ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

せかいでいちばんちいさなむし

 

      【虫回です】

 

 夏の夜、網戸に風を通しておりますと、その網戸を難なくすり抜けた小さな羽虫が家の中を飛んでます。どういう虫なのかわからない。全長1ミリに満たない、肉眼ではただ存在がわかるだけという微小さ。しかし驚くべし、飛んじゃってます。つまりは光の方向を感知し、揚力と推進力を生み出す翅を正しく動かし、目的を持って移動しています、自律して。こんなもん人間の科学では再現不可能です。最新のロボットだって小さく作っても数センチ、しかも外部から操作するものがほとんど。虫ってスゲーと思える瞬間です。

 


 そもそも昆虫は小さい。4枚の翅はねとか6本の脚あしとかと同列に重要な特徴は小さいこと。それゆえに地上のあらゆる環境に住み着き、大繁栄を遂げてます。

 


 私の時代の高校生物の教科書には「カイコを大きくする方法」が載ってました。うひひ、気色いいでしょ。ホルモン操作で、終齢幼虫を蛹にせずさらに大きな幼虫にすることができるんです。おおおお、これを繰り返せば モスラが作れるじゃないかあ! 興奮したものです。…… もちろんできません。

 

 すべからく虫は小さい。いや大きくなれないんです。物理法則って、体の大きさでぜんぜん作用が違ってきます。空を飛ぶという虫の最大能力は小さいことが前提、でもそれ以前に呼吸・循環・神経・筋肉、さらには体そのものの物理的維持、つまりは生物としての基本機能がすべて、体が小さいことで成り立っているんです。大きくしてもモスラになるはるか以前に死んでしまいます。昆虫怪獣なんてあり得ない。なんてこった。アントラークリケットホタルンガも実在しないなんて。

 


 昆虫の体は高度に機能的です。その小さな体でエサを食べ、成長し、変身し、空を飛び、探索し、恋をし、敵に立ち向かい、子孫を残す。時間や季節を知る能力もあります。彼らの小さな体には、こんな人生に必要なものが、きわめてシンプルかつ美しく詰め込まれているんです。無駄はありません。ムシ嫌いのひとに無理強いはしないけど、ねえ凄いでしょ?


 でも小さいがゆえにその命ははかない。小さな体には高熱や低温、乾燥、時には雨滴の衝撃のような物理現象がダイレクトに作用します。庭の水撒きの時、私に向かってきたスズメバチがシャワーの一閃であっけなく地面に落ち、しばらく飛ぶことができませんでした。愛車エスクードには侵入して出られなくなり干からびたアブが乗ってます。何が命を奪うかわかりゃしない。小さいがゆえにごく簡単に消える命の炎です。

 


 特に大きな死因となるのが何と言っても「捕食」です。卵として産み落とされた瞬間からいや食われる食われる、なんせ小さいものですからあらゆる肉食動物のエサになります。3億年前から今まで、魚類両生類爬虫類鳥類哺乳類たぶん恐竜類、あろうことか一部の植物、そして同じ昆虫類にまで食われまくって、それでも生き残ってきました。

 

 もちろん好んで食われるわけではなく、種ごとにそれぞれ工夫はしています。擬態や保護色はもちろん、硬い体を持つとか毒を持つとか。でも特に有効で、かつ簡単に実践できたこと、それが体を小さくすることです。小さいことで捕食性の大型動物に見つかりにくくなるだけでなく、最大の天敵・寄生バチの攻撃から逃避できます。なぜって寄生者は宿主より大きいわけにはいかないから。ヒトより大きなカイチュウがいないのと同じですうげ。中でも宿主が小さくなって困るのが、宿主の卵に1個ずつ産卵して幼虫が育つタマゴバチです。宿主が小さくなるとその卵も小さくなる。自分が大きいままだと、エサの卵1個では幼虫が育ちきれません。かくして軍拡ならぬ「ちっちゃくなる競争」が始まりました。

 


 さあようやくタイトルに行き着きました。世界最小の昆虫、それがこのタマゴバチの仲間です。記録としてはチャタテムシという微小昆虫の卵に寄生するアメリカのタマゴバチで、何と体長 0.139ミリ。ただしこれは翅のないオス。オスはまあ精子さえ作れればあとは何もなくても問題ないのでオスってそういうものなのよ 、ちゃんと翅がある昆虫ではというとこれが日本で見つかったアザミウマタマゴバチです。メスしか見つかっていませんが、その体長が 0.18ミリ九州大学の広瀬義躬先生が報告されました。

 0.18ミリ! おいアンタわかるかいその小ささが。ゾウリムシの方がデカいのよ。


            ほぼ同縮尺で

 

     アザミウマタマゴバチ                          ゾウリムシ
      広瀬義躬 原図                            久しぶりに描いたぜ ♪


 4枚の翅がブラシみたいですね。このサイズだと空気の粘性が大きく作用して、虫はハチミツのびんに浮かんでるようなもの。こんな翅で十分なんです。体はちゃんと頭・胸・腹の区別があって脚も6本、立派に昆虫です。ゾウリムシは体長 0.2ミリ。もちろん単細胞。スポイトでコップの透明な水の中に落とすと、泳ぐのが黄色い点の移動として観察できます。これがヒトが肉眼で認識できる最小の大きさだと言われます。つまりこのタマゴバチ、肉眼で見えないかも。


 ゾウリムシはまあ単細胞とはいえ「多核巨大細胞」というべきなので不公平な比較ですが、それにしても同じ縮尺とは思えない絵ヅラですねえ。タマゴバチには複眼・単眼・六脚・四翅・筋肉・脳神経・呼吸器官・生殖器官が備わってます。消化管はあっても使う必要ないだろうなあ。こうした器官がすべて細胞で構成されていて、一匹のムシとして生活できてしまうのが何と言うか、信じられません。そもそも何個の細胞があるんだ?


 思いっ切り大雑把に計算してみます。ハチの体を長さ 0.18ミリの先が丸まった円柱として、直径は仮に 0.068ミリでハチの体積を求めます。一般的な動物細胞を直径 0.01ミリの球ととして体積を求め、ハチの体積を球で割ると …… 5444と出ました。だいたいのオーダーです、が……
 五千四百個ぉ!? 無理だ。そんな数で昆虫の体が作れるわけがない。生活できるわけがない。


 この世界最小の有翅昆虫、発表されるや世界中の昆虫学者が大喜び、次々と研究成果が上がった中に、こいつの脳細胞の数が4600個というのがありました。神経細胞はスリムだとはいえ、そんなにあるのか。いやミツバチの神経細胞が85万ですから少ないと言えばそうなんだけど。

 


 実は細胞を小さくする裏ワザがあるんです。命がけの裏ワザです。それは細胞を無核にすること。


 人間では赤血球が無核細胞です。結果、赤血球を小さくすることができて、何と血液1立方ミリの中に500万も入ってます。これで我々は大量の酸素を組織に運ぶことができるようになりました。タマゴバチの一部でもこの手法で、細胞のダウンサイジングに成功し体を小さくできたらしいです。ただしこれには欠点があって、核がないとタンパク合成ができず、細胞はみるみる劣化していきます。成虫になった瞬間から体が壊れていくんです。何と恐ろしい荒ワザでしょう。成虫の寿命はせいぜい数日。羽化したら直ちにアザミウマの卵を探します。見つけたらいくつかに自分の卵を産み付けて、そこで寿命が尽きる。これが世界一小さい虫の生き方です。何というか、切ないなあ。

 

 


 小さい生き方。資源を節約できる、ある意味合理的な生き方です。漫画「ハクメイとミコチ」(樫木祐人KADOKAWA)ではヒトは身長9センチ。動物たちと調和して平和に暮らしてます。私の身内にはこれを理想の世界と公言して止まない者がいるんだけど、こいつ疲れているのかもしれません。

 

 

 

 

 

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