ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

冬虫夏草探索記 茨城で不思議なものを探し歩いた日々の記録

 

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              マルミノアリタケ

 

 20年前,冬虫夏草を県内に探し求めた時期がありました。いい加減飽きてもういいやという頃に仲間内の会誌に書いたのが次の文章です。毛色の変わった内容だったので仲間内ではウケて,以後これをネタにあちこちで話を振られることになりました。今とかなり文体が違います。自分の昔の文章はかなり恥ずかしいし,誤った記述も散見できてしまいます。専門用語や地元民にしかわからない地名も出てきて不親切の極み。学名も地名も古いまま。でも一つの記録として原文のまま掲載させていただきます。何かのご参考になれば。はい,とてつもなく長いです。覚悟してご覧ください。

 

目次です 

  


冬虫夏草探索記

 

 冬虫夏草(とうちゅうかそう)は、生きた昆虫にとりつき、これを斃してその体を養分として成長するキノコである。古来、中国ではその不思議な姿から薬として珍重されてきたが、近年の薬理学的な研究でもさまざまな効能があることが確認されている。筆者は、この生物が決して珍しい存在ではないとの本を読み、身近な環境の中で冬虫夏草がどのように分布するかを知ろうと考えた。そしてそこから、われわれが暮らす環境について考察を試みるものである。

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      “元祖" 冬虫夏草
左は子実体の断面、つぶつぶが「子のう殻」(原色和漢薬図鑑より)


1.冬虫夏草について

 中国西部、四千メートルの高地帯に、不思議なものが産する。高原のそこここに生える細長いキノコ状のもの、しかし掘り上げてみるとそれはイモムシの頭部から出ている。これは動物か植物か。中国の人々は、冬には土中に虫として閉息し、夏には草として陽光を甘受する変幻自在の生物を想像し、これに「冬虫夏草」の名を与えた。その神秘の生命力は必ずや人間の気を養うであろうと、これは薬とされた。そして事実、肺病快癒、滋養強壮の薬効あらたかであったので、その名はつとに知られることとなった。コウモリガの幼虫から生えるこの ″元祖” 冬虫夏草の他に、産地の異なるもので涼山虫草四川虫草、蝉の幼虫から生える金蝉花などが見い出され、これらは薬膳や漢方処方の原料として、我が国にも伝えられる。江戸時代には、筑後の国の山中に産するカメムシタケが、肺病の秘薬として流通していたという。


 さて、かくなる歴史をもって、「冬虫夏草」の総称で呼ばれるこの不思議なものたちは、我々東洋人、特に日本人の興味を強く喚起、想像力を刺激し、その研究が推し進められていくこととなった。世界で記録される約四百種の冬虫夏草のうち、日本に産するもの実に三百種余り。なかには数例しか採集されたことのないもの、一つの島に特産するものなど、まさに在野の研究者あまたなくしては得られなかった種類も多い。欧米にも研究者はいるのだが、その層の薄さは、例えば「Vegetable Wasps and Plant Worms」という、いかにもこなれていない英語表記から想像できよう。


 では、冬虫夏草とは何か。即答するならそれはキノコである。ただ、通常のキノコが枯れ木や落ち葉の腐植質、あるいは植物の根との共生体から生えるのに対して、子のう菌亜門、核菌綱の麦核菌目麦角菌科、コルジセプスCordyceps属を中心とするこれら一群の菌類の胞子は、生きた昆虫(あるいはクモ)にとりつく。寄主となる昆虫の体内に増殖した菌糸は、その昆虫に致死的な病原体として作用し、死に至らしめる。しかるのち、菌糸は強力な抗生物質を分泌して他の菌類や細菌の侵入を抑えつつ、各種酵素をもって寄主の虫体を分解、それを栄養として増殖し、やがて独特の形と色彩を有する子実体(キノコ)を形成するのである。本来、生態系の「分解者」であった菌類が、いきなり高次の「消費者」すなわち肉食生物になってしまったもの、それが冬虫夏草である。


 現在、この冬虫夏草が注目されるのは、それが生成するさまざまな化学物質である。前述した抗生物質酵素に加え、抗ガン剤として高い活性を示すいくつかの物質が分離されている。その坑腫瘍作用は薬理学的にも確かめられており、最近では「私は冬虫夏草で末期ガンから生還した!」的な宣伝を目にすることもある。話半分としても、被汚染日本人としては興味のあるところである。


 筆者は、もともとは蝶を追っていた者であるが、96年に茨城県自然博物館で開催されたキノコ展「森の輪舞」においてこの珍奇なる菌類の県内にあるを知り、盛口満氏の「冬虫夏草を探しに行こう」や、冬虫夏草における世界最高の権威・清水大典先生の「原色冬虫夏草図鑑」で興味を深め、単独で茨城県内の調査を始めたものである。そしてこの3年にわたる山歩きの結果、予想以上に多くの種類を県内に産し、またある種のものは意外に身近に存在することを知るに至った。


 以下、その報告を。興味本位ででもお読みいただけれれば幸いである。

 

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2.完全型と不完全型

  皆さんは、世代交代というものをご存じかと思う。多くの植物には、配偶子による有性生殖を行う植物体の時期と、胞子により無性生殖を行う植物体の時期があり、通常これを交互に繰り返す。


 実は、一般にカビの仲間として知られる子のう菌類も、世代交代を行う。この場合繁殖はいずれも胞子の形で行われる。核型が単相(n)の菌糸から体細胞分裂でできる胞子を「分生子」、単相の菌糸が接合し、複相(2n)になった菌糸から減数分裂によってできるのが「子のう胞子」で、前者が無性生殖、後者が有性生殖に相当する。教科書的には、アオカビの青いのは分生子、アカパンカビの解説に出てくるのが子のう胞子である。


 さてここからが、麦角菌目の菌類の面白いところとなる。分生子は、いつでもいかようにも作ることができる。したがって、この単相世代の菌糸体は特別な体制を必要とせず、肉眼レベルのものからカビ様のものまで、種類によってさまざまな姿をとる。ところが、接合した複相の菌糸が子のう胞子を作る際には、子のう殻(ペリテシウム)という微小なゴマ粒状の器官を形成してその中に胞子をつくり、さらに多数の子のう殻が菌糸の束に支持されて数㎝の高さに立ち上がって、肉眼レベルの子実体、すなわちキノコが形成されるのである。


 高等植物におけると同様に、菌類の分類も有性生殖器官の形態によってなされる。すなわち、この場合は子のう胞子や子のう殻の姿が決め手となり、これで分類された複相世代が「完全型」と称される。そして分生子をつくる単相世代が「不完全型」と呼ばれる。問題は、冬虫夏草類では不完全型でも大型の分生子柄束、つまりキノコ状のものを形成する種があるということ。さらに困ったことに、完全型と不完全型は、同一種でもかなり形態が異なる。そして菌類の分類では、有性生殖器官のないものは「不完全菌亜門」というゴミ箱みたいな分類群に放り込まれてしまう。たとえ同一種と分かっていても、別々に記載され、別々の和名と学名がつけられ、図鑑の別々のページに載せられているのだ。


 なんとも釈然としないが、このあたりが菌類の面白いところでもあろう。ある種ではどちらの型も昆虫にとりつく「冬虫夏草」として知られるが、多くの種では2つの型は生活史の中で同等ではない。ある種では、完全型は知られているが不完全型は未詳、または土中のカビとして生活する。ある種では、もっぱら不完全型のみが出現し、完全型は天文学的にまれである。要はそれぞれの種の戦略ということで、冬虫夏草を学ぶうえの楽しみとひとつと考えたい。


 なお、冬虫夏草などと言っても菌類には違いなく、多くの種では液体培地による培養が可能である。ただし、食用キノコの人工栽培でも、子実体(キノコ)を発生させるにはおが屑、ほだ木といった本来の発生環境に菌糸を植えてやらねばならぬように、冬虫夏草でも「完全型」をつくるには昆虫に感染させねばならぬという。

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     ウスキサナギタケ
図のように分生子柄束(左)と子実体(右)を同時に出す場合もある。分生子柄束だけのものが「ハナサナギタケ」である。

 

3.探索法

 話が少し硬くなった。ここで、興味を持たれた篤学の士に、冬虫夏草の探索法を伝授したい。


 まず、この珍なる菌はいずこに産するか。海中やネオンの巷(なつかしい表現だ)にないことはご理解いただけようが、最凡種のハナサナギタケとて、裏庭にいくらでも発生するわけではない。基本的には、冬虫夏草は森の産物とお心得いただきたい。


 ではどのような森か。筆者は当初、これはひたすら原生林にしか無きものと思い、県内数少ないそのような場所を捜し回った。事実、北茨城・花園山のブナ林のように多種多産の「」(発生地のこと。冬虫夏草界の専門用語)もあったのだが、人家近くの土手に見つけることもあってやや認識が変わった。現在では、以下のように考える。


A.極相であるかまたは人為(草刈りなど)により、常に一定の環境が保たれること。
B.湿度は高いが下草は少なく、風通しが良いこと。できれば土が裸出していること。


 このような森がお近くにあるなら、ただちに突入すべきである。ただし、一つ覚悟していただきたい。


 冬虫夏草の発生期は、その宿主となる昆虫の活動期、すなわち夏である。またその発生は例外的なものを除けば、森の林床にのみ見られる。言うまでもなく、夏の森はヤブがよく茂るうえ、毒虫やら吸血生物やらの跳梁跋扈する季節、さらに言うなら、冬虫夏草はいずれも微小なものであり、姿勢を低く歩行穏やかにせねば見つからない。できることならホフクゼンシンが良い。このような探索法を、清水大典先生は「土をなめ、土を読む」と表現しておられる。


 まとめよう。冬虫夏草を見つけたければ、気温30度、湿度100%の夏の森に分け入り、小枝に傷つき、クモに貼り付かれ、カとアブとブユとヌカカとダニとヒルにたかられながら、地面をはいずり回らねばならない。まさに「飽きることのない不撓不屈の根性が求められよう」(冬虫夏草図鑑より)。いやはや、大変な世界に踏み込んでしまったものだ。


 それでもあえて踏み込もうという方に、服装の注意を。いやしくも日本人たるもの、形から入らねばならぬ。毒虫とトゲ草の待ち構える森の底に潜るのだから、帽子、ほっかむり、長袖、長ズボン、軍手、蚊取り線香、虫よけスプレー、ぐらいは必要である。地下足袋でドレスアップも良い。


 あと、この姿で山道にしゃがみこんでいたりするわけだから、当然、運悪く通りかかってしまった一般人をかなり驚かすことになる。その際は学年、組、背番号、血液型、官姓名等を大声で申告し、疑念を晴らすことこれ努めるべきである。このご時勢であるから、くれぐれも「山中に変態現る」などと報道されぬよう、諸兄には注意を促したい。

 

4.おもな採集地

①  花園山(北茨城市
 植生:ブナ、ミズナラトチノキ、カエデ等からなる、極相の夏緑樹林。
 福島県との県境に点在する原生のブナ林は、豊かで美しい原始の森である。かつて、茨城県の北半分は広葉樹の大森林であったはずなのだが、片端から伐採されてスギ・ヒノキの植林地となり、今や貴重なものとなってしまった。このような森は冬虫夏草発生の条件を完璧に備えており、実際に多様な冬虫夏草を産する特A級の「坪」である。民有林の伐採が進んでおり、また最近のアウトドアブームでたちの悪い人種が入り込んでゴミの散乱が目立つようになったのは残念なことである。


②  鍋足山(里美村)

 植生:コナラ、シデ類、アカマツ、スギ・ヒノキ植林。
 里美村は、都会から来る人に対しては「自然」を売り物にしているようだが、山がことごとくスギ・ヒノキの植林で、少なくとも「原生林」と言えるものは無い。そんな訳で、鍋足山に登り始めた時も全く期待はしていなかった。案の定、登山道は荒れ、お金を掛けていないのがよくわかる。ところが、まことに不思議なことであるが、この山は菌類が実に豊富なのである。登山道を歩くにつれ、次から次へと様々な種類のキノコが現れる。ヒノキの植林下にサンコタケという異形の菌を見出した時には心底驚いた。ハナサナギタケもあれば、種不明の不完全菌もある。そして、初の菌生冬虫夏草、タンポタケを採集することになるのである。


③  奥久慈男体山水府村大子町
 植生:ブナ、イヌブナ、カエデ類、シデ類、スズタケ。
 集塊岩の断層崖からなる奥久慈の岩峰である。雨中の採集となった97年、稜線部で、初のオサムシタケを得た。98年はさらにひどい土砂降りの雨の中だったが、気生のハナサナギタケがスズタケの稈に多数発生しているのを見た。99年はまた雨になり、採集をやめた。筆者は自他共に認める晴れ男である。どうしてここだけいつも雨なのだろう。


④  御前山(桂村・御前山村
 植生:アラカシ、カエデ類、シデ類、コナラ、ケヤキツツジ類、スギ植林。
 自然景勝地として有名な、水戸近郊随一の自然林。だいぶ観光地化されてしまったが、登山道沿いはまだ美しい。このような、一定面積が原生のまま保存されている場所は貴重である。97年、冬虫夏草シーズンをはるかに過ぎた晩秋、ただ一回の調査で、見事な気生のハナサナギタケを採集することができた。翌年には同種の完全型であるウスキサナギタケを多数採集し、さらにガヤドリタケ、カメムシタケなどが得られて、なかなか優良な坪であることが判明した。


⑤  仏頂山(笠間市
 植生:カシ類、スダジイ、スギ、シデ類、カエデ類。
 ヒメハルゼミ北限地として名高い、自然林のある山である。なぜかここも雨に遭うことの多い場所なのだが、ツクツクボウシタケやハナサナギタケが得られた。


⑥  筑波山つくば市・八郷町)
 植生:スダジイ、スギ、アカマツ、モミ(神社付近)。
 東の筑波、西の富士。関東平野を睥睨する名峰。ツクバと名のつく数多くの植物、昭和天皇行幸、顕著な垂直分布、など生物観察には今もって話題が尽きない山である。神社付近が有力坪だとの情報で訪れ、クモタケを初めて見ることができた。


⑦  大杉神社(桜川村) 

 植生:スギ植林、スダジイ、カシ類。
 広壮な杜を有する神社。クモタケ情報で行ってみたが果たせず、かわりにツクツクボウシタケを得た。


⑧  谷越神社(鉾田町
 植生:スダジイ・スギ・コナラ。
 この神社の名をご存じの方は、鉾田在住であろうともそうはいるまい。私も、あそこのスダジイが茂った神社、としか知らなかった。市街から海老沢方面に向かっていく途中にある、小さな鎮守の社である。今考えてみても、規模といい湿度条件といい、とても採集好適地とは思えない。ところがここは、記念すべき第一号採集地となり、さらにハナサナギタケ大量発生の坪として記録されることとなる。ここでのハナサナギタケ採集数、44。

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        谷越神社


⑨  鹿島神宮鹿嶋市
 植生:アカマツクロマツ、モミ、スダジイ、ヒノキ、スギ。
 神社そのものについてはもはや説明の要はあるまい。近年鹿島アントラーズの活躍でも有名になった、かの地のシンボルである。天然記念物のその大樹叢は、筆者もかねてからゆっくり調べてみたいと考えていたが、なかなかその機会がなかった。98年になってようやく歩いてみたところ、たちまちにツクツクボウシタケの採集ができた。


・  明治神宮(東京都渋谷区)
 植生:クスノキを主とする常緑広葉樹(八十年前に植林)。
 前出「冬虫夏草を探しにいこう」で、ここにオサムシタケとクモタケを産することが紹介してあった。原宿駅から徒歩1分の、あの明治神宮に、である。ぜひとも一度自分の目で見ておきたかった。既に晩秋十月末、多くは期待できなかったが、筆者同様田舎から何時間もかけて出て来たお兄ちゃんお姉ちゃんたちをかきわけて駅前を抜け、玉砂利を踏む。さすが有名ポイント、おそらく同じ本を読み、筆者より早い時期に来たライバルによって荒らされた形跡があったが、とにかくオサムシタケ2本と、ハナサナギタケ20本を採集できた。


・  近津神社(大洋村)
 植生:スダジイを優先種とする極相林。
 創建は鎌倉時代という由緒ある神社。実に壮大な社寺林を有しており、その鬱蒼とした姿は、我々ナチュラリストにとっては感動的ですらある。ここなら冬虫夏草の発生に必要なすべての条件を備えている、必ずや大戦果をあげられるであろうと、谷越神社と共に定点観測点に定めた。……ところが、あにはからんや。調査10回以上、その都度すさまじい数のヤブ蚊に取り囲まれて難渋するばかりで、申し訳程度にハナサナギタケを確認したのみであった。条件が揃っているからといって発生するとは限らない。冬虫夏草の奥深いところではある。


・  六地蔵寺(水戸市
 植生:スギ、ツゲ、サクラ、その他の植栽樹木。
 由緒正しき名刹であるが、夏には実におびただしい数のセミが鳴く。ここならセミタケが発生するに違いないと定点観測を続けたが、2年間の探索でも遂に果たせなかった。


・  岡見(里美村)
 植生:ブナ、ミズナラ、カエデ類、スギ植林。
 花園山と同じく、福島県境の森林。ただし広葉樹林の大部分が私有地であり、伐採と植林が進んでいる。それでも一部残された自然林は見事である。が、生物は環境変化に実にシビアに反応しており、冬虫夏草相はまことに貧弱なものであった。

 

5.種別解説

①  ハナサナギタケ    Isaria japonica  Yasuda
          [採集数]
    1997年    103
    1998年    202
    1999年      20
 不完全型の冬虫夏草で、日本に最も普通に見られる種。地生(地中から発生)または気生(樹上などで発生)。宿主はガの蛹、ということになっているが、実際には甲虫の成虫や幼虫、アリジゴク(ウスバカゲロウ)の繭など、ほとんど無節操に取り付く。また、深山幽谷に多い冬虫夏草の中にあって、低標高地でも普通に産し、「冬虫夏草の入門種」である。おそらく、茨城県内すべての市町村に分布する。
 97年のような降水の少ない時にも、そりなりに適応して発生することができる。98年は多雨で空中湿度が高かったため、気生のものを大量採集した。99年に採集数が激減しているのは、夏の高温のためと言いたいところだが、実はハナサナギタケに飽きてしまって微小なものを採集しなかったというのが真相である。
 発生が同調するような現象が見られ、直径10mといった範囲で一斉に萌芽することがある。
 なお、筆者がそれらしい不完全型をすべてハナサナギタケと同定しているため、実際には他種の不完全型も多数含まれていると思われる。

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②  ウスキサナギタケ
    Cordyceps takaomontana  Yakusiji et Kumazawa
    1997年        3
    1998年      49
 完全型の冬虫夏草。地生。肉質の柄にこん棒状の子実体をつける。実は前出のハナサナギタケの完全型なのだが、発生率は極めて低い。98年十月、御前山で大量発生地に遭遇した。直径3mくらいの範囲にわらわらと46個体が発生していた。明らかに、有性生殖を同調させる何らかの機構があると思われる。子実体と同時に分生子柄束を出すことがある。

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③  ツクツクボウシタケ    Isaria sinclairii  (Berk)  Lloyd
    1998年    78
    1999年  345
 ツクツクボウシ、まれにアブラゼミの幼虫から発生する。地生、不完全型。筆者が初めて見たセミタケ類。しかし不完全型で、図鑑ではおまけのようにセミタケ類の最後に載っているのが少し悔しい。この種は大型のわりに驚くほどの集中発生をする冬虫夏草で、ある採集地ではわずか10mほどの間に実に30個体を数えた。土の中にこれほどセミがいるのかと驚かされる。
 99年はこの種に費やされたようなもので、筆者はこの種の発生環境をほぼ完全に把握したと思う。おそらく県南地域に広く分布しているはずで、2000年度はこの確認を行いたい。

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④  ツクツクボウシセミタケ    Cordyceps sinclairii  Kobayasi
    1999年      3

 前種の完全型。冬虫夏草図鑑によると国内で一例しか採集されていないらしいが、大量採集した不完全型に混じっていた。

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⑤  コナサナギタケ    Isaria farinosa  (Holm.)  Fr.
    1997年      2
    1998年      2
 ハナサナギタケとよく似た、不完全型の冬虫夏草。確実な姿をしたものを花園山や筑波山で採集したが、低標高地で採集した小型のものは、ハナサナギタケと混同してしまっていると思う。

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⑥  カメムシタケ    Cordyceps nutans  Pat.
    1997年      5
    1998年    13
    1999年    74
 カメムシ類から発生する、完全型冬虫夏草。長大な柄と赤く美しい頭部を持つ。普通種で、時に大発生するらしい。筆者も一日のうちに目撃86個体に及んだことがある。ただ分布地はまだよくつかめておらず、花園山と御前山で得たのみである。

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⑦  エダウチカメムシタケ    Hirsutella nutans  Kobayasi
    1998年      1
 カメムシタケに重複寄生する不完全型冬虫夏草。虫ピン状。花園山でカメムシタケに混じって発生している。

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  頭部比較  カメムシタケ(上)
      エダウチカメムシタケ(下)


⑧  オサムシタケ    Tilacbilidiopsis nigra  Yakusiji et Kumazawa
    1997年      4
    1998年      1
    1999年      2
 オサムシの成虫・幼虫から発生する不完全型冬虫夏草。地生。黒く長い柄が無数に分岐し、虫ピン状の分生子柄を付ける。日本特産で、普通種のはずなのだが筆者はなかなか遭遇できないでいる。奥久慈男体山と、なんと明治神宮で採集。

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⑨  ガヤドリタケ(ガヤドリキイロツブタケ・アメイロスズメガタケ)            Cordyceps tuberculata 
    1997年      1
    1998年      6
    1999年      1
 ガの成虫を寄主として、葉上や枝上に発生(気生)する、完全型冬虫夏草。ガの体を菌糸で白く包み、他の器物に固着させたうえで、多数の子実体を出す。冬を経て結実する越年性で、夏よりも秋~春に多く見られた。特に降水量の多かった98年は、気生型で空中湿度の影響を受けやすいと思われる本種には有利であったのか、秋になって各地で採集できた。子のう殻にいくつかの変異があって、それぞれ別の和名があるのだが、筆者は子のう殻を成熟させた個体を見ていない。

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⑩  サナギタケ    Cordyceps militaris  (Vuill)  Fr.
    1998年      4
    1999年      4
  完全型冬虫夏草。ガの蛹から地生する。汎世界的に分布する普通種、と図鑑にあり、ときに大発生もするらしいのだが、筆者はあまり見ていない。子実体は1㎝から大きいもので10㎝ほどにもなり、オレンジ色の色彩もあって、暗い森の中でも良く目立つ。不完全型は土中でカビとして生活しており、ガの幼虫が蛹化のために土中にもぐりこんだところで感染することが多いらしい。ブナの害虫ブナアオシャチホコの最大の天敵であるという。冬虫夏草の薬効成分として知られるコルジセピンは、この種を液体培地で育てたその培養液中から得られている。

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⑪  タンポタケ    Cordyceps capitata  (Fr.)  Link
    1998年      3
  地下性子のう菌類のツチダンゴから発生する菌生冬虫夏草。完全型。98年度最大の収穫、と筆者は勝手に思っている。見た目に他の昆虫生のものとは大きく印象が異なり、菌生冬虫夏草を別属とすべしという意見はなるほどと思われた。採集個体は、分岐した子実体の形態など、図鑑の記述とは大きく異なるが、一つの変異と考えられる。

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⑫  フトクビハエヤドリタケ    Cordyceps discoideocapitata  Kobayasi et shimizu
    1998年      3(目撃多数)
 ハエの成虫に寄生する、気生の完全型冬虫夏草。木の幹に着生する。北日本の豪雪地帯に分布するそうだが、太平洋側の本県に産するのは意外であった。ガヤドリタケ同様越年性のため、まだ子のう殻の成熟したものを見ていない。また、その表面に虫ピン状の分生子柄が密生した個体があり、重複寄生かと思われる。

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⑬  キイロクビオレタケ    Cordyceps asyuensis  Kobayasi et Shimizu
    1998年      1
 倒木中の甲虫の幼虫から発生(朽木生という)する、完全型冬虫夏草。図鑑によると、国内では数例しか採集されていない極めて稀な種、とあるので自分の同定にはまったくもって自信がない。

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⑭  ギベルラタケ     Gibellula aranearum  (Sch.) H.Sydow
    1997年      1
 クモを寄主として、葉上や地上に発生する、不完全型冬虫夏草。花園山にて一個体を採集したのみだが、沢沿いの草の葉を覗くようにすればさらに見つかると思う。

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⑮  マユダマタケ    Paecilomyces sp.
    1997年      1
    1998年      2
    1999年      0(目撃)
 不完全型冬虫夏草。地生または朽木生。コガネムシの幼虫から発生。分岐した柄から「まゆだま」状の胞子塊を付ける。花園山のブナ林で、恒常的に発生している。

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⑯  クモタケ    Isaria atypicola  Yasuda
    1998年      3
 キシノウエトタテグモに寄生する、不完全型・地生の冬虫夏草。トタテグモの巣口からぬっと屹立する。野外ではトタテグモへの寄生率が極めて高く、片っ端からクモを殺してしまってクモの研究者を困らせるそうであるが、残念ながら本県にはそもそもこのクモの分布地が少ない。ちなみに完全型はイリオモテクモタケといい、西表島で採集されたのみである。

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⑰  ヤンマタケ    Hymenostilbe odonatae  Kobayasi
    1998年      1
 アカトンボ類、またはミルンヤンマから発生する、不完全型冬虫夏草。他の器物に付着する気生型。発生地では百個体以上が群生することも珍しくないが、筆者はわずか一個体を見たのみである。これは、この種が人の目線より上に発生するため、下ばかりを見ている通常の探索では眼に入らないためであろう。実際、このヤンマタケを大量に発見するのはキノコ研究者ではなくトンボの専門家であるという。それでも筆者は、この種を98年度夏の重点目標に定めて探し歩いたが、この年は異常気象で、トンボ類が羽化を終えた夏以降、秋まですさまじい雨が降り続いてしまった。死ぬトンボも多かったろうし、ヤンマタケの胞子も空中を浮遊するどころではなかったろう。何よりヤンマタケの発生地である水際が冠水して草も木も押し流されてしまった。2月に見つけた唯一のヤンマタケも、秋に再訪したら付着していたミズキの木ごとどこかに行ってしまっていた。
 ちなみにこの種の完全型をタンポヤンマタケといい、70年前にニューギニアで採集されたきりだったが、最近なんと八溝山で再発見されている。

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※  他にも、種不明の不完全型をいくつか採集している。

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         不明種

 

6.まとめと課題

 97年  探索を開始した記念すべき年ではあるが、夏に著しく少雨で、冬虫夏草の不作の年であった。また、あるコツを必要とする冬虫夏草の探索法を、なかなか体得できなかったという事情もある。それでも8種類の冬虫夏草をあげ、ハナサナギタケの普遍的な分布を知ることができた。


 98年  今度は夏が天候不順で、雨ばかり降っていた。その中をカッパを着ての探索ではあったが、さらに8種類を追加できた。湿潤な気候は、多くの冬虫夏草には有利だったようであ     る。


 99年  慣れが災いして、探索が手薄になったことは否定できない。リストへの追加はままならなかったが、既知種の分布状態がかなり把握できたとは思う。


 2000年度に関しては、以下のことを課題としたい。
Ⅰ.茨城県内で記録のある、筆者未発見の種の探索。
      セミタケ、トビシマセミタケ、アワフキムシタケ、ハチタケ等
Ⅱ.普通種とされる種の、より広範な分布調査と発生環境の掌握。
      サナギタケ、オサムシタケ、カメムシタケ
Ⅲ.分布範囲の確定。
      ツクツクボウシタケ、ヤンマタケ

 

 

 

7.結論

 まず驚いたのは、ハナサナギタケの、その極めて普遍的な分布である。ここ、と目した場所にはたいていある。季節を外れてもある。まさかと思うところにも生えている。一定の湿度さえあれば発生が見られ、原生林のみならず、市街地の神社の森、はたまた植栽のスギの大木の根元など、どこでも真っ先にお目にかかれる冬虫夏草であった。ガンの特効薬などと言われるこの種が、ごく身近に存在していることがわかっただけでも、本調査の所期の目的は達成しているとも言える。

 

 


 しかしここで筆者が問題にしたいのは、その逆の面である。つまり、一見生物にとって良い条件が揃っているのだが、ハナサナギタケすら生えない場所があったということだ。


 その典型的な例が、日立市高鈴山であった。市街地の上に広がる阿武隈山地南端の低山で、森の中を縦横にハイキング路が通り、「花の百名山」にも数えられている。ハナサナギタケがないわけはないと思うが、筆者はまだ見ていない。この山で明らかなことは、一見鬱蒼とした自然の森に見えて、実は全山がサクラ類やオオバヤシャブシ、そしてコナラといった陽樹に覆われていることである。陽樹とは、一旦自然植生が破壊された後に、真っ先に成長して一時的な林をつくる樹木であり、何百年という時間のうちに陰樹の極相林に置き換わるものである。高鈴山の陽樹は、一部の植林されたもので樹齢七十年ほど、多くはせいぜい二~三十年の若い木で、鉱山の鉱害・煙害、そして戦中戦後の無計画な伐採で自然林が無くなった後に成立したものであり、今もって遷移の途中にある、すなわち安定した環境を有していない樹林なのである。岡見の冬虫夏草が貧弱であるのも、周囲の伐採・植林による環境擾乱の結果と考えれば説明がつく。


 これと対照的なのが、一度に大量のハナサナギタケが採集できた明治神宮である。ここは八十年前、明治天皇崩御の後に荒れ地から造営された人工の森で、造営にあたっては、当時一流の林学者たちが未来永劫にわたって存在し続ける鎮守の杜を想定し、最初から陰樹を植林して人工的に極相林の環境をつくりだしたものだ。今もって当時の学者たちの指示が守られ、枯れ葉一枚、枯れ枝一本に至るまですべてそのまま森の土に戻される。すなわち、人の手で、ひたすら安定した環境を保たれているのである。


 そして、人の手でといえば、我が日本には世界に誇るべき自然形態がある。田んぼ、そしてその周辺の農業環境は、水を張り、草を刈り、雑木を植え、過去数百年にわたって営々と築き上げられ、維持されている安定した小宇宙である。これがすなわち「里山(さとやま)」と呼ばれるもので、カブトムシをはじめとしてこの環境に依存して生活する生物は多い。ハナサナギタケが多産した谷越神社も、まさにこの里山であった。


 ここに至って、冬虫夏草の分布に関する一つの仮定が導かれる。確かに、多種類の冬虫夏草が一度に多産するとなれば、花園山のように広範囲で原生の自然が残された場所に勝るものはない。しかし、冬虫夏草にとって最も重要な発生条件とは、なんであれ一定の自然環境が長期間維持されていることなのではないか。


 結論を急ごうとは思わない。現代日本の、山林原野が切り拓かれ田んぼが資材置き場に成り果てる急速な変化に危惧を覚えないではないが、それを言っても詮無いことである。まずはこの珍奇な生物とじっくり付き合うことが、筆者の望みである。彼らがどこにいるのか、どんな種類があるのか、そして彼らがどこから来たのか。その不思議な生活を、時間をかけて見極めてみたいと思う。やがて来る光の季節を信じて、土中でゆっくりと成長する彼らの時間に合わせて。

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      気生型ハナサナギタケ

 

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      サナギタケ子実体拡大

 


追記

 筆者の採集した冬虫夏草は、乾燥標本以外すべてホワイトリカー、または70%アルコールに漬け込んである。すなわち冬虫夏草酒である。……いや、お笑いなさるな。かの清水大典先生(ああ、98年に物故されてしまった)も、「冬虫夏草図鑑」の最後の2ページをさいて、冬虫夏草酒の作り方を論じておられる。我々日本人にとって、冬虫夏草といえばやはりこの方面を抜きにはできないのである。サナギタケ類について言えば、有効成分はコルジセピン、エルゴステリン、グルカンその他。薬効は結核、黄疸、喘息、気管支炎、腎炎、腰痛、強精滋養、貧血、癌などなど。実はすでに人体実験済みで、筆者はおかげさまで因果と元気である。現在はイカリソウやアマドコロとのブレンドを研究中、と記しておく。

 

 

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ハナサナギタケ 第一号採集品(谷越神社)

 

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     サナギタケ

 


参考文献

原色冬虫夏草図鑑    清水大典  誠文堂新光社(1994)
カラー版冬虫夏草図鑑    清水大典  家の光協会(1997)
冬虫夏草を探しに行こう    盛口  満(1996)
虫をたおすキノコ    吉見昭一  大日本図書(1984)
冬虫夏草サナギタケの生態  佐藤大樹  インセクタリウム  Vol.36 No.2 054-059(1999)
日本のきのこ    山と渓谷社(1988)
きのこブック    伊沢正名・写真  平凡社(1998)
朝日百科キノコの世界    朝日新聞社(1997)
原色版日本薬用植物事典    伊沢凡人  誠文堂新光社
原色和漢薬図鑑(下)    難波恒雄  保育社(1975)
茨城県植物誌    鈴木昌友他  茨城県植物誌刊行会(1981)
化学大辞典3    化学大辞典編集委員会(1989)

 

参考記事

 

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