ニッコウキスゲ。正式和名は「ゼンテイカ」なんですが,こちらの方が通りがいいので。
湿った草地に群生します。目立つのと分布が広いのとで,和名も学名も,実は分類さえもが混乱しています。1種類なのか複数種なのか。形態的に明らかな差があるのは北海道の「エゾゼンテイカ」と日本海島嶼型「トビシマカンゾウ」ですが,おなじみ高原に群生するものと東京や茨城の低地に産するものとの間にも遺伝的差異があります。でもとにかくゼンテイカ,一般の人に説明するときはニッコウキスゲで十分です。
茨城県では県北山地の高所に普通ですが,意外と県民には知られていない。そして実は水戸市や東海村の低地にもあるのです。水戸市内のものに初めて気づいたのは2005年。あらキレイ,と写真を撮って植物学の泰斗にお見せしたらニッコウキスゲだよ,と。 …… ええええっ。その時までどこか遠い国の高原にしかないものと信じておりました。水戸ってすげえ。
2005年の撮影です。本当にフツーの田んぼの端に咲いていました。私が中学のころからうろついていたフィールドですが,植物を見るようになったのはここ十数年のことなので。
ぬかるんだ谷津田のほとりを歩けばぽつぽつと。群生というほどまとまってはいませんが,珍しいというほどもなく咲いていました。
もちろん群生地もありました。この窪地になっている場所にそれこそ無数に。
一番数が多かったのはここ。私有地の斜面です。高さのある場所でしたが地下水位が高いようで,かなりの密度で生育してます。所有者の方が定期的に草を刈って草原を維持しているのがよかったようです。草刈りをしないと背の高い草原から低木林に遷移が進みます。遷移が進んでしまうと,この植物は消滅してしまうのです。
さてそのゼンテイカ=ニッコウキスゲに,15年ぶりに会いに行きます。どんなことになっているか。まずは谷津田の奥を攻めてみます。
ない。
以前に見たのは5月末から6月初めで,盛りでした。今日なら間違いなく花期に入っているはずです。でもない。こんな谷津田のほとりに普通だったのですが。
黄色い花が,と思ったらキショウブ。
ヤブ漕ぎまでしていくつもの沢沿いを歩いてみましたが,ニッコウキスゲの姿はありません。こうなっては最後の一手,あそこに行くしかない。私有地なので今日は遠慮しておこうと思ってましたが,あの斜面に行ってみます。
すると老農夫がひとり刈り払い機を操作していて,見るとここではニッコウキスゲが咲いています。この方はそれがわかっていて,その株を避けながら草を刈っています。お声を掛けたら,なんとここの地主さんでした。
昔からここを丹念に草刈りして,この黄色い花を守っているとのこと。以前に植物に詳しい人からこれはニッコウキスゲだと聞いたけど,本当か?とも。
ええ,その通りです。これぞニッコウキスゲ。もう水戸ではここだけです。大事にしてあげてください。あなたが草刈りをすることで,この花は守られているんです。ここにこれがあること,あなたが守っていること,自慢していいんですよ。
聞けばここも,いつの間にか掘り盗られて数が減ってしまったと。なるほどそれで。たぶん谷津田のニッコウキスゲがなくなったのもそれです。ここは開けた目立つ場所で私有地なので少し遠慮したということでしょう。
この徹底した盗掘は,きっと転売のためです。こういう日本人が本当に増えました。情けない。盗掘者に,というよりそういう愚者をはびこらせたメルカリに天誅あれ。こういう元手要らず,濡れ手に粟で小金を稼ごうとする人間のために,いつの間にか水戸のニッコウキスゲは絶滅寸前になっていたのです。
そしてこのご老人はただ一人,この貴重な花の低地個体群を守っておいでです。その価値を知らぬまま,ただ美しい花だからと。なんと貴いことか。
2006年(左)と2020年。今年は花期が早かったようで盛りは過ぎてますが,数が減っているのは写真を比べれば明らかです。
それでも精いっぱい,守り人に応えるように美しく咲くニッコウキスゲ。この類は種子ができにくいものが多く,主に株分かれで増えます。群生するのもこのため。だから株ごと抜かれたらそれまでなんです。
この先この花を,だれが守っていくのだろう。
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