そろそろ季節です。冬虫夏草の。
もう二十年近く前,仲間内の会誌に「冬虫夏草探索記」なる文を掲載してもらったところ思いのほか好評で,いつの間にか冬虫夏草の専門家,果ては菌類(カビ・キノコ)の専門家ということにされてしまって,キノコ観察会の案内者に指名されてしどろもどろになるという目に逢いました。決して菌類に詳しくはありません。ただ面白いと思うだけ。
冬虫夏草探索記はいずれこのブログ用に改訂したものを公開いたします。今回はひとつリアルタイムの冬虫夏草をご紹介しようと思い立ち,北茨城市の花園はなぞの方面に出かけてみます。ここには良い「坪」があることを,何年もの探索の結果知り得ていました。
あ,坪ね。これは冬虫夏草界(あるんだ,これが笑)の業界用語で「冬虫夏草が発生する土地」を指します。ものすごく限定的に存在します。
水戸から常磐自動車道に乗って北茨城で降りて,ひたすら山道を駆け上がっていきます。花園神社(これもいずれご紹介せねば)あたりまではそれなりに快適な,茨城らしいワインディングロードです。私は夏でも冬でも窓を開けてアクセル踏むのが好きなのですが,総延長距離北海道に次いで全国二位,かなり整備されている茨城県中部以北の郊外の道は,それこそ風になれます。猛暑なんのその,ああ気持ちいい。
あ,またやられた。道を良くする通行止め。茨城のこういう工事はなぜか各市町村の同じ業者が落札するのですが,知り合いのそういう業者さんが言うにはこの手の仕事は「細く長く」だそうです。つまり長い区間を年ごとに小刻みに進めていくのが食っていくコツだとか。どこの世界もシノギって大変ですね。東京駅や渋谷駅がいつまでもいつまでも再開発と称して工事しているのも同じ理由でしょう。まあ言っとく。迷惑だ。
標高700メートル,まずは「亀谷地かめやじ」の湿原。かつては見事なミズゴケの生育する高層湿原だったのですが,ご覧の通りというか教科書通りというか,「遷移」が進んで乾燥化し,木が生えてきています。やがてここも森に呑まれていくのでしょう。
困ったことに,茨城にないはずのミズバショウをせっせっと植栽する人がいました。湿原にはミズバショウというステレオタイプにこだわったか,観光地化を狙ったか。アメリカでは「スカンクのキャベツ」といわれるこの無節操な葉が,虚しい営為を物語ってます。
いろいろと矛盾のある案内板。いずれにせよ今現在,保護活動など何も行われてないようにお見受けします。余裕のないのはお互い様と,とりあえず。
湿性植物はまだ残ってます。アケボノソウ。花期はこれから。必ず最新の花の写真をお見せしますね。夜明けに消え残る星を思わせて,興趣深い花です。
ヒメシロネ。これも花はこれから。むかし無理やり動員された尾瀬に咲いていたのを覚えています。
今が盛りのチダケサシ。花屋さんで「アスチルベ」と称しているのとほぼ同じもの。こんな花を,と思うのですが。
ミヤマクワガタがクロクサアリに食われてました。たぶん鳥に襲われて,死んだのは今朝方かな。残骸も無駄なく食われて,物質循環はよどみなく。
1本だけあったウスノキに,実がささやかに,鮮やかに。もちろん採って食うような無粋はいたしません。
さあここからまた山越えの道。「小川」の集落を目指します。
エゾゼミがずいぶん鳴いてましたが,こいつは……さっきのミヤマクワガタと同じく,鳥に食われアリに食われ。さっきと違うのはまだ盛んに肢を動かしていたこと。 ♪ 生きたままアリに食われてまーす……って。
お食事中のササグモさんと目が合った。はーい,何食べてるの? ……うるさいですか,ごめんなさい。
オカトラノオは盛りを過ぎているものがほとんどでしたが,この一本は咲初め。オカトラノオを拡大することってあまりないけど,サクラソウ科らしい整った花姿です。
シキンカラマツ! 紫錦唐松と書きます。実は今日のウラ目標のひとつ。もう県内の生息地はここだけなのかも。
ヒルガオ。何となく好きな花なのです。なぜだろう。
ホタルブクロ。近似にヤマホタルブクロというのもあるのですが,これはホタルブクロ。ホタルを百匹詰めてみたいぞ。
ヤブカンゾウ。とりあえずおしべがありますが,キホンおしべが花弁に変化した八重の花。専門的に言うと「三倍体」で種子ができません。ヒガンバナやバナナとおんなじ。でも元気に日本の山野を彩ります。
この小川の集落,ものすごく山深いところなのですが生活の歴史は古く,そちこちに趣き深いものが。
さあいよいよ,福島県境の学術保安林へ。私が何年もかけて見つけた「坪」です。
この森のヌシと言われる大ブナにまずはご挨拶。
アサギマダラ! ここで見たのは初めて。三頭もいました。大好きな蝶。そのふわふわとした舞を見るたびに,童話じみた異世界を思います。
さあ困った。ここでリアルタイムの冬虫夏草を見ていただくつもりだったのですがさっぱり見つかりません。確かに雨が少なくて菌類の発生には不向きの天候でしたが,沢が乾いているでなし。濃密な生命の気に満ちた森です。
こんなのが。
変形菌。粘菌とも言います。菌と付きますが実はカビキノコよりあのアメーバに近い生き物です。巨大なアメーバ状の変形体として落ち葉の下を移動しながら増殖し,時満ちれば胞子を飛ばす「子実体」に変形する変幻自在の生き物。ちなみにこれはタマツノホコリという種類。
美しい。造化の美しさと,生命としての美しさ。
ヨツスジハナカミキリが命を繋げようとしていました。
ルイヨウボタンの実。ちょっとエキゾチック。
冬虫夏草を一つも見ずに帰ることになりました。暑い夏にはこういうこともあります。
帰り道,行きには気づかなかったけど,山あいの田んぼの丘一面をノカンゾウの花が埋めてました。
田んぼを作るために岩を寄せた場所なのでしょう。そこに生えたノカンゾウを,物事をわかっている持ち主が刈らずに残した結果だろうと。
いわゆるニッコウキスゲの仲間なのでよく似てます。むしろこのオレンジ色のアクセントが美しい。先ほどのヤブカンゾウともごく近縁,というか同種の二倍体。でもやっぱり結実はまれだそうです。三倍体のヤブカンゾウより少しひ弱,数も多くはありません。「となりのトトロ」で行方不明になったメイをサツキが探し回る場面,そこでも藪の中,サツキの傍らに寄り添うように咲いていました。
日本人の原風景,夏の田んぼを彩る花です。
結局お見せしたかった冬虫夏草は見つかりませんでした。とりあえず次の記事で古い写真をお見せいたします。
私事ですが,前回の「ヤマユリとキキョウに夏を知る - ジノ。」の記事がようやく百本目でした。11か月目でようやく。月に三百本書く人ってすごいなあ。