さてこの写真、常陸太田市・鍋足山山頂にて。私と一緒に写っているのは県自然博物館の学芸員の息子さん。例によって調査のお手伝いをさせていただいておりますが、春休みとて小1の息子を同行させたいと。おお生物学英才教育。それもあってどこか面白い山はないか、できれば滝があって渓谷があって北向きの谷やら杉林やら露岩地やら石灰岩地や社寺林を含む、というご注文です。はいはいありますよ、最後の二つ以外を網羅した、私の薬籠中とっておきの場所が。それが読者の皆さまにはおなじみ鍋足山でございます。
当初は沢を詰めて「静かの谷」まで行ければいいかな、ぐらいに思っておりましたがこの子、大人二人そっちのけで急峻な山道を駆け上がり天狗が積み上げたような大岩に登り水量の増した沢を飛び越え、持たせたサンプルびんにコケを詰めるわスケッチを始めるわ携帯顕微鏡を持ち出すわ、初めて訪れた人外魔境に大喜び。私も嬉しくなって先へ先へと案内するうちに、奥久慈独特の集塊岩が切り立った稜線に出てしまいました。さあ大冒険です。岩場に貼り付いてロープを伝うカニの横這いを越え、ナイフエッジの岩峰を進み、集塊岩の崖を這い上り、結局は鍋足山Ⅱ峰の難ルートを小1の身でこなして本峰の山頂に立ってしまいました。いやあびっくり。バンザイしてグーパンして称えてあげました。帰宅してからも興奮が収まらず、こんな山を制覇したんだと家人に誇っていたそうです。ああ嬉しい。できれば今日のことを一生覚えておいてくれたらいいなあ。
もちろん小さな子を連れて行くには危険すぎる場所だったことを反省しています。でも子供好きなもので、喜んでもらえたことで私にもとても楽しい経験になりました。そして思ったのが、これからこういうことを仕事にしてもいいかなと。あ、お金は要りません。
浪人というか遊び人生活も三年目に入りました。職無し肩書無し組織無しという身分が気楽でもう手放す気はありませんが、何か新しいことに取り組んでもいい頃かな、できれば自分が楽しいやつ。そうだ自然観察指導員の資格を取って、子供相手のボランティアなんて素敵じゃないか、なんて。
前置きが長引きました。今日の記事は、そのためにはもっと県内を歩き修行を積まねばと、そう考えた上での新たな場所への挑戦記です。
トレイル案内の看板より 左方向が北
JR水郡線の上小川と袋田の間に、まるで「ト」の字の横棒のように川と道路と線路をさえぎる山稜があります。それが鷲の巣山わしのすやまの東稜。この垂直に切り立つ壁のおかげで久慈川と国道118号はU字型に大きく曲がり、水郡線に至ってはトンネルを掘ってこれを貫く羽目になってます。この稜線が茨城最恐の登山道です。茨城県が制定した奥久慈トレイルの一部で、道の両側が南北に切り落ちたナイフエッジ、途中にあるピークはトンネルの真上に当たっていて、北にも南にも久慈川が流れ列車は股の下をくぐって行くという超絶景が見られるのですがさてここは人をお連れしていい場所なのか。それを確かめに参ります。
東稜への登山口は国道沿いの山造やまつくりという集落にありますが…… 困った。途中の道路には案内標識がありますが、肝心の登山口を示すそれが無く、しばし迷うことになりました。県が設置したものがあったはずですが、ひょっとして地元とモメ…… いや憶測でモノ言うのはやめよう。とにかく、何とか登山道に取りつきました。
いきなりの急登、まあ地形を考えれば当然か。
おおおマキノスミレ。標高は 160 メートルほどの場所で、この山地性スミレのすみかとしてはかなり低い。まだ葉の展開も済んでない若い姿です。
10分も登れば稜線に出て傾斜は楽になります。でも両側が切れ落ちる道です。樹林があっても怖いです。
高所恐怖的に怖いだけではなく、何と言うか、人通りが少ない山道特有の空気感があります。そもそも登山道が付けられたのがここ十数年ほどのことで、それ以前は地元の林業家か本当に経験値の高い人だけが自分の判断で歩く場所でした。
前方にピークが見えてきましたがまあ目的は達しました。この道は人に紹介すべきではない。今日は別ルートでも登りたいのでここで引き返します。
次の登り口は久慈川沿いを少し遡った下津原という集落、こちらは鷲の巣山の北稜を登るルートです。
カウンターがありました。トレイルの利用者を集計するために県が設置したもので、やはりこちらがメインルートのようです。本日二度目の山登り、バカなのか私は。さあ行くぞ。
先程のルートと違って、空気感がとても良い道です。これはイケるかな。
標識がよく整備されてるのも大きな違いです。
傾斜はみるみる増していきますが何とも心地良い登りです。その場の「気」でこれほど山の感触が変わるものかと驚きます。同じ山を別ルートで往くことで知り得ました。
しかしここは奥久慈の岩峰、たちまち岩登りになりました。いえいえ短時間で次々と状況が変わるのはこの地域の山の魅力と言いきれます。岩登りも先日の鍋足山で鍛錬済み。ここも高所恐怖症の人でも何とかなるレベルかと思います。何より人を招くような気に満ちて、背を押し足を支えてくれる感があるのです。
そして見上げる前方の露岩地が、一面に光り輝く場所に出ました。
風に震えるさまや薄いピンクの色合いが、さながら地上に舞い降りた桜の花です。
イワウチワ。
これまでも奥久慈男体山や御岩神社のものをご紹介してきましたが、こんな大群落を見るのは初めてです。中ほどまで進めばもう 360 度イワウチワ。登山道の中にまで咲いているのは通る人が少ないことと、盗掘者が来れない高みだから。取りあえずタイムを計っているので撮影は帰路にしましょう。あ、無事にここまで戻れるかな。
さて折々に現れるイワウチワをやり過ごして、出ました本日最大の難所、切り落ちた断崖の中ほどに幅 10 センチほどの道があって、いやそれも途切れがちで、とにかくロープや木の根や岩カドを伝って斜面を渡っていく仕様です。単純な危険度で言うとさっきの東稜の比ではなく、お好きな人にはたまらないスリルを味わえる現場ですがこりゃダメだ、子供連れで来れる場所じゃなかった。しかし進もう。とにかく一度は山頂に立たねば。
ぜーはーぜーはー、難所を越えて東稜との合流に出ました。
山頂まであと 100 メートル。さぞやすさまじき岩峰で、壮大な絶景が拝めるであろう、うふふふふ。
え。
これが山頂でした。思ってたんとだいぶちゃうけど、鷲の巣山制覇です。まだ呼吸が乱れてますが、さっきのイワウチワが気になって仕方がないのですぐ下山にかかりました。
イワウチワを踏まぬように気を付けながら一旦岩場の下まで降りて荷を置き、カメラ片手に這い登りながら夢中でシャッター切り始めます。
今日という日はきっとこのためにあったんだろうなあ。前日も翌日も雨だったことを想うと、神の配剤という言葉が浮かびます。久慈川の神さま、ありがとうございます。
イワウチワでおなか一杯になって下山しました。出会ったほかの花々もご紹介します。
春の定番タチツボスミレ
トウゴクミツバツツジは花芽を膨らませ
ヤマエンゴサクの奇天烈な花
沢に降りたらワサビがあった。天然なのか逸出なのかわかりません。花を見ればアブラナ科なのがよくわかります。葉を少しいただいてその辛みを楽しみました。
鷲の巣山遠景。さっきはあのとんがったところにいたんだよなあ。
大子の道の駅で昼食をとり、せっかくここまで来たので雨で増水した袋田の滝も見てきました。おおこりゃ入場料のモトが取れたぞ。
恋人たちの聖地でおっさん自撮り。ううん寂しくなんかないの ♥
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