ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

霧にむせぶ朝

 


 土曜の朝、外は濃密な霧でした。異世界感たっぷり。カメラを持って外へ。

 


 霧の中から車が現れます。水戸でも秋は霧の季節ですけど、ふつう日が昇るとともに文字通り雲散霧消します。それがいつまでも濃いまま。これは天啓、歩かねば。

 


 これはどこかへの入り口。

 


 水戸の愛宕神社、その参道です。背後にある「末広町」はかつて東京の浅草に相当する遊興街として賑わい、この鳥居も多くの参詣客がくぐっていったことでしょう。

 


 今はただ静かな住宅地。

 


 途中の空き地。ここにはかつて県の教育研修センターがあって、それが移転したあとの建物は地域文化センターとして使われていました。広場があって、池があって、文化教室が開かれて、文化祭みたいなのがあって、地域住民に親しまれていましたが老朽化で取り壊され、今はこの通り。いやこれもひとつの風情です。月に叢雲、遺棄地に霧。

 


 墓地のケヤキにも霧。

 


 草があっても死に絶えたような風景です。何か生命感のあるものが欲しくて見つけました、ミノムシ。オオミノガという種類かな。

 


 さて久しぶりに、愛宕神社に詣でましょうか。このこんもりした山、実は大きな古墳で、その頂上に鎮座するのが愛宕神社です。

 


 今はもうこちらから詣でる人は少ないんだろうな。

 


 南側の鳥居。

 


 前方後円墳の、その前方部から石段を登ります。

 


 愛宕山古墳。茨城県内では大きい古墳で、このあたりの首長の墓とされます。神社が置かれたことで住宅地に造成されずに済みました。私の子ども時代の遊び場です。ここのシラカシでカブトムシやカナブンを採りました。クワガタはあまりいませんでした。

 


 わあ。スギとシラカシに覆われる見慣れたはずの景色が、霧のおかげで別物に見えます。

 


 これが水戸の愛宕神社、その社殿。祀られるのは火伏の神さま。周囲で火事が少ないのはここの神さまのおかげ、と古くからの住民は手を合わせます。地元民の崇敬を集めています。

 


 周囲を巡ります。何百回と歩いた場所なのに、ここはどこだと心が呟きます。いまここは霧の迷宮。

 


 静寂の中に響くのは社殿の屋根のカツン、ポコンという鈍い金属音。地面を見れば正体が知れます。シラカシのどんぐりが地を覆わんと降り注ぐ。

 


 関東に多いシラカシはとにかくよくどんぐりを生らせます。うわあ掃除が大変。

 


 とにかくたっぷり、霧のかもす異世界を楽しんで

 


 西側の参道を降りました。今はこちらがメインの参詣道です。

 


 かたわらに市が設置した案内板があります。愛宕神社が大きく扱われてます。ふーん。近くには水戸黄門の「格さん」(のモデルになった人)のお墓とか水戸天狗党の遺構とか。

 


 時刻は8時を回り、ようやく太陽の光球面が見えてきました。でも霧が晴れる様子はありません。見慣れた世界に戻れない、本当にここはどこなのだろう。


 …… 7月頃のことです。「駅までさんぽ」の帰路、水戸駅前で会った小学生の男の子とその祖母。垢ぬけた容姿の方々だと思ったら、何と東京から水戸の愛宕神社に詣でに来たとのこと。ええええっ …… てっきり地元民しか知らない神さまと思っていたのでびっくり。これも何かの縁と、一緒にバスに乗って神社の入り口までご案内しました。ここを見る目が少し変わりました。

 

        
 さて、霧の迷宮は続きます。完全に家路を失いました。というかまだ帰宅するのはもったいない。今は大学附属中学の敷地になっている水戸工兵隊の兵営跡、その裏手に足を延ばします。

 


 巨木が茂る。市街地なのに妙に荒れている感があります。

 


 ヒトが滅んだあとの風景。

 


 お前たちはここに咲き続けるんだろうね、そのあとも。

 


 那珂川も霧の中。

 


 大学の学生寮のアプローチ。ここも元は軍隊の施設跡で、私の子ども時分には荒れ地の中にぬぼーっと寮の建物だけがありました。時の計らいで緑が茂り、すっかり落ち着いたプロムナードになっています。

 


 路傍の花にも終末感があるのはなぜだろう。

 


 まだ霧は晴れませんけど、そろそろ現実に戻らねば日常に支障をきたしそうです。たっぷり霧を楽しんだ2時間でした。

 

 

 

 

 

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