ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

聖なる森に潜る

 

         


 天気予報が今日の例外的な低温を告げてます。晴雨に関してはひとっかけらもアテにならない最近の予報ですが、これは信じて良さそうです。森に潜らねば。


 夏の森は夏キノコが賑やか。特に私の好きな冬虫夏草類や菌ではないけど粘菌類が森の底で大運動会を繰り広げます。私が「潜る」と表現する撮影行、被写体に困りません。ただそこは人間の生息環境ではなくて、それなりの準備と覚悟が必要です。拙文「冬虫夏草探索記」から抜き出してみます。


 冬虫夏草を見つけたければ、気温30度、湿度100%の夏の森に分け入り、小枝に傷つき、クモに貼り付かれ、カとアブとブユとヌカカとダニとヒルにたかられながら、地面をはいずり回らねばならない。まさに「飽きることのない不撓不屈の根性が求められよう(清水大典先生)」。


 ちなみにこの拙文には服装・装備に関する注意もあります。


  いやしくも日本人たるもの、形から入らねばならぬ。毒虫とトゲ草の待ち構える森の底に潜るのだから、帽子、ほっかむり、長袖、長ズボン、軍手、蚊取り線香、虫よけスプレー、ぐらいは必要である。地下足袋でドレスアップも良い。


 というわけで実践例


 何だこの汚いジジイは。だっせえ。ズボンのすそをブーツに入れているのはダニとヤマビルへの対抗策だよ。他の装備もいちいち言い訳したいけどキリがないのでやめとくね。


 これに三脚を持つわけですが、これでもプロの「森林写真家」と比べれば三分の一くらいの装備です。植物はもちろん昆虫、土壌動物、キノコ、粘菌、哺乳類…… あらゆる分野にその道のプロがいて、生命のるつぼである日本の森を職場というか狩場にしています。みな巨大なリュックにカメラ機材を詰めて一日森に潜ります。私にはそんな気合いはなくて、せいぜい数時間の素潜りみたいなもんですがそれでもキツいはキツいです。せめては気温の低い日を選ばねば。それが今日。雨はハナから覚悟の上です。

 


 向かう先は「聖なる森」…… 改めて見返すと恥ずかしいなこの名…… この春にヤマシャクヤクの開花を目撃した森、春の草本の花が多様であった森です。正直に言うと何度も伐採に遭っている場所で、そのさい伐り残されたトチノキケヤキが大樹として残るのみで樹種が限られています。それが山人が去ることで放置され、自然の手に返されつつある忘却の森。さあ夏はどんなかな。

 


 外気温 21 度。こんな数値久しぶりに見た。

 


 森に入ると、トチの実が枝ごとにたくさん落ちてました。先日の台風でしょうか。この森にトチノキが多く残されているのは実が救荒食糧になるからでしょう。植えられたものかも知れません。

 


 現にこの実はネズミたちの良い食糧になってます。実が自然落果する秋にはヒトとの取り合いでしたが、もうヒトはいません。

 


 フサヒメホウキタケ。この踊る埴輪みたいな「手」の出し方が楽しいな。

 

   


 微小なキノコが次々と現れます。この手のはそもそも図鑑に載ってないものが多くて、名を同定するのは諦めてます。ただ愛でましょう。

 


 トチバニンジンの実が赤くなる季節です。

 


 暗くなってきたなあ。じき降りだすなあ。

 

        
 そんな暗い森でも、慣れた目ならこれが浮かび上がって見えます。ありました冬虫夏草カメムシタケです。さあムシの拡大写真、はじまるよー。

 


 カメムシの成虫から発生します。宿主は右の大きいのがツノアオカメムシ、左がチャバネアオカメムシ

 


 大型の美麗種はカメムシといえども見ごたえがあります。臭気はいっさいありません。

 


 トチノキの根元を探すと次々に見つけることができました。これは一つの虫体から2本出ていたもの。

 


 2本の場合、カメムシの「両肩」から出ます。虫体はクサギカメムシ

 


 この日見た宿主は以上の3種類だけでした。

 

 
 これ、小さなもので、我ながらよく現場で気付いたもんだと。伸びかけたカメムシタケの子実体が白い虫ピン状のもので覆われてます。カメムシタケに重複寄生するエダウチカメムシタケです。冬虫夏草に取りつく菌類ですがこれも冬虫夏草の一種とされます。おおお 30 年ぶりくらいで見たぞ。これが生息するためには、まずカメムシタケが安定して発生する環境が必要です。多様で豊かな生態系の象徴だと思います。

 


 ここでのカメムシタケ9個体。研究用というか啓蒙用にお持ち帰りです。

 


 もう一つ冬虫夏草、最普通種のハナサナギタケ。落ち葉を貫いて数ミリ出ていたのを見逃しませんでした。樹木の種類が限られるせいか、見つけたのはこれ一つ。

 


 葉の裏の、もはや何だかわからない毛虫から出てました。

 


 粘菌も見つけました。朽ち木の上にエダナシツノホコリ。真正の粘菌とは少し違う「原生粘菌」の仲間。他の粘菌に先駆けて表れます。…… 専門的になるので今日は割愛しますが、この写真ピントがうまいこといって、胞子を作る微小器官「子実体」まで写っています。いずれ粘菌を特集するときにまた。

 

     
 進むうちに森のドン突き、大ケヤキ「欅太郎」に行き着きました。今日はここまでと決めていました。

 


 年月を経た幹に白くクモの巣状のものが。近づいて見ると菌類のガリハリタケが菌糸を伸ばしながらあちこちで成長しています。こんな姿を始めて見ました。

 


 根元に落下していたのは地衣類のサルオガセ。多分アカサルオガセという種類です。県のレッドデータ種。

 


 大ケヤキ、こんなものまで養っていたんですね。春の時も書きましたが、この樹一本にどれだけの生き物が依存していることか。大樹を伐ることで生態系に与える大きな影響を、人はもっと知るべきだと思います。


 これで一旦森を出ます。この森の豊かさの、その一端を垣間見ることができました。概要を知るにはもう少し通い詰めねば。…… さてせっかく来た山中、周辺も覗いてみます。

 


 森の秋を早々に告げるフシグロセンノウ

 


 湿地にはオタカラコウ

 


 赤トンボが憩っておりました。

 


 ミズナラ林には夏キノコ。これはハナガサイグチ。毎年同じ場所に現れます。

 


 私の頭より大きなアワタケ

 


 高級食材ムラサキヤマドリタケ

 


 チチタケ

 


 人の通わなくなった道に、若い山栗がたくさん落ちていました。10 年後にこの地はどうなっていることでしょう、なんてふと。

 

 

 

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