらい。写真から何かを感じられたなら、どうか作家先生のお名前をご記憶ください。でも美術作品は、特にガラス工芸は、実物を見るに限りますよ。必ずあなただけの感動があるはずです。
↓ 常陽史料館のガラス展。
↓ フィンランドでは盛んらしい。