ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

道尽きてマンネンスギ

 

 「あの山にはマンネンスギがある」
 「マンネングサというコケのことか」
 「マンネンスギというシダのことだ」


……という、カタギの人には何が面白いんだかわからないやりとりがあったことをまず申し上げておきます。春なんです。


峠の向こうの


 有り余る時間が有難い。無沙汰にしたフィールドを再確認のため巡る、贅沢な春の務めに任じております。今回は県北の太平洋側、阿武隈高地の茨城側を特に多賀山地なんて言ったりする山の中。平地となだらかな山地の県で、道路総延長北海道に続き全国二位、ドライブが楽しいのはともかくこんなとこまで道が整備されているのが良いことなんだろうかとふと思う、そんな山中です。まず向かうのは道路から峠を一つ越えて至る温帯林、緩やかな谷を囲む静かな森です。最後に行ったのは 2008 年の春、一面にニリンソウが咲き、香ってました。歳月はあの森をどうしてしまったか、気になっていたんです。

 


 まずその峠道が荒れていました。登り口には外来のヒメリュウキンカが咲き、道に入れば伸び放題のモミジイチゴやコゴメウツギといったトゲ草に行く手を阻まれて痛い目を見ました。通る人がいないのが明白です。山菜取りの季節ですが、既に忘れ去られた土地になっているようです。登り続けて峠を越えても道は途切れがちでしたが

 


 タチツボスミレ、エイザンスミレ、マルバスミレ、アケボノスミレ。スミレ類が昔と変わらず浅い春をことほいでいました。

 


 木の幹がオレンジ色になるのは、流れ出た樹液に微生物が繁殖しているから。これも春になり木の活動が始まった証拠。ちなみに色の元はフサリウムというカビです。

 


 ゼンマイコシアブラが生え放題です。人気の山菜がなぜ。…… 実を言うとコシアブラは今でも県内大部分で採取・出荷禁止です。放射性セシウムを吸着するんです。同じ山菜のタラの芽も今年になって禁止された所があって、全然安全じゃない。加えて山に入る人は高齢化し、さらに最近の傾向で車から降りて短時間で行ける場所ばかりを探す安直化もあります。山菜取りの人は減り、深山で本当に人に会わなくなりました。ああ、昔は山中で出会うジジイどもは挨拶も返さず、オレの山菜盗るんじゃねえなんて目つきで睨んできたものですがそれももう懐かしい。

 


 でも、おかげで森の静謐さは増したような気がします。ニリンソウは地を覆い

 


 誰に見られずとも彼らなりの営みを繰り返していくのでしょう、これからも。

 


 ちなみによく見ると、ニリンソウあるところ必ずトリカブトがあります。この写真で見分けがつきますか。食用と猛毒が一緒に生える、悪意ですねうふふ。

 


 イノシシの「ぬた場」。こういうものは増えてるはずなので気を付けよう。

 


 ともあれ人界から隔てられて、春の森は清明の気に満ちておりました。


廃村から湿原へ


 次の場所は山中の集落から林道を遡ります。廃村を抜けて片道4キロ、道の尽きるところに湿原があるんです。ここは最後に訪れたのが 2013 年。その時点でもはや来る人もなく、荒廃が始まっていました。何を見ることになるのか、少し覚悟を決めて参ります。

 


 出発点の人里に色鮮やかなカキドオシ

 


 クヌギの古木に地衣類のアカサルオガセ。希少になりました。

 


 湿地にヒメザゼンソウ。低地の東海村にもありますが本来はこんな冷温帯の植物です。6月頃が花期なので、今年はぜひ再訪しようかと思います。

 


 同じ湿地に、これはキク科のオタカラコウ

 


 川沿いにトリカブト

 


 八重の水仙。園芸種です。そうここはかつて何軒かの農家がありました。建物は取り壊されましたが、それでも十数年前までは人家の跡がはっきりとわかりました。道があり、敷地があり、礎石があり、何より園芸種の樹々や草花が人を懐かしむように咲き、茂っておりました。今はもうやぶに埋もれ、この土地は自然の手に戻されつつあります。人の世が終わったのちの姿です。こういうものに心惹かれてしまうのが悪い癖だとは思います。

 


 廃村跡を過ぎると、徐々に道沿いの様相が変わってきます。これはミヤマエンレイソウ。もっと深山のものかと思っていたので驚かされました。…… 実はこの道、その四分の三くらいまでは車で行けるんです。でも入り口の集落に置いてきました。車で行っては出合いがありません。生き物だけでなく、途中山菜取りや渓流釣りの人をお見かけしました。みな昔と違って挨拶はしてくれるし標準語で会話できるまともな方々でした。歩けばそんな出合いがある。それにご存じのように、歩くのが苦ではありません。進めジャングルブーツ。

 


 ここでもスミレ類が花盛りでした。これはエイザンスミレ。このほんのり頬を赤らめるさまが美しい深窓の令嬢です。

 


 いわくありげな石に手を合わせると

 

    
 道がチェーンで塞がれて、ここからは営林署のエリアです。たぶんその営林署の人も今は滅多に来ないのでしょう、スギの葉が散り敷いてます。…… その昔、この先の湿原まで車で行けました。湿原の入り口には地元団体と営林署が連名で立てた案内看板があり、湿原には木道が整備されていました。しかし 2004 年に私が訪れたときには林道に支柱とチェーンが設置され、入ったらコワいぞという警告文が。入ってみると(ごめんなさい)、重機が置かれ林道の拡幅工事が中途で休止していました。少し事情が飲み込めました。営林署が決して環境保護に前向きではないことを知ってます。営林署の職員に暴言を吐かれた人がおりますし、かつては八溝山の貴重なダケカンバをナタで傷つけて枯らそうとした職員もおりました。所詮は国のお役人です。その 2004 年のときには湿原の看板も打ち壊されておりました。まあ、昔の話です。

 


 追憶を辿りつつも歩を進め、登り切ったあの峠の先、道は尽きます。

 


 湿原へのアプローチもわからなくなっていました。五感を働かせ、気を読んで、でも結局は散々歩き回った末にようやく木道の始まりを見つけました。

 


 荒れ放題、いや自然の手に委ねられつつあります。わかってます、自己責任で慎重に進みます。

 


 ちなみに 2013 年の様子。まだ木道はしっかりしていた。

 


 湿原そのものに大きな変化はないようです。茨城には珍しい高層湿原です。まだ冬の風景ですけど

 


 ノコギリソウが芽吹いていました。

 


 レンゲツツジの実がそちこちに。やはりこれは再訪して花を見なければ。

 

       
 この廃墟感がたまらん、なんてね。奥へ奥へと進み、木道が途絶えた林床に

 


 何か生えている。冒頭のやり取りを覚えてますか。あれがなければ目に留まらなかったところでした。

 

  
 マンネンスギです。県のレッドデータブック(2012)の「絶滅危惧Ⅱ類」。これでもヒカゲノカズラ類というれっきとしたシダ植物。古生代に大森林を作ったリンボクに連なる一族です。胞子葉がなければスギの実生と見分けがつかなかったんじゃないかな。

 


 胞子は出し切ってました。これもまた、人知れず世代を重ね生を紡いでいきます。3億年前の祖先からそうしてきたように。

 


 日本の人口が減ることに危惧を覚える人もいるようです。でも私にはヒトが介在しない自然が増えることが喜ばしい。これって悪いことなんだろうか。人の気が薄れつつある山中を往き、そんなことを考えていました。

 

 

 

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