ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

ヒガンバナはどうだ

 


 食用になるエビヅル

 


 有毒なアオツヅラフジ

 


 それがくっついているのには何か悪意を感じます。手前の8粒がエビヅルね。

 


 さて、皆さんの記憶に残るであろう今年の長き夏、植物にはどう影響したでしょうか。そう思ったのは、ある公共施設の入り口に咲くヒガンバナを見たからです。美しく咲き競っていました。茨城では、この花は名の通り秋のお彼岸に見ごろとなります。それが今年はどうなるんだろう。ここは施設からの冷やされた空気が当たる場所なので影響は小さかったでしょう。本当の野外ではどうか。

 


 ヒガンバナは不思議な植物です。異形な、と言ってもいい。冬の間だけ葉を広げて養分を蓄える「栄養生活」をし、春が来ればその葉を枯らして土中に引きこもります。そして秋にいきなりつぼみを掲げた茎を地上に出し、盛大に開花し、種子も作らず溶け落ちて、ようやく葉を広げます。そのマイペースな生活史が私に相通ずる所があって、毎年の花姿を楽しみにしています。ここらのことは以前の記事をお読みいただければ幸いです。


 気になるのはその開花調節のメカニズム。植物の開花には二つの段階があって、まず葉や茎になるはずだった芽の中身が花の構造に変わる「花芽形成」があって、次にその花芽が成長しそして開花する。多くの植物では「光周性」と言って、正確に変化する昼夜の長さを葉で感知して季節を違えずに花芽形成をします、驚くべし。同じ種類の花が離れていても一斉に開花するのはこのため。ただ、花芽の成長には気温やら降水やら、その年の気候が関わります。ソメイヨシノの開花がずれるのはこちらが要因です。ヒガンバナもおそらくは土の温度でお彼岸を知り、花茎をもたげるのでしょう。問題は、9月後半まで続いた高温で、さて開花は早まるのか遅れるのか。読者の皆さまはどちらだと思われますか?


 私も判断がつきかねます。高温で成長が早まるのか。それともまだ早い、とブレーキが掛かるのか。これは現地で確かめるしかない。ちょうどお彼岸です。

 


 やって参りました群生地。


 これは2021年9月19日の様子。記事にもしました。まったく同時期、さて今年はどうか。

 

 


               ありゃりゃ。

 

     
 開花はわずか、つぼみもぽつぽつ。かなり遅れてます。つまりこれが結論のようです。高温で開花がずれる、他の植物でも起こり得ます。こんなことが続くと、花々の咲きようで季節を知る日本人の「花ごよみ」も書き換えられていくのでしょうか。いにしえの人と感覚がずれていく、それを少し残念に思います。

 

 


 この写真を撮った日の晩に前線が通過していきました。窓を開けると、朝までとは明らかに違う空気が部屋にこもった熱気を払っていきます。これが永かった夏の最後の日でした。


 これまでも前線が南下したことはあったし、これからも気温が30℃を超える日はあるでしょう。でも秋の花々が咲き始めています。さしもの温暖化とやらも暦を欺くのはもう限界のはず。私の花ごよみを楽しみにしてくださっている読者さまもおられることです。久しぶりにお花目的にフィールドに出てみようかと思います。

 

 

 

 

 

ヒガンバナ大好き。

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みなす、そして世界が魔術化する

 

 混沌といにしえの夜に生まれた人類は、永く魔術の世界に生きてきました。科学と一神教が原初の闇を吹き払うまでは。そして科学や宗教が人に幸せをもたらさないいま、世界の再魔術化が求められています。

 


 あ、あ、逃げないでください。単なる言葉遊びですってば。

 

 


 きっかけはこれ。先日拾った大き目の玉髄です。角錐状で、一面が妙に平らで据わりがいい。きれいに自立します。これって水石すいせきのように水盤に置いたら絵になるんでないかい。

 


 おお。それなりに貫禄というか良い風情です。こう表面がガチャガチャしているのは水石趣味の方々には好まれないだろうけど、盆栽と絡めたらかっちょいいんでないかい。老後はこの手の趣味に走ろうかな…… と、ここまでは平静な私でしたが、UV光を当ててみたら

 


 わああ。思わずカイラスと名付けてしまいました。

 


 フリー素材からいただきました。そーですあの聖山です。…… 並べるとそれほど似てないな…… いえいいんです。瞬間イメージしたんです。

 


 この玉髄、大柄な肢体のあちこちに仏頭状を含んだ晶洞があったりして、メノウとしても上物なのですが聖山に見えた瞬間から他のことはどうでもよくなってしまいました。何かにみなす、見立てるというのは日本の伝統文化の大きな一要素であり、私ごときの魂ゴーストにも強く訴えかけてきます。本気で水盤に飾ろうかな、なんて。

 


 同じ日のメノウには、他にも面白いものが。この写真のは、かなり大きな晶洞の殻の一部分。大雑把には食べようと切ったスイカの一片みたいな形だと思ってください。これも左の部分を底にして自立するのですが

 


 何か叫ぶ動物の横顔に見えませんか。吼える龍、吼龍こうりゅうと名付けちゃいました。

 


 私にとって、そう思ったそう見えたというのが重要です。

 


 何かの形象ではありませんが、こちらのメノウも

 


 得難い蛍光を発しました。

 


 これも

 


 これも。

 


 このメノウは蛍光を発するだけでなく

 


 無数の「型押し」構造や

 


 トンネルになった晶洞

 


 鍾乳石のような溶け落ち構造があって飽きさせません。

 


 この珪化木は老木の樹皮がそのまま石と化してます。蛍光こそ発しませんが、どっしりと迫力ある風情で自立します。


 大雨後の試掘と称して拾った石たちですが、妙に印象深いものがありました。…… で、ここからは話半分に聞いてください。この出会いが、実は意味のあるものだったなら。

 


 私は珍奇なメノウを拾った時、久慈川の神さまから頂いたと表現してきました。半分はメノウ教に絡めたネタですが、半分は本気です。単なる偶然ではなく、これは私の人生に必要なものとして準備されていた、なんて。メノウに限らず、人生の折々で遭遇する運不運を私はそう解釈してきました。これは意味のある事、私という物語の一部なのだと。…… 悲しい例えになりますが、子を亡くした親御さんは、それでもその子を授かったことに意味があったのだと考えて心の平穏を取り戻し日常に還っていきます。意味は、そして物語は人生に必要なものです。人はみな「物語」を欲しています。

 


 私たちの頭の中には、物事を論理的・科学的に解釈しようとする回路と、「物語」を強く求め自分に関わる事象に意味を見出そうとする「ナラティブ思考」回路が同居しています。みなす、見立てる、あるいは石の景色の中に自分の心象世界を広げる水石の世界は、まさにナラティブです。アニメのキャラクターを使って自分の作品世界を作る「二次創作」もナラティブ。ドン・キホーテが宿屋のあばずれ女アルドンサを永遠の姫君ドゥルシネーアと思い込んで忠誠を誓い、至福の中で人生を終えるなんて最高のナラティブです。男よりよっぽど現実的な女性たちがジャニーズアイドルに妄想し熱狂するのもそういうことですか。よお知らんけど。

 


 この世に生きている限り、私たちには幸運と不運が次々と降りかかります。それが単なる社会的・生物的・物理的な偶然と必然に支配される事象ではなく、すべてに意味があるのだとしたら? あなたという壮大な物語のために用意された1ページなのだとしたら? それが古代ならシャーマンを通してこの世を統べる「魔術」と解釈され、人々は納得しこの世界の法則として受け入れたでしょう。それが不運な出来事だったとしても、必要以上に悲嘆にくれることはなかったはずです。これがナラティブ思考。人がその思い通りにならない人生を理解するための、しかし現代人の生活では抑圧されがちな思考法です。

 


 以前の記事で、今の私の気ままな日々は、社会人生活のために封印した感覚を取り戻すリハビリなのだと書きました。その感覚の一つがナラティブです。日々は物語で出来ている、そう考えるだけでどれだけ世界が広がることか。そして物語を生み出すのが魔術。世界が再び魔術で満たされたなら、私のような人間にとってそれは理想郷です。

 

 

 さあ妄想しよう。そして物語を生み出そう。

 

 

 

 


追記
 ジャニーズ問題って、英BBCでも特集番組が組まれるほど大きな騒ぎになっているのですが、私の周囲の女性の反応は


「えー、わたしジャニーズがないと生きていけないしー」
「イケメンの安定した供給源は社会に絶対必要です」
「キムタクやヒガシに無駄な嫉妬してんじゃねーよ」


 …… うーむ。被害者も含めて、みんなが幸せになる着地点があることを願います。

 

 

 

 

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信徒の皆さまへ

 

 久慈川メノウ教信徒の皆さま向けの記事でございます。みんな見てますかー?


 週半ば、久慈川水系を歩いて参りました。先の記事が洪水を喜ぶような…… いえ、もともとその程度の人間ではございますが、不謹慎な語りの記事でしたので削除いたしました。改めて久慈川メノウの状況をお知らせいたします。あ、自分が肝の小さい奴なんで先に申し上げておきますが、久慈川本流・沢・玉川の各一か所ずつ、それぞれ一般の方が入らない場所での試掘です。皆さまに拾われる運命のメノウには関わりませんので、どうか久慈川においでのさいのご参考に。

 


 まず玉川。このレベルのものだったら入れ食いでした。

 


 玉川には珍しい塊状のものも。水の流れの強さがわかります。

 



 沢を見てみます。こちらも型のいいものがありました。

 


 ここまでの写真のメノウは、すべて聖地の河原に置いてきました。誰が拾ってくださるのでしょうか。

 


 久慈川本流の河原。本当に一か所だけ。大ナタを振るわねば入れない場所なので、たぶん皆さまと被ることはないでしょう。小粒で赤色の強いいかにも久慈川らしいのや、私が「本流系」と呼ぶ塊状のカーネリアン、形の面白い珪化木。これでも目にしたうちの半分ほどです。水が引けばもっと見つけられるでしょう。

 


 今回持ち帰ったもの。浅ましさ全開、ああ恥ずかしい。各場所一航過のみ、見過ごしたもの数知れず、即置きメノウしたものもあって、それでこの量。基本的には晶洞や仏頭構造が面白かったり蛍光を見てみたかったり、いずれもきちんと写真記録を残したくて持ち帰りました。最終的には必ず信徒の皆さまに還元します。あ、左下のは土器のかけらと珪化木ね。

 


 さて改めて聖地の河原。竹林ぎわの草刈りがなされて、あの厄介なイラクサが無くなっています。ありがたいなあ。

 


 削除した記事の中で、どうしても再録したい部分がございます。それがこれ。

 


 この河原でわらしべポイントを続けて下さっている信徒がおられるのです。申し出てくれた方もおられるし、ひょっとしたら複数の方々かも知れません。頭が下がります。方々には久慈川メノウ教大神官の位を差し上げたいと思います。何の得もないけれど、少なくとも久慈川の神さまはちゃんと見て下さっているはずです。皆さまに、幸あれ。

 


 炎天下、一日歩き回ってしまいました。本当は持ち帰ったメノウの精査写真までお見せしたかったのですが、石のクリーニングを終えたところで力尽きました。写真は、いずれ。

 

 

 

 

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今年のツクツク森

 先の大雨後の記事、削除しました。避難や家屋の被災、人的被害まで出たとのこと、能天気も度が過ぎました。お詫び申し上げます。はてなスターを下さった皆さま、ごめんなさい。


 そして今回の記事、【イモムシ注意】【ヘビ注意】【虫注意】なのです。これもごめんなさい。

 


 年に一度のツクツク森、今年も大きく出遅れて、今日9月7日になりました。今年のツクツクボウシの初鳴きを私が聞いたのは立秋から三日経った8月11日。それを寄主にする冬虫夏草ツクツクボウシタケの発生状況を調べるならその頃が良かったのです。


 でもさー今年のこの暑さでしょー。森に潜るなんて正直やりたくなくてさー。


 というので前線が南下して一時的に涼しくなるという今日になったのであります。この根性なしが。まあ一個体でも見つかれば十分です。

 

 

     
 ここはどこ。巨樹の茂る良き林相ですがツクツク森じゃありません。昨年つくば方面で良さげな場所を見つけた、そのうちの一カ所です。今日は三カ所を巡ってツクツクボウシタケの発生状況を見るつもりです。でもここはハズレ、目ぼしいものは見つかりませんでした。

 


 ニカ所め。ここも良い森です。さあどうかな。

 


 見つけました。ツクツクボウシの羽化直前の幼虫から発生する冬虫夏草ツクツクボウシタケです。新産地追加成りました。

 


 うぎゃあ出たああ。ジャコウアゲハの終齢幼虫。普通は道端のウマノスズクサを食草にしますが、つくば周辺では森の林床にオオバウマノスズクサがあって、しばしばこの不気味可愛いイモムシに出会います。

 

    
 三カ所め。水戸まで戻って、ようやくツクツク森です。頭を下げて手を合わせてから入山。

 


 林床をごそごそ這っていくと

 


 あったー。今年も発生してました。

 


 大幅に発生期を過ぎてますが次々と。採取するのはキノコ観察会で参加者にお配りするため。良い啓蒙になるのと、何よりとても喜ばれます。

 


 哀れ、幼虫が脱出口を開いたところでキノコに食われました。ツクツクボウシの幼虫期間は3~4年だそうですが、こんな最期を迎えるとは思わなかったろうなあ。

 


 森で見たものその1,キノコ。テングタケ科っぽいけどよくわかりませんでした。

 


 その2、カヤラン。高いところから落ちました。運命も尽きました。林床では生きていけません。

 


 その3、マムシ。ここはいるんだよなあ。この写真では大きさがわかりませんよね。左手前のテイカカズラの林床葉と比べればわかるんですが、このとぐろを巻いた直径が五センチくらい。手のひらに乗せると手の方が余ります。いや小さくて小さくて可愛いことったら。棒で突いても固まったままだったし、本気で手に乗せて連れ帰ろうかと。幸い今日は理性が勝ちました。

 


 今年もツクツク森は深かった。

 


 今日の収穫。観察会の参加者二十人として、おひとり様1本か。カメムシタケを付けてあげよう。

 


 幼虫の前足が見えてる。

 


 この複眼で太陽を見ることはかないませんでした。

 


 一日でフィールド三つなんてフツーはやりません。気候が良かったから行けたのです。結局この日は最高29.8℃、最低22.1℃。前後の晴天の日は軽く30℃超えですから格段に涼しい日と言えば確かにそうだったんです。でも驚くべし、平年値だとこれ8月20日の気温。へえ水戸の八月ってそんなに涼しかったんだあなんて呑気なことも言ってられない。北海道でさえ連日猛暑日のあった今年の夏、いやでも記憶に残ることになりそうです。

 

 …… ってゆーかー、この夏のクーラーの電気代はどうなってしまうのだー

 

 

 

 

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メノウを撮る。そして傲慢に謙虚を説く

 

 先日の海亀の浜で拾った石を撮ってみました。いつもの読者の皆さまにはお馴染み…… のつもりが、少しおかしなことになりました。

 


 コレは机の傍らに置いた購入品。ちょうどいい具合に陽が当たったもので。


 まずは海綿から。


 接写。幾何学的な模様が現れると思ったら、意外とつまらなかった。


 ジャスパー。ちょっと磨いてやったら見違えました。


 この一週間は、老父の検査・入院・手術・退院でおおわらわ、その合間を縫ってのブログ更新でした。手術と言っても内視鏡、五日間の入院ではありましたが、それにしても九十五歳ですぜ。お医者さんよくゴーサイン出したもんだ。当の医者の方が手術当日体調不良で代理の方の執刀でした。医者より丈夫。ごめんね無駄に長寿の一族なんです。

 


 こうして石の美しさを写し留めることができるのを有難く思います。石拾いはやめられません。フィールドは楽しい。ただ、楽しいさ中にも、時に気分の良くないものを目撃してしまうことも。


・集団で山に登って大声で喚きながら山頂祠に頭も下げない健康老人。
・河原でバーベキューしてビールを飲み散らしゴミを置いていく陽気な仲間たち。
・最初からメルカリで売る目的でギフチョウを採りまくる元昆虫愛好家。
・売るためにサンショウウオの卵を根こそぎ盗っていく小銭稼ぎの商売人。
・河原や海岸をジムニーで走り回ってアジサシの巣や海浜植物をすりつぶしていくミニマム征服者。
水上バイクで海水浴客を脅かす低精神年齢ナイスミドル。

 

 


 なぜこういう連中が不快なのか、自分でも理解不能でした。反社会的迷惑行為というと撮り鉄やら迷惑系ユーチューバーやらもあるわけですが、彼らにはさほど思うところはありません。あちらとこちら、同じ迷惑なのに何が違うのか。私のゴーストが下す判断の基準はどこなのか。

 


 その疑問を解く金言は、中谷宇吉郎なかや うきちろうの残した文章の中にありました。中谷は雪の結晶の研究で知られる物理学者で「雪は天から送られた手紙」の一文でよく知られます。師である寺田寅彦同様に随筆家としての一面を持ち、科学と芸術を愛してその融合を説き、生涯をフィールドでの研究に費やしました。いわく、
「自然を見る眼が親愛の情を失えば、相手も決してその本性を明かさないものである」
これだ、と思いました。牧野富太郎が植物採集に際して常に正装していた、という逸話にも通ずるものです。これが私なら「自然に対しては常に畏敬の念で接しなければならない」となります。自然と長く付き合い、たまに素敵な贈り物を頂くための基本理念だと思います。つまり、謙虚であれ。

 


 漁師は折々に水神・海神に祈ります。猟師は山に入る時に山神に祈り、特にマタギと呼ばれる人たちは山では里と違う言葉を使うことによって神や動物と一体化しようとします。みな自然が気まぐれであること、時に自分の命を奪うものであることを良く知っています。畏敬の念を持つこと、それが自然から恵みを頂く者に必要なことを、フィールドで生きる人たちは知っているのです。

 


 自然から奪い、汚し、荒らし、傲慢にふるまう。かの人達は、結局自然から何も施してはもらえないでしょう。私はそう信じます。いえ決して呪いをかけたりしてませんよ、ふふ。

 


 あああ何なんだ今回の文章は。写真だけの記事にするつもりが、変なスイッチ入りまくりです。きっと我が父の霊に憑依されているんです。死んでないけど。

 


 ちなみに上の文章中の「ゴースト」とは、その人の意識・無意識に在り、折に触れて状況判断や言動の根拠となる精神や記憶の総体、その人の持つ本質的な、そう解釈して頂ければ幸いです。「攻殻機動隊」のセリフの個人的解釈です。そういう意味でたまに使ってしまうのだ。

 

 

 

 

ギフチョウについて。

サンショウウオについて。もう3年連続でやられてます。

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海より来たりし者  【閲覧注意】

 【 海棲爬虫類の遺体あり、閲覧注意でお願いします 】

 


 台風十号は陸には大きな爪跡を残さず、されど海を適度に泡立たせてくれたことでしょう。直後の大潮。浜に出ないわけには参りません。

 


 引き潮に合わせて朝の海、ざざーん。

 


 期待通り、メノウが打ち上ってます。

 


 それなりに。もうこのレベルはその場で鑑賞するに留めます。

 


 黒メノウの

 


 仏頭状構造。これは持ち帰り。

 


 これも

 


 かなり大粒の仏頭。波に削られる前を見たかった。

 


 この黒メノウは

 


 晶洞に水晶びっしり。海岸メノウでは珍しい。わーいだ。

 


 赤メノウ。でかい。

 


 縞模様もあります。惜しむらくは海岸メノウなので断面が荒れていること。機械を使わないと平らにはできません。電動サンダー買わない? 効果絶大だよ、キミに良く似合うようふふのふーとか悪魔が囁いてきます。ああ、やめてくれ。

 


 最近のお気に入りはこの大きさの黒メノウ。接写すると面白い景色が見えます。

 


 ジャスパーにあまり興味はありませんでした。ただ最近富岡橋でお会いしたご家族の奥様が、おみやげ箱に戯れに入れておいたのを喜んで選んでくださったので少し認識を改めることに。いくつか仕入れて多様なニーズにお応えしよう。

 


 海綿spongeが肉を失って、英語表記通りのスポンジになってました。きれいに原型が残ってます。

 


 これ接写したら面白そう。持ち帰っちゃおっと。

 


 水戸は南風が収まらずジトペトぉな酷暑ですが、さすがにここは海風が涼しく感じられます。いい気分で浜をそぞろ歩いておりましたら

 


                え。

 


 立派な成体の、アカウミガメです。すでにこと切れていました。

 


 命を奪うような大きな外傷は見受けられません。産卵中もしくはそれを終えたところで力尽きたようです。周囲の状況から上陸は台風通過後、もう数日が経過しています。

 


 アカウミガメの遺体なんて、研究者なら持ち帰ろうとすることでしょう。実際そういう方を何人も知ってます。でも私はそういう人とは自然観を異にします。学者じゃありません、ナチュラリストです。どこかに報告すべきとは思いますが、それで不愉快な対応をされたこともあるのでやめときます。遺体といえど自然物、自然のものは自然に委ねます。

 


 鹿島灘アカウミガメが安定して上陸・産卵する北限地です。しかし東日本大震災で海岸が大きく変貌したのと、浜で車を乗り回して喜ぶような人が多いのとで近年は報告が減ってます。産卵は人目に触れればローカルニュースになります。でもとにかく、私は野生個体を見るのは初めてでした。

 


 本来が陸棲動物であったウミガメは、産卵だけは祖先のくびきから逃れられず陸で行わなくてはなりません。もう一億年以上そうしてるのだから他人が文句つけるスジではないのだけど、合理的でないなんて価値観の押し付けだけど、何より危険だよなあ。事実、卵や子亀の時の死亡率というか被食率は相当高いらしい。

 


 多少の想像と擬人化をお許しください。この母亀は、どうしても産卵しなければならなかった。台風で荒れる海を越え、大波打ち付ける海岸に上陸し、本願を果たしました。命の火が消えゆく刹那、何を考えたでしょうか。無念? 満足? 最小限の原初的感情は爬虫類にもあるはずです。この大きさになるまで生き抜き、子孫を残すこともできた。生存と繁殖、生物としての大願を全うした彼女には、喜びと満足でこの世界に別れを告げることができたことを切に望みます。

 

 


 今回のお持ち帰り。何だか竜宮城のおみやげ安物版みたいです。そのうち接写してお見せしますね。

 

 

 

 

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8月のお散歩まとめ

 

   
 2023年の夏はもちろん「暑い夏」として記憶されるでしょう。できれば「始まった夏」でないことを祈ります。


 水戸は平年より3℃以上高い状態が続き、最高気温も36℃を越えました。いつもならこの地の、茨城の海岸沿いの夏は最高気温が12時ころ出ます。午後は海からの東風が強まって熱気を吹き飛ばしてくれるんです。でも今年はこの東風が吹かず、他の関東諸都市同様に気温が上がり続けました。お盆を過ぎれば30℃を割るはずなのが高いまま。雨も降りませんでした。まとまって降ったのは3回。高温多湿なのにカラカラとは、なかなか念の入った意地悪です。

 


 その炎暑の中、駅まで片道4キロを往復する「駅までさんぽ」、続きました。汗で服はぐちゃぐちゃ、もはやナニやってるのかわからなくなって、冷感ベストがなかったら行き倒れてる騒ぎでした。帰路に通るこの道は他に歩く人もなく、一面苔むして。

 


 駅のスタバに寄ったり…… ハートマークもらった日はちょっと幸せ。

 


 県立図書館にもお世話になりました。お盆でも通常通りに開館してくれたのがありがたや。

 


 夏休みとて学生さんが開館を待ちます。私は余裕で先頭に並べるんですが、夏は学生優占と自分ルールを決め、遠慮がちに後ろに回ります。私の時代には何しに来たんだかわからないような馬鹿もいたものでしたけど今どきの子は本当に真面目で一生懸命です。こんな時代にしてしまってごめんね。みんな頑張れ。

 

 さてそんな夏でしたが、私には特別な印象があります。

 

        
 見上げると、南風がびょうびょうと吹く中、紺碧の空を真っ白な雲が流れます。

 

          
 暑い夏の空というと、高湿度ゆえにもやがかかった、白茶けた中に空と雲が書き割りのようにそこにある、というのが私の印象です。でも今年の空には、いつ見ても感嘆の声を上げたくなるような躍動する青と白がありました。

 

   
     空の美しかった夏。それが2023年夏の、私なりの総括です。

 


 なあお前、そう思うだろ?…… エサくれない人間にはその目つきかい。

 

 

 

 

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