ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

会期おわりですごめんなさい、の妖怪展

 


 家のことをいちいち言い訳に使ってしまうのだけど、浮世離れが災いして、実際に現実にまみれてる間はブログの文章が浮かびませんでした。で今回は読者の皆さまと常陽史料館にお詫びです。この夏の常陽史料館の企画展を撮るだけは撮ってあったのですが、記事にできないまま会期は次の土曜日までとなってしまいました。

 

     
          妖怪展です。でした。

 


 会場こんな。1階は美術家による作品展示、地階は資料展示というあの「うつろ舟」の時と同じパターンです。

 


 看板展示はこれでしょうか、高橋恊子「百鬼夜行絵巻」。

 


 もうこれは理屈抜きの造形の面白さ。だーっと写真を並べますね。

 


 同じ作者の作品は、いま常陽銀行本店のショーウインドウにも展示されてます。

 

  
     わあ「顔出し」だあ。やりたかったよう。

 


 大き目の造形作品、林香君「比々」。

 


 同じく「餓鬼」。台湾のご出身だそうですが、日本の土のにおいをよくご存じです。

 


 さあそして、この手の企画展になくてはならない田崎太郎の作品群!

 


 この世界観の妙味、健在です。

 


 「南極妖怪ニンゲン」。

 


 こんな楽しそうに創作する作家はなかなか稀有なのでは。

 

    
             またこんな。

 


 「厄除け疫病神」だそうです。


 地階は貴重な資料とて撮影禁止。文献、絵巻ほか「カッパの手」なるものも。ああ昔、少年雑誌でこういうのを見たぞ。

 


 今回は2階別室に県内各地の妖怪伝承のパネル展示があって、個人的にはこの写真にぐっときました。常陸国風土記の「夜刀やとの神」、ヒトと境界を分けたという有角蛇神の伝説です。そうか今でも祀られているのか。いつか行かねば。

 


 常陽史料館さま、今回はお役に立てず申し訳ありませんでした。ただ、記事の更新がなくても1ヶ月で1万以上のアクセスをいただいているブログです。この記事も広く読まれて、館のお名前は全宇宙に認知されるので、それでお許しください。次回の展覧会を楽しみにしております。

 

 

↓ 過去の展覧会から。

春と夏、花と虫

 

 新盆というのが思いのほか忙しく、多少ともフラストレーション溜まり気味です。家長って大変。

 

      
 お盆明けに玉川を歩いてきましたが、人が入った後で目に付くメノウはあらかた拾われていました。史上初・茨城県に台風が上陸! という騒ぎの後でも、お盆後半はギリでメノウ拾いができたようです。遠方からお越しの皆さん、よかったですね。この太古から続く玉ぎょくの恵みを、これからも皆で分かち合えますように。


 さてしかし、フィールドが恋しいです。玉川1回では足りぬ。まだ片付けやらがあって自由には動けません。ここは春から夏、花や虫の写真を引いて、森の香りを想いましょう。【虫閲覧注意】ですごめんなさい。

 


① 水の森からホットスポットへ

 春の花めぐりといえばここ、水の森。

 


 カタクリの盛りを過ぎたあたりでしたが、出遅れて咲き初めた一輪を。

 


 ニホンカワトンボ。種を確認するために捕虫網にお誘いした一枚、なにか「クモの網に捕らわれた妖精さん」みたいなポーズとってます。あ、すぐ逃がしましたよ。

 


 タマゴケ。一か所、確実に見られる場所があります。まん丸の胞子のう、以前の記事では未成熟で緑一色の写真をお見せしました。今回は成熟して「蒴」←さく。環境依存文字にて文字化けしたら深謝。 が赤く染まった目玉おやじ状態です。ファンが多いとやら。

 


 森を出て「里山ホットスポット」へ。水と気が周囲とは異なる流れ方をする特異点です。ここではセイヨウタンポポもどこか異質な顔をしています。

 


 赤いイチリンソウが今年も無事開花していました。ただ一度の訪問ですべてを確認できたわけではありませんが、他の希種たちも変わらずにいることを願います。

 


② 花園にて

 北茨城・花園のブナ原生林。

 


 また「見えて」しまいました。葉上の小ぶりなスイカの種みたいな黒い粒。おそらくこれまでの森林行脚で何百回も視野に入っていたろうに、この4月に初めてこれが虫であることに気付いたその驚きったら。

 


 こいつです。当初春の記事ではカメムシの仲間と書きましたが、その後正体が判明しました。クロヒラタヨコバイと申します。ヨコバイ? これが? 我が庭のキクの葉上にいて、水の森のコンロンソウの上にうずくまっていて、とうとうブナの森でも見てしまった。同一種です。標高差が 600 メートルもある人工環境から原生林まで、こんな生息環境の幅広い昆虫が、一体どれほどいるものか。

 


 と驚いた直後にナンですが、このアブラムシを飼うアリ、実はこれも低地との共通種と思われます。たぶんトビイロシワアリ。アリって、どこでも同じようなことしてますね。

 


 コケの上を歩むアナアキゾウムシの仲間。この体表のぶつぶつを穴に見立てた和名だそうです。

 


 羽化したばかりで不活発だったこれはヒメクロサナエ。森のトンボです。

 


 極彩色のこいつはなんとガガンボ。クシヒゲガガンボ類の一種、その雌です。幼虫は原生林の朽ち木の中で育ちます。

 


③ ひたち海浜公園

 毎年「茨城生物の会」の観察会が、肝心のオオウメガサソウの花期が終わったあたりで開催されます。他の花々も端境期で、なんでこのタイミングで、といつも思います。会の幹部が海浜公園の植物の管理保護に関わっていて、オオウメガサソウの盛りの時期は忙しいのが理由らしい。少し冷ややかになってしまいます。

 


 そんなわけでお見せするのはこれ一枚。オオイシアブという捕食性のハエです。…… 拡大すると

 


 毛むくじゃらの恐ろし気な姿で、たくさんのダニに取り付かれてます。血を吸うのではなくただ移動に使われるだけなのですが、なんか気の毒に思えます。


④ さんぽの風景

 家のあれこれで定例のさんぽの回数は減りました。それでも目に付くものはあって

 


 豆のかけらを落とすと、すぐに集まるトビイロシワアリたち。ブナの森にいたのと同種です。ただしここは人工環境、旧県庁広場のベンチ下。素の煎り豆をポリポリ食べていたら(ここはツッコミ無用ね )小さなアリがいたのでおすそ分けを。大豆は乾燥重量で 30 %がタンパク質、プロテイン補給に手軽なおやつです。アリもタンパク源であることを即座に理解したことでしょう。

 


 お堀には今年もヤブカンゾウが咲きました。私の夏を象徴する花です。

 


 歴史館に足を延ばし、昨年も愛でた古代ハスを。見るたびにその立派な花姿に見入られます。このハスの発見というか発掘者・大賀博士は、ハスが開くときにポン! と音を立てるという迷信を反証するために不忍池で蓮の鑑賞会を開いたとか。

 


 先のヤブカンゾウの母種、ノカンゾウもありました。メイを探すサツキの背後に咲いていた …… というのはもう書いたっけな。

 


⑤ 小木津山自然公園

 この夏唯一の公的イベント、若手生物屋さん対象研修会。現場に三度下見に行き、資料を揃えました。気づまりな日々の中、とても良い気晴らしになりました。

 

  
 ショウジョウトンボ。最初から真っ赤なアカトンボです。公園の駐車場のかたわらに池がありまして、希少なトンボを保護するために市民団体が整備しているとの看板書きが。その周囲は

 


 クサレダマ

 


 ミソハギなどが茂る草むらで

 


 コガネグモまでいて、生物多様性の教材になりそうな環境です。スタート地点で見るべきものが揃うというお手軽仕様の公園 …… と思ったら、研修会の直前に草刈りされて台無しに。生物と環境はセットなのにい。まあ公園内は問題なく、野外観察は成功裏に終わりましたのでご心配なく。

 


 森はヤマユリのちょうど盛時で

 


 つかまっちゃったあ、という顔のヒグラシ

 


 これはキボシハナノミ。ハナノミという小さな甲虫の一群をご存じない方も多かろうとは思います。そんなのがこの世界にはいるんです。

 


 ナガゴマフカミキリ。これも小さな、人目を引くことのないカミキリムシ。ここらのレベルの昆虫は、研修会の参加者にも特に紹介することはしませんでした。

 


 樹液の出ているカシの木で、オオスズメバチを睨みつけるオオムラサキ

 


 ハチが去ったと思ったら、すかさず潜り込むアオカナブン。怒るオオムラサキ。

 


 まあ仲良くね。この木は研修会時に何匹ものオスカブトを呼んでくれていて、参加者に喜んでもらえました。感謝しかない。

 


 ずずずと動く粘菌の移動体。内部に仕切りがなくこれで1個の細胞だという巨大アメーバ。朽ち木の中から今まさに出てきたところで、これから小さなキノコのような子実体を作ります。夏の森はやっぱり楽しい生きものの宝庫でした。

 


 まだ少し気の抜けた状態で、フィールドに出る元気も記事を書く覇気もいまひとつ。私の記事を待ちわびる全宇宙の読者の皆さま、復調までしばしお待ちください。

 

 


↓ タマゴケ初出。

↓ なぞのヨコバイ。

↓ ヤブカンゾウは夏の花。 

30年越しのラグ

 

  


  ① 父の死後の諸届・手続き・承継がすべて終わりました
  ② 母(88歳)が免許返納に応じてくれました
  ③ 生物講習会の講師に呼ばれました
  ④ 年金がもらえるようになりました
  ⑤ 30 年越しの物欲が完遂されました


 そんなわけでご無沙汰いたしました。ヨタ話にお付き合いください。

 

① 父の死後


 一通りの書類提出は7月中に済ませておりましたが、最後に2つ、ゆうちょ銀行の相続手続きと土地の相続登記が厄介でした。ゆうちょは無駄に手数が多く、完了の通知が来たのは8月に入ってから。法務局での登記はやる気のない登記官に当たってしまい、時間と手間の浪費を強いられました。

 


 義務なのにシロートには難しい手続き。プロにおカネを払わねば作れない書類って、おかしいと思いませんか。あえて自力で挑戦して、それなりの経験にはなりました。


 で、2ヶ月半ですべて終えたのですが、困ったことがひとつ。ずーっとさまざまな届や申請のことばかり考えていたので、ぜんぶ終えた今もあ、次の書類を書かなきゃなんて強迫観念に駆られることです。ブログだ、ブログのことを考えろ。

 


 四十九日を過ぎてからのお盆を新盆とか初盆と言います。生まれて初めて提灯屋なるお店に出向き、盆提灯なるものを買いました。水戸には伝統工芸の「水府提灯」というのがあって、その直売店に出向きました。幻想的でちょっと楽しかった。

 


② 免許返納


 脊柱管狭窄症の手術がうまくいって以来、腰の痛みを訴えることのない母です。私の目を盗んでちょろちょろと運転しているのを心配しておりました。


 いちばん調子の悪かったときに介護認定の調査があり、要介護1をいただいてます。せっかくなので介護保険で週イチのリハビリを利用させてもらうことになり、8月初めに契約とあいなりました。そこまでは予定に沿った成り行きでしたが、なんとあれほど渋っていた運転免許証の返納に応じてくれたんです、いやあびっくり。最近旧知の老人が自ら運転する車で亡くなるという悲報があり、思うところがあったのかもしれません。即、警察署に連れて行きました。これからは私が足になります。


 ちなみに、この手続きにも正式な届が必要なのですが驚くべし、警察署に免許返納の受付機があって、画面の指示するままに必要事項を入力すれば自動的にジャカジャカと、お役所用語に彩られた返納届が出力されました。おおおこれぞIT。法務局の登記窓口もこうすればいいのにと思いますが、それでは多くの司法書士さんが失業してしまいます。でもAIの時代です。法務省がよっぽど〇〇でなければいずれそうなるでしょう。

 


③ 生物

 


 6月に突然のメール、旧知の生物の先生からです。8月初めに日立の小木津山自然公園というところで高校の生物の先生を集めた研究大会をやるから、講師を務めよと。若い生物屋の育成会です。是も非もありません、二つ返事で引き受けました。丸1日ぶんの内容を任せてくれるというので午前は野外観察、午後は室内実習の計画をまとめました。マニアックありあり、私に頼んだことを後悔させてやるぜ、ひっひっひ。

 


 で当日、快晴なれど涼風強く最高気温は 26 ℃。この時期の野外としてはあり得ないほどの好条件となりました。集まったこの班の希望者は男性 13 名、女性2名。困惑したのはその 20 代から 50 代の男性ほとんどが捕虫網持参だったということです。え? なに? 昆虫採集がトレンドなの? 大部分が初心者である証拠に、手にした網の大半が 100 円ショップの子ども用で「本物」を持っているのは2人だけ。キミたち、その網で何がしたいのかな~という問いはぐっとこらえました。

 

 
 そして自然公園内を最高点の展望台目指して観察の歩を進めるのですが、せっかくつくった植物資料はほぼ無駄であったことがすぐ判明します。みな網を振ってチョウやトンボを追うことしか頭にありません。まあ、男の子に捕虫網を持たせれば年齢に関係なく昆虫少年に戻ってしまうことはこれまでも経験済みです。職場ではそれぞれに立場もあり仕事もきちんとやっている人たちがキャイキャイと網を振るさまは、何度見ても興趣が深い。これも想定内です、ちゃんと引き出しは用意してあります。下見の時に見つけておいた樹液の出ているカシの木に案内して、立派なカブトムシの雄を何匹も捕まえてもらえました。

 


 午後の室内実習も植物の同定や図鑑の使い方はそこそこに、チョウやトンボの展翅作業という名のおみやげ作り、最後に私の趣味のスライドショー「冬虫夏草探索記」。楽しかったです、という感想と感謝の言葉をいただき、私にとっても楽しい1日でした。

 


 実習係の方から、御礼にとドリップコーヒーを頂戴いたしました。しかも地元では最高峰、サザコーヒーのもの。かたじけないなあ。

 


④ 年金


 ねんきん、と入力すると粘菌と変換されるのはさすが私のワープロです。5月の初めに年金の請求書類の束を発送したのですが、父の何やらですっかり失念しておりました。3ヶ月も経ってから突然支給決定の通知が届いてうわあと。無職だし、少額でもいただけるものは拒みません、うふふ。そもそも自分で積み立てたおカネだし。

 


⑤ 物欲

 


 ある日のおさんぽの帰り道、こんな姿でした。ほぼホームレスじじい。何だそのバッグの下の毛布は。この格好ですき家に入って牛丼食っていたんだよなあ。お店に迷惑かかったよなあ。

 


 さてこれは何だ。本当に毛布なのか。

 


 毛布じゃないよ、こんなだよ。ラグ(敷物)として売られていたものですが、材質はごく薄い絹。たぶんタペストリー(壁掛け)が現実的な用途でしょう。なぜこんなものを背負って帰ることになったのか。

 


 水戸駅南口、駅ビルとは別にこんな商業ビルがありました。大きな建てものに見えますが実は線路沿いの薄っぺらな土地に建てられていて、開業当初からエレベーターとエスカレーターの配置が最悪、入りづらいので自然と足が遠のく、そんなビルでした。当初大きな売り場を占めていたヤマダ電機はすぐに撤退しました。

 


 そしてとうとう全館廃業。入居していたお店が揃って売り尽くしセールをやっていて、そこで見つけたのがかのラグです。哀れ、他の安売り品の置台として使われていました。大きさゆえに用途も限られ、邪魔物扱いです。でも私はひと目見て、側頭葉から前頭葉に電流が走ってしまったのでした。…… ここからは昔話になります。

 


 1995 年のベルメゾンカタログです。数百ページすべて豪華なグラビア印刷。当時はすでにバブル崩壊後でしたが、いやそれゆえか、こんなものがタダで広範囲に配られていました。私の手元に残るほどに。

 


 右手前、江角マキコさん。左端、黒谷友香さん。ともにブレイク前のモデル時代。

 


 江角さんはともかく、黒谷さんは今もテレビで見かけますよね。大したもんだ。こんなカタログを残していたのはこのお二人を含めた時代の記録に、というのが理由ですがもうひとつ。

 


 インテリア用品のページ、このソファーに掛けられた布地にご注目ください。ラグとして紹介されてました。私が心奪われたのはその同心円模様、世界を円環に封じ込めた魔術的意匠です。瞬間、これはユングのいう「マンダラ」だと思いました。意識・無意識をすべて内包した自己の象徴、とかいうやつです。本気で、これは欲しいと思いました。この上で大の字になったなら、これを羽織ったなら、私はより深い世界に行けるのではないかと。いえ思っただけです。かなり高価なもので、しかも汚い借家暮らしの当時ではまともで日常的な用途が見つかりませんでした。ただこの世にはこんな奇貨きかがある、それを忘れぬようにとこのカタログを残したのだと思います。忘れてました。

 


 そして 30 年の時を経て手に入れました。もちろん同じものではありませんが、宿願は果たした気持ちです。書斎の壁に貼ったなら、私は少しは変われるだろうか。

 


 父の死から始まった3ヶ月、いやその不調から始まったなら1年。いろんなことがありましたが、これで日常に戻ります。まだ少し呆けていますけど、前に進まねばなりません。

 


 美しいものに満ちたこの世界を自由に渡っていく旅です。
 好奇心に彩られたこの旅は、でも時に試練の不意打ちがあります。
 それを越えればまたひとつ、世界の扉が開きます。

 


 まあそんな修行の日々です。更新が遅れたことをお許しください。

 

 


↓ そういえば1年前は

玉川ガーネットの逆襲

 

    


 アニメ「ロード・エルメロイ二世の事件簿」第4話、主人公の義妹ライネス・エルメロイ、この人見かけは少女ですがとんでもなく腹黒く暗躍する政治家にして魔術師でありまして、政敵である他の魔術師とオープンカフェで密談をするのに鉱石を使います。皮袋に詰まった青い鉱石のかけらをテーブルに空けて指一本でなぞるとあら不思議、二人のテーブルがぱっと結界に入り、人ごみの中で黒い対話が始まるのです。


 うわあなにこれかっこいい。青い結晶が異界を幻出する映像に魅せられました。まあそしていかにも私らしい感想を得たのであります。


 わしもやってみたい

 

 
 これを見たのが 2020 年のことで、以後そのイメージは私の頭に残り続けました。小さな結晶をピンセットでつまんで集めるのは得意でしたから、プリンのびん一杯に何かの結晶を集めてみようなんて考えたり …… その時は挫折しましたけど。

 


 で、6月 22 日の記事です。久しぶりに玉川でざくろ石パンニングをしたらそれなりの収獲がありました。色は違えど、あのアニメの1シーンが浮かびます。なによりガーネットのきれいな結晶形は私の前頭葉を震わせます。本腰入れてパンニングしよう、そう思わせるほどに。

 


 まだ梅雨のうちの玉川。今日はメノウには目もくれず、ひたすらざくろ石の集積地を探します。自然相手でとにかく大切なのは場所選びです。

 


 カメラが勝手に悪戦苦闘する姿を撮っていた。まさかこいつAI内蔵なのでは。

 


 到達しました。かなりいいポイントです。集積範囲も広い。パン皿の底が千々の赤い光できらめきます。大部分は砕けたかけらなので、なるべく多くこの砂を持ち帰って良い結晶を選び出しましょう。

 


 ううむ多いなあ。赤いのはもちろん、黒い部分も半分は角閃石などの有色鉱物で、残り半分がざくろ石です。

 


 こんな感じで。

 


 あるぞあるぞ十二面体結晶。

 


 画面に散在する台形の光がわかりますか。結晶面の反射です。この光を頼りに拾い出します。

 


 どーん。

 


 どどーん。いっぱい拾えましたー。

 


 高温石英(高温水晶)や角閃石も目に付いたのは確保しました。

 


 量を比較。左のサンプル袋に入っているのが 2021 年4月に玉川で初発見したざくろ石。当時はたくさん採れたと喜んだものでしたが、今回は本当に大ヤマを当てました。

 


 さてせっかく大漁のざくろ石、まずはいばらきオールスターズの諸君と遊んでみましょう、うふふ。そういえば初崎海岸の高温石英を海に見立てて、ジャリーズを泳がせたことがありましたっけ。さあ出番だよー。

 


            題「 阿鼻叫喚 」

 


           題「 血の池地獄 」

 


 業火に包まれる破戒僧 …… って、あああそうじゃない、もっと楽しい見立てをしたかったのにぃぃ。溶岩流か地獄の風景かになってしまいました。

 


 田中さんが愛車流星号で挑みますが

 


 呑まれた。

 


 悪の支配人は怪しの術で平然としてます。…… もうここらでやめときましょうね。この手のネタが合わない対象のようです。

 


 では真面目に

 


 今回は最大で直径2ミリほどでした。

 


 炎を宿し赤熱する魔星。

 


 私の手で川底に眠る魔石が目覚めました。しばしその怪しい輝きをお楽しみください。

 


 いかがでしたでしょうか、玉川ざくろ。血のように暗く深い赤が特徴の鉄礬柘榴石てつばんざくろいし/アルマンディンと呼ばれる鉱物です。皆さまのお目を楽しませることができましたなら慶賀の至りでございます。

 

 


 左ふたつ・今回の、右ひとつ・前回の収穫物。ストレージで大切に保存です。ばらまくと集めるのが大変なので、結界魔法には使いません。

 

 


↓ プリンのびんに。

↓ 太陽光をうまく使えた、この時が一番きれいな写真になりました。

 

水無月を歩く

 

 滞留ネタの消化記事です。かるーいお気持ちでご覧ください。

 

 


 生まれ育った街にも、いまだに初めて見るものがあります。ありがたや。

 


 朝のさんぽで歩く銀杏坂。今年もハイビスカスが咲いてます。

 


 水戸駅のコンコースに、ノコギリクワガタの立派なオスが人に踏まれ、無残な姿を晒してました。今年初めて見たクワガタがこれとは。

 


 この日は駅南にある市役所に用がありました。梅雨入り前の桜川上空に白い一点。

 


 ダイザギかな。ああ優雅に飛ぶもんだ。

 


 市役所には5月以降何回も通うことになりました。ええ父の関係の届とか証明書とか、1回で取りきれないもので。本当に、喪主そして代表相続人になった時の煩雑さには驚かされました。現役で働いている方には難しいだろうなあ。で、ここは市役所2階の自称カフェー、窓ぎわの席。どう見ても社員食堂みたいなものだけど、安くておいしかったので文句はありません。何回もお世話になりました。

 


 市役所から戻る道の信号機に

 


 スズメの巣。盛んに親鳥が出入りしてました。そういえば茨城空港に展示してあるファントムもスズメの大アパートと化してたっけ。

 


 わあ、おもろい階段。中心にヤツデがわしゃわしゃ生えたのは計算外でしょうね。

 


 協同病院のそばに藤田東湖の銅像。ここが屋敷跡だって。幕末に水戸藩で活躍した英明を謳われる人物でしたが、安政の地震で亡くなりました、ああ。

 


 この道を歩いたことはまだなかった。

 

      
 こちらの路地は、実は1軒の民家へのアプローチなんです。たぶんいわれのある旧家なのでしょうけど、こことは別に車が通れる出入り口があって、そのお宅の方もこの路地はあまり使っておられないようです。いえいえこんな趣のある空間をお持ちというだけでうらやましい。

 


 ちなみにこんな階段も大好きです。

 


 大通りを横切って市立中央図書館。その入り口にあるクスノキの根元がすごい植物群集になってます。わあ何種類あるんだろう。ざっと見ただけでシュロ、エノキ、ムクノキ、ナンテン、キヅタ、ツタウルシ、ヒヨドリジョウゴも。図書館ができたときにはひょろひょろの苗木だったクスノキが太く育ち、鳥に運ばれた種子たちに共存を許す度量を見せるまでになりました。

 


 中国・明から来朝した儒学者、朱舜水の像です。水戸藩の学問に大きく貢献し、そのお墓は歴代水戸藩主と同じ場所にあります。

 

      
 鉄砲町なんてかっこいい名の町が昔はあったんですね。水戸の江戸時代から続くゆかしい地名の多くが、昭和のお役人の一存で次々と消えました。ちなみに量子科学技術うんたらというのは、隣の那珂市でトカマク炉を回している組織です。

 


 末広町の古い商家が3軒並んでいるところが、まとめて解体工事に入っていました。またマンションが建つんだろうな。

 


 そのうちの1軒を外から撮らせてもらいました。ああなんて立派な大店、なんて素敵な空間。もったいないけど、他人がとやかく言うものでもありませんね。

 


 何が楽しいんだこの記事とお思いかと。はい、ただの記録、冒頭に言ったようにネタの消化でありました。ありがとうございました。

 

 

 

アオコ映え

 


 水戸のタージ・マハルです。すいませんまたウソつきました。

 


 水が滞留した桜川の水面、流れるアオコと映る巻雲の筋が重なります。農業用水路「備前堀」に引くために堰せきが閉じられ川は満水。今日のさんぽはあの水を止めた異形の構造体まで足を伸ばしてみましょう。

 


 堤防はブタナの花が賑やかです。

 


 備前堀の取水口、かの堰の上流側から。手前の水門が取水口で、その先の堰の操作盤のところに作業員さんがお二人。あれこれ質問したいところですがお仕事中だし、そもそもそんな傲慢なマネはできません。

 


 カワウが図らずもフォトジェニック。現実にはない空に優美な姿を浮かべます。

 


 下流側に回って、これがその止水堰。「ゴム堰」というタイプで、その名の通りゴム製のパイプです。水を流す時はぺたんこに潰れて川底にあり、止める時には内部に水を注入して丸く頑丈なダムになります。コンクリなんかで作るよりも遥かに低コスト、環境にも優しい。写真右のほうに魚道もあります。

 


 水に潜って魚を採るカワウは、この人の手になる水系を狩場にしてるのかな。巧みにヒトと共存する野生です。

 


 下流側に清水の流れ込み、これは市街地を抜けてきた暗渠からの水。桜川がいかにアオコだらけなのか、強調されるようです。

 


 小魚とコイが集まっています。富栄養な(つまり汚れた)桜川で丸々と太ったコイはまあここの風物ですけど、当人たちは清い水が恋しいようです。

 


 人工物とそこに巧みに適応して生きるものたち。今回のカワウやコイも、大工町の廃ビルを覆うつる植物も、庭のカタバミやコニシキソウも私は大好きです。不思議なのは、あえてヒトの傍らを好む生き物たちの嗜好です。なぜ。そんな生き物のひとつ、家の中を飛び歩くハエトリグモを、母が新聞紙に乗せて優しく外に放していました。おや、以前ならその新聞紙を丸めて叩いていたろうに。それを言うとぽつりとひと言、お父さんかもしれないから、と。

 

 人のそばにいる理由は。私はもっと、この世界の深さをを知らねばなりません。

 

 

↓ 同じウソを何度でも。ちなみに草ぼうぼうのビルもまた人工物と自然の風景です。

台風一過

 

 7月に入って急に記事の更新が遅れていること、申し訳なく思います。いえね、7月といえば深夜アニメの夏クールの始まりでしょう。ライフワークの新番組チェックが大変なんですよー。ジジイが何やってるんだかー。…… そんなわけで月遅れのネタを一席、かの台風6号のお話です。昼間の時間に最接近して、鹿島灘を去って行きました。その翌日の水戸駅前。

 


 台風一過の空って、どうしてこうきれいなんだろう。

 


 図書館前、旧県庁舎が青空と雲によく映えます。

 


 一日眺めても飽きないだろうなあ。

 


 タイサンボクの花は無事でした。さすが古代植物、頑丈です。

 


 昨年見つけた土塁のホタルブクロは盛りを過ぎていました。今年は季節の変遷を大きく見逃して、少し後悔しています。

 


 帰路は「小澤の坂」を降りて、水戸の台地の北側、木陰と湧水の道を辿ります。その入り口にはおびただしい落葉落枝。

 


 エノキの太枝が折れ伏していました。気の毒に、と思わず声が。

 


 水面が生命の世界を映し込みます。万華鏡のように刻々と移ろう緑の光。

 


 台風のさなか、コイは何していたのかな。これもこれなりの不安の一日だったことでしょう。

 


 うわあ。墓地でヒノキが1本、どなたかのお墓を押しつぶしてしまいました。

 


 これも双方、お気の毒でした。

 


 さて皆さま、この木を憶えておいででしょうか。枯淡の桜と名付けた、風雪に耐えた結果として絶妙な趣を備えることになったソメイヨシノです。お気に入りの1本でしたが

 


 倒れた。

 


 根ぎわが弱っていたようで、まあ仕方のないことではありました。

 


 倒れるときに向かいにあったエンジュの木を巻き添えにしました。そういう事故は原生林でも見かけます。まあこれもまた気の毒なことです。

 


 さらに気の毒なのは、木というものは多くの他の生物の糧になっているということ。この桜も幹につる植物のテイカカズラを養っていました。これ以外にもいくつかの着生植物、多くの菌類、昆虫類が運命を共にします。… 一蓮托生という言葉、蓮の花ひとつに生を託すなんて意味かと思っていたら、ともに死んでともに極楽の同じ蓮華の上に生まれ変わる(托生する)という仏典に由来する深い言葉でした。現世で食い合ったり迷惑かけたりしていても、極楽では同じ花の上で笑い合う。仏教のふところの大きさに思わず瞠目してしまいます。

 


 実は今月、記事の更新が遅いのにはもうひとつ理由がありました。父の四十九日に合わせて、各種申請や届けを一気に終わらせたんです。年金の停止各種口座振替の変更法要・納骨・お斎の手配香典返しの発送父の全戸籍と相続人全員の戸籍・住民票・印鑑証明書の収集遺産分割協議書の作成と協議押印相続情報一覧図の作成銀行解約不動産相続登記 …… ぐああ気が狂うぅ。初めての喪主ということで、ひと一人亡くなることがこんな大ごとかと驚きの連続で、悲しみ悼んでいる余裕なんかありませんでした。そのあたりを詳説してもよろしいのですけど、浮世離れが身上のこのブログ、生々しいお話は自粛しておきます。

 


 まあとにかく、ようやく平穏の日々に戻れます。記事更新、頑張ります。

 

 


↓ 枯淡の桜。