ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

森の周期律

 先日のひたち海浜公園で面白い画が撮れたのに気を良くして、今度は森の写真が欲しくなりました。行き先は鍋足山「静かの谷」。季節ごとに何かあると目しています。

 


 接写用三脚、ヤブ漕ぎ用中ナタ、股間蚊取り線香、そして背のザックにはレンズフル装備でミラーレス一眼。完璧にして剣呑なるフル装備。ああ、どうか他の人に会いませんように。

 


 マタタビが葉を白くして虫を呼んでます。花はこれから。

 

 林道入り口の山の神と馬頭観音に頭を下げて入山です。

 


 倒木が林道をふさいでますがまあ気にせず。


 林道が終わるとスギの造林地の急登。鳥のさえずりが響く中を息を切らしながら、しかし今日は目的が明解なので足も軽くずんずんと高度を稼ぎます。ここまで背のカメラを取り出すほどの被写体はなく、写真はコンパクトデジカメで。ああ早く何か出ないかな。顔の周囲に「刺すコバエ」ヌカカが群れ飛びます。蚊取りと虫除けスプレーがなかったら大変でした。

 

   
 そして分岐点。「おしきびルート」や「イワウチワコース」に分かれる稜線に出ました。植林地は続きますが、ここからは少し空気が変わります。静かの谷へと至る沢登りの道へ分け入ります。

 


 しばらくまとまった雨はなく、沢は歩きやすくなってます。ただしこんな岩塊が視界を塞ぐので

 


 よっこいしょういち。


 やがて周囲が広葉樹になり、あれほどうるさかったヌカカがいなくなりました。どうやら目的の谷に入ったようです。ところが。

 


 戸惑いました。この標識は間違いなくここが谷の中心であることを指してます。しかし春の頃と比べてあまりに暗い。いくら夏緑樹林の夏で、雲の多い天候とはいえ、この暗さは想定外です。私がよく言うイヤな雰囲気というのではありません。ただ先程のスギ林と比べても鳥の声が少なく、咲く花が一つもなく、生き物の動きがないという点ではまるでいにしえの船が沈む深海の光景です。静かの谷という名付けはむしろ今のこの姿になされるべきでした。


 なんとなく理解はできました。つまりは今、この谷はそういう巡りなのだと。春から初夏にかけての芽吹き・開花のピークがあって、冬のあいだに蓄えた力を使い切って、今は盛夏に向けてまた力を蓄える時期なのだろうと。夏緑樹の森も7月の「大暑」の頃ともなれば種々の花々が咲くのを、私は花園の森で知ってます。今はそんな大きな周期の中の、ヒトの目には「停滞」と映る時期なのでしょう。


 自然界は様々な周期で動いています。海の潮汐なら地球の自転周期と月の公転周期。日食月食ならサロス周期。氷期ならミランコビッチ・サイクルというのが知られています。元になる物理法則が複雑に組み合って、天体の運行から生命の消長までをも司ります。自然を変えよう、支配しようという発想をする人もいますが、生物屋である私はむしろその流れに沿うことを楽しみたい。

 


 季節の流れの、その一つの証拠を見つけました。ギンリョウソウの花芽です。森の夏を告げる準備をしています。

 


 この大岩壁は一面イワタバコで覆われてます。夏の花期にはさぞや壮観でありましょう。今日は森の写真は諦めます。このまま稜線に出て岩尾根をたどり、鍋足山本峰を経て帰りましょう。

 


 集塊岩のごつごつした稜線。

 


 キリンソウやシモツケが咲いてます。でもごめんね、今日の私の写欲に訴えるのはキミたちではないのだ。これ以外にも夏に開花する岩上の植物があったので、次の季節を楽しみにしましょう。

 


 本峰の頂まで来ました。ここで小休止。汗ばんだ身に東風が心地良し。

 


 トカゲの子どもがちょろちょろと出てきて、逃げるでもなく、しばし遊んでくれました。しっぽの先を少し自切しています。

 


 ここまで寄っても平気にしています。…… ん? これは。

 

 爬虫類の世界も再分類というか細分類が進んでいて、かつて「トカゲ」と呼ばれたこの生き物も今や西日本の「ニホントカゲ」と東日本の「ヒガシニホントカゲ」に分けられています。どう区別したのでしょうか。ネーミングのセンスもさることながら、お前らシロウトにはわからんよという学者の声が聞こえてきそうな。唯一我々にもわかりそうな識別点は、頭の前部にある左右の六角形のうろこ。これが点で接していればヒガシ、面で接していればニホンだと。

 


 こんなことでしょうか。そういう視点で見ると

 


 これ、面で接しているよねえ。西日本のやつってことですか。ここ関東ですけど。面倒くさいことに、これで分類する的中率は8~9割で、例外もあるらしい。分ける意味あるの? 本当に、最近の分類学者ってつまらないなあ。

 


 トカゲの子と別れて、帰路は昨秋と同じ伐採地を通り「おしきびルート」を目指します。伐採地はすっかり陽生草本と低木に覆われました。

 


 遥か下界を見晴るかす。これから一気にあそこまで下ります。

 


 オカトラノオが咲き始めました。ここが暗いスギ林だった時にはなかったものです。どこから来たか。

 


 アケボノスミレなんて、この山全体でも見たことはありませんでした。ヒナスミレもいっぱいあるし、春に来る楽しみが増えました。

 

     
 クモキリソウが1本だけ。茨城では割と普通に見られる地味なランです。

 


 無事下山。まったく無駄になった今日の装備。でもそれなりに楽しゅうございました。杉の樹林を抜け、幽谷の岩塊を越え、暗い静寂の森に至る。陽の射す岩場で花々を愛で、涼風吹きわたる頂に憩い、遥か下界を臨みつつ草原を下る。たった3時間の行程が、私にはさながら江戸川乱歩のパノラマ島を巡る冒険でした。

 


 何が出るかわからない、何が起こるかわからない、わからないから面白い。この「わからない」こそが楽しさの原点であると、私は考えております。

 

 

 

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