今回はけっこう専門的なお話です。適当にお付き合いください。
生物屋の皆さんと一緒に筑波山に登ってきました。目的は「垂直分布を体感する」。
植物は歩くことができません。そして植物は特定の環境に体を特化させてます。気温,降水量,ふだんの湿り気,土質,肥沃度,日照などなど。ある植物がそこに生えているのは単なる偶然ではなく,そこの環境が体に合っていたから。無数にバラまかれた種のうち,たまたまそいつが「自分の場所」にたどり着けたから。幸運な,その意味では運命と言ってもいい試練の果てにそれはそこで花を咲かせているのです。庭でお花や野菜を育ててらっしゃる方,その難しさをお判りいただけるでしょうか。
えーと,つまり。
山を登るとき,標高が上がると少なくとも気温が下がる。すると植物の種類も変わる。低地から高山にかけての植物分布のこのような変化のことを「垂直分布」と言います。最近の高校理科では「生物基礎」で扱われています。
高山のない茨城県ではなかなか体感できるものではないのですが,唯一,関東平野に転がる巨大なハンレイ岩のかたまり筑波山では,最下層の「丘陵帯」から次の「山地帯」への変化が観察できます。
まあ生物のことですから,図のようにきっちり線が引かれているわけではありません。筑波山では標高550メートルくらいから冷温帯の樹木が混じり始め,700メートルくらいでほぼ置き換わるそうです。さてどこまで体感できるかな。
今日は筑波山神社を出発して「白雲橋」コースを登りつつ観察を行い,山頂に至ります。いちばん筑波山の自然を満喫できるルートです。写真は神社境内のマルバクス。クスノキの変種で,かの牧野富太郎先生が種の記載に使った由緒ある木。ただし茨城県内のクスノキは多くが植栽です。
同じく境内のスダジイの木。典型的な暖温帯の木。標高が上がるとすぐ姿を消します。
登り始めてしばらくは樫かしの森。平地種のシラカシ(右)とやや山地性のウラジロガシ。ウラジロガシは日本薬局方にも載っている尿路結石の薬です。
林床には水から上がって間もないカエルの子どもがぴょんぴょんと。これはヤマアカガエル。
ベニシダは暖温帯のシダ。
タブノキは海岸近くに生える暖温帯の木で,こんな内陸の山中には珍しい。万葉集にも出てくる日本人には馴染みの木です。
参加者の皆さんが集まっているのは,ここにカゴノキがあるから。暖温帯の木ですが県内では珍しい。というか,県内にある十数本のカゴノキはすべてその所在が把握されていて,生物屋さんの間ではあそこのカゴノキと言えば通じてしまうという。生物屋恐るべし。
カゴノキのこの扱いには,わかりやすく見つけやすいという理由もあります。この木肌をシカの子の模様に例えて「鹿子の木」だって。
標高が上がるにつれて樹種が変化します。現れたのがアカガシ。材の色が赤いので赤樫。赤い木刀はこの木の材を使ってます。山地性の樫です。
アカガシの森を征く。この日下界(つくば市)は 35℃。全員汗だく。一銭にもならないことになぜここまで。生物屋ってのは本当に(以下略)。
アカガシの純林。私のような森を住処とする者の目には,たまらなく美しい風景です。
他の植物にも変化が現れます。これは山地性の桜,カスミザクラ。
シキミの実。猛毒。よくお墓に植えられたのは土葬の遺体を動物に掘り返されないため。
そして標高550メートルを越えたあたりで冷温帯の木が混じり始めます。右手前がアカガシ,奥左右の白い2本がブナ。日本の冷温帯の代名詞と言っていい木です。
途中の茶屋跡で休憩。参加者の一人がヤブに入ってごそごそしてると思ったらミョウガを採って現れました。本当に生物屋ってのは(以下略)。
付きまとってくる虫がいて,アブかと思ってよく見たらアオバセセリ! 美しいセセリチョウ,人の汗を吸いに来たようです。こいつの引きが悪いのは,こちらが生物屋の集団だったこと。哀れこのあと✕✕されちゃいました。
登りは続きます。アカガシは山頂近くまであるのですが数は減り,替わってブナやミズナラが優占してきます。これはミズナラ。ブナと並んで日本の冷温帯を代表する木です。
垂直な岩をイワタバコが覆っていました。
下界では花期の終わっているヤマユリも山頂近くではまだ元気です。コバギボウシに埋もれるように咲いてました。作った花束みたいですが野生の姿。こんなデカい花が普通に咲くんだもんなあ,日本て。
そして筑波山の東峰,女体山の山頂。877メートル,関東平野一望。さすがに涼しくなりました。
ここから西峰「男体山」との鞍部「御幸ヶ原」まで下りていくのですが,その途中も貴重な植物が次々と現れます。これは県内では希少なヒイラギソウ。春に美しい花を見せてくれます。
シナノキ。仏教の聖木ボダイジュと同属で,アイヌが樹皮から布を作ることでも知られます。
実にはヘリコプターの翼みたいな苞葉ほうようが付いて,くるくる落下します。これはボダイジュも同じ。
朝は笠雲の中だった筑波山ですが,いまは青空の下。
参加者の帽子にボトリと,羽化直後のエゾゼミが落ちてきてひと騒ぎに。一般の集団と違うのがキャーとかいやーっとかムシ嫌いーとかじゃなくて,可愛いとか綺麗とか写真撮らせろとかの声が飛び交うことです。
最後は木に付けられました。冷温帯のセミで,東北では街中でも鳴いているとやら。筑波山では登る途中でアブラゼミやミンミンゼミから切り替わります。筑波山,実はセミでも垂直分布が体感できるのだ。
水源の巨ブナと
同じく巨スギ。たっぷり森に染まった一日になりました。主催者,参加者の皆さんありがとうございました。
ただ,集団行動だったのでせっかく担ぎ上げたカメラも三脚も活用できませんでした。そこで実は二日後にまた筑波山に登ることになるのですが,それはまた次の記事で。
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