こうか。こうなのか。やっぱりこういう終わり方しかなかったのか。
「少女終末旅行」最終話を落涙しながら読み終えての感慨です。
多くの文明の興亡を経て,ほとんどの科学技術を失った終末世界の片隅。小さな家に,おじいさんと二人の少女が暮らしていました。3人に血縁はないようですが,配給される食糧をあてに静かに穏やかに暮らしていました。しかしこんな,とうに文明は崩壊しヒト以外の生物が消滅した世界にも戦乱があり,3人の家にも戦火が迫ります。おじいさんは装軌オートバイ「ケッテンクラート」に少女たちを乗せ,遥かな「塔」の高みを目指せと送り出します。街を離れる二人の背後に響く銃声。こうして二人の少女の終末世界を巡る旅が始まります。
チト。小柄な黒髪の少女。本が好きで勉強熱心。豊富な知識と冷静な判断でリーダー格を務めます。ケッテンクラートの操縦も担当。
ユーリ。大柄で金髪碧眼。見かけ通りにおおらかで,体力,身体能力に優れます。銃器の腕も優秀で,三八式歩兵銃(レプリカ)を愛用。
二人が最上層を目指す「塔」。作中では「都市」とも表現されていますが,とうとう最後まで全体像は明らかにされません。バベルの塔のような外観を持つと思われますがとにかく巨大で,中層階でさえ高速列車で横断するのに長時間を要するほど。高さは数千メートルに及ぶと思われます。これを作った文明はとうに滅び,続くいくつかの文明も興亡の末にこの塔を放棄しており,次元の異なる複数の時代の製造物が内部に散乱しています。
二人はケッテンクラートを頼りに,食糧や燃料を補給しながら塔を昇っていきます。途中に出会った人間は,地図を作るカナザワと飛行機で他の都市を目指すイシイの二人だけ。それも一瞬の邂逅で終わり,ほとんどの時間を二人だけで過ごしていきます。次々と現れる旧文明の残滓に戸惑い,驚き,落胆しながら。
もちろん二人にはわかっています。こんな世界で自分たちは長くは生きられないと。ケガや病気はもちろん,食糧や燃料が補給できなければ,そこで旅はそして二人の人生は終わるのです。せめて自然が残っていたならサバイバルの道もあるのですが,この人工物だけの世界に生物は人間だけ。廃棄された過去の製造物を拾い集めるだけが補給の手段。塔を昇るほどに人跡未踏になり,それすらもおぼつかなくなります。
ベッド,本棚,食料棚,暖房,風呂,観葉植物……
第11話「住居」で二人は部屋に置きたいものを夢想します。そこは放棄された居住区画,がらんとした部屋に,欲しいものが並べられて行きます。ああ,作中ずっと防寒服に身を包み,いつも飢えと寒さに震えていた二人。どれだけ私が手を差し伸べたいと思ったことか。
他にも作中には胸を締め付けられるような少女たちのセリフがちりばめられます。
ユーリ 意味なんてなくてもさ,たまにはいいことあるよ(08話 街灯)
チト 水おいしい…… (12話 昼寝)
(イモを食べて)…… うまい(15話 技術)
何も食べなくても生きて行けたらなあ/そんなの生きているとは言わないぜ(17話 迷路)
ねぇユー,いつかずーっと高くまで昇ってさ…… 月へ行こうよ(20話 月光)
死ぬのが怖くて生きられるかよ!(21話 螺旋)
かつてこの地球はひとつの生命だった だとしたら今はどうなんだろう…… (23話 水槽)
″生命〟って終わりがあるってことなんじゃないかな(24話 生命)
いろんなことを知ろうとするには…… 人の寿命は短すぎる(30話 電車)
ねぇちーちゃん 地球終わるんだって/…… うん まあ…… どうでもいいことだろう……(32話 仲間)
(魚の缶詰を食べて)フッフッフッ…… うますぎて笑えてくる(33話 水路)
服が着れなくなるのが先か 私たちが死ぬのが先か…… (36話 衣服)
あの雪のときか…… それ以上に寒い…… (41話 吹雪)
お湯おいしい…… /そうだね……(41話 吹雪)
きっとそういう時代もあったんだよ 争いや食べ物のためだけじゃなくて 好奇心を形にするために時間を使えるような…… (42話 宇宙)
いつかすべて終わると知っていても何かをせずにはいられない…… (43話 図書)
あっちを直してもこっちが壊れる …… もう寿命だよ
二人は第44話「喪失」でとうとうケッテンクラートを失います。持てるものだけ持って上層への旅を続けるのですが,もうこの時点で二人の命運は尽きていました。
最近まったく夢を見ない たぶん疲れているからだ(45話 睡眠)
ねぇちーちゃんは死ぬのが怖い……? (46話 沈黙)
これが生きることなんだろうか…… (46話 沈黙)
最上層へ続く暗闇の螺旋階段を,手を握り合って登る二人。
生きるのは最高だったよね…… (47話 終末)
とりあえず食べて…… 寝て…… それから考えよう (47話 終末)
地上数千メートルの氷雪の高みで,最後の食事をし,最後の眠りに就く二人。視点が遠ざかり,二人の姿が広大な最上層の一点に。そこには何の福音もなく,けれども静かで穏やかな,少女たちの人生の終焉が語られています。
二人に塔の上への旅を命じたおじいさん。でも知っていたはずです,いかなる救いもないと。ではなぜ。…… おじいさんはわかっていたと思います。もう人の世が終わると。ならばせめて,ヒト同士の争いのない清浄な世界に二人を行かせよう。そこで静かに眠りに就かせようと。そこは遠い遠い空の高み。この地上で最も天に近い場所だから。
深く共感できる作品でした。作者「つくみず」さん。迷惑な物言いだろうけど,ひょっとして私に似ている人なのかもしれない。肉をこの世に置きながら,心はいつも遠い世界をさまよっているような。若いひとのようなので,この後の表現者としての成功を祈ります。現世に折り合いをつけながら半世紀を過ごしてしまったおじさんの,切なる願いです。
つくみずさんのツイッターを拝見したら,チトとユーリが二人でいるイラストがたくさんあげられていました。平和な世界で,日常の一コマだったり旅に出ていたり,穏やかに暮らす二人の姿です。
なんだかほっとしました。