進行上虫の死骸やらジノ。の出血やら不可避でございます。【閲覧注意】でお願いします。それ以上に、内容も穏やかではございませんのよ。
かまきりって不思議です。肉食ながらヒトに害をなさない、そこに人は自分を投影します。よく子どもが採って来て、虫かごにバッタを入れて捕食させます。残酷と言うなかれ。生命は生き物を食うことによって成り立つ、この事実を何よりも明快に教示します。思うにヒトもチンパンジーも日々のカロリーは炭水化物に頼りながらたまの肉をごちそうと感じる「肉食に寄った」雑食動物です。かまきりが肉をむしゃむしゃと食らうさまに興趣を感じても不思議ではないのかも知れない。そんなかまきりにまつわるお話を。
その一 可愛い赤ちゃん産みましょうね ♥
ある秋の日。公園のあずまやに来ましたら、日の当たる柱にハラビロカマキリのメスが憩っておりました。もう一本の柱にも、ハラビロカマキリのメスがいました。もう一本の柱には何と3匹。四隅の柱のうち、陽射しのある3本すべてにハラビロカマキリ計5匹。何だ何だ。
いずれも腹が落花生ほどにも膨らんだ身重のメスです。ようわからんけど、垂直面で日光浴するのがこの連中の習性らしい。ふーん、とこの時はさして気にも留めず、写真も撮りませんでした。これが不覚。なんでこの状況を記録しなかったんだ。というのも、数分後に見たらあの3匹いた柱で
生きてるのが2匹になっていた。
ふつうカマキリが真っ先に食らいつく獲物の部位は胸だったような気がします。大鎌に捕えた時点でもはや反撃はなく、一番筋肉に富む栄養のある部分だから。しかし相手が同じカマキリだと油断はなりません。まず危険な大あごと大鎌を操作する脳を封じるためにヘッドショット。この小さな頭は、ちゃんと相手の弱点を突く判断ができるんです。勝負は一瞬だったことでしょう。でも姐さん、油断しちゃだめだよ。もう一匹いるからね。
ほら言わんこっちゃない。あっというまに一匹になってしまいました。ああっ本当にこの連中ときたら。お互い同じ種の身重です。どうして可愛い赤ちゃん産みましょうね ♥ とか仲良くやれないものか。
これが人間の、おなかの大きなお母さんどうしであれば
どこの人かしら。ふん、着てるものは私が上ね。生まれたらこの公園で遊ばせるつもりかしら。いやねえ、ここは私が先に見つけたのよ。
なんてことを考えたとしても、もちろん口には出しません。互いにプライドや体面があります。
まあ、お宅は予定日いつなの…… ふーんそうなんだ。親は別居なのね。ダンナは手伝ってくれそうなの? お互い頑張っていい子を産みましょうねー なんでも手伝うから連絡ちょうだいね。
そんなことを言って牽制しつつもエールを送り合うことでしょう。でもカマキリは違います。本能むき出しです。道徳とか倫理とか社会的体面はカケラもありません。大切なのは自分の遺伝子だけ。他のメスはライバル! 敵! 殺せ! 食え! 栄養にしてしまえ!…… でこの惨状となったわけです。いやあ本音のぶつかり合いって清々しいなあ。
女性への偏見で言ってるんじゃありません。生物全般の、その本能について申してます。タテマエや理性があるだけ人間はマシなんです。もっとも、それを無くしたらつまりはカマキリ並みってことですが。宗教が違うことがそれだけで戦争の理由になる、ムベなるかな。
その二 猫
定例さんぽの帰り道。台地の下の日陰の小径を歩いておりましたら、行く手に猫。
顔見ただけで逃げられるほど猫には好かれない私ですが、たぶん老描なのでしょう、この猫は声を掛けると応えてくれます。ん? でも今日は様子が違う。前足で何かを転がしているぞ、おもちゃをもてあそぶように。
かまきりっ
オオカマキリです。おなかおおきいです。大鎌を構え、翅を広げ、脚を踏ん張って全力の威嚇ポーズ。でもそんなもの猫にはまるで通用しません。いいようにいたぶられています。…… 助けねば。
ねこちゃんねこちゃんほらごーろごろ♪ 首回りを撫でてあっさり籠絡。左手が猫を転がすこのすきに右手でカマキリを手に乗せようとするのですが、相手はもう興奮状態、恐慌状態です。ずっと巨大な怪物にいたぶられ続けたのでしょう。こちらの意図など伝わるわけもありません。
ぐさり、がぶうっ。大鎌で挟まれ、かじりつかれました。
かじられたのは指のタコになっている部分でどうということはありませんが、大鎌の歯は爪の付け根の柔らかい所に突き刺さりました。カマキリに挟まれて出血したことってありますか。私もずいぶんカマキリを手に取ってきましたが、思えば相手も本当の全力ではなかったのでしょう、これまでこんなに痛くそして流血の惨事などありませんでした。猫のいたぶり、本当に怖かったんでしょうねえ。
草葉に乗せてやってもすごい目つきで睨んだまま、興奮したままでした。お産に影響しなければいいのですが。…… これ十一月も末のことでした。いつもの年ならこの手の虫はとっくに彼岸に去っている時期です。ここで助けてもせいぜい一週間、下手すれば数日生き永らえるだけ。それでもあと一回産卵するチャンスを与えられたなら、と自己満足しておきます。地獄でカマキリに助けられるかも知れないし。
困ったのはあの猫が、いつまでもついて来てしまうこと。もっともっと♥ って。しまった禁じ手を打ったか。
その三 おばさん跳ぶ
同じく、お散歩帰路の日陰道。台地に乗った水戸の街から一歩坂を降りればこんな風景です。那珂川の洪水があるので、街の北側は城下町が発達しませんでした。
見ると、ひとりのおばさんが両手にスーパー帰りの買い物袋を重そうに下げて、足が悪いのか少し体を揺るがせながら歩いています。だいぶ前方ですがすぐに追いつきそうです。
後ろ姿のみでこう申し上げるのは心苦しいのですが、あまり幸せな人生を送られてきたようには見えません。不健康に肉の付いた体形に、質素な服と髪型。街への買い物に延々歩かねばならない境遇。ひょっとすると見かけよりずっとお若いのかも知れません。たぶん世の中から、下手すると家族から理不尽な扱いを受けてきたのでしょう。私なら自分の妻がこんな姿で日々を送ることに自分自身が許せないと思います。ごめんなさい勝手な妄想です。
妄想のお詫びです。せめて荷運びのお手伝いでも。後ろから来た男にお荷物持ちましょうかといきなり声を掛けられて信用されるとはとても思えませんが、むしろ不審の念と恐怖を起こさせるかもしれませんが、その一方でこれまでの経験から自分の対人スキルに少しだけ自信もあります。簡単な挨拶から信頼を得られれば。まずは行動してみよう。
と、足を速めたところでおばさんが両手の袋を道に下ろして腰を伸ばしました。肩で息をしています。追いつくチャンス、と思うその視界の下の方、おばさんの足元に動く小さな影がありました。
長さ5センチほどの褐色の、細長い脚をゆっくり動かして進む影。コカマキリです。ああ必死に此岸を生きるものがここにも、と思った次の瞬間。
おばさんが、反復横跳びのように跳びました。まるで瞬間移動でもしたかのように、それまでの鈍重そうな動きが擬装だったかのように。今この一瞬だけ小学生の身軽さが戻ってサンダルの足で踏みつけたのは、あのコカマキリでした。プチっという生命の途切れる音が聞こえました。ごていねいにサンダルを一回ズリっと摺る念の入れようで。
あまりのことに体が凍り付きました。
ねえねえアンタ、これまで自分がそういう理不尽な扱いを受けてきたんだろう? 小さな虫けらを見て、そこに自分を重ねるとかないんかい? お天道さまも神さまも仏さまも見てるんだよ。古い言葉だけど後生が悪いとか思わないんかい?
ザ・ブルーハーツの曲で「弱いものたちが夕暮れ さらに弱いものを叩く」と甲本ヒロトが歌っているのが脳内再生されました。
ヒトとはかくも弱いものか。おばさんの今後の人生のどこかに、気づきの瞬間があらんことを。
…… 今回は文章が長い上に少し疲れる記事でしたね。最後にもう一つ、お口直しになるかわかりませんがカマキリ以外のお話を。
極 悪
常磐道のサービスエリアにて。車を停めて一息入れていると、目の前の売店からこれから工事作業に向かうと思しき男たちが出てきました。いずれも関取崩れのような体躯で、真っ黒に日焼けし、「人を見るプロ」を自任する私から見れば若い頃はさぞやワルかったんだろうなあと思わせる男たちです。人殺し以外何でもやっているんだろうな、なんて。中でもひとり、これこそ素行の悪さは学校一というような大男が、「お、デケえ」と言いながら自分らのではない高級乗用車に近づいていきました。何をする気だこの男、と身構えながら見ていると、大男は身をかがめ、その車のフロントグリルに手を伸ばしました。
オニヤンマでした。
大きなオニヤンマが、高速で走る車のグリルに吸い込まれてしまったんでしょう、翅をばたつかせながら引っ掛かっていました。
男は大きな手で、まるで我が子を抱くようにふわりとトンボを包み込むと、そのまま離れた木陰の植え込みに持っていきました。そっと葉の上に乗せて、満足そうな笑顔で戻ってきました。
本当に、心の底から本当に自分を恥ずかしく思いました。私はこの程度の奴です。決して信用しないように。