ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

凪ぎの群青 メノウの渚

 


            こんな静かな太平洋。

 

 「太平」洋と言いつつ、私の知るこの海はいつでも大波小波が激しく打ち付けます。毎日の海況を知るわけではありませんが、ここまで穏やかな群青色の海を見ることってあまりないのでは。穏やかな内海しかご存じない方もおられるでしょうが、茨城の太平洋はそういうものなのです。

 


 周期的に少し大きな波が来て、一瞬コバルトグリーンの浪裏を見せてすぐ砕けます。そして続く小さな波の連なりが、人の拍動より遥かにゆっくりと大気を揺らし続けます。ずっと見てても飽きません。静かな波音が詩人の呟きのように心に響きます。

 


 いやいやいや、違う違う違う。今日は心疲れて海を見に来たんじゃない。石拾いじゃ、浅ましくガツガツと、怪しくウロウロと、メノウやら何やら拾うんじゃ。カッコつけてるバヤイじゃない。

 


 1月の初めにやはり海辺をうろついて、蛍光ガラスとメノウで面白いのをいくつも拾うことができました。それに味を占めてまたなんか拾ってやれという浅ましい根性で、前回マーブル状で十字に蛍光する変なガラスを拾ったここ、北方植物シロヨモギ南限の浜に来ております。それで体冷やして風邪を引いたことなどまるで懲りておりません。あ、今日は植物カンケーありませんので、そちら方面に関心のある方ごめんなさい。

 

 


 というわけで歩き始めて、さっそく大き目のメノウというか玉髄を見つけました。長径8センチの、この日のお持ち帰りで一番大きい一品、これは河原のお供物に良いかな、なんて。

 


 おっと。

 


 白く石灰分が沈着した海メノウ独特の、でも小さな晶洞やメノウらしい縞模様もあって、玉川メノウで見かけるブツブツもある。面白い1個。

 


 指先大の小さくて赤いやつ。好きな大きさです。

 


 これはジャスパー。不純物が多く不透明になった玉髄、と説明されます。私は透明じゃないと心が動かないなあ。

 

   
 なんて感じでメノウが入れ食いです。いつもこうというわけではありません。きっと最近に海の荒れた日があったのでしょう。

 


 荒れた証拠に、貝がたくさん打ち上げられていました。地元で「ヒラガイ」というところのコタマガイ。中身入ってます。可哀そうだけど全部助けていたら日が暮れてしまいます。

 


 その後も次々とメノウが現れました。今日この穏やかな渚は、私にいい笑顔を見せてくれたようです。潮は「長潮」、昼のあいだずっと満ち潮のままというあまりいい潮まわりではなかったけど、良い時ってのはそういう条件とは関係ないんだなあ。

 


 浜のモニュメントの陰に、前回私が置いていったメノウがそのまま残ってました。今回は良いものばかりが拾えたので置き去りは無し。

 


 こんなに。いくつか特に面白そうなものが拾えて、まあ良かったです。

 


 風が強まって体が冷えてきたので、今日はもう引き揚げます。メノウがたくさんあって、何よりこんなきれいな群青の海を見ることができたので満足です。自然相手は何事もラッキーーと考えるべし。

 

 


 次回は、ここから気になるものを拡大してご覧に入れようかと思います。

 

 

 

 

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1月のブログと水戸寸景

 


 1月も終わりとて、大寒の水戸の寸景を挟みながら、最近のブログ記事のことを書かせていただきます。配慮いたしますがもし自慢話に聞こえてしまったらごめんなさい。ブログ経営の皆さまの何かの参考になれば、と思っております。


 最近、このブログのサービスを提供しているはてなブログの「アクセス解析」画面を見て驚きました。こーんなことになっていた。

 


 このアクセス解析ではどの画面から私のブログに来てくれたかが示されて、現在はこのGoogle検索からの来訪が多いのです。直近で私へのアクセスの60%近く。これが一般的なGoogleのシェアを示しているのかは存じ上げません。驚くのは、あの!「JCO臨界事故の記憶」をまずご覧になる方が多いことで、何と26%。えーと、60%の26%だから…… 総アクセスの1割超がこの記事なんです。あり得ない。


 試しにGoogle検索で「JCO臨界事故」と入れても、この記事は10面までにも表示されません。「記憶」と付け加えてようやく3面、「モルモット」と加えてようやく第1面に来ます。とてもこの事故を普通に調べようとしてたどり着ける記事ではないんです。

 


 ここからは私の勝手な推論です。たぶんこの方々はお仕事でこの記事から入って最新記事までチェックしてくださるのでしょう。上司から私の監視を命じられているのかも知れません。アイツがまたろくでもないことを書いたら知らせよ、と。でも私が政治的背景を持たないことはまともな読解力のある方ならすぐ知れます。そしてそのまま、好むと好まざるとに関わらず私の最新記事までご覧になっている。

 


 まあ勝手な物言いですが、そう解釈するとこの記事は 疫病神 から一転 ドル箱 になったことになります。人間万事… とはこういうことかな。もちろん大歓迎です。少し変わった年金生活者の日常雑記ブログ、それなりにお楽しみ頂ければ私もうれしい。

 


 ちなみに2番目にアクセスが多いのはブログトップ。これはもう固定読者の方々でしょう。ありがたやありがたや。皆さまの期待を裏切らぬよう、感謝の念を持って精進いたします。

 


 さあ問題はそこから。3番目がフランカーの記事。ええええっ。こんな書いたばかりの記事がGoogleの上位に来るのはこれまで無かったことです。人気の記事と言えども、時間を掛けてじわじわ上がってくるものです。いきなりドン。そこで「百里基地 フランカー」で検索したら、ニュース記事やツイッターに続いて第2面に出てしまいました。まあタイミングでしょう。フランカーを現場で見た人がネットに上げるのはこれから。漁夫の利というかラッキーでアクセス数を上乗せ出来ちゃった。へへへ。

 


 4番目の高温石英はアクセス上位の定番です。有難いことに私の記事にはいくつか「ドル箱」があって、メノウとかパンニングとか、検索の第1面に出るものがアクセスを稼いでくれます。600以上の記事があるので、こういうこともお許しくださいね。

 


 で、5番目にこれまた最新記事。「ヤンマタケ」で検索したらやはり第2面に出ました。うわあびっくり。でもうれしい。自然に対して素直な好奇心を持つ、そんな方々にこそ私の記事を読んで頂きたいのです。

 

                   ※ 図をクリックすると拡大できます。


 1月29日現在の、ブログ開設時からの月別アクセス数推移。この1月は久しぶりに6000アクセス頂けました。こうしてみると、2020年にGoogleYahoo!からブロックされた爪跡って大きいなあ。


 特に20年の9月にアクセス数が少ないのは、このブロックの原因が「JCO臨界事故」の記事であるからです。よほどどこかのエラい人のカンに障ったらしい。あの事故は9月末に起こったので、事故を扱った記事への検索が増える9月は徹底的に私のブログが遮断されたようです。逆にそれでも2000近いアクセスがあったのは、検索を使わず直接来てくださる固定読者さまと「にほんブログ村」の画面から入ってくれる皆さんがおられたからです。常にこれだけの数がある、これだけの人が支えてくれている。方々へのご恩を、ジノ。は生涯忘れません。

 

 

       


 ブログを始めて足かけ7年目に突入しました。まだ家族には内緒のままです。もうカミングアウトのタイミングは無くなって、さてどうしよう。それなりに悩みは尽きません。

 

 

 

 

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飛べフランカー、彼らのために

 

 大寒波だそうですが暦の「大寒」なんだから驚くには値しない。民放ニュースは大はしゃぎに近い大騒ぎをしてますけど、この人らは何でもそうしますから。大寒大寒波なんて、私のブログじゃネタになりません。だいたい水戸の最気温-5℃だと言っても、最気温が-10℃の旭川の人に笑われるだけでしょう。


 それに…… 室内では、この冬は秘密兵器があるのです、うふふふふ。


 その名も「手足の出せる寝袋」。-1℃まで快適対応。

 

 

 

   
           誰、笑ったのは。


 これで北向き三畳の書斎にゲーミングチェアのオットマンまで出して寝そべってごらんなさいな。ブラインドを下ろせば昼夜の区別もなくなって、ここは永遠に春の続く異次元の楽天地。じっさい、この冬は暖房を使っておりません。

 

 


 ほらこんな。ぬくぬくぬく。ああ神さま、私はこれ以上何も望みません。どうかあと少しだけ、この幸せな時間をお与えくださいませ。

 


 なーんておふざけはここまでにします。わかっております。寒かろうが何だろうが人には仕事がある。私も永くお勤めを続けた身ですから、寒風酷暑に働く辛さをよく存じております。ただそれは、それでおカネもらってる、仕事なんだから当たり前の辛さです。

 


 だがしかし、この大寒波の中、利益も見返りも求めない、ただおのが信念に忠実であらんとする漢オトコたちがいるのです、百里基地のまわりには。

 


 1月26日、最低気温-5℃。快晴。再度百里基地に向かいます。

 


 茨城空港の見晴らし台。今日も人がいっぱい。駐車場は一昨日より混んでます。平日なんだけどなあ。まずはここからエプロンの様子を見て、今日の状況を考えます。

 


 一昨日は姿のなかったC-17輸送機。要員と資材運搬のため、フランカーと一緒にインドから来ました。これまたデカい。インドのものはみなデカい。


 風向きを考えると、今日の離陸方向は北から南へ。離陸する雄姿を撮るなら南側のポイントがいい。俗称「アラハン前」のポイントに行こうと思います。


 アラハンは「アラートハンガー」の略で、「緊急発進用格納庫」のこと。スクランブルが掛かった時に5分で離陸できるよう整備された戦闘機が待機していて、いつでも実弾装備のF-2がいます。これが滑走路の東南の端にあって、その向かい側が広い駐車場所のある撮影ポイント、「アラートハンガー前」です。

 


 そのアラートハンガー、いつもは扉が閉まっているのですが、一瞬だけ全開になって中のF-2が見えました。すぐに閉じられました。あとで気付きました。じつはこれ、向かい側で待つ私たちへのサービスだったんです。

 


 アラハン前の駐車スペース。道は未舗装で、ここへ来るまでに泥だらけ。百台には足りませんが、それでも数十台の車が整然と停まっています。整然なだけでなく、基地周辺のすべての撮影ポイントで言えることなのですが、ゴミがただの一つも落ちていません。飛行機写真を愛する男たちの人となりがよくわかります。


 男たちを乗せてきた車のナンバーをざっと見ます。もちろん県内が多くて、さらに春日部やら宇都宮やらの関東ナンバーもたくさんあります。しかし驚くべきは遠隔地のナンバー。岩泉、宮城、仙台、名古屋、大阪、和泉、福井……、東北から関西・北陸まで、いったい何時間かけて、何泊の予定でこんな所まで来てるんだ。


 皆さん車の中に待機しているんですが、飛行機が飛びそうだとなると一斉にバタン!バタン!と飛び出してきます。…… パチンコ屋の開店時間みたいだなあ。

 


 あっというまに臨戦態勢。わああ、これだけの人がいたんだ。全員男性です。このアラハン前まで来ようというのはやはり、少し頭のイッちゃった漢ばかりなのでありましょう。まあトイレが無いしね。

 


 飛ぶのはF-2ばかり。でも舌打ちしたり悪態ついたりする人はいません。たとえ見慣れたF-2であっても、男たちはその都度手持ちのレンズを向けて、流し撮りの要領で連続シャッターを切っていきます。みな知っているんです。さっきハンガーが開いたのと同様、この飛行がサービスであることを。

 


 基地の周囲にフランカーを待つたくさんのギャラリーがいることを、空自の人たちももちろん知ってます。でもフランカーは飛びません。そういう予定なのか、何かトラブルが発生したのかそれはわかりません。そこでせめてものサービスにとF-2を飛ばしてくれているんです。ああ涙が出そうだ。

 

  
 片時もポイントを離れない男たちに倣って、昼食は携帯口糧で。


 今日の風は南風です。冷たいは冷たいけど、昨日の強烈な北風、最高気温1℃だったよりは遥かにマシです。その風の中、カメラ諸氏はじっと耐えていたのでしょう。今日は飛ぶはずと。でも飛ばなかった。忍耐が報われる事なんて、現実にはそうはないのです。どんな気持ちできのう1日を終えたことでしょう。


 では今日は飛ぶのか。さっき見たC-17輸送機は後部ハッチを開けていました。実はこれ、明日の離日に備えて積み込みを行っていたんです。資材を積みこんでしまうからには、今日フランカーが訓練に飛び立つ可能性は低かった。私よりもカメラ諸氏のほうがよくわかっていたはずですが、それでも待つ。極寒の風が吹く中、ただじっと、わずかな可能性にも賭けてみる。本当に泣いちゃおうかな、わし。


 15時を回って、今日はフランカーが飛ばないことが確定しました。これから飛べば帰還は夜になって、いくら何でも不慣れな滑走路に夜間着陸はないでしょう。みなさんカメラも脚立も仕舞って…… でもそそくさと帰る様子はなく、仲間同士で談笑したりしてます。どうやら今日は帰宅しない人がおられるようです。一昨日も昨日も今日もフランカーは飛ばなかった。でも飛ぶところを撮りたい。そうです明日の朝、離日の瞬間なら確実に飛びます。もう最後のチャンス、逃すわけには行かない。フランカーが飛ぶのを日本で撮る、そんな機会はもう一生ないでしょう。極寒だろうが風呂なしだろうが食事はコンビニだろうが、その場にいないワケには行かないのです。誰のためでもなく、おカネになるわけでもなく、ただおのが信念に殉ずる覚悟です。

 


 私は帰路に就きます。茨城空港のゲート前に道の駅があって、私は防寒服や長靴を脱いで一服するのに寄らせていただきます。同様に周辺の撮影ポイント帰りの方々がいて、車が泥だらけなので一目でわかります。お疲れさまでした。


 翌27日、インド人たちは無事に帰って、カメラ諸氏はいい写真が撮れたことでしょう。そう思ってツイッターを見たら、…… 飛ばなかったって。


 機材か人員か、何かトラブルがあったのでしょう、離日せず、フランカーは格納庫に頭だけ入れて動かなかったそうです。ひえええ、ひたすらその瞬間を待って多くの男たちがカメラと脚立を構えていたというのに、この吹きっさらしの極寒の中、また1日待ちぼうけだったと。人生を、少なくとも老後のすべてを航空写真に捧げる男たちにまた試練です。もう諦めるかな。…… いいえ、きっと多くの方は明日も早朝からここに立つことでしょう。

 


 諦めなかったことで栄光を得た男の話は、歴史に枚挙のいとまもありません。皆さんどうか頑張ってください。ジノ。は心から応援しております。

 

 

 

 

      追記 この記事を上げた直後の28日朝、無事飛んだようです。よかった。

 

 

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デカいフランカーに人生の使い方を学ぶ

 

 フランカー百里に来てるぞ、さあたいへん。


 なんのこっちゃ、という世間一般の大部分を占めるカタギの皆さまにおかれましては、航空自衛隊百里基地ツイッターを閲覧くださいませ。首都防衛を担う精鋭基地の方々が、もう大はしゃぎというかお祭り騒ぎ状態です。まさかフランカーを日本、しかも百里で見られるとはなあ。


 そのスジの皆さまには釈迦に説法ですが軽くご紹介。フランカーとは戦闘機の名前です。正式名 スホーイSu-30MKINATOが付けたコードネームが「フランカー」。ロシアのスホーイが開発したSu-27「フランカー」のインド輸出型です。中国空軍の主力戦闘機J-11はSu-27の 違法コピー。つまり事実上日本が仮想〇〇とする中国やロシアの戦闘機と同等品です。ソレが日本に来てるのだ。燃えずにいられるか。

 


 というので、前回ドイツ空軍の「ユーロファイター」が来た時にも動かなかった私が、百里基地に出張ることになりました。写真ならネット上になんぼでも上げられてますが、この目で見たいのだ。

 


 午前中は雨でした。やんだとはいえ雲の下の百里基地

 


 滑走路北側の撮影ポイントに着いたところで空自のF-2が飛びあがりました。でもこの天気ではフランカーは飛ばないだろう、と傍らでカメラを構えていた紳士が申されます。ならば。


 フランカーは格納庫前に駐機しているので、見やすい茨城空港の駐車場に移動します。…… これもご説明すると、この百里飛行場は滑走路が2本おおよそ南北に伸びていて、東側に航空自衛隊、西側に民間の「茨城空港」の施設があるんです。

 


 駐車場が一杯です。… って、今日は平日だよ? 第一から第三駐車場、そして本来は臨時目的の芝地まで満車状態。わああ、フランカー効果なのこれ。

 


 駐車場わきの見晴らし台に鈴なり。この寒空に立って、みな遥か対岸の格納庫方向を見ています。雨の最中からいたんだろうなあ、お疲れ様です。もっともここにおられるのは主に友人同士で来た若い人達です。
 


 もちろんここからも見えます。左から空自のF-15フランカーF-2。宣伝撮影用に並べられていて、ツイッターで正面からの写真が見られますよ。

 

     
 飛ぼうが飛ばまいが、いずれにせよ私には大したヒコーキ写真は撮れません。とにかくこの目でよく見たいので、徒歩で移動します。目的地は通称「与沢県警横」のポイント。フランカーのいる格納庫前エプロンの真向かいになります。

 


 ごめんなさい勝手にお撮りしてしまいました。そして全国のシロートの皆さまご覧ください。波動砲みたいなレンズ、航空無線機、見える脚立はすべて持ち込み、大型の車は野外で寝泊りするため。これがヒコーキ写真にすべてを賭けた漢オトコたちの姿です。日本全国、空自の基地周辺に必ずおられます。ご家族がどうなってるか知りません。私の知っている方はコレのために結婚を諦めました。別の人は退職金をつぎ込みました。ああなんて素敵な人生を送っておられることでしょう。私にはみな大きなお友達に見えてしまいます。

 


 一人の方に伺ったら、昨夜宇都宮から来て早朝からチャンスを待っているとのこと。氷雨降る中、かじかむ指をシャッターにかけたまま。見よこの生きざまを。揶揄しているように聞こえるならそれは誤解です。飛行機を撮ることに人生をつぎ込む。現実主義者から見れば理不尽な、それゆえに超俗した、私には羨ましいほどにかっこいい生き方です。


 いかんいかん。フランカーの話でした。

 


 いるいる、さっきよりよく見えます。バスが来て降り立った人たちが飛行機の前で記念撮影をしているのは、プレス関係者かはたまたインド大使館関係か。

                  ※ この日撮影のプレスの写真がネットにありました。

 


 フランカーとF‐15。青い模様の描かれたF‐15は小松基地の通称「アグレッサー(敵役)」部隊所属の複座型。空自最高の技量を持つパイロットが乗っているはずで、フランカーとの模擬空戦がどうなったのか気になります。

 


 F-2はフランカーよりふた回り小さい。空戦能力を追求した「現代の零戦」ですが、対するフランカーもこの推力偏向ノズルとカナード翼で驚異的な機動力を持ちます。格闘戦ではどっち?

 


 フード付きのジャケットを着て後ろ手を組んでいるのがインド人。私の身内が インド人ってジェット機飛ばせるの? なんて失礼極まりないことを言い放ちやがりました。本当に失礼な。インド空軍は昔からパキスタンと戦い続けていて、実戦経験が半端ありません。今回の共同訓練は間違いなく多くのものをもたらしてくれるでしょう。

 


 撮影用以外の3機のフランカーはシートを被せてエプロンに。遠来の珍客をなぜ雨ざらしにしてるかというと、フランカーがデカすぎて(特に垂直尾翼)格納庫に入らないからだって。インド人て体デカいから、きっと飛行機もデカさで選んだんでしょう(ウソ)。


 ああとにかくフランカー、見るだけは見たぞ。それ以上にカメラを構える紳士たちに何かを学んだ気になってます。しかしこうなると、やはり動いているフランカーとそれを追う波動砲レンズの砲列も見たくなってしまいました。訓練は27日まで続くそうで、あと1回くらい来てもいいかな、なんてね。本当にオトコたちの雄姿に影響を受けてしまったかも知れません。

 

 

 

 

 

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ヤンマタケ再び 【冬虫夏草閲覧注意】

 

 ヤンマタケの記事が意外にウケました。

 

 未知のものへの興味。知識を強く希求する心。私もまた見果てぬ宝を求めてこの世界を旅する者です。求める方には、できる限りのご助力をさせていただくのが務めだと思っております。


 で、ヤンマタケ。どこを探せば、というコメント欄へのお尋ねに思いつく限り並べてみましたが、私自身、近年は見ておりませんでした。言に責任を持たねば、というのでフィールドに出てみます。ヤンマタケだけを目的に、というのは初めての経験です。


 冬虫夏草探しで大切なのは場所選び。なるべく自然度の高い、わたし流に言う「良い」場所です。最初に思いついたのは「アオダイショウの沢」、ヘビ嫌いさんごめんなさい。久慈川沿いの、かつてざくろ石目当てに入ったら巨大なアオダイショウが道をふさいでいた沢です。礼を失せぬように挨拶をして入ったら、とても良い雰囲気の場所でした。あの時は生物屋の眼は用いなかったけど、さてどうだろう。

 


 うっそうとした場所に見えますが、国道118号が走り、水郡線の駅に近く、左右の斜面の上は人家です。

 


 ヤンマタケのような空気中の器物に着生する「気生」の種に大切な発生条件は、とにかく夏に空中湿度が高いこと。猛烈な熱気の中、そこらへんがびしょびしょでうっかり触ろうものならぬるりというイヤな感触に見舞われること。それは乾燥した冬でも知りえます。例えばこの、野生化した茶の木の葉に付いたカビゴケ。

 


 キヨスミイトゴケもびしょびしょのいい指標です。

 


 そして決定版!ヤンマタケと同じ気生の冬虫夏草 ガヤドリタケ。わあ見つけちゃったあ。

 


 ヤンマタケと同じ環境に発生するので、これがあれば期待マックスです。

 


 … ところが。山中をたどり、沢をどこまでもどこまでも遡ってみたのですが、さっぱりヤンマタケが見つかりません。おかしいなあ。眼力には自信あるんだけどなあ。

 


 動物の巣穴。タヌキかキツネかアナグマか。いろんな生き物はいるようですが、ここでのヤンマタケ探索は諦めました。

 


 どうも人里は芳しくない。もう一か所どこかを、というので思いついたのが、昨年末に見つけた山上のメノウ鉱山跡。そこから流れ出す沢に良い空気感がありました。愛車エスクードで林道を駆け上がります。

 


 大寒・七十侯「沢水凍り詰める」。

 


 厳冬期でもコケの緑はきれいです。これはオオトラノオゴケ。

 


 道なき沢を下ります。特にここは難所で、奥に見える小滝を這い降りてほっと一息ついたところ。わしこんな人界離れた場所で何やっているんだろう。いや迷うな。ヤンマタケを探せ。

 


 いま辿ってきた集塊岩の崖をふと見上げて…… 見えた。何かが見えた。意識より先に眼が捉える、これが「生物屋の眼」。何だ、何が見えた。

 


 痩せた崖地にいじけてねじれたアオキの茎、周囲のカンスゲの葉がバリアのように守る空間の中に…… ありました。ヤンマタケです。


 前のヤンマタケ記事のコメントでのお尋ねに、トンボが安心して長時間止まれる場所てなことをお答えしました。それはすなわち、ヤンマタケ菌がトンボを待ち伏せしやすい場所でもあります。どうやら的外れなことは言わずに済んだようでほっとしました。

 


 ミルンヤンマを宿主にした、なかなか立派な……と喜んで折り取ったところで失敗に気付きました。子実体(キノコ部)が小さい。これも前回の同様、全然未熟の個体です。いい写真にするにはもう少し現地に置いて追熟させるべきでした。あああもう手遅れ。連れ帰るしかありません。

 

 

       
 そもそも最近の私は、生物に関しては採集を極力控えています。その生物の本来の生息地での暮らし、個体群の維持を考えるから。見つけたのが嬉しくてつい取ってしまうなんて若い真似はまことに恥ずかしい。まあ取ってしまったからにはじっくり写真を撮らせてもらいますけど。

 


 菌糸で枝に張り付いています。もっとどアップの写真もあるんですが自粛しますね。冬虫夏草もいろいろありますが、宿主がこれほど哀れな姿になる種も珍しい。ミルンヤンマ、無念であろうなあ。

 


 さてなんとか能動的にヤンマタケを見つけることができました。いえ、前回は偶然というか幸運という要素が大きかったもので。でも今回、良さげな場所なのに見つけられなかったということもありました。良い条件が揃っているのに発生したりしなかったり。生物、特に希少な生物ではよくあることです。なぜなんだろう。


 今回のも含めて、これまでヤンマタケを見た場所を地図上にプロットして気づきました。ヤンマタケがあったのは、いずれも人里離れた場所なんです。これで6カ所めになりますが、1種類の冬虫夏草としては多い方、でもみな俗塵から切り離されたような土地ばかり。低地から高地まで標高は関係ありません。人の営みを避けるような分布です。

 


 ふと思いました。ひょっとしてこのヤンマタケ、ヒトの「気」を嫌うのではないかな、と。


 すいません、また変な話です。食用キノコの有名なもので釈迦シメジまたは千本シメジというのがあって、土中の一つの根株から千本は大げさですが百本を超えるキノコがにょきにょきと生えます。もう見た目のインパクト最高。その成長途中、キノコがまだ開かず丸い頭を並べている姿がお釈迦さまの螺髪みたいです。で、変な話というのが、その成長し切らない幼菌の時に人間に姿を見られると、そこで成長を止めてしまい、そこからもう大きくならないというのです。幼菌を見つけた人が、もう少し大きくなってから採ってやろうと日を置くのですが、何日経っても姿を変えなくなってしまうのだと。人に見られたことを恥じるように。

 


 ンなアホなっっ

 


 … ってもちろん私も思うのですが、キノコ取りのひとがまことしやかにそう言うのです。そんなことってあるんでしょうか、妖精さんじゃあるまいし。でも現場の人が体験で語ることには必ず真実の一端があるはずです。何かはわからないけど。

 


 で、ヤンマタケです。私は人里で見たことがありません。今回も、最初の場所はアオダイショウがヌシを務めるような良い沢でしたが、かのヘビは人の気を好むもので里を住まいとします。そしてヤンマタケのいた次の場所は里を遠く離れた山上の異空間でした。かつてはメノウ採掘者が住まうこともあったでしょうがそれも遥か昔、いまは誰の記憶にもない忘却の惑星みたいな土地です。訪う人もない静かな谷間で、ヤンマタケ菌も安心して(トンボに取りつくという)日々の暮らしを続けられるのでしょう。

 


 この説というかヨタ話、オカルト的な超自然の語りと捉えてくださって構いませんし、科学的に、ヒトの生活から発せられる物質・ニオイ・人声や騒音、そんなものがヤンマタケ菌に化学的な攪乱を起こさせるゆえと考えてもいい。ヤンマタケはヒトを嫌う。我ながら良い作り話だと気に入ってます。

 


 この冬は、もう少しヤンマタケを掘り下げてみよう。久しぶり、妙に前向きになってます。

 

 

 

 

 

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光る風の記憶

 

 私が写真をデジタル化したのが2001年。度重なるコンピューターの反乱やらクラッシュやらを乗り越えて、今も当時のフォルダが保存してあります。これまで封印状態でしたが、前の記事で古いヤンマタケの写真を探す過程で、ふた昔前の自分の視線を見返すことになりました。

 

  
 22年前の勤務先の中庭にあったライラック。異動した4月にこの花に迎えられ、なんて素敵な仕事場かと感動したものです。でも数年後、建物の改築工事で、この春の喜びと哀しみを体現したような花は私の前から消え去りました。

 

       
 何と、駐車場の隅にはキンランギンランが自生していました。野生ランですよ。これも感動ものでした。ランの仲間は菌類(キノコ)と共生します。たぶん植栽されたマテバシイの根にいたナラタケがその共生菌だったのでしょう。あるとき事務方が植木屋に間違った指示をしてマテバシイを切り倒してしまうと、キンランもギンランも姿を消してしまいました。

 


 この勤務先は街中に古くから建っていて、敷地を歩くといろいろなものを見出しました。石垣のすき間にシダの前葉体、とか。

 


 秋になって、空き地の隅にクロナガアリ。以前記事にした、秋から冬に活動するユニークな生態のアリです。

 

  
 同年、所変わって北茨城の山中、夏緑樹林に群れていたタチツボスミレ。日本で一番個体数の多いこのスミレを、以後春のたびに被写体にすることになります。でもこの一枚を超える写真をいまだに撮ることができません。

 

  
 八溝山の近く、花瓶山というその後二度と行くことのない場所で出会ったオオミズアオ。葉の下の暗い場所にいたのを、わざわざレフ板を地面に置いてシャッターを切りました。この当時の写真を見て思うのは、今よりずっと真面目に丁寧に写真を撮っていたという事実です。

 


 その一方で、フォルダの写真を見て驚くこともありました。写っているのは花、虫、キノコ、そしてその時その瞬間に心を打った風景。なんのことはない、今と寸分変わらぬ被写体を撮っていたのです。最近の写真フォルダと並べても違和感はありません。もう二十年前には今の自分になっていた。いや、自分の美の基準というか価値観というものが二十年前から変わってなかった、変わらずにいられたということです。知識とか技術ではなく、人間の根幹にある心棒のようなもの、この軸をブラさずに生きて来れたのだと、かつての写真を見て感じました。

 

 あの当時、何があったろうか。上級職への昇進試験に誘われて、丁寧にお断りしました。その一方であちこちから声が掛かり、いろいろな仕事を請け負いました。アメリカに2週間行かされたこともありました。日常の仕事にも脂が乗って、バリバリに働いていた頃でした。…… 自慢話をしたいんじゃありません。これ以降、昨年退職するまで、ずっと心の中でこれは本当の自分じゃないんだと呟いていたんです。仕事はただの処世でした。この世界で生きていくための方便だと。だから常に、心は外へ、自然へと向いていました。休日は精力的にフィールドを歩いていました。山野の「気」を吸って、仕事に向かうエネルギーにしていました。それがこの当時の写真なんです。

 


 ハスの落花。

 


 藍色の、アイタケ

 


 アケボノソウ。花弁に明星のように星を散らし。

 


 ハナサナギタケ冬虫夏草です。

 


 ムラサキアブラシメジモドキ。この色を写し取るのに苦労しました。

 

 この二十年間、ずっと同じものを探し続けていた。探し続けることができた。かつての自分に、この一点だけは自慢できます。

 

 さて。


 ため息をつきながら見返す2001年のフォルダに、「01.08.17~19 岩手」と題したものがありました。大学時代の恩師を尋ねた記録です。


 我が恩師T先生は心優しく大らかな、それは見事な大器の方でした。他の研究室の学生が教授の手伝いをさせられるだけの卒論研究だったのに、T先生は学生がやりたいというテーマに一切口を挟まずに自由にさせてくれました。私のような者にはそれだけでどれほど有難かったことか。そして先生の人柄を慕う卒業生から他大学の先生までを含む人たちが、先生を囲む研究会を作ってフィールド調査のお手伝いをしておりました。


 この前年教授職を定年退官したT先生は、「先生」などと呼ばれる権威的な世界にきっぱりと見切りをつけ、自宅を整理し、生まれ故郷の岩手県の農村地帯に農家の建物を求めて自給自足の研究生活に入られました。かっこいいなあ。そして研究会のメンバーで先生の終の棲家をお尋ねしようと企画した、フォルダにあったのはそのときの写真でした。

 


 この時に見たコキンレイカの花。その後何千枚もさまざまな花の写真を撮ることになりますが、これも以後に超えられないでいる写真の一つです。

 


 当時の愛車、2台目のエスクード

 


 夏の東北の美しさをご存じでしょうか。一面の柔らかな緑の中を光る風が吹き抜けます。「風光る」は春の季語ですが、陽の光に溢れるこの豊かで穏やかな夏の東北の田園を称えるのに、これほどふさわしい表現はないと思います。

 


 T先生宅。風雅な造りの百姓家、花咲く前庭、畑に田んぼ、背後に雑木林。

 

      
 そして敷地に池! まるでナチュラリストの理想を体現したようなお宅でした。

 


 納屋には農機具や薪の奥に書架。晴耕雨読の言葉そのまま。先生はここで夢のような日々を過ごされていきます。

 


 研究会のメンバー。2023年現在、この何人かは既に鬼籍に入られています。この時はそんなこと夢にも思っていませんでした。


 T先生とはその後も年賀状のやり取りが続きましたが、ある年、自分はもう目も手も危ういので以後の年賀状はご遠慮いたしますと書かれて、連絡は絶えました。帰る場所を一つ失ったような寂しさを覚えたものです。ところがおととしの秋、突然転居の知らせが届きました。人工透析の必要が生じたので、岩手を引き払い大阪の娘さんの下に身を寄せたと。驚きましたが、懐かしさのあまり長文の手紙をしたためて、旧交を喜びました。年賀状も(ご迷惑とは思いましたが)再開してしまいました。


 そして今年の年賀状。お返しに来たのは奥さまからのハガキでした。昨年2月、治療の甲斐なく永眠したと。転居から半年もたなかったのです。

 

  
 願わくば、先生の脳裏にはあの美しい岩手の山野が思い出されていたことを。

 

 

 

 

 

 

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冬虫夏草ヤンマタケ

 

 明け方の夢に立った丑さまがモーと申されました。ヤンマタケを見つけなさい、さすればそのグズグズ残った風邪も快気するであろう、と。 … お告げだ。


 ヤンマタケを見たくなったのは本当です。冬虫夏草ヤンマタケ。気生、不完全型。水辺の木の枝に冬、見つかるものです。珍種とは言えませんが私はあまり遭遇の機会なく、県内では5カ所でしか見ておりません。いやこれは多い方か。そもそも冬虫夏草じたいが珍しいものですが、ヤンマタケは他の冬虫夏草とは季節も場所も異にするので、その気でフィールドに出ないと見つかりません。幸いにして今日は他の方のシダ調査のお付き合いで良い森に行く予定です。防寒装備を厳にして、さあ出撃。

 


 今日の調査地は暖温帯と冷温帯の境界にある原初の森。私たち自然観察者には聖域と言っていい、生命に溢れた場所です。

 

        
 冬でもこんなに緑。一見季節感がありませんが、よく見るとつららが下がっています。

 


 イヌガヤの枝に、もう春に咲く雄花の準備が出来ていました。季節は着実に進んでいます。

 


 緑の濃いアオキの葉に真っ白い、これは越冬するウラギンシジミ。いかにも危なげですけど、この後の大雪とか嵐とか、大丈夫なんだろうか。

 


 落ちたカヤラン。立派な実を付けていました。でも地上では生きていけません。


 同行の相方が、珍しいシダがあったといつになく興奮した声を上げました。おおやはりここはいい場所だなあ、どれどれと寄って行った私の眼に、別のものが映ります。

 


            ヤンマタケ。落ちてた。


 ふつう落ちてるモノじゃないんです。たぶん草葉に付いてしまって、それが枯れて倒れ伏したのだと思います。とにかく見つけてしまった。これがお告げか。同行者ともども金星を挙げて今日はいい日です。

 

     
 大きさはこんなもん。曲がっていますが、たぶん宿主はミルンヤンマ。

 


 あわれ菌に食い尽くされて。

 


 そんな恨めしそうに見るなよお。トンボにしてみれば不運でしたね。

 


 子実体(キノコ部)がかなり未熟です。庭に置いて追熟させようかな。


 ヤンマタケは山中の渓流沿いに見られますが、デリケートな生物なので環境選好性が強い。初めての場所で探しても空振りが多いのです。知られている発生地で探すのが効率が良くて、でも私の知ってる場所はいずれも土砂採取やらダム建設やらで環境が激変してしまいました。もう何年見ていなかったろう。


 というので写真フォルダを検索してみたら、出てきたのは何と20年前の写真。ちょっとびっくり。そんなにご無沙汰だったのか。


 ご参考にご覧ください。

 

  2001年、アカトンボ類。

 

  1998年、アカトンボ類。

 

 2003年、アカトンボ類。

 

  2003年、ミルンヤンマ。

 

  2003年、アカトンボ類。


 お気づきでしょうけど、ヤンマタケと言いつつアカトンボ類での発生が多いのです。オニヤンマでの発生があるというのはネット情報なので怪しい限りですけど、うわあ見てみたい。


 この冬はヤンマタケ目的に何か所か歩いてみようかな。

 

 

 

 


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