疲れた時には茨城の静かな海。仕事で心身をすり減らしていた頃からの特効薬です。
コケ類の豊富な「水の森」にやって来ました。この季節「生命」を感じるにはコケの緑を見るしかないと考えたもので。
ユーチューブのメイン画面を開いたら、検索したわけでもないのに茨城県内の神社をリポートする動画がいくつか表示されました。その中でひとつ、城里町の石船神社を紹介したものがありました。これは参らねば。
磯崎 新という建築家をご存じでしょうか。代表作のひとつとして茨城県のつくばセンタービルが知られます。でも水戸の者には別の思いが。
封印の聖地。封が解かれる3月末日まで間がありますが、様子を見に行ってまいりました。
夢の枕元でモクズガニがごそごそと歩き回ります。玉川でよく見かけるもの、これはきっとかの地へのお誘いに違いない。少なくとも2ヶ月ぶり、様子を見にいきましょう。
朝早く常澄つねずみに行く用がありました。水戸と大洗の間の、広大無辺に田んぼが広がる土地です。縄文時代は海の底、今は水戸市の一部ね。
茨城生物の会、2025 年最後の観察会は日立市、かみね動物園! いやあ燃えるなあ。会員にここの獣医さんがおられて、便宜を図ってくださったようです。ありがたや。
また大仰なタイトルですいません。昨年秋から冬にかけてのおさんぽ記録です。
老親介護に関するリアルで不愉快な鬱々、要介護3の父の身に起こった出来事の、私的備忘録です。
2025 年最後の記事になりますか。初崎海岸の情報を。
持ちネタからある日の浜歩きをお届けします。
王国ことわが庭。この秋はじっくり鑑賞する余裕がありませんでした。
さあ本来の「ジノ。」っぽい記事の再開です。
ストック写真がトラック3台分、もはや身動きが取れません。ご大層な記事に仕上げてやれなんて野望はかなぐり捨てます。今回は 1 1 月 1 2 日に1時間程度で撮った笠間の菊祭りの様子をご覧ください。ぼーっと川の流れを見るように。
旧玉川村、今の常陸大宮市の西部に西塩子という地区があって、江戸時代から続く農村歌舞伎舞台「西塩子の回り舞台」が受け継がれています。3年に一度、公演が披露されます。
すっかり記事の更新が遅れました。今回の教訓は「予防接種は受けておけ」です。
久慈川流域は工事だらけ。もちろん治水事業ですから文句言う筋合いではないのですが
雪の降らない茨城の冬も、色彩が乏しいことに変わりはありません。そんな冬が始まります。
これまでランキングに加点くださっていた読者さま、本当にありがとうございました。
Google 検索「 茨城 クマ 」で私の記事が上位表示されます。ブログへのアクセスが一日で 1153 あった時、その4割がクマ記事でした。東北日本の「 熊嵐 」を受け、茨城のクマ情報を得ようとする人が殺到したのでしょう。
秋のひたち野、天地の豊かさを実感する日々。
茨城県歴史館。間を空かせぬ企画展と収蔵史料の充実ぶり、元農業高校の広大な敷地を利用した植栽と台地から低地へと変化に富む地形。博物館としてのみならず、公園緑地として愛されています。
週2で続く「駅までさんぽ」。駅ビルに写るおなじみの異界が、今日は少し変わって見えました。空気感が違うというか、「色抜け」がいい。呼ばれてる気がします。
さあさやって来ました陶芸の町・笠間市の茨城県陶芸美術館。陶芸作家 田崎太郎さんの個展です。
1 1 月 1 1 日朝7時ころ、国道の方から何やらスピーカーでしゃべる声が聞こえます。と同時に雅楽っぽい和笛の音まで聞こえて、神社のお正月みたいです。すぐ通り過ぎました。
久慈川メノウ教信徒の皆さま、石が、メノウが動きました。ああ、実に半年もの間ジノ。はこの呼びかけで始まる記事を書きたくて悶悶としておりました。雨が降らず河原は草木で覆われ、もはや終末の日までメノウ拾いは不可能かと絶望しておりました。ここにき…
緊急告知です。我が久慈川メノウ教聖地の河原が大変なことに。
フィールドでブーツが必要、と感じたのは学生時代。水戸射爆場で調査している時に足をダニが這い上がるのを見たから。
我が父は農村に囲まれた小さな町の、十人兄弟の末っ子でした。…… は、ともかく。 1 0 月 30 日、このブログへの一日アクセス数が 1025 に達しました。もちろん一日当たりの新記録です。そしてその4割が ↑ この記事でした。いやもう恐怖しかない。バブルには…