ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

山歩き二題

 

   虫・クモ閲覧注意です。いつもすいません。


 平らな茨城では木が生えている場所を「山」と申します。今回の「山」も他県の方から見ればせいぜい裏山程度の代物だと思ってくださいませませ。

 

 ひとつめ、茨城生物の会の月イチ活動で歩いたのがかすみがうら市の三ツ石森林公園。カーナビのマップに出なくて、たどり着くのにいやあ迷った。

 


 元もとはコナラの古木が優占する陽樹林だったようですが…… 画面内少なくとも5本枯れてます。


 ここは八郷盆地をC字型に囲む筑波山塊の、その南端。日当たりが良く、冬は逆転層が生じて低温になりにくい、茨城でも暖かい場所です。それでキクイムシが大活躍。

 


 冬景色じゃないですよー

 


 オオスズメバチがこんなに集まっているの、見たことありますか。実はこれ、根ぎわにぐるりとキクイムシが穴を開けて、そこから出る樹液に来ているんです。もはや異常な情景。

 


 林内に落枝おびただしく、冗談ではなくヘルメットの必要性を感じました。

 


 公園なので管理はされていて枯木は伐採されるのですがたぶん、枯れるスピードに追いついてません。…… その木がいいあんばいに熟れて

 


 キノコの苗床になってます。これはヒイロタケ。転がる伐採木にはスエヒロタケかこのヒイロタケがびっしりと付いて、材を二酸化炭素と水に分解しています。自然界に無駄な死という概念は存在しません。コナラの災難もキノコには福音、生態系の物質循環も加速されるという、このナラ枯れという事態も広く長い目で見れば自然現象の一部です。

 


 これは何。そちこちのキノコの間にあって、てっきり木くずか虫のフンかと思っていたら動いたのでびっくり。どうやら蛾の幼虫で、木くずをミノムシのように綴って巣にしています。倒れた木をすみかに、こんな生き物もいるんです。木の材かキノコを食べているんでしょう。生態系では何ひとつ無駄なものはありません。

 


 伐られたコナラの、その切り株の上を歩き回る中型のアリさん。巣もその腐った切り株をうがって出入りしてます。接写して正体を見ましょう。ずん胴で細長い、見るからに原始的な姿。オオハリアリだと思います。これでも毒針を持つ捕食性のアリで、まじまじ見たのは初めてです。これもキクイムシのおかげでここに居を構えました。


 写真はありませんが、枯れたコナラの根元からはカエンタケやマンネンタケも出てました。キクイムシという擾乱じょうらんで生物が動きます。このままコナラが絶え果てて、ここはどういう光景になるのだろう。コナラが消えればキクイムシも去って、新たなコナラの実生が育つ世代交代が進むでしょう。管理されなければアズマネザサのどうしようもないヤブになるかも。アカマツも育ちそうだけど松枯れも続いてるし、そうだこれを機にヤマザクラを増やして桜山に…… 植物の盛衰を思い描くのは楽しい。これもまた自然です。

 


 これはナラ枯れとは無縁なようです、前衛芸術みたいなシイラの幼虫。刺されると痛いぞ。

 


 ちょうど花の端境期でそっちの方は寂しい山中でした。わずかな彩りアキノタムラソウ

 


 小さな小さなイヌコウジュも、拡大すればそれなりに見栄えがいたします。

 


 ノササゲ

 


 コバノガマズミがもう色付いていました。

 


 仲良しになった子のお父さんが着ておられました。国立科学博物館の昆虫展グッズだって。作る方も作る方なら着る方も着る方です。ああ私も欲しい。お散歩で着て、すれ違う高校生に笑われたいぞ。

 


 さて山歩きふたつめ。対照的な場所でした。日立市の助川山。南北に海岸と山地が並行し幅2キロの市街が続く日立の、その街を見下ろす山です。徳川斉昭が外国船に備えて「助川海防城」を築きました。1991 年に一帯が山火事に遭い、公園として整備されてしまいました。私は残念に思っています。御岩山も含めて、このあたりの山中には交易路、修験の道、山住民の道、そんなものが縦横に走っていたのがかなり潰されてしまいました。そういえば、同じ日立市の河原子海水浴場の北側に絶滅危惧種ハマカキランの生える松林があったのですが、整地されて誰も利用しない運動公園みたいなのにされてしまったこともありました。…… いかんいかん、そういう話じゃなくて

 

 
 ご参考に山火事から2年後(左)と 33 年後(右)の登山道の変化。2年後には若木と下草に覆われ、33 年後には育った木々で森の小径になってます。植物の復活力ってすごい。

 


 これもご参考に、路傍に残された仏さま。

 


 33 年育ったコナラ、アカマツヤマザクラの混交林。コナラが1本も枯れてない。

 

     
 ここは海を渡ってくる東風のおかげで夏に涼しく冬に暖かい、そんな土地の山の上。同じ阿武隈高地の山を越えた内陸ではコナラがかなりやられているので、ここにキクイムシが来てない訳はありません。違いがあるとすれば夏の気温差でしょうか。あまり軽率にモノ言っちゃいけないけど。

 


 ちなみに助川山山頂。

 


 眺望絶佳。

 


 ジョロウグモ姐さん。豊満なボディを赤黄の宝石で飾って、四方八方に錨の鎖みたいに太いロープを張り巡らせます。すっかり公園化して舗装された道ばかり歩いても仕方なく、古道が放置されてヤブに埋もれているのに突入したら、今まさにジョロウグモが肥大化してとんでもなくデカくて頑丈な網を張る時期で、草木の枝葉のすき間というすき間に丸々と肥えた腹をゆする姐さん方がシマを張ってました。すみっこにこれから食べられちゃう小さなオスどもを従えて。もうどこを通ろうとも誰かの網を破壊することになり、姐さん方にエラい迷惑をかけてしまいました。

 


 服も帽子もジョロウグモの切れない黄糸がびっしり。クモ嫌いの人、秋は森に入っちゃいけませんぜ。

 


 やぶと化した廃道をかき分けていたら…… なんかある。

 


 大山祇命おおやまつみのかみを祀る場所でした。明治四十四年とあります。当時はここを多くの人が往き来していたのでしょう。たった百年と少しで往来が遺棄地となる。人の世ってこんなもんなのか。

 


 荒れた古道にカラスザンショウの実生がたくさん芽生えて、そこにアゲハ類の幼虫が付いてました。さて何アゲハかな。

 


 終齢幼虫がいたので種類がわかりました。モンキアゲハです。南方系で百年前はこの地にいなかったもの。こんなことも、百年で変わらぬものなどないという良い証左だったりします。

 


 せっかくなので目玉模様接写。本物の眼じゃなくてただの模様なのにこのウルウルは何だ。どういう過程で獲得されたものなのか、その進化の道筋を教えてほしいなあ。

 


 花の端境期なのは変わりませんでした。炎暑の頃は園芸種のフジウツギの逸出したのが花盛りだったのが、今となっては懐かしい。

 


 舗装路のわきに「キセワタ」の小看板が。シソ科の希少種で県でも国でも絶滅危惧Ⅱ類、こんな所にあるわけね―じゃんとか思ったら

 


 ホントにあった。看板置いてくれた方、ごめんなさいでありがとう。写真撮ったの初めてです。

 


 また道の傍らに、何年振りかでクサボタンを見ました。何とこれでもクレマチスの仲間。雌雄異株なんだけど周囲にお相手になりそうな株はありませんでした。大丈夫かな。心配しても仕方ないけど。

 


 まあ大した戦果もなく帰路に就いたのですが、途中で索道の撤去作業をしてました。ここには山中の露天掘り現場から市街のセメント工場へ、公園全体を横切るように石灰石を運ぶロープウェーがあったんです。日立市内に勤務していた頃、はるか山の稜線をかすめるように動いていくバケットを飽きずに眺めておりました。立派な産業遺産とは思いますが、残すにしてもワイヤーの維持とかのコストが馬鹿にならないのもわかります。

 


 15 年前は確かに動いていたよなあ。もう見られないのかあ。

 

 


 海に浮かぶような日立の街。大好きな街なのでついついウンチクが増えます。
 お付き合いありがとうございました。

 

 

 

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