そもそも今の若い人に一週間の歌のてゅらてゅらは通じるのだろうか、はともかく
7月27日(日)
桃ケーキがなきゃ夏じゃないと言うので、家人を連れておなじみつくばのケーキ屋さんへ。
桃丸ごとケーキどーん。また値上げして1個八百円。しかしガソリン代と高速代までかけても買う価値があるのだ。銀座なら二千円するのだ。そういう発想がもう貧乏人。
7月28日(月)
水戸の最高気温 35 ℃。くわばらくわばら、と家で過ごしました。穏やかに終わるかと思ったその日の夜、通り魔切り付け事件発生。私がおさんぽ記事でよくネタにする南町二丁目の歩道で。全国ニュースでそれはもう盛大に報道されて。こんなことで街の名が電波に乗るのはなあ。
7月29日(火)
で、おさんぽで現場を通ったわけです。テレビ局が「一夜明けた現場です」の絵を撮ってました。気の毒に現場はスーパーの出入り口の真ん前で、お店の人が水で流したのだけど血痕って落ちないのよねー、おおこわ。週末のお祭りに影響なきゃいいんだけど。
7月30日(水)
この日7月のブログへの月間アクセスが1万2千を超えて、さらにアクセス総数が 49 万に達してました。月間アクセスの数はこれで3ヶ月連続です。毎日4百人超の人に読んでもらえたなんて、月並みですが「夢のよう」。感謝の言葉もありません。この調子で推移すると8月には総数 50 万になります。わぁ何か記念行事がしたいなあ。
7月31日(木)
朝8時半、携帯がけたたましく鳴って、街じゅうに空襲警報みたいなサイレンが鳴り響きました。そんなスピーカーがあることすら知らなかった。カムチャツカで大地震、津波が来るぞと大騒ぎの一日の始まりでした。テレビは延々と退避を呼びかけつつ同じ画像を流し続け、車に乗ればカーナビが勝手にテレビ放送を表示し何度切ってもまた表示、夕刻接岸予定の「さんふらわあ」は入港できずに大洗沖をぐーるぐる。乗客の皆さんはお気の毒でしたが乗組員の献身的な対応は賞賛されました。
私はというと「ジノさん昔のフィールドを巡る笑」の一環でざくろ沢パンニング。いえ真面目に、作法の必要な難しいフィールドはたまに訪れないといざという時に失敗するのです。案の定、伝家の宝刀蚊取り線香を沢に落とすわ、サンプル袋の穴に気付かずせっかくのパンニング収穫物の三分の二を失うわ、散々でした。これは御岩神社に詣でなければ。
そういえば久しくお参りしてませんでした。猛暑の境内は人影少なく…… こんな参詣者のいない様子は、まるで二十年前のまだご利益が喧伝されてなかった頃みたいです。
強調したいのは、外は暑くても境内には谷を吹き降ろす涼風が満ちていること。皆さまどうか夏を恐れずお参りください。御岩の神さまは霊験あらたかですよ。私も世界平和をお願いしてきました、ふふふ。
8月 1日(金)
台風来襲、今日のおさんぽは中止。昨夜録画した深夜アニメをチェックしたら
ぎゃああああ。日本地図が映り込んでいるう。津波警報は解除されてるのにい。録画が台無しじゃあ。アニメのディスクを買わせようというセコい貢献はやめてくれー。
昨日のパンニング結果はのちほど記事にしますね。
8月 2日(土)
夜来風雨の声。朝には風も雨も収まってました。一日遅れのお散歩に出ます。
台風一過。ヤツが連れてきた熱気で朝から暑い。湿気も大変なものです。
その暑い中、テキヤさんは動きが早い。さあ今日は水戸の中心街の夏祭り「黄門まつり」の、その初日です。
台風ゆえ飾り付けをいったん外したそうで、関係者は大わらわ。
一度は廃れた山車の巡行も復活しました。これは南町三丁目の立派なもの。ここまでの仕様ができるのは一部の町内会だけです。
こんな日に運ばれる人もいるんだなあ。
駅から帰路に就く頃には人も増えて、お祭りが動き始めました。あの切り付け事件のあった南町二丁目も立派な山車を準備して、もうお囃子が始まってます。
子供たちのお囃子です。個人商店が立ち並んでいた時代にはどの町内でも子供チームと大人チームがあったものですが、いまやこれができるのはこの町内だけ。半世紀前と変わらぬ音色に聞き入ってしまいました。
賑わってます。人が多い場所は苦手ですが、街が賑わうのは良いことです。
半世紀前のボクがいた。
今回のタイトル、正しくは「てゅりゃてゅりゃ」です。いざ書いてみたら見た目が煩雑だったので。
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