
① 父の死後の諸届・手続き・承継がすべて終わりました
② 母(88歳)が免許返納に応じてくれました
③ 生物講習会の講師に呼ばれました
④ 年金がもらえるようになりました
⑤ 30 年越しの物欲が完遂されました
そんなわけでご無沙汰いたしました。ヨタ話にお付き合いください。
① 父の死後
一通りの書類提出は7月中に済ませておりましたが、最後に2つ、ゆうちょ銀行の相続手続きと土地の相続登記が厄介でした。ゆうちょは無駄に手数が多く、完了の通知が来たのは8月に入ってから。法務局での登記はやる気のない登記官に当たってしまい、時間と手間の浪費を強いられました。

義務なのにシロートには難しい手続き。プロにおカネを払わねば作れない書類って、おかしいと思いませんか。あえて自力で挑戦して、それなりの経験にはなりました。
で、2ヶ月半ですべて終えたのですが、困ったことがひとつ。ずーっとさまざまな届や申請のことばかり考えていたので、ぜんぶ終えた今もあ、次の書類を書かなきゃなんて強迫観念に駆られることです。ブログだ、ブログのことを考えろ。


四十九日を過ぎてからのお盆を新盆とか初盆と言います。生まれて初めて提灯屋なるお店に出向き、盆提灯なるものを買いました。水戸には伝統工芸の「水府提灯」というのがあって、その直売店に出向きました。幻想的でちょっと楽しかった。
② 免許返納
脊柱管狭窄症の手術がうまくいって以来、腰の痛みを訴えることのない母です。私の目を盗んでちょろちょろと運転しているのを心配しておりました。
いちばん調子の悪かったときに介護認定の調査があり、要介護1をいただいてます。せっかくなので介護保険で週イチのリハビリを利用させてもらうことになり、8月初めに契約とあいなりました。そこまでは予定に沿った成り行きでしたが、なんとあれほど渋っていた運転免許証の返納に応じてくれたんです、いやあびっくり。最近旧知の老人が自ら運転する車で亡くなるという悲報があり、思うところがあったのかもしれません。即、警察署に連れて行きました。これからは私が足になります。
ちなみに、この手続きにも正式な届が必要なのですが驚くべし、警察署に免許返納の受付機があって、画面の指示するままに必要事項を入力すれば自動的にジャカジャカと、お役所用語に彩られた返納届が出力されました。おおおこれぞIT。法務局の登記窓口もこうすればいいのにと思いますが、それでは多くの司法書士さんが失業してしまいます。でもAIの時代です。法務省がよっぽど〇〇でなければいずれそうなるでしょう。
③ 生物

6月に突然のメール、旧知の生物の先生からです。8月初めに日立の小木津山自然公園というところで高校の生物の先生を集めた研究大会をやるから、講師を務めよと。若い生物屋の育成会です。是も非もありません、二つ返事で引き受けました。丸1日ぶんの内容を任せてくれるというので午前は野外観察、午後は室内実習の計画をまとめました。マニアックありあり、私に頼んだことを後悔させてやるぜ、ひっひっひ。

で当日、快晴なれど涼風強く最高気温は 26 ℃。この時期の野外としてはあり得ないほどの好条件となりました。集まったこの班の希望者は男性 13 名、女性2名。困惑したのはその 20 代から 50 代の男性ほとんどが捕虫網持参だったということです。え? なに? 昆虫採集がトレンドなの? 大部分が初心者である証拠に、手にした網の大半が 100 円ショップの子ども用で「本物」を持っているのは2人だけ。キミたち、その網で何がしたいのかな~という問いはぐっとこらえました。


そして自然公園内を最高点の展望台目指して観察の歩を進めるのですが、せっかくつくった植物資料はほぼ無駄であったことがすぐ判明します。みな網を振ってチョウやトンボを追うことしか頭にありません。まあ、男の子に捕虫網を持たせれば年齢に関係なく昆虫少年に戻ってしまうことはこれまでも経験済みです。職場ではそれぞれに立場もあり仕事もきちんとやっている人たちがキャイキャイと網を振るさまは、何度見ても興趣が深い。これも想定内です、ちゃんと引き出しは用意してあります。下見の時に見つけておいた樹液の出ているカシの木に案内して、立派なカブトムシの雄を何匹も捕まえてもらえました。

午後の室内実習も植物の同定や図鑑の使い方はそこそこに、チョウやトンボの展翅作業という名のおみやげ作り、最後に私の趣味のスライドショー「冬虫夏草探索記」。楽しかったです、という感想と感謝の言葉をいただき、私にとっても楽しい1日でした。


実習係の方から、御礼にとドリップコーヒーを頂戴いたしました。しかも地元では最高峰、サザコーヒーのもの。かたじけないなあ。
④ 年金
ねんきん、と入力すると粘菌と変換されるのはさすが私のワープロです。5月の初めに年金の請求書類の束を発送したのですが、父の何やらですっかり失念しておりました。3ヶ月も経ってから突然支給決定の通知が届いてうわあと。無職だし、少額でもいただけるものは拒みません、うふふ。そもそも自分で積み立てたおカネだし。
⑤ 物欲


ある日のおさんぽの帰り道、こんな姿でした。ほぼホームレスじじい。何だそのバッグの下の毛布は。この格好ですき家に入って牛丼食っていたんだよなあ。お店に迷惑かかったよなあ。

さてこれは何だ。本当に毛布なのか。

毛布じゃないよ、こんなだよ。ラグ(敷物)として売られていたものですが、材質はごく薄い絹。たぶんタペストリー(壁掛け)が現実的な用途でしょう。なぜこんなものを背負って帰ることになったのか。

水戸駅南口、駅ビルとは別にこんな商業ビルがありました。大きな建てものに見えますが実は線路沿いの薄っぺらな土地に建てられていて、開業当初からエレベーターとエスカレーターの配置が最悪、入りづらいので自然と足が遠のく、そんなビルでした。当初大きな売り場を占めていたヤマダ電機はすぐに撤退しました。

そしてとうとう全館廃業。入居していたお店が揃って売り尽くしセールをやっていて、そこで見つけたのがかのラグです。哀れ、他の安売り品の置台として使われていました。大きさゆえに用途も限られ、邪魔物扱いです。でも私はひと目見て、側頭葉から前頭葉に電流が走ってしまったのでした。…… ここからは昔話になります。

1995 年のベルメゾンカタログです。数百ページすべて豪華なグラビア印刷。当時はすでにバブル崩壊後でしたが、いやそれゆえか、こんなものがタダで広範囲に配られていました。私の手元に残るほどに。

右手前、江角マキコさん。左端、黒谷友香さん。ともにブレイク前のモデル時代。

江角さんはともかく、黒谷さんは今もテレビで見かけますよね。大したもんだ。こんなカタログを残していたのはこのお二人を含めた時代の記録に、というのが理由ですがもうひとつ。

インテリア用品のページ、このソファーに掛けられた布地にご注目ください。ラグとして紹介されてました。私が心奪われたのはその同心円模様、世界を円環に封じ込めた魔術的意匠です。瞬間、これはユングのいう「マンダラ」だと思いました。意識・無意識をすべて内包した自己の象徴、とかいうやつです。本気で、これは欲しいと思いました。この上で大の字になったなら、これを羽織ったなら、私はより深い世界に行けるのではないかと。いえ思っただけです。かなり高価なもので、しかも汚い借家暮らしの当時ではまともで日常的な用途が見つかりませんでした。ただこの世にはこんな奇貨きかがある、それを忘れぬようにとこのカタログを残したのだと思います。忘れてました。

そして 30 年の時を経て手に入れました。もちろん同じものではありませんが、宿願は果たした気持ちです。書斎の壁に貼ったなら、私は少しは変われるだろうか。
父の死から始まった3ヶ月、いやその不調から始まったなら1年。いろんなことがありましたが、これで日常に戻ります。まだ少し呆けていますけど、前に進まねばなりません。
美しいものに満ちたこの世界を自由に渡っていく旅です。
好奇心に彩られたこの旅は、でも時に試練の不意打ちがあります。
それを越えればまたひとつ、世界の扉が開きます。
まあそんな修行の日々です。更新が遅れたことをお許しください。
↓ そういえば1年前は




































































































































