本当は裏磐梯から白布峠を越えて天元台へ抜け,そこから西吾妻山を極めるつもりでした。それはかつてヒマラヤを越えたシトロエン探検隊のように遠い空を目指す道のりになっていたはずです,私にとってはね。
ところが峠越えの道路はすでに冬季閉鎖。あうう。つくづく東北をナメてたなあ。たぶん雪が降ったのは神さまの配慮だったのでしょう,やめとけと。
別案として考えていたのは雄国沼です。ニッコウキスゲの群落で知られますがこの季節はなにもない。私が見たいのは地形。沼の名ばかりが有名ですけど地形図で見れば一目瞭然,ここはカルデラ湖なんです。磐梯山のすぐ隣にすっかり山体崩壊した古い火山,磐梯山とマグマだまりを共有してるんじゃないか,とすると磐梯山のお兄さんということになるのか,これを猫魔火山と言います。いろいろツっこみたい名です。そのカルデラの中,雄国沼のほとりに立ってみたいと以前から思っていたのです。いいんです理解してもらえなくても。
さてしかし困った。外輪山を越えて雄国沼に行く道路はあるのですが,たぶんこの雪では封鎖でしょう。それに雄国沼への入り口は今いる高原の反対側,会津側です。大回りになります。うむ,と宿の布団の上で胡坐をかいて道の駅でもらった観光地図を見ていたら,雄国山登山口というのがこちら側にあるのを見つけました。駐車場もあるようです。外輪山を登って雄国沼に至るトレッキング道です。空を目指し峠のかなたへと至る。これだ。
はいやってきました登山口。雄子沢と言うそうな。昨日うんこ踏んだばかりなのでリアルなご注意です。もちろん熊鈴鳴らしながら行きます。
駐車場の周囲はカラマツの林でしたが登り始めるとすぐにブナの森になりました。そこにミズナラが混じります。絵に描いたような温帯樹林。
雪が降ったのは一昨日の晩でしょうけど,もうこんなに踏み跡が。多くの人が訪れる,きっと安全な道なのでしょう。
やがて至る厳冬期,ここは数メートルの雪に閉ざされます。なのに林床が想像以上に緑なのに驚きます。タチツボスミレ,ツルアリドオシ,カンスゲ,ヒメアオキ,などなど。雪の下でも緑を保ち,来る春を待つのでしょう。なんという忍耐,讃すべし生命。
登り始めて1時間弱,空が近くなり
峠に出ました。周囲の木々が急に低くなります。
これが今日の最高点。
雄国山に至る道と分かれて
雄国沼を見下ろす休憩舎に到着です。この山上に立派な建物です。
はいはい。
湖面が光ってます。沼まではすぐ。
わああ。
いえい。本日会心の一枚。
沼のほとりに漆黒の砂。磁鉄鉱つまり砂鉄です。鉄が豊富なんだ。
これが雄国沼か。
足元に大きなどんぐりがもう発芽しています。リスが持ち込んだのかと思いきや
周囲の低木がミズナラで,それがびっしりとどんぐりを付けてます。ミズナラはあまりどんぐりを生らすイメージがないのですが,ここの過酷な環境ではとにかく子孫を残そうとしています。どんぐりもすぐに発芽する。植物にだって必死になることはあるんです。ちなみに八溝山頂と10メートルほどしか違わない標高ですが,範囲の広さ,強風,豪雪…… 過酷さの度合いが違うのでしょう。
ミズナラ以外でも,沼の周囲は矮小化したカエデやヤナギの類が優占しています。
アキグミの実。
ツルウメモドキ。
ツリバナの実でしょうか。雪の中で鮮やかに。誰です,日の丸弁当って言ってるのは。
枝にも残ってました。
ヒカゲノカズラ。古生代に大森林をつくった巨大シダ植物の生き残りと言われてます。この過酷な環境でこれも緑をまとったまま冬に挑みます。
冬キノコ。雪を溶かして立ち上がってました。どこにそんな力があるんだ。
ミヤマシキミの類です。
一番驚かされたのはこいつ。この雪の中で笹の葉を食んでました。ヨシカレハという蛾の幼虫と思しきこのささやかな毛虫は,この後雪に閉ざされた中でも日々の暮らしを続けるのでしょうか。ああ尊いかな生命。
ニッコウキスゲの咲く湿生植物群落は対岸です。木道が見える。車が上がれないので誰もいません。というか好き好んでこんな枯れ果てた風景を見に来る人はいないでしょう,私以外に。これは人の世が終わったあとの風景です。
たぶん駐車場に付属する展望台。
山の上にお社。いつかお参りしましょう。
稜線を外輪山の一つ雄国山に登っていく人達がいます。ここに来る途中で道を譲ってくれた方々です。どうかご無事で。
静にして聖なり。ヒトの生まれる前の世界とはこんなものだったのでありましょう。山上の静謐をたっぷり堪能しました。私はたぶん,人気の山にアリ塚のアリみたいに群がるのを好む方々とは会話が成立しない人間です。
下る途中で気づきました。ここには笹がある。日本全国でシカが増えて森林を食い荒らしています。笹は真っ先に食われてどこでも森の林床は風が吹き渡っています。ここにはシカがいない。だから笹がある。豪雪のせいでしょうか。まだ日本にこんな場所があったのか。
雪を除ければ柔らかな緑の毛氈が広がります。美しい森だと思います。熊いるけど。
ヤマブドウが落ちてました。
冬キノコの代表エノキダケ。これが天然の姿です。これもまた冬に生きるものです。
驚いた。カナヘビの子ども。雪の中をちょろちょろと駆け回ってました。変温動物… だよねえ。爬虫類に対する認識を改めねばなりません。
で無事に下山できたのですが,車が
ぎゃああああっっ
カラマツの落葉期でありました。この針のような葉が佇めば頭上に降りかかり,ドアを開ければ吹き込み,あらゆる隙間に入り込み,継ぎ目に刺さり,布地に張り付き,靴底に同化して,愛車は茶色のヤリブスマ状態でした。帰ったら大掃除せねば。それでもどこかには残り,すっかり忘れたころに服に刺さってきて驚くことになるでしょう。
ああっうっとおしい。
せっかくなので猫魔火山の安山岩の沢でもパンニングしました。
大量の砂鉄,大きな普通石英のかけら,あとは目ぼしいものはなし。でもこれが自分にとってのお土産です。
宿に戻って露天風呂。いい一日でした。
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