今年も夏緑樹林に潜る季節がやって来ました。うふふふ。「夏緑」樹林とは、気候で言うと「冷温帯」の、冬に木々が落葉する地域にある森のことです。
夏緑樹林では、メンバーが本気で活動するのは夏だけ。スプリング・エフェメラルという春の者たちもいるにはいますが、それは夏の者たちの苛烈な活動に巻き込まれるのを避けてのこと。ヒトだって巻き込まれること必至なのだけど、私の自然観に占める大いなるテーマ「多様性」を見るには絶好なのです。今回は「倒木」をテーマに、さあ潜るぞー。
夏の森は特別です。森の生き物といって哺乳類や鳥類を浮かべる方にはピンと来ないかもしれませんが、他の季節にはどこにいるんだかわからないような者たちが一斉に這い出し、食い合い、生命の限りを尽くすのです。もちろん一歩間違えればこちらも食われます。十分に注意し、せめて毒虫対策をしっかりと。茨城の山にはクマとヤマビルがいないのが本当に幸いです。
あ、ヘビの死骸とか出てくるので【閲覧注意】でお願いします。うふふのふ。
得物はこれ。捕虫網を持って歩くのは久しぶりです。これがあればスズメバチやアブを撃退できます。私の虫取りの師匠は子連れ熊を退けました。
たぶん昨夕も雷雨があったのでしょう。落ち葉が深く積もった林床はぐちゃぐちゃ、そこに陽が射し無風の密林は湿度90%以上、気温30℃。もう落ち葉の表面にまで微小な虫が蠢き、目には見えませんが菌類も這い回っていることでしょう。乾いたところがまるで無い、生物としての人間にはとても暮らせない環境です。私も2~3時間が限度。
それではさっそくヘビの死骸いきますよー。画面をクリックすれば原寸画像出ますよー。ピンボケだけど。
死んでもう一週間は経って、ほぼ骨と皮になっていますがまだハエは群がっています。ひっくり返せば有象無象の屍肉喰らい(スカベンジャー)どもがわらわらしていることでしょう。見たくないわいそんなもん。
有体に申せば死骸は苦手です。そりゃそーだろー。でも死骸が食われ消えていくさまは物質循環、あるいは生命の輪廻という視点で見るなら大変興味深いもので、じっさいにそれを教材にする人もいれば、死体を食う虫が研究テーマの人もいます。それまである生物の形を成していた物質とエネルギーが大空に消え、大地に還り、新たな生命の材料になりあるいは地球環境の一要素に還元される。地球のシステムの、なんて大きなことだろう。
壮大な話をしておいてナンですが、不気味なことが一つ。その骨と皮だけのヘビが動くんです、びくんびくんと。ホラー映画ならきしゃー!っと顔に張り付いてくるパターンです。身構えながら見ていると、どうやら死骸の下に何か大きなものがいます。これは確かめねばならぬ。映画なら死亡フラグです、ちょっと見てくるって。…… 勇気を出して木の枝で除けてみると
出ました、クロシデムシ黒死出虫。黒光りする巨体はまさに屍肉喰らいの大親分。久しぶりに見ました。あ、いえ採集は遠慮します。
古い倒木がありました。におうぞ匂うぞ、あまたの生き物の蠢くにおいがするぞ。
まずはキノコ。材木の成分を分解できるのはキノコ(菌類)だけ。キノコが固い材をぐずぐずにします。そこにコケが生え、細菌が繁殖し、できたわずかな土を頼りにシダ植物が張り付き、つる植物が絡み、カエデやシデの種子が芽生え…… 長い長い時間をかけ、多くの生物が盛衰を重ね、やがてそこに木を成していたものは生態系を構成する「環境」の要素に戻っていきます。
どでかいサルノコシカケの類。まだ成長中、木を分解中です。
この、どこを触ってもぬるぬるする材の一部を写した中に、どれほどの生物がいるのだろう。真ん中の赤茶色のそうめんみたいのは粘菌のムラサキホコリの類。菌と付きますがキノコではなく、水中に棲むアメーバに連なる生き物で、じっさい昨日までは木材の隙間を巨大アメーバの姿で動き回り、細菌などを食べてました。そのムラサキホコリに這い寄っているのがキノコバエの幼虫、の蛆です。画面右下は別の種類の粘菌でしょうか。左のムラサキホコリは胞子を飛ばす前にカビ(これも菌類)に侵されてしまいました。…… ああキリが無い。この画面に食う→食われるの矢印をすべて書き込んだら収拾がつかなくなるでしょう。
地衣類も付いています。この倒木一本を撮りまくるだけでいくつも記事は書けそうですが、とりあえず一旦離れます。もっと違うものも見たいので。
多様性の象徴、冬虫夏草。これは普通種のハナサナギタケ。
こちらはサナギタケ。イラガの類の繭から出てました。イラガから出るのは別種の可能性もあるけどまあいいか。
オオミズアオ。いつ見ても元気のない蛾だけど、これはかなり雨に痛めつけられたようです。
ヒグラシが落ちてきた。ダニにたかられています。いろんな寄生性のヤツに狙われる気の毒なセミ。これもまた食物連鎖の一環です。
テングタケ科っぽいキノコ。
立ち枯れした木を分解して出てきたハンペンみたいなキノコ。かなり大きいのですがまだ成長中で種類の見当が付きません。あとでまた見に来よう。
イヌブナの真新しい倒木がありました。ことによると昨日に倒れたものかも知れません。緑の葉が普通に茂っています。でも静かに死にゆく運命。われわれでも、心臓や呼吸が止っても全身の大部分の細胞は生きてますが、もはやなすすべはありません。全体と個とは、つまりそういうものです。
ここではリョウブの木が1本、巻き添えを食いました。根こそぎ引き抜かれ、幹は地面にめり込んでいます。理不尽であろうなあ。
倒れたイヌブナには太いフジが絡んでいました。これも一蓮托生です。これ以外にも、たくさんの着生植物や昆虫がこの木を頼みとしていたことでしょう。大木の死は、多くの生き物を巻き込みます。
それまでイヌブナの木であったこれは、何百年か前に芽生えて以来ずっとその務めを果たし続け、ようやくその任を解かれたのだと思います。ご苦労様というべきか。そしてこれから長い時をかけて土に還る、そのシークエンスに入ります。
多様性というより、命の消長というものをいっぺんに見すぎました。フシグロセンノウの花で気を整えて、今日は帰還いたします。