少し硬めの内容です。まあお気楽に。
茨城県はいいとこですが(直球),自然観察者の目で見るとつい無い物ねだりをしたくなります。
まず何と言っても高山がない。千メートルを超えるのはただ一点,八溝山の山頂のみ。高山植物も高山蝶も他県に行かねば拝めません。これ,かなり悔しい。
海がありゃいいじゃないかと言われますか。しかし大部分は一直線の単調な砂浜です。県北部で所々に岩場。静かな入り江や内湾がなく,そんな場所の河口に発達する「干潟」もありません。霞ケ浦は少なくとも平安時代までは内海で,広大な干潟もあったのでしょうがそれも昔。
そう干潟。有名なのは九州・有明海。ムツゴロウやらワラスボ(エイリアン!)やらシャミセンガイやら,ここでしか見られない生物の宝庫です。カニやら貝やら,狭い面積に多種類の生き物がわらわらと生活する干潟は,生物多様性のありかとして今や生物の教科書にも載ってますが,今の茨城で干潟と呼べるのはただ一か所。日立市の茂宮もみや川の河口にある猫の額ほどの場所です。
最後に行ったのはもう十年も前で,どうなっているか気になってました。先日の平磯に続き,引き潮に合わせて行ってみます。
で,ここがその茂宮川河口。昔はなかった護岸がなされてます。
潮は引いているのですが,一目でわかる。干潟がない。
干潟というのは干潮時に露出する泥の浜を言いますが,そもそもここには泥がない。砂地になってます。かつて見られたようなカニやゴカイがわらわらと群れている様子が全くありません。何が起こっているんだ。とりあえず長靴で下りて,上流に歩いてみます。
五百メートルほど上流の常磐線の鉄橋あたりまで行って,ようやく泥の浜が現れました。いるいる,何かがごそごそと動き回ってます。
潜望鏡のような目のヤマトオサガニ。干潟の生物の代表です。おお生きてたかと駈け寄ったら長靴がすねのあたりまでずぶずぶと泥に沈みました。しまった,干潟はコレだった。
必死に長靴を泥から引き抜いて,岸の葦原から迂回して足場を探しながら近づきます。
泥の上には無数の穴。すべてカニの巣穴です。
もちろん人が近づけばさっと潜る。しばらくじっとしているとそろーっと出てきて,私を見てまた潜る。写真を撮るには時間をかけて馴れさせねば。いえ彼らは臆病なのではありません,ただ用心深いだけ。人はよくそういう勘違いをします。
ようやく撮れました,ヤマトオサガニ。割りばしみたいな目が特徴の,泥干潟の上では一番大きなカニです。
こちらはチゴガニ。青い頬が特徴。
少し岸に上がったところにはアシハラガニ。
先ほどの砂地でも,石を転がせばわらわらとカニ。ケフサイソガニです。
これは死んでるけど,モクズガニ。上海ガニとほぼ同種の美味なカニです。
ほかにもベンケイガニやコメツキガニがいるのでしょうが,そこまでは探しませんでした。残念だったのはアカテガニが見られなかったこと。かつては,周囲の谷筋から集まる流れ沿いにわらわらと群れていて,特に産卵期には何千匹とも知れぬ数が谷の上の森から下りてくる壮観が見られました。今はもういません。
原因はこれ,老健施設。谷を埋め,流れを断ち切るように建てられています。もうあの斜面を埋め尽くす赤いカニたちの姿はありません。
そもそもここにあった泥干潟が消失した第一原因はこの護岸であるといわれてます。これで砂泥の流れが変わった。とどめに東日本大震災で地盤が沈下し,港の砂が流入するようになったのだと聞きました。一時は干潟の生物が消えました。より上流に泥干潟ができ,9年かけてここまで再生したのだと。ヒトの営為と自然のちから。すごいのはどっちだろう。
貝もいろいろ。とにかくカキ殻だらけ。
イワガキの,ちゃんと生きてるのもありました。つまりここらのカキ殻はこの場で作られたもの。こういうのを「現地性」と言います。
ツメタガイ。デカい。こいつがいるということは
これはアサリ。こういう二枚貝が多いということです。豊かな生態系が再生されつつあります。
アズマニシキ。これは岩場の二枚貝。
こ,これはホラ貝! びっくり。私は初めて見ました。たぶんボウシュウボラという種類で,千葉県より南には多いのですが茨城ではまれ。ヒトデを捕食します。つまりここにはアサリを襲うヒトデも多いということ。豊かだなあ。
地盤沈下の証拠,レジャーボートの桟橋の残骸。竹馬みたいになってます。
ヤマトオサガニが水中からこちらをうかがいます。少なくとも私は,キミらの楽園をどうこうする気はないからね。
帰りに,久慈浜の海水浴場を覗いてみます。人影はまばら。地元の人たちでしょう。
この子は今日のこの海をいつまで憶えているだろう。きっと父ちゃんは,今日の君のことを一生忘れないよ。
カニも人も,等しく平和に暮らせる世界であらんことを。
☆ 「茂宮川 干潟」で茂宮川河口の学術報告が検索できます(PDF)。ご参考までに。
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