ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

タコを飼った話

 

    


 野外で見つけた生き物を家に連れ帰って飼う。子供時分から多くのナチュラリストが経験するところです。ただそれが タコ となると少しくレアなのでは。

 


出合い

 ン十年前、まだ私がカメラを持ち歩いてなかったころの話でございます。その冬の新月の晩、おなじみ平磯海岸でひとり生物採集を行っておりました。沖の岩場から波音の響くなか、潮の引いた岩礁地帯を長靴でバチャバチャ歩きながら夜の海を楽しみます。バケツに実験用のバフンウニがそこそこ採れて、クモヒトデとか趣味の領域の生物に手を出し始めた矢先でした。ヘッドライトに照らされた水面下を何か赤っぽいものがさっと横切ります。とっさにライトを向けると、それは岩の下にするりと潜り込みました。何だ? 素早い動き、ガラも大きい、でも魚ではありません。岩を持ち上げたら、赤黒くぬめっとしたものがその岩に貼り付いてました。そのままバケツの上に持っていき、それは音もなくバケツに落ちていきました。

 


                 タ コ だ あ


 野外で野生のタコを見たのは初めてです。本来はもっと深場にいるもの。獲物を追って岸に寄りすぎ、引き潮で浅瀬に取り残されたのでしょう。…… これは重畳、神の配剤いや試練か。飼えるものなら飼ってみろと申されるか。よおし、その挑戦受ようではないか。驚きと興奮で気持ちが高揚して、帰りの車中でうふふうふうふうふふのふと含み笑いが止まりません。その晩のうちに職場に行き、冷却器付き水槽に海水を溜め、隠れ場所になる大石やらを入れてタコさんブッこみます。さらにウニやヒトデを別水槽に仕込んで実験準備まで終えて、時計は午前4時になってました。途中警棒を構えた警備員さんに踏み込まれましたが、タコを見せたら納得して引き上げてくれました。また武勇伝が一つうふふ

 


 翌朝というか数時間後に再出勤して、落ち着いたタコさんを落ち着いて観察いたします。海産無脊椎動物はシロートさんよりちと詳しい程度ですけど、たぶん種類はマダコの、足(本当は腕)の形態から判断するにメスです。色は基本的に赤黒いのですが刺激を与えると淡色から濃色までコロコロ変わります。体表に色素胞という変身道具があるんです。さらに表面の凹凸も自在に変化させる芸当、なめらかと思ったら瞬時に無数の突起が立ちます。我々で言う鳥肌と同じ仕組みかな。これで岩の陰に隠れる時は色も凹凸もその岩に完全同化、実に見事な忍者ぶり。見ていて飽きません。これはいいものを手に入れたぞ。

 


その名は

 さて、私の掌たなごころにあるものなれば、当然名が無くてはいけません。とりあえず下記のような札を水槽に貼ったところで、噂を聞きつけた若い同僚がやって来ました。

 

 まだこ、ですか?


 よく見ろ。じゃないだ。「ぬだこ」と名付けたのだ。


 …… そんなことばかり言ってるとホント嫌われますよ。ヒトにもタコにも。


 いや実は、海からの帰り道にもう名前は考えてありました。同じタコを食う国としてイタリア風の名がいいと考えて、その名も「ロレンツォ」。これは男性名で、メスならロレンツィーナとでもしなければなりませんがまあタコだし。名付けたことでこの海の高知能生物と私の関係性が作られました。ロレンツォと私の日々が始まりました。

 


ごはん

 さて生き物を飼う上でとにかく第一に考えねばならぬのは…… おわかりですね。そうエサでございます。厄介なことにタコは生餌しか食べません。主にカニ類です。さあ大変。ホームセンターに行くと「カニ網」というものを売ってます。これを短い竿の先に付けて、波打ちつける冬の海の岩場に行きます。細く目の粗い網でして、これにニボシとかのエサを付けて岩のすき間にそっと落とすと、面白いように大きなイソガニが絡まってきます。たまに遊びに来てするのなら楽しいでしょうけど数日おきとなると苦行になります。職場の機材を使ってはいますがまったくの趣味、すべて私用で自腹で自己責任ですからつらさ倍増。でも水槽にはロレンツォがいる。待ってろよ、決して飢えさせはしないから。


 採ってきたカニたちは当初、ロレンツォの隣の、実験後にウニを放したあとの水槽に入れました。これが実に残酷なことだとすぐ気付きました。カニたちはこの恐ろしい天敵のことをよく知ってます。抗うことのかなわぬ恐怖の捕食者、それがガラス越しにいつでも睨んでいるんです。エサ用の一時しのぎのつもりだったので水槽にカニの隠れ場所は作りませんでした。可愛そうにイソガニたちは水槽の一隅に固まってガタガタ震えているようにも見えました。


 無脊椎動物にだって感情はあります。ごちそうにありついた時の歓喜、天敵に食われる時の恐怖。以前干潟で、アカテガニが肉食のベンケイガニに捕まって体色を青くしているのを見たことがあります。ああ悲鳴を上げているんだなあ。自然界の残酷さを目の当たりにしました。


 多少の躊躇はありましたがこれが自然であります。カニを水槽から手網ですくうと、ロレンツォの水槽に落とします。すぐにタコは腕を伸ばし、吸盤で動けないように抑え込むと、放射状に伸びた腕の中心、外からは見えない「スカートの下」にカニを引き込みます。そこには鋭いくちばしを備えた口があり、器用にカニの甲羅をはいで、一本一本の足の先まで中を舐めとるように食べてしまします。あとからポイと捨てられる殻は、人ではどんな達人でも不可能なくらいに中身がはぎとられていて、私はこんなにきれいに獲物を食べ尽くす肉食動物を他に知りません。


 これも当初は加減がわからなくて、カニを数匹ずつ入れてました。でも一匹ずつしか食べません。最初の吸盤の魔の手を免れたカニはどうしたでしょう。目の前に捕食者がいて、目の前で同類が食われているんです。もう恐慌状態。あるものは水を出て水槽の天井に貼り付き、あるものは脱走して部屋の隅で干からびていました。ああ可愛そうなことをした。わし地獄の閻魔さまの前でこれをどう言い訳しよう。取りあえず以後は二つの水槽の間に目隠しを置き、カニは一匹ずつ供するようにしました。


 生物としてカニも好きなので、少しカニ寄りの話になってしまった。ロレンツォに戻りましょう。

 


知能

 タコを飼う楽しさって何だと思いますか。それは知能ある生き物を身近に観察する楽しさです。動画サイトでも犬や猫の動画は人気ですよね。迷ったり失敗したり、時に賢さを見せて感心させたり。タコにもそれがありました。


 タコの賢さはよく人を驚かせます。エサの入ったジャムびんを器用に開けて見せたり、捕らえられた船上から巧みに脱出したり。サッカーワールドカップの優勝国を占うタコなんてのもいたなあ。私はこのタコの賢さの理由のひとつとして、その発達した「眼」を上げます。


 タコの眼は「カメラ眼」と言って、光を正確に写し取るカメラと同じ構造をしています。そしてそれは私たち脊椎動物の眼と同じでもあります。これ以外の無脊椎動物の眼は、昆虫も含めてみな「視力」がほぼありません。光の方向、影の存在、対象の移動、極端な場合光の有無しかわからないものもあります。こういうのと比べたら「画像」を結ぶことのできるカメラ眼の能力は驚異です。当然視覚情報の処理に脳のメモリーを大量に使うことになります。それで脳が発達したのかなと。あくまでも私論ね。ちなみにタコの眼、明るい場所ではまぶた(虹彩?)が上下に閉じてヤギの眼みたいな外観です。


 でロレンツォです。ひょっとするとこのタコ、毎日エサを与えに来る私のことを覚えたフシがあります。なんとなく服装で判断するのか、人から「怪しい」と言われる私の動きか、まさか顔を覚えたのか。他の人が部屋に入ってくると岩陰に身を潜めますが、私が現れると岩から出てくるんです。ヌルリというかズルリというかまあ気持ちの良い姿ではありませんけど、でも懐かれてる。タコに懐かれてる。か、可愛いじゃないか。でもそれだけではありません。


 水槽に指一本を入れてみます。平べったい瞳でじっと見てから、そっと腕の一本を伸ばしてきます。私の指に絡めます。冷血動物らしい冷たさ、そして先端の小さな吸盤がプチプチと皮膚に張り付く絶妙の感触。…… おわかりでしょうか。そうです お手 です。何とこのタコ、飼い主にお手をするようになったんです。こんなの聞いたことある? タコのお手だよ。ロレンツォよ、お前はなんて愛いタコなんだ。ああこのままずっと飼っていたいぞ。

 


別れ

 ロレンツォと私の幸せな日々は数か月続き、春が近づいて参りました。ここで一つ思案せねばなりません。


 高い知能がありながら、なぜこいつらは海底にタコ帝国を築けないのか。それは悲しいかな、神さまが定めた彼らの「寿命」です。


 数年かけて成体まで成長するマダコ。成長し成熟すると、他の生物と同じように繁殖行動に入ります。しかし神さまはタコに少し厳しかった。マダコはそのただ一回の繁殖で寿命を終えるんです。特にメスはエサを摂らず卵につきっきりで世話をして、子供たちが大海に泳ぎ出すのを見届けて息絶えます。恐怖の捕食者は最後に慈母のほほえみを浮かべながら生涯を終える。これもまた自然の一面です。


 さあロレンツォをどうしよう。このまま飼い続ければ数か月、あるいは数年生きながらえるかもしれません。しかし繁殖期です。自然の摂理に任せ、子を残させてやるのが最善の道と考えました。生まれ育ったあの磯で。


 水槽の岩から引き剥がすのは簡単でした。差し伸べた手にすぐ乗ってきました。これを手網で受けてバケツに移します。さすがに何事かといぶかしんだでしょうけど、私に迷いはありません。車に積んで職場を後にします。

 


 平磯に着きました。ちょうど軽い引き潮で、潮だまりが出来ています。バケツを抱えて岩場を降りると、外海に通じた大き目の潮だまりにしゃがみこんで、バケツをそっと傾けます。狭いバケツの中は苦しくもあったでしょう、柔らかな体が水と一緒に潮だまりに流れ込みました。


 どこだここは。懐かしいにおい。そうかここはあの海か。


 戸惑ったことでしょう。でもすぐ落ち着いた様子です。さあ帰るがいい。いいオトコ見つけていい子を産めよ。


 私は振り切る心持ちで立ち去ろうとしました。ところがロレンツォは動きません。自由の身になったことは理解したろうに、潮だまりを離れません。両目を水面に浮かべて、じっとこちらを見ています。ああやめてくれ、そんな目で見ないでくれ。驚くべきことに、今ここにいるのは単なる無脊椎動物ではありません。私が慈しみ、私を信頼してくれた一つの命です。まさかタコにここまで情が移るとは思いませんでした。


 やがて諦めたか、ロレンツォは海の深みへと消えていきました。生き物を飼えば必ず別れがある。これ以後、何かを飼育しようと思ったことはありません。

 

 

 

 

読者のぽんこ。さまからのリクエストでこの記事は書かれました。
ぽんこ。さま、こんな ↓ 昔の記事へのコメント、とても嬉しゅうございます。

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カキランと約束と

 

         


 また写真 50 枚超えました。真打は最後なのでちゃーっとスクロールして構いません。


 ようやくニイニイゼミが鳴き始めました。例年より遅く、すべからく花期を早めている花々とは対応が違うようです。水戸はまあ暑いは暑いのですが、午後に海からの風が強まるこの季節は耐えがたいというほどでもありません。東京や関東内陸諸都市と比べれば、ですけど。


 今年は絶滅危惧の花を一つでも多く見てやろうと意気込んでおりましたが、6月にもろもろの雑事に足を取られ、花期のごく短い野生の花をかなり見逃すことになってしまいました。それでもせめて、と思っている花があって、それが今日のネタ「カキラン」です。山の湿地に群生する小ぶりの美しいラン。まだどこかに生き残っていることを願って、雑事の合間の6月半ば。

 


 古い記録を辿って袋田の滝の上流、大子の山間部に来ています。湿原に点々と咲くのは

 


 ハナショウブ。とりあえず県のレッドデータで「準絶滅危惧」。

 


 その園芸種ハナショウブもあって混乱します。かつては耕作地だった場所なので、お百姓さんの気まぐれで植えられたのでしょう。

 


 ヒメシロネ尾瀬ヶ原にも生えてます。

 


 オニスゲ。これは普通種。

 


 周囲にはレンゲツツジが茂ります。花期にはさぞ美しい湿原であることでしょう。

 


 ショウジョウバカマもあった。

 


 ごく一部には水田が残されて、トウキョウダルマガエルが憩っておりました。

 


 一通り見て、これ以上のものはないと判断して戻る途中、地図にない道がありました。道沿いの電柱も新しい、比較的最近に拓かれた道のようです。

 


 もちろん行ってみるのだ。登り切ったところが開けてます。異界に通じる門のよう。

 


 ぱあっと広がったのは斜面に広がる畑でした。農家が2軒。道路はここで途切れます。あの道が拓かれる前は、少なくとも手前の家は徒歩でしか行き来できない山上の庵だったことでしょう。かたわらの車庫には軽トラとクラウン。茨城では普通の組み合わせです。山中に住まおうとも下手な都会の人間より豊かな人が多い、当地の県民所得は全国トップテンから外れたことはありません。

 


 手前の農家に人がいます。こちらに気付いてくれたところで、大声で挨拶しました。挨拶を返してくれたので重ねて来訪の許可を求めると片手をあげて許諾の意、いそいそと家に向かいます。

 


 フィールドで出会った現地の方には必ず挨拶するよう心掛けてます。笑顔で声をかけ、三脚とカメラを見せてお花の写真を撮りに来ましたと言い、土地の美しさを褒めるとそれで大抵は信用してもらえます。よそ者と話すのが楽しいという方ばかりです。この時も、穏やかな良い人生を歩んできたのが伝わるような、実に滋味あふれるお顔のご老人でした。今日はサツマイモの植え付けをしたこと、今は樹々が生い茂ってしまったが父の代には山一面が畑だったこと、下には田んぼもあったこと、以前は日立まで勤めに出ていたこと、身体を壊したこともあったこと、食糧は自給できてむしろ出来過ぎた作物を配ったりしてること、町のカルチャーセンターで習ったクラシックギターの練習に余念がないこと。縁側から雄大な空を見上げながら、私より永くこの世にあるその方が人生の有りようを語ってくれます。よく手入れされた庭にオキナグサがあったので聞くと、以前はこのあたりにいくらでも生えていたと。そして先ほど私が見た湿原に、数十年前は確かにカキランがあったことも教えてくれました。麦茶とアイスをごちそうになり、欲しかった情報も得ることができました。聞けばカキランの花期は7月後半なのだそうで、その時期に再訪することを約束してお別れしました。

 


 で、6月末。今年は花期の早まる傾向なので、早めに行動開始です。カキラン探索にかこつけて県北の湿原を巡ってみようかと思います。まずは春の頃にご紹介した廃村の先の湿原に向かいました。途中まで車で行けるのですが、例によって林道の始めから歩きます。往復8キロ、季節の花に触れながら。

 


               ホタルブクロ

 


                イチヤクソウ

 


                 チダケサシ

 


                 アカショウマ

 


           アキノギンリョウソウ
、の枯れ姿

 


 登るほどに森は深くなり

 


 峠を越えて

 


 湿原に到着です。春には冬枯れの光景でしたが、今は花の姿が。

 


 ノハナショウブ。ここにもあったか。

 

         


 ミズチドリ。咲き初めの純白の姿に行き会えました。

 


 カヤツリグサ科は守備範囲を外れますが、これはアワボスゲでは。

 


 茨城では貴重なサギスゲ

 


 マンネンスギは新しい胞子葉を伸ばしておりました。

 


 実はトキソウとヒメザゼンソウを期待したのだけど、花期は終わってました。いかんやっぱり季節の足が速いぞ。

 


 こちらも急ぐ必要があるようです。日を改めた7月初め、この日は何か所も巡るつもりで早めに家を出ました。阿武隈高地隆起準平原という地形で、山の中に小さな湿原が点在します。歩けば何かに巡り会う、必ずね。

 


 一か所目。日立の入四間いりしけんという辺りの集落の奥、昔イモリを探し回ったことで土地勘がある場所です。かつては谷津田があり、今は一斉にセイタカアワダチソウが萌芽する湿地にぽつんとオオバギボウシが立ってます。

 


 擬宝珠ぎぼしという名の元の花蕾。似てるかなあ。

 


 一面のクサソテツ。春先にはコゴミという名の美味な山菜です。もう採る人もいないか。

 


 ショウブ。アヤメではない本当の菖蒲。野生なのか植栽なのか判断に悩みます。

 


 そして、ガマの間に黄色い花が一面に咲く原野に出ました。

 


 クサレダ。「レダマ」というマメ科の低木に似た草なので付いた名ですけど、これもさほどは似ていないし、他の花の名を借りなくても十分に美しい。「腐れ玉」じゃないのよ。私は見たかった花なので嬉しい出会いです。

 


 華やかさがウリのサクラソウ科…… なんだけど、困ったことがあります。いくらカメラの設定を変えても、肉眼で見たときの強烈な金色を写し取れないんです。ヒトの網膜とカメラの撮像素子の性質の違いだと思います。

 


 やっぱりノハナショウブがあった。絶滅危惧のはずなのに、県北の湿原には必ずあります。花期が長く、花が大きく目立つのでむしろ湿原を探す時の良い目印です。ただ、湿原というのは人間がその気になればすぐに開発で消滅し、放っておいても「遷移」で乾燥化して消滅します。ノハナショウブは守るべきものの指標として大切なんだと思います。

 


 ここでは草刈りに来た養蜂業者の方と話が弾みました。巣箱を置くのに土地を借りたら、周囲の草刈りが義務なのだそうです。四季を巡りながらミツバチを追う日々の苦労と楽しさを語るお顔は、正しい労働に裏打ちされた自信に満ちておられました。違う人生を歩む人の話は、何につけ勉強になります。写真は、草刈り後に萌芽したベニシダです。

 

 


 車に戻ってまた移動です。今日は山と谷をいくつも越える、阿武隈高地を縦断するルートを行きます。茨城の道は山中であろうとよく整備されていて快適です。窓を開放して窓外を楽しみながら進みますと、谷間に残された水田の斜面に紫の光。ノハナショウブ、本当に良い目印です。

 


 ここは以前真夏にコオニユリが咲いていて、いつかゆっくり見てやろうと思っていた湿性の草地、この花がなければ見過ごしていました。

 


 ウツボグサも心なしか下界のものより鮮やかです。

 


 オカトラノオ。これもクサレダマと同じサクラソウ科。

 


 フレームにホソヒラタアブが割り込みます。

 


 ノアザミ。この草地は、これからヤマユリやらカワラナデシコやらでにぎやかになります。

 


 さらに移動して、谷間に田んぼと湿地が混在する山里に来ました。ここでもノハナショウブが目印になりました。ん? でもそれだけじゃないぞ。

 


 ノハナショウブ! ミズチドリ! クサレダマ! わああ三種混合、オールスターだ。そしてその根元に、ついに

 


 カキランがありました。

 


 不思議です。今回ご紹介した中で一番人家に近い場所です。なのに一番希少なものがあり、一番多様性に富んでます。他に見られたものは

 


 ミツモトソウ。いざ探すと見つからないバラ科

 


 わああドクゼリがびっしり繁茂してる。こんな人間の生活圏で、セリと間違って摘む人が居なければ良いのですが。猛毒ですが近県では野生絶滅してたりします。

 


 アキアカネは普通種としても

 


 クジャクチョウが生息するにはかなり低標高地です。ここは何か特別な場所らしい。


 それでは改めてカキラン、接写も含めてお楽しみください。

 


 他の花は湿地のあちらこちらに咲いてましたがカキランはごく狭い範囲のみ。今回の一連の花々の中でも、特に守られるべき者です。

 


 これで当面の目的は達せられましたが、完結ではありません。そう、冒頭の大子の湿原です。記録のあるかの地にカキランが残っているかどうかは確認されねばなりません。何よりあのご老人に再訪の約束をしました。またあの素朴なお顔の昔話を聞きたいと思います、ぜひ近日中に、カキランの花があるうちに。


 手土産は水ようかんがいいかなあ。

 

 

 

 

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流れよ泪、と久慈川の云う

 

 はい例によって意味なしタイトルです。お気になさらず。写真 50 枚いってみよー。

 


 6月は久慈川メノウの記事が書けませんでした。楽しみにしてる方がおられるのは重々承知してはいるのですけど書けません。だってメノウが動かないんだもの。

 


 久慈川流域では、5月半ばの大雨以来静穏な日々が続きます。川の水位は下がる一方、それはより深みまで探索できるということではありますが、その効用があるのは最初だけ。瞬く間にタネ切れで以後は不作の日々です。

 


 これは大雨直後の久慈川本流での戦果。5月18日の記事でご紹介したものです。大部分は聖地のお供物にしましたが、写真に残したいものがまだ手許にありました。

 


 こんだけ。

 


 くらえブラックライト。1個だけ自己主張の強い奴がいます。

 


 これ。どこから見ても八面玲瓏、色といいツヤといい上物でして


 蛍光もいい。

 


 小ぶりだけど目立ってた赤縞メノウ。


 光を当てても見目麗しく。人間にもこういうひとっています。

 


 ぶつぶつです。


 ぶつぶつだ。

 


 晶洞の綺麗なの。

 


 それぞれに見どころがあって、すべてを紹介しきれません。

 


 記事にも書いた未踏河原のカーネリアン。晶洞の微結晶も綺麗で、これだけは宝箱に残そうと思います。

 


 そして月が変わりました。全国で豪雨被害の出た6月でしたが、こういう時でも茨城は、というか県北部には雨が降りません。数日おきにお湿り程度の降雨があって、それで天地あめつちが生きながらえてますけど、まっとうな石拾い屋を喜ばすには足りません。せめて1日当たり 50 ミリ降らないとメノウが動かなくて、水害にならず、貯水池が満たされ、山野が潤うとなるとそれくらいが妥当なのですが、私のような晴れ男が多いのか雨雲が面白いくらいに避けていきます。…… 雨乞いか。また雨乞いが必要なのか。以前にそう言ったら信徒の誰かが人柱になって降らせてくれたけど、そう何度もは頼めません。


 最後に戦果があったのは6月初め。葦が生い茂ってすっかり足の遠のいた玉川にて。


 いつもの場所はもう手に負えず

 


 こんなのしか採れなかった。置いてきました。

 


 珪化木があったので乗せてみた。

 


 次の場所。長靴の生えるここは

 


 例の人が川の流路まで変えるほどに掘っていた場所です。かの人は完全にここから撤退したようです。

 


 するとこんなのが

 


 さらに泥の中に赤いのが


 おおお、他の人が来なくなるとこんなのが採れるんだ。

 


 とはいえこの日の玉川はこれで終わりました。もう以前のような銘つきの大物は採れないのかも知れない、なんてふと思ってみたり。

 


 風の澄んだ日でした。

 


 ユキノシタの咲くさてここは。この日は勢いで沢歩きもしました。聖地のお供物用のメノウを仕入れたくて。今でも他の方の動画を見て聖地においでになる方はおられるし、有難いことに「わらしべイベント」を続けて下さってる信徒の方がいるのです。教祖が座していてどうする。

 


 拾うのは赤みのあるの、景色の面白いの、個人的に蛍光させてみたい仏頭状構造のあるの。

 


 この珪化木は拾った時には真っ黒で、厳密には半分珪化木、半分石炭でした。ドメストに浸けたら漂白されてしまった。以後気を付けようっと。

 


 お供物にあったら喜ばれそうな赤いの。でも面白味はないのでここではモブ扱い。

 


 また縞付きのがありました。

 


 さあいよいよフィナーレです。ボクの好きなぶつぶつ仏頭の蛍光&透過光パレードをお楽しみください。趣味に付き合わせるだけのことなんですけどうふふのふ。




 この日の最後は聖地へ。

 


 ビロードモウズイカがドカンと突っ立っておりました。

 


 次にメノウが動くような降水があったときは必ずこのブログでお知らせします。

 気長にお待ちくださいませ。

 

 それと、次回はお花回の予定です。いいネタ仕込んでます。

 

 

 

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ナース3連発

 

 世慣れた男性の皆さまにおかれましては何事かと色めき立つタイトルかもしれませんが、たぶん違います。たまに私の前頭葉に降りてくるガチャポンの話でございます。


 「ガシャポン」を商標登録するバンダイに「まちぼうけ」というシリーズがありまして、「ずっとあなたを待っている」をコンセプトに動物やらキャラクターやら時にクラゲや非生物まで、寂しそうに膝を抱えている姿のフィギュアがカプセルからコロンとまろび出てきます。人気なようでカプセルトイのお店に行くと必ず何種類か置いてあります。これまではアウト・オブ・眼中でしたが、先日水戸内原イオンのお店で見かけてこれ欲しい!と思ったのが

 


ウルトラ怪獣まちぼうけ。「早く来ないと暴れちゃうぞ」だって。よおし任せろ! と財布に手を掛けたら、「売り切れ」と貼ってあるのに気付きました。ええええ。


 「ウルトラマン」に登場したダダギャンゴ、「ウルトラセブン」のエレキングナース(円盤形態)。いずれ劣らぬ人気怪獣、どれが出ても当たりです。ターゲットはまさに私の世代でしょう。いい狙いです。それなりに「大人買い」できる財力がありますから、うふふふ。売り切れもきっとそれが理由でしょう。良いもの、正しいものはちゃんと売れるんです。


 以前のガチャポン記事でも申し上げました。欲しいものがある時に私が巡回するカプセルトイ屋さんは3つあります。イオンが売り切れなら…… と出向いた次のお店にもちゃんとありました。さすがバンダイ展開が厚い。さあ回すぞ。ガチャリ、ポンっと。

 


 ナースが出た。

 


 ウルトラセブン第 11 話「魔の山へ飛べ」に登場、地球人の生命を採取しようと暗躍したワイルド星人の乗機にして戦闘時にはぐるぐるーっと巻きがほどけて金色の龍になる通称「宇宙龍」。実は大して強くなかったんですがそれでもセブンに巻きついて苦しめる姿に手に汗握ったものです。さあそれではもう一回。ガチャリ、ポンっと。

 


         またナースが出たああっ


 4通りある事象の一つが2回連続する確率は 16 分の1。あり得ない確率ではないのだけど、長年の経験から同じ販売機での3トライはやめます。


 3軒のうちの残る1つ、このお店にも置いてありました。ガチャリ、ポンっ

 


            なああすうううっっ


 確率 64 分の1ぃぃぃっ DNAの暗号と同じ数字になってしまった。コレはいかんっっ、イカんぞおお。


 3つ目のは別のお店別の販売機なので関連はありませんが、ゲン担ぎの私には十分な警告になってしまいました。

 


 ご存じのようにガチャポンというものは欲しい商品がなかなか出ず、それどころか同じものが何度も出てくるという悪夢のような経験を通じて我々に人生の苦みを教えてくれるシステムであります。苦いというのが東京・上野の国立科学博物館売店。博物館オリジナルのカプセルトイ販売機があって、初めてトライした時に「槍を構えた縄文人」が出ました。大喜びで帰宅してよく見たら肝心の「槍」が入ってませんでした。製品管理ができてません。次に行ったときに性懲りもなく連続トライしたら、「異常巻きアンモナイト」が3連続で出ました。9種類のうちの1つが3連。確率 729 分の1。さすがにこれはあり得ません。


 さて、もしこの記事をご覧の読者さまにカプセルトイ屋さんにお勤めの経験のある方がおられたら、ぜひコメントでお答え願いたいのです。あのガチャポン販売機にカプセルをセットする時に、同じものが連続しないように配慮することはできますか? シロウト考えですが、少なくとも最初の数個は配慮して落下軌条に乗せることができそうな気がします。以後も、たとえ種類別に納品されても交互に重ねるくらいはできますよね。先のイオンのお店では、これも記事にした「お散歩は季節をまとって」の新商品、この店が真っ先に置いてくれて、4回試したらちゃんと4種類出たんです。それを考えると国立科学博物館売店、悪意すら感じるのは私のゲスの勘ぐりってものでしょうか。以後ここで物を買ったことはありません。


 というわけでケチの付いた「怪獣まちぼうけ」です。が、しかししかし、ギャンゴ欲しいよう。エレキングもダダも好きだよう。


 数日後イオンのお店を覗いたら、驚くべし、販売が再開してました。カプセルが販売機の中でわんわん唸ってます。一度だけ、一度だけと自分に言い聞かせながら百円玉を入れてガチャリ、ポンっ。

 


      ダダだだあっ いや ダダ だあっ ♥

 


 いいですねえこのポーズ。「ウルトラマン」第 28 話に登場。三面怪人なんて言ってますが見掛け倒し、人間体の時にはムラマツキャップに格闘で倒されてこんなポーズ取ってましたねえ。ああ、あの時代の空気までよみがえります。…… ちょっと満足しました。怪獣まちぼうけ、ひとまず矛を収めます。

 


 どうでもいいけどダダさん、黄金の山で笑ってる姿がよくお似合いです。

 



 

↓ ガチャポン大好き。

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植物園、なくなるってよ

 

 今回のタイトル、今ごろこんなネタを使うセンスの古さをお笑いくださいませ。それでは。


 老母が、那珂市にある茨城県植物園に父と共に連れていけ、と言い出しました。珍しいことです。近くだし天気もいい、是非はありませんでした。道々聞いてみると、先日友人に連れて来られた時に見た園内の風景を見せたいというのです。…… で行ってきたわけですが、そこで驚くべき情報がありました。ここが7月から閉鎖されてリニューアル工事に入るというのです。リゾート施設になるという。ええええ。

 


 行政がそういうからにはそうなるのでしょう。40 年も昔から親しんだ施設です。現状記録のため再訪しました。梅雨に入りましたが晴れ男パワーで雲を退けます。日暈(にちうん、日傘)が太陽にかかるくらいは仕方ない。


 茨城県植物園。ここは県が造り「公益社団法人茨城県農林振興公社」が管理運営しています。年1億円が「指定管理料」として県からこの公社に支払われています。これを「毎年1億円の赤字を計上している」と言って「自律採算ができる持続可能性の高い施設を目指す」のだそうです。


 うまい! 全国の自治体の皆さま、この手は使えますよ。公益社団法人って赤字で当たり前、もうけが出たらむしろ問題になる団体ですが、そもそも公立施設って自治体が予算を消費して運営するものです。これを赤字と言い換えて独立採算せよと因縁つける。財務省国立大学法人化で使った手口です。潰したい施設をおカネでじわじわと締め上げる。ボクもそんな楽しいお仕事してみたいです

 


 入場してすぐの噴水広場。植物園の定番ですね。計画ではこの手前にドンと植物で作った壁が立ち

 


 この噴水と花壇は取っ払われて、サウナまで備えた温浴施設になります。もちろん有料。園への入場が無料になる代わり施設ごとに料金が設定されます。温浴ってことは燃料を使うんだよね、平日の閑古鳥鳴いてるときも。それっていま以上にぶっとい赤字のモトになるんじゃ…… いやいや、このあたりは農家の人や年金生活者が多い。平日でも採算は取れるはずです。お役人さまの計画に不備はない。

 


 とにかくこの植物園、おカネがないんです。トイレは和式も混在しウォシュレットなんかもちろんありません。開催するイベントも、この時は「変異植物展」をやっていましたが要するに山野草業者が斑入りのウチョウランなんかを並べた即売会でした。業者頼み。上はおカネを出さず施設の更新もさせずに老朽化に任せ、入場者数が激減したところで現場への説明なしに改革を申しつける。おお詰め腹斬らせるとはこのことか。すごいなあ。

 


 木漏れ日の美しいベンチ。多くの家族連れがここでお弁当を広げたことでしょう。もちろんそんな生産性のないことは許されません。ここはグランピング施設になる予定です。

 


 この芝地も何も生みだしません。子供が喜んで駆け回る空間も生産性がないと言われりゃそれまでです。広々とした空間もまた人々の共有財産(コモン)だという発想、すべてをおカネに換算して考えるような浅ましい経済人間には理解できません。新宿御苑をご存じの方、もしあの広々とした芝生を潰して商業施設を作るなんて話が出たら、神宮外苑と同じように著名人を巻き込んだ大反対運動が起こること、わかりますよね。何もない広々とした空間がいかに人を和ませるか、私には信じられないことですがそれをまったく理解できない人間というのがこの世にはいるんです。こうした人がエラいさんで、ここを何とかしろと言い出したら、説得を試みて左遷されるよりもわかりましたと帳尻合わせた資料を作るほうが利口ってもんです。でここもグランピング施設の用地です。

 


 科学万博の会場から移されたというお姉さん。流転の運命は続く。

 


 県花バラ園。ここもなくなるのかな。実は再開園まで9ヶ月しかないのに、計画の細部が詰められてません。

 


 母が見せたかったというのが、このあずまやからの風景でした。

 


 おお。母の眼には絶景に写ったようですけど、私もこの緑に感動せずにはいられません。でもこれを見ても何の興趣も起こさない人はいて、ここにはボタニカル・レストランとやらが建つらしい。

 


 ここにも何か建つんでしょう。秋にいろいろなキノコが出る場所でした。

 


 ボクの好きな「羽根突き」の木ムクロジ

 


 くるくる果実の木シナノキ。みんな伐られちゃうのかなあ。

 


 展望塔。見るからに古臭い、でも子供さんは気にしません。

 


 見えるかな、赤い服着た女の子がパパーッ!とか手を振ってます。ここでそう叫んだ最後の子になるんでしょう。

 


 さて熱帯植物館。320 円の入園料が無駄でなかったと思わせる唯一の施設です。

 


 ここは建物そのままに「バニラドーム」と名を変え、内部はカフェになります。周囲にはコテージが立ち並ぶと。…… いえもう何も申しません。

 


 現職員の方々が精いっぱい維持してきた屋内施設、でも先立つものがなければ限界がありました。今回のリニューアルには基本設計に 8800 万円、建設に 30 億円を掛けるそうです。同じ老朽化問題を抱えた水戸植物公園では温室の中身を総入れ替えして評判を取り戻しました。トイレも最新のものになってます。ここもそれではいけなかったのかなあ。

 


 このオウギバショウ(旅人の木)や

 


 熱帯植物たちはどうなるんだろうか。

 


 カフェ、コテージ、グランピング、サウナ付き温浴施設、レストラン、バーベキュー場…… いやあ見事に「いま」の流行りを詰め込んだ計画です。お役人の計画ではリニューアル後5年で年間利用者 26 万人、売上 8.7 億円を見込んでいると。納税者の一人としてこの通りの成功をお祈りいたします。「自治体の植物園に宿泊施設というのは国内初」とのことですがそりゃそうだ、それをふつう「植物園」とは言いません。それに夜間常駐の職員も必要になりますけど人件費大丈夫かな。まあ、いずれにせよここはそういうリゾート施設になるんだと諦めます。

 


 ナイトガーデン。毎年楽しみにしてました。このイベントは残してほしいけど、噴水広場が無くなったら場所がなあ。リニューアル後もライトアップがあるそうなので期待しましょう。


 不穏な不確定情報ですけど、国営ひたち海浜公園でもグランピング施設を作る計画があるらしい。貴重な海浜生物の生息地を潰して。民業圧迫だし、役人が飛びつく頃にはブームが終わっているという定石をまた踏んでますねえ。赤字の責任誰が取るんだろう。

 


 願わくば本当の意味で、誰もが楽しめる夢の園生そのうを。

 

 

 

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↓ 県の計画です(資料はPDF)。

「県植物園等リニューアル基本計画」を策定しました/茨城県

 

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欲深な竜と500円玉

 

   


 龍、竜、もしくはドラゴン。表記はさまざまですが、世界中の伝承に見られる超自然の存在です。代表的なのは中国と西欧のもの。中国の「龍」はご存じ水神、水の恵みをもたらす崇敬の対象です。対して西欧の「竜」はキリスト教徒に害をもたらす「悪」の象徴、圧倒的な力で人や町を襲い、奪うものです。人里離れた洞窟に巣を構え、奪ってきた金銀財宝やさらってきた乙女や、そういうものを宝物として貯め込み、番をしています。宝物をどうしていいのかわかりません。考えません。ただひたすら蓄財し、その番をするだけです。ただひたすらに欲深な竜。…… どうでもいいけど、さらわれたお姫さまってどうなるんだろう。日々のお世話をしてもらえるとは思えず、助け出されたときにはそれはそれは残念な姿に……ry

 


 最近ニュースで見かけるのが、著名人をかたる電話に乗せられて大金、多いもので数億円を騙し取られるという事件です。いや素直に、あるところにはあるもんだと驚いています。たいていはご老人で、この先そう長くはないと失礼ながら思わせる年齢、そんなに貯め込んでどうする気だったのかと心配してしまいます。死後の遺産が億もあったら親族間で必ずモメますよ、修復不可能なほどに。さらには相続した子孫をダメ人間にするというオマケまで付きます。巨額の財産があってもさらにそれを殖やそうとする。深いのは業か欲か、いやしかし。

 


 これは 500 円硬貨。でも皆さんのお手元にあるものとはちと違う。何がって?

 


 こうすりゃわかる。若い方には知らない人もいるのかな。平成11年まで発行されていた「白銅貨」です。


 500 円硬貨の分類
  ・白銅貨          昭和 57 年 ~ 平成11年
  ・ニッケル黄銅貨      平成 12 年 ~ 令和 2 年
  ・イカラー・クラッド貨幣 令和 3 年 ~


 白銅貨の外見上の特徴は何と言ってこの側面の NIPPON 500 の刻印。初めてこれを手にした時のその巨大さ、ズシリとくる重み、そしてこの刻印のカッコよさに、日本のおカネもここまで来たかと感動したものです。

 


 傷だらけでもちゃんと桐の花に見える彫刻。技術力の高さを示す意匠は見事です。残念ながら韓国の 500 ウォン硬貨(価値が三分の一)を使ったセコい釣銭詐欺が横行して 18 年間で使命を終えましたが、二度の改鋳を経ても基本デザインが受け継がれてます。歴史に残るデザイン、と私は勝手に決めつけてます。さあこれが

 


 どーん。出てきちゃいました。

 


 450 枚弱、どーだたまげたか。わしたまげた。せっせと集めて各年のを 10 枚ずつ、それでも止まらず手許に来る 500 円玉をケースに収め続けた二十年前のおのれの所業、すっかり忘れてました。先日寝床の中で思い出して思いっ切り「」とか声を上げてしまった。今でも大金です。さてどうしよう。当初はちびちびと使うことを考えましたが、前述の経緯で改鋳されたのですから今の自動販売機では使えません。お店では使えますが、金融機関の硬貨計数機ではじかれるのでお店の人が銀行に持って行ったときに迷惑を掛けます。自分の口座に入れるにも銀行窓口で処理してもらうしかない。窓口のお姉さんに手で数えてもらうことになります。百枚を超えると手数料が掛かるので何回も行くことになる。あああどうすれば。

 


 困った挙句家族に相談したらいや呆れられること。こんなもんまで貯めていたか!って。メノウ集めという現在進行中の罪過があるで何の反論もできません。結局銀行の窓口に小分けで持っていくことにしました。最低でも五回。ああ三回目くらいには「また来たか」なんて顔されるんだろうなあ。キビしいなあ。

 

     
 とにかく集める、貯める。使う目標なんてない。ひたすら貯める。何のことはありません、億のおカネは持ってないけど、つまりは私も「欲深な竜」であったのです。

 

 


 500 円玉と数億の札束を比べるのも妙な話ですけど、私にはかの方々の気持ちがわかります。きっと若い頃にお金で苦労なさったのでしょう。そして努力と忍耐の末に食うに困らない財産を手に入れたけど、お金への欠乏感が収まらない。もっと殖やさねば、もっと、もっともっと…… その挙句にサギに遭ってすべて失う。私には笑えません。

 

 


 ちなみに 500 円白銅貨、プレミア価値があるのは発行枚数が少ない昭和 62 年、次いで 64 年。私がこれだけ集めた中でも 64 年が1枚あるだけでした。まあこんなもんなんでしょうね。

 

 

 

 

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モンシロチョウの孤独

 

【播種はしゅ】種をまくこと。種をばらまいたような乱雑な状態。SFでは未知の植民星を求めて旅立つ移民宇宙船を「播種船」という。

 


 江戸時代、国内を放浪する女性の一団がありました。行く先々の村で子供を産むと、その子を村人に預け、また旅立って戻ることはありません。子供は村の子として大切に育てられます。母親の方はどこまでもどこまでも旅を続けていきます。いつかは野辺の仏となるか、村はずれのあばら家で人知れず身まかる運命ですが、本人たちに後悔はなかったことでしょう。


 …… というこれは西原理恵子の漫画に伝聞として描かれていたことなので二重に信用できませんが、フェミニストのばばさま方はどう思われるのだろうか。生物学的には播種の一つの理想形です。生物はとにかく生き残れ、子孫を残せと神さまから命じられているわけで、そのためにできるだけ広範囲に、できるだけ遠くまで子をばらまくことで自分の遺伝子の存続を図ります。疫病だろうが天変地異だろうが、誰かが生き延びれば遺伝子は残ることになります。かくして生物は、子を風に乗せ潮に流し、みずからも山を越え海を渡り、新たな地平を目指します。そういえば絶滅危惧種なんて連中には、この生き残ろう増えようという気概に欠けるのがいるよなあ。

 


 さて、我が王国の菜園も夏支度が進みます。とにかく最大の敵は【虫】。昨年の猛暑では虫どもの活動も活発になって大被害が出ました。キュウリやカボチャにウリハムシ、トマトやトウモロコシにハマキガアシタバキアゲハに食い尽くされました。今年はきっちりネットで覆って成虫の侵入を防ぎます。


 そう、播種と言えば昆虫ほど種の拡散に長けた生物はいません。なんてったって「翅」があって空飛んじゃうんですから。身体が小さいことも子の数を増やすという意味では有効です。かくして無農薬で通そうとする家庭菜園はヤツらの養殖場と化すのです。おのれエエ。

 


 先日の草取りでドクダミの陰から出てきた古材を日なたに出しておいたらキマワリが羽化して来よりました。この庭で見たことがありません。いつの間にか飛んできて産卵してたんですね。

 


 剪定したスイカズラの下枝では案の定アブラムシがアリに守られて大繁殖してました。越冬卵から生まれた有翅虫が飛んで卵をばらまいて、あとは無性生殖でぼんぼん増える。植民地を次々と作って三千世界に版図を広げる、何と理想的な播種システムであることか。

 


 駐車場のコンクリの上をすごいスピードでグルグルしてるのがいて、何かと思えばオオスカシバでした。片側の翅が縮れたまま飛ぼうとしています。よく見ると頭の半分に蛹の殻が付いたまま。ああ、羽化失敗です。以前にもヤママユのこれを記事にしましたけど、飛ぶことが生活のすべてである鱗翅目りんしもく昆虫の羽化失敗は哀れです。オオスカシバは我が家のクチナシの仇敵で、おそらくこいつも私の眼をかいくぐって成長したものでしょう。せっかくここまでうまいことやってきたのに、最後の関門を抜けられなかったんだなあ。本来なら光のように幽鬼のように高速で飛び回り、次々と民家のクチナシを襲っていたろうに。

 


 さてこれは何でしょう。はい、一見そう見えないけどキャベツです。モンシロチョウに食い放題されました。人間が食うのは中心の結球部分で、モンシロめにかじられる前に収獲するのですけど、この被害がなければもっと大きく結球したろうなあ。この春はキャベツ高かったんだよなあ。

 


 成虫をいくら駆除してもすぐ新たなメスが飛んできて産卵します。卵は高さ0.8ミリ。近縁のライバル・スジグロシロチョウと比べると三分の二ほどしかありません。単純計算で体積は 30 %ほど、スジグロより産卵数を増やせることが競争にどれほど有利でありましょう。

 


 一令幼虫のもう悪さしてるやつ。かくして我が家のキャベツは穴だらけになるのです。この狼藉は天敵のアシナガバチが本気を出してくる6月まで続きました。

 


 モンシロチョウは汎世界種とかコスモポリタンとか呼ばれるものの一つで、世界中の温帯・亜寒帯のアブラナ科作物が栽培される地域に分布します。キャベツを植えると必ず現れます。キャベツ畑を群れ飛んで、哀れキャベツはあのように。家庭菜園ならともかく、農家の人には恐るべき敵です。…… ところでこのモンシロチョウの大繁栄、普通の図鑑には書かれておりませんが、成虫の行動様式にその理由があります。


 メスは、キャベツ畑で羽化して待ち構えていたオスと交尾を済ますと、すぐに旅立ちます。故郷に未練は無く、ましてやここに子を残そうとは思いません。野を越え山を越えどこまでもどこまでも、時に海を渡りながら、ひたすら新天地を目指します。腹の卵を通りすがりのアブラナ科植物に産み付けながら遠くへ遠くへ。どんなに環境が良かろうとも一つの場所に2日と長居することはありません。ただひたすら播種の旅を続けます。卵を産みつくすまで、運命が迎えに来るその時まで。そうしてモンシロチョウは世界に広がりました。

 


 ではオスは。…… これはある日の夕刻、菜園のトウモロコシの葉陰に休んでいたオス。実はすでに1週間ほど私と小競り合いをしてきた個体ですけど、そろそろ寿命のお呼びが掛かる頃だと思います。この場所で頑張り続けました。実はモンシロチョウのオスはメスと正反対の性質を持ちます。生まれた土地を離れないんです。自分の羽化したキャベツ畑の周囲だけを飛び回り、新たに生まれるメスとの交尾のチャンスを待ち続けます。いずこからか来訪するメスはほぼ交尾済みで現地オスのアプローチを拒むので、オスにはメスの羽化を待つしか手はありません。チャンスがあろうが無かろうが、オスはただひたすら生まれ故郷に居続けるのです。

 


 凛とした立ち姿は見事ですが翅がぼろぼろ、その原因の一つは私です。水撒きのときにちろちろ飛ぶのをシャワーで叩き落としたりしました。なんせ我が食卓の敵ですから容赦はしません。鳥をはじめ天敵との戦いもあったでしょう。それでもこいつは、襲い来る運命をかわしながらひたすらここでメスを待ち続けました。もうアッパレと言ってやりましょう。キャベツはすべて抜かれてしまい、新たなメスが生まれることはありません。このオスはこの春に我が庭で生まれたモンシロチョウの最後の一匹になりました。私も運命の定まった者にちょっかいを出すのはやめます。それでもこいつは、最後の瞬間まで触角をピンと張り胸を反らして漢気を見せつけ続けるのでしょう。

 

 ひとり旅するメス。ひとり待つオス。モンシロチョウはなんと孤独な生き物であることか。

 


 そういえば半世紀前、我が家の前は近所の子供たちの遊び場で、私と同年代の子どもたちが十人以上駆け回っていました。その後女の子は全員遠近さまざま嫁に行き、男の子もみな独立して家を出ました。もう私しか残っていません。


 あのオスもこんな気持ちなのかなあ、なんてふと。

 

 

 

 

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