ヤンマタケを求めて森を巡る冒険を続けています。でも本当に探しているものは何だろう。
1月末の空振りに終わった沢歩き。ぽかりと空間が開け、肌にしっとりと来る、妙に「気」の良い一角に出ました。
ここはコケの緑が特に鮮やかで、しばし撮影に夢中になりました。
去り際、振り向いたらこれがあった。結界だったのかも知れません。
古代ローマの政治家・哲学者キケロは、大木の茂った森の中へ入ると人は神の存在を知る、と言ったそうです。また聞きです、キケロなんか読んだことありません。ただ妙に日本人の自然観に符合すると思いませんか。聖なる森、という概念です。そこに立つだけで神霊の気と交歓できる森、奇跡が現れる聖なる場所です。沖縄の「御嶽」がそうでしょう。私が記事にする御岩神社やツクツク森もそう。いずれも原生の自然が保たれた、多様な生態系が残された森です。そこは冬虫夏草のみならず、あらゆる生命の息づく土地であるはず。たぶん私は、そんな奇跡の場所を探しているんです。
さて本日。例によって地図で当たりを付けた沢にやって参りました。今日こそはヤンマタケを見てやるぞ。毎回言ってるけど。
いい空気感の沢です。でも周囲はスギの人工林、残念ながら多様性に乏しく、我が聖なる森ではないようです。でもとにかく探してみよう。
ヤンマタケのような空中の器物に着生(気生)する冬虫夏草の存在条件は湿度が高いこと。このコケの生え具合を見る限り、場所選びは間違ってません。
コケたちが胞子を飛ばす季節が始まってます。歓喜の声が聞こえるような。
常緑の葉にカビゴケ。これも高湿度の証拠。
もひとつ、このカヤランのような着生ランも目安になります。たくさん落ちてました。
冬緑性のオオハナワラビの「花」がすっかりスガれて。冬のものたちの退場です。
同類のアカハナワラビ。県のレッドデータで「情報不足」の分類です。
なんて感じで歩き、時にやぶを這いまわったりしますがやっぱりヤンマタケは見つかりません。今日も駄目かなあなんて、もうすっかり負けグセが付いてしまいました。思えば昨秋あたりからヤンマタケを意識していくつのフィールドを巡ったことか。…… 探し始めて2時間、ああ腹減ったなんて気が萎え始めたころ
あ。
あったああ。ようやく見つけましたヤンマタケです。宿主は赤トンボ類のノシメトンボ。
沢沿いのアオキの実生が茂る低木林、水辺から8メートル、地面からの高さは2メートルほど。ようやく新産地を見つけました。
状態はいい。でも成熟はしてません。さあこれが悩みどころ。現地に置かないと追熟はできません。ぜひこれを見せたい昆虫少年と次に会うのは一か月以上先、ここで様子を見る余裕はあります。でもこれ、枯れ枝に着生してます。いつ落下するかわからない。ならばすぐ採集すべき。次に来たときに、なんて期待や計算が裏切られた経験は山とあります。でも追熟もさせたく…… ぐぐぐぐぐ。散々に逡巡し、道を行きつ戻りつ悩みましたが結局現場に残すことにしました。
それにしても、この一個体を見るまでにずいぶん苦労しました。ヤンマタケが減ったように感じます。理由も思い当たります。ヤンマタケの過半はノシメトンボなど赤トンボ類が宿主なのですが、その赤トンボが激減しているんです。あの稲穂の空を覆いつくすようにトンボが群飛していた当たり前の日本の情景が過去のものになりつつあります。県によってはノシメトンボやアキアカネをレッドデータに登録する動きもあるくらいです。赤トンボは水田でヤゴが育ちます。その水田で近年使われるようになった薬剤が、ヤゴに致命的に作用するのだと。「効率化」の名の元、また一つ日本から大きなものが奪われつつあります。限界に達した資本主義によるコモンの破壊、なんて言うのかな。その末端でヤンマタケの衰退が始まっています。
なんか愚痴のようなまとめになりました。ようやく行き着いたヤンマタケの産地。でもなぜでしょう達成感はなく、ここじゃない感がぬぐえません。その理由が冒頭に並べたごたくになります。つまり私はヤンマタケにかこつけて「自分の」聖なる森を探していたと、そういうことなんです。
↓ 昨年の記事。