森に潜るというのは私がよく使う表現です。湿気と熱気と生命に満ち満ちた日本の夏の森の底を,私の心象に合う生物を探してそれこそ這うように歩き回ること。平らで乾いた硬い地面の場所で進化したのが我々ヒトです。起伏続きでぐちゃぐちゃに湿って腐葉土でぶかぶかな森の底での行動は,当然ハードです。一回の潜航は2,3時間というところ。私にとっては深海探査のような小冒険です。
今日は前年よりの懸案事項,花園のブナの森で冬虫夏草を見るのが目的です。…… 台風が連れてきた前線が居座って,向こう一週間雨だって。負けるものか。決行です。
着いた途端に大粒の雨。ちょうどいい,早めの昼食を済ませよう。
おにぎり二個を食う間にほら上がった。さあ行こう。
水分に満ち満ちた森。他県ならヤマビルの大群に襲われているところです。茨城で良かった。
林床の朽ち木に何か出ている。これは。
マユダマタケと総称される不完全型の冬虫夏草です。
ナイフで繰り出してみると,甲虫の幼虫から出てました。貴重な標本ではあるけれど,資源保護のため今日はすべて現地に置いていきます。
写真を撮っていたら隣の木をエゾゼミが登っていました。先の筑波山といい,今年はよく目が合うセミです。そういえばここではセミの冬虫夏草を見つけてないなあ。
カメムシタケ。普通種とはいえ,目が慣れてどこに行っても見つけるようになってしまった。御岩神社,ざくろ沢,マタタビ拾い,御前山。実は冬虫夏草に取り組み始めた当初,ぜひとも見たい種類でした。そして初めて見たのがここ花園の森だったことを思い出してみたり。
目立つ色彩ですが,これが目に留まるようになるまでが大変なんです。冬虫夏草はみんなそう。今日はここで4個体見ました。
最普通種・ハナサナギタケ。蛾の蛹から出ています。
撮影風景。樹皮のコケの中から発生してました。
小型のものが沢沿いのシノブゴケの中からいくつも。普通種だけに,これがあるとほっとします。まだここは大丈夫と。
エゾゼミがボーベリア,ムシカビにやられていました。冬虫夏草ではありませんが同じく虫を斃たおす菌類です。何だか生きながらに磔はりつけになったようで哀れ。ふとさっきのエゾゼミが心配になってみたり。
朽ち木の樹幹に冬虫夏草のそっくりさん,マメザヤタケ。
樹幹にはよくキセルガイがいます。変形菌やキノコを食べます。こういうぬめぬめしたのは私の趣味ではないのですがちゃんと専門の方はおられて,それなりに多くの種があるらしい。
木の根元に羽化したての蛾。立派な触角はオスのしるし。キッとこちらを睨む姿がやたら男前で,一枚撮らせていただきました。
夏の湿った森では林床はカエルだらけです。このヤマアカガエルは何かくわえたまま,私に驚いて飛び出してきました。
チチタケ。白い乳液を出す食用キノコです。私は食べません。
何気なく写した,いい立ち姿の夏キノコですが…… これひょっとして猛毒のヤツでは。
一本の大きなヤマザクラの木が,少なくとも三本の木を巻き添えにして一生を終えました。特に直撃を受けたもう一本のヤマザクラは幹が完全に粉砕されて本当に巻き添え死です。理不尽な不幸は人間社会の専売ではないようで。
でもそのおかげで広い範囲に陽光が射すようになりました。こういう林内の空間をギャップと言います。ここにだけ草花が咲き競ってます。
オクモミジハグマ。
ソバナ。
ヤマジノホトトギス。
フシグロセンノウ。いつも森の秋を告げる花として紹介していますが……
せっかく接写機材を持ってきているので,拡大! 森の彩りフシグロセンノウのこんな写真を撮る変態はわしだけじゃあ。
変態写真じゃ,楽しいぞお。
雨がまた降りだす前に,今日の潜航は終わりにしましょう。サナギタケが見られなかったのは残念だけど,所期の目的は達したということで。
森は狐狸妖怪のすみか,西洋なら魔女やオオカミの暮らす魔界です。その森を自問自答しながら歩きつつ,予測不能に次々と出会う異形の生き物たちに驚く。街中では得ることのない天啓にも似たインスピレーションの数々。夏の森は異世界に降り立ったような驚きの連続で,私を飽きさせることがありません。
花園から下界に降りる途中に水沼ダムがあります。帰路,軽い散策のつもりで湖畔を歩いたらまた見つけてしまった。うーむ。
同じく,水沼ダムにあった看板。いつぞやの陰陽神社の地図いらい,この手の看板に書かれた漫画風キャラクターに目が行くカラダになってしまった。今回の見どころは人物の顔と体の,画力のギャップでしょうか。ああ,この世は面白いもので一杯です。
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