ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

トリカブト,そは魔毒の王

 

 毒島ぶすじまさん,という苗字を漫画やドラマでたびたび見かけて,よくこんなもの思いつくなあと感嘆したものですが,実在するんですねごめんなさい。いやそれを言うなら茨城県にも百足むかでさんとか百目鬼どめきさんとかあまり女の子に名乗ってほしくない名があるわけですが,そういうのとは別次元の単刀直入な切れ味がありますね,ブスジマさんには。


 いやここで珍苗字談義を始めるわけではありません。苗字はそれぞれの家の歴史ですから,第3者が勝手に論じて良いものではないと思うので。ここで問題にしたいのは,「毒」の音が「ぶす」だということです。


 狂言の演目に「附子」というのがあってこれも「ぶす」と読みます。主人が甘い砂糖を猛毒の「附子」だぞと家来に偽るのですが,太郎冠者と次郎冠者が全部舐めてしまうというオチ。つまり「ぶす」という猛毒があって,それはそのまま「毒」の字が充てられるほどのポピュラーな毒物だったということです。「附子」は中国由来の毒草で薬草,インドでは「ビシュ」,西域では「ブーシェ」。これらは同じものを指しています。前置きが長くなりました。つまりこの附子=毒が,今回のネタ,トリカブトのことなんです。

 

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 スハマソウ,オウレンと2週続けて稀代の毒使い一族キンポウゲ科の花を紹介しました。キンポウゲ科の毒草ときたら,大いに季節外れではあるけど猛毒魔王・トリカブトを取り上げないわけにはいきません。


 珍しい植物とお思いかもしれませんが,意外とそこらにあります。以前トリカブト保険金殺人事件というのが世を騒がせましたが,あのどシロウト犯人の失敗はトリカブトを買って使用したというところ。私に一言相談してくれれば野生品をいくらでも入手してあげたのに,足が付かないように。


 ちなみにトリカブトという正式和名の植物はありません。日本だけで20種類以上あって,それぞれ「○○トリカブト」とか「○○ブシ」とか付いてます。ブシは「附子」の現代の読みで,本来は薬として使われるトリカブト類の子根のこと。

 

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 茨城に産するトリカブトは「ツクバトリカブト」,葉の切れ込みが深いのが特徴ですが,それだけでは何とも。トリカブト類の分類はとても難しい。


 とにかく猛毒。もっとも強烈なのは根の部分ですが,葉・茎から花びら,なんと花粉まで毒入り。かつて中国のトリカブト産地でハチミツを食べた人が中毒で死んだとか。毒成分は多様ですがもっとも有名なのはアルカロイドアコニチン。神経毒。北海道に産するエゾトリカブトトリカブトでは世界一の毒性を誇り,世界第二位も日本のオクトリカブトだと。すごいな日本。

 

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 アイヌがヒグマ狩りに矢毒として使ったことは有名ですが,中国で毒を転じて薬となしたことも有名。今でも漢方の多くの処方に無くてはならない生薬です。新陳代謝の衰えた状態を賦活する効果があるのだとか。華岡青洲が世界初の麻酔手術に用いた麻酔薬「通仙散」の主剤に本邦産トリカブト製品「草烏頭くさうず」を使用。もっとも先立つ人体実験でお母さんが死んで奥さんが失明しちゃったけど。とにかく扱いの難しい生薬で,ちょっとした分量の差で人を生かしも殺しもするので「医者のさじ加減」の由来となりました。同じトリカブト類でも種類,部位,季節で毒量が変わるので,中国四川省産の安定した品質のものを定められたやり方で減毒して使うのが安全。いわんや日本の野生品(草烏頭)をシロウトが扱うなど言語道断です。日本植物学の泰斗にして最後の博物学者と言われた白井光太郎は1932年に亡くなったのですが,その死因は実はトリカブト。植物化学にも詳しかった白井先生,六十越えてもいろいろ元気だったのは自分で漢方薬「天雄散」を処方して飲んでいたから。ところがあるとき配合に用いた国産の「草烏頭」がどうも毒性が強すぎたようで,そのままポックリと。

 

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 いろいろ書いてきましたが,もちろんトリカブトに人間様をどうこうしようという意図はありません。春先に新芽を食用のニリンソウと間違えて中毒するのも人間の勝手。トリカブトはただ生き残りたいだけなんです。ただ食われまいと必死なだけ。葉に毒を仕込めばシカに食われない。根に猛毒はイノシシに有効でしょう。だからと言って全草に猛毒物質を蓄えるなんてコストのかかること,普通の植物はやりません。ひもじい思いをしてまで収入の大半を貯金するようなものです。そこまでしても,トリカブトは生き残りたいんです。たとえ大繁栄する余裕が持てなくなったとしても。

 

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 そうして晩夏,トリカブトは美しく咲きます。にこやかにあでやかに,青紫色の異形の花を。それがいかに不気味な花姿か,何よりみんなオマエの正体知ってること,誰にも教えてもらえないまま。…… 魔毒の王は,実は裸の王様でもあったのです。

 

 

 

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