ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

花物語 スイカズラ;連れてこられた花嫁はそれでも幸せになりました

 

 

 初夏の山野を歩くと,この芳醇にして濃厚な甘い香りに天界の花園を垣間見る感覚を覚えることがあります。

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 スイカズラ。吸い葛。金銀花,忍冬とも。

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 この花を見ただけで,それがたとえ写真であっても香りが鼻腔によみがえる,私には特別な意味を持つ花です。


 昔の子供たちが花を引き抜いて蜜を吸ったところからついた名ですが,私の時代にはそういうことも廃れ,そもそも私が遊んだ高台の住宅地にスイカズラはありませんでした。あくまでも野の花です。そして実は,出会いも花からではなかったのです。


 また昔話から始まることを許してね。


 四十年前の話になってしまいます。中学生の私は友人に誘われてチョウの採集を始めたばかり。ビギナーズ・ハイとでも言うのでしょうか,捕虫網を片手に,目を輝かせて野山を徘徊しておりました。そしてふと覗き込んだ藪の中に,奇妙なものを見つけました。緑色のつるにぶら下がる奇天烈な造形物。特にツノの部分がアニメ「タイガーマスク」に出てきた強敵「赤き死の仮面」みたいだと思いました。それが「イチモンジチョウ」の蛹。付着していたつるが食草「スイカズラ」ということも知れました。

 

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        似てるでしょ?   

 

 ほどなくまだ幼虫の個体も見つけ,食草と共に自宅に持ち帰って飼育しました。羽化したのはイチモンジチョウではなく近縁の「アサマイチモンジ」でしたが,これがアゲハ類やモンシロチョウ以外で飼育した初めてのチョウになりました。今でもそれは標本箱の隅にヘタクソな展翅の姿をさらしています。


 さてこのとき。コップにスイカズラを挿してそこに幼虫を付けていたのですが,これが羽化したあとも放置しておりました。そしてびっくり。いつの間にか切り口から根が出ていた。

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 今ならああ「不定根」だねと過ごすところですが,当時の私はその生命力に驚いた。そのままゴミ箱に捨てられるところを,こんなに必死に生きようとしている。こんないのちをむげにはできない。私はこのささやかなモノを小さな植木鉢に植えてやりました。で,大事に世話したかというとそうでもなく,高校,大学時代にもたまに水をやる程度。私が就職して家を離れると,そのまま暗い庭のひと隅に放置されました。


 それでもそれは負けませんでした。必死に細いつるを伸ばし,狭い植木鉢に根を張り,いつの間にか二つに株分かれしました。二十数年間,それは命をつなぎ続けました。


 運命が変わったのは,私が実家に戻ったとき。二つに分けて大きな植木鉢に移し,日当たりのいいラティスに絡めてやりました。私も彼女の不遇を気にかけてはいたのです。さあスイカズラは大喜び。太い茎を伸ばし,二十数年間咲かせなかった花をたわわに付けました。それは,こんなつる植物に無関心だった私の家族にその美しさと香りを強烈にアピールしました。庭を広げたとき,地植にする提案を家族の誰も反対しませんでした。

 

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 最初はこんな。

 

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 四年後にはこれ。

 

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 これでもか!とつるを伸ばし花を付けます。

 

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 この逞しい根際。野外でこんなスイカズラ見たことありません。

 

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 とにかく虫に好かれます。クマバチほかハナバチ類のみなさん。

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 現場を押さえた! これは「盗蜜」と言って,花に潜り込めない大型のハチが花の横に穴を開けて蜜を吸うという外道なり。

 

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 リンゴカミキリの一種。これは幹に穿孔するので来てほしくありません。

 

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 テントウムシの卵。

 

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 ヒメイトカメムシ

 

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 カマキリの狩場にもなります。

 

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 もちろん鱗翅の皆さんもご来場。オオチャバネセセリ。

 

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 ヤマトシジミ……はたぶん蜜まで口が届かないと思う。

 

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 夕刻にはホシホウジャク。


 そしてついに!アサマイチモンジが産卵に来ました。この住宅地に。

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 アサマイチモンジの卵。直径0.9ミリ。


 思えば四十年前,このチョウのために連れてこられたスイカズラ。とうとう,そのチョウを呼び寄せてくれました。

 

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 最後のひと枝になっても「生」をあきらめない。そうしてスイカズラは安住の地を得ました。まるで遠く連れてこられた花嫁が,苦労を重ね,いつしか大家族のグレート・マザーになっていたみたいです。実際,そういう女のひとを私は知っています。この,女性と植物に共通する強さ,逞しさといったものを少しは見習いたいと私は思います。

 

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