ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

ツノトンボが征く  【超絶虫本気】

 

 2014年の夏は,とても寒い夏でした。東北でいうところの「やませ」が吹き,茨城の海沿いは霧に覆われ,水戸にも冷たい東風が吹き過ぎていきます。

 

 その日私は,いつものフィールドの草地で草原性植物の姿を追っていました。ここで唯一のオケラの株が草刈りされてしまったので,他に無いものかと,毒毛虫に気を付けながらまだ刈られていないやぶに踏み入っていました。f:id:xjino:20180204124929j:plain

 オケラ。好きな花です。

 

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 キキョウ咲くやぶ。

 

 オギの大株やコナラの実生をかき分け,キキョウアマドコロを踏まぬように避けながら進んで行きますと,目の前についと伸びたワレモコウの花茎。その茎に,何やら昆虫の卵らしきものが産み付けられています。細い花茎にまるでオヒシバの穂のように2列になった長卵型の,コマドリの羽のような色の卵です。長径2ミリ超,短径はその半分の,昆虫の卵としてはかなり大きなもの。当初はヤママユの類かとも思いましたが,はてワレモコウ……? かの優美な蛾の類の食餌植物とは思えない。

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 ワレモコウ。これでもバラ科

 

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 他に無いものかと見渡すと,やぶの中にまたひゅんと伸びたワレモコウ。見るとまた同じような卵が付いてます。……ん?違う。何か黒いものが付いている。


 当時の愛機「ザクティ」を構えながら近づいて,あ,と小さく叫んでしまいました。遠い遠い昔に見た図鑑の1ページ。脳内でセピア色に変色しつつも大切に保管してある古い写真。こと生物に関しては,ものすごい記憶力と検索能力を発揮するわが脳髄です。 ……これはツノトンボだ。

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 雌でしょうか。そばに親がいるのも確認しました。


 ツノトンボというショッカーの怪人みたいな名の昆虫をご存じの一般人はまずおられないかと。トンボと付いてますが,ウスバカゲロウクサカゲロウに近い仲間です。大きな黒い目,長い触覚,透明な翅,軟弱なボディ。ぐにょりとした毛むくじゃらの体以外,個別のパーツでは昆虫として特に問題は無いのだけど,総合的には何かイヤ,という評価の虫です,個人的に。成虫は灯火採集にも飛来するので特に珍しいという印象はないのですが,その幼生時代のものは初見です。最初にあったのが卵,そしてはるか昔に図鑑で見たままの,これが幼虫。孵化したばかりで,まだ卵殻の上に乗ってます。きょうだいでずらりと。一連30数個のこの一つの卵塊が,一匹の雌のその一腹の子なのでしょうか。一匹一匹がアリジゴクに似た姿,黒いつぶらな瞳。ぼくツノトンボでしゅ。生まれたばかりでしゅ。みなしゃんよろしくでしゅ。


 さあではその姿をご覧ください。ツノトンボの赤ちゃんです!

 

 

 

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 かわいくない。かわいくないよ。

 何がでしゅだ。

 アップにしたら虫好きの私でさえ引いたぞ。


 だいたい何だその大きさ。卵のサイズと合ってないだろ。

 

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 あ,トゲやアゴはあとから伸びるのね。


 一齢幼虫にしてこの姿は驚異です。全身重装歩兵逆アイアンメイデン。生まれたての我が子をここまで武装させる親とはどんなものかと思います。


 ギリシャ神話のヘラクレスは,生まれてすぐに刺客の蛇を握り殺しました。釈尊は摩耶夫人のわきの下(おいおい)から生まれてすぐに「天上天下唯我独尊」と言ったとか。こんな超人たちならともかく,この凄絶な世界に生れ出たばかりの生命は本当に儚い。まるでその冬に最初に舞い落ちる雪の結晶のように,淡く飛ぶシャボン玉のように。だから親は子を守ります。それこそ命を賭して。


 マダコの母は絶食しながら卵を守ります。そして孵化した我が子が次々と大海に旅立っていくのを見届けて,静かに微笑みながら死んでいきます。蛇蝎だかつのようにと嫌われるサソリ。でもある種のサソリの母親は,卵から産まれた数十匹の我が子を背に乗せて運び,守り,そしてついには旅立つ子らに自らの身体を食べさせて死んでいきます。愛を謳うこのブログですが,不覚にも私は愛の定義を知りません。でもこれを愛と呼ばずして何としましょう。ヒトの親で,我が子を炎天の車内や極寒の山中に放置して死に至らしめる者がいます。絶えざる暴力を与え続ける者がいます。サソリにも劣る万物の霊長

 

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 ツノトンボの親は,子を親が守るという習性を獲得できませんでした。その代わりに,子をいかつく武装させました。この武装は,外敵を防ぐとともに,肉食昆虫の常としての共食いを抑止するためのものでしょう。幼虫の食性はたぶん近縁の同類と同じく,大あごの先端を他の昆虫に突き刺して消化液を注入し,すすりこむという方式のはず。トゲはちょうど大あごの攻撃を阻止できる長さです。それにしても,もしこの一連30数個の卵が一匹の雌の産むすべてなら,昆虫としては少なすぎです。一匹の雌が産んだ子が2匹生き残れば種族の維持ができるとして,もし2/32なら生殖生存率6.25%。ひょっとすると野良猫より高い。とすれば,この武装が十分に機能しているのでしょう。

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 それにしてもまあ,このワレモコウにびっしりと付いたきょうだい達をご覧ください。ものすごい迫力ですね。あるものはワレモコウの花にすっぽり入って獲物を待ち,あるものは茎に折り重なる。ここに近づいて誰が無事で済みましょうか。少しでもワレモコウに触れて揺らすと一斉に大あごをきしゃーっ!と180度に広げる姿の恐ろしさったら。生き残ってやる,生き抜いてやる。そういう気迫,生存への執念にぎらついて黒い目が光ります。ヒトのニートの子の焦点の定まらないうつろな目となんと対照的なことか。

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 数日後に再訪すると,きょうだい達の姿はあのワレモコウから消えていました。まあ肉食生物が生きられる密度ではなかったし。誰かの合図で一斉に茎を下りて,この広く美しく残酷な世界に分散していったのでしょう。小さな虫にとって無限に広いこの大地を,どこまでもどこまでも歩いていくのでしょう。迷いも恐れもなく,誇らしげに大あごを振りかざしながら。


 この観察をした翌年の2015年も夏が冷涼で,またツノトンボの産卵が観察できました。しかし以後2年間,彼らの姿を見ておりません。やはり気温が関係しているのでしょうか。それとも別の理由で,ここの一族は滅んでしまったのでしょうか。この小さな虫の運命が,気掛かりでなりません。

 


追記
 サソリの逸話は他への転記をご遠慮ください。間違いなく,昔読んだ専門の本にその様子が写真付きで解説してあったのですが,今回ブログに記載するに当たりネットで検索しても,そのような記事がありませんでした。未確認情報とお考えください。

 


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