(「指揮官・木村昌福」の続きです)
木村ショーフクの本は3冊読みました。リーズナブルな文庫ですので,ご紹介しておきます。
将口泰浩 新潮文庫
この本が書店に平積みになっているのを手にしたのがきっかけ。新潮文庫の「戦後70年」フェアの対象で,出版そのものは3年前の文庫本でした。不覚。表紙のカイゼル髭で あ,ショーフクだ,と中身も確かめずにレジに持って行きました。以前何かの本でのキスカ撤退作戦と礼号作戦の記事に,「このような優秀な指揮官を兵学校の席次が低かったというだけで冷遇した日本海軍は,やはり敗れ去る運命だったのだ」とあった,その写真をずっと覚えていたのです。
さてこの本,作者は現役の新聞記者。さすが文章がうまい。語彙は豊かで,主張もはっきりしています。何より木村昌福の何を伝えるかというストーリーがしっかり据えられている。ショーフクの人となりを伝えんと逸るあまり時系列が混乱気味なのと,執筆時期が関係者の多くが他界したのちで直接の証言が少ないのが難なのですが,旧海軍の良心というべき偉大な指揮官の事跡が余すところなく伝わりました。この3冊中一番のオススメです。
生出 寿 光人社NF文庫
この作者は元海軍少尉。関係者の証言を多く取り入れたうえ,第1章・ベンガル湾での「撃っちゃいかんぞお」,第2章でミッドウエイでの重巡「三隈」救助伝説,第3章でこれも名セリフ「まっすぐ行け」を紹介したあと,第4章で誕生からの生涯を時系列で語る巧みな構成。戦記著述を多くものした人ならではの手腕で①で不明だったショーフクの若き日の行動が良く知れました。のみならず,ヒゲの男の生涯と無縁ではない国際情勢まで詳細に語られて文字通り「勉強になった」。日本がいかに誤った道を進んだか,ショーフクがいかに現場で実力を身につけていったか。日中戦争から太平洋戦争に至る近代史は余り学校で教わった覚えがなく,この本で初めて知った日本陸軍の傲慢。山本五十六(「いそろく」でちゃんと変換される有名人)という何の戦功もないくせに神格化された男を「将器も武運も持たぬ凡将」と切って捨てる爽快さ。士官名が出るといちいち(海兵第○○期)と注釈がつくうっとおしさを除けば良い読み物です。
③「第二水雷戦隊突入す 礼号作戦最後の艦砲射撃」
木俣滋郎 光人社NF文庫
これは戦記文庫の一冊で,礼号作戦を紹介したもの。となるとやはり主役は木村昌福。1944年末のフィリピン。レイテ沖海戦後の,米軍の奔流のような侵攻にもはやなすすべのない日本海軍。ところがまた現場を知らない兵の命もどうでもよいという参謀が,殴り込み作戦を立案します。なんと米軍の物資集積地を,水雷戦隊で襲撃して来いというのです。敵の潜水艦,魚雷艇,そして何より厄介な米軍機が束になって待ち構えるフィリピンへ。もちろんこんな仕事,やり遂げる以前にまず引き受ける男がショーフクしかいません。さあそれから始まる大作戦。成功したところで米軍にはかすり傷程度の損害しか与えられないのに,海軍総出で皆がショーフクのために動き出します。ここでまたショーフクは名セリフとともに新たな伝説を作ることになるのですが,さて作戦の顛末は? この作者も旧海軍関係者ですが,余計な感情を入れず冷静に海戦の推移を書き上げています。
ショーフクの戦いを描いた本は他にもあります。天下を取ったわけでもない,一般人の口に上がることのない単なる一指揮官にこれほど関心が寄せられるのはなぜか。それは①の著者がそうであるように,木村昌福を知った人が,みんなその人物に惚れてしまうからです。知れば知るほど好きになる。彼の部下たちがそうであったように,ただその事績をたどり人柄に触れるだけで,かの人の器の大きさに心酔してしまうのです。
私がくどくど言っても仕方ない。どうかご一読を。出版社とは一切つながりありません。