ええまあ、なんか呼ばれたような気がして沢に降り立ったんです。沢と言っても山の頂上部の樹々に覆われた窪地、ほとんど流れのない、森の底と表現できるような空間です。濡れた落ち葉が強く晩秋の気を放ちます。前々回の記事の、森の異形のものたちを撮影していた時のことでした。
はて何に呼ばれたか。ケゲンに思いつつ見回すと、足元は角張った石がごろごろ。ついメノウ探しのクセで凝視したら
わああああ、本当にあったあ。
河原とも言えない石の集積の中に、あるわあるわ次々と。
上物だけを拾ってもなお取りきれません。いつも通りに貧乏人根性が炸裂して、こんなに集めてしまいました。ここでようやく冷静になって、これは信徒の皆さんへのお供物用に、なんて考える余裕ができました。
出どこはすぐに知れました。周囲の森の土の中に大量に埋まっていて、それが沢に落ちて来るようです。あこれ、写っているのぜんぶメノウね。
もうなんぼでも。たぶんこの周囲だけでしょうけど、大量なのは間違いありません。
大きいのも。いずれも川流れをしていないのでカドが鋭い。質的には久慈川本流で拾えるものと同レベルですけど、こんな先鋭な形のメノウはまず河原ではお目にかかれません。
残念ながら私の好きな晶洞とか結晶とかの景色を持つモノはない。全然ない。
破片としか言いようのないモノが土の中に無数に埋もれています。天然のメノウがこんな産状をするわけがありません。かたちも場所も状態も、何もかもおかしい。
これは明らかにメノウ鉱山のズリ(排石)です。このあたりにメノウ鉱山があったという話は聞いたことがありません。おそらく、記録に残らないほど古い鉱山なのでしょう。常陸の国は古代から火打ち石の産地でしたから。
さらに言うと、この場所は採掘場ではなく加工場の跡です、火打ち石を作るための。火打ち石は持ちやすくカドが張っている必要があるので、採掘したメノウのかたまりをここで割っていた、そんな現場だと思います。割れ口がどう見てもヒトの所作です。
ここでうんちく。メノウとは。
石英が微細な結晶のカタマリになったものを玉髄(カルセドニー)と申します。これが赤く色付いていれば紅玉髄(カーネリアン)、さらに縞模様があると瑪瑙(アゲート)、黒い縞なら黒瑪瑙(オニキス)。ゆえにここにあるのは大半が玉髄というべき。ただ当地ではこれらを全部ひっくるめて「メノウ」と呼んでいます。私のブログでもこの呼び名をお許しください。今回、タイトルだけは正確にしてみました。
持ち帰って洗ってみた。
そのままナイフとして使えそうなのもあります。
石英のようなガラス質の鉱物は、ハンマーで割ると割れ口が貝殻状に弧を描きます。ナイフに見えるのはその割り欠いた切片だと思うのですが、こんなに大きくきれいに割るのはかなりの技術じゃないかな。昔の人とはいえ、侮れません。
というわけで河原に置いてきました。こんな風に少し擬装して半埋めに、広い範囲に。どうぞ縁あれば。
上で、メノウがあった場所は加工場だと申しました。ということは、ごく近くに採掘場、おそらくはメノウ鉱脈の露頭があるはずです。おお、何だか面白くなってきたぞ。冬は石探しの好機、ひとつ見つけてやろうじゃないか、メノウの宮殿を。
不思議なのは、なんであの時あの場所に至ったかということ。今回のメノウはまったく流されておらず、沢の下流から辿っても見つかることはなかったでしょう。こういう言い方を好まれない人もいるでしょうけど、やはり「呼ばれた」というのが正直な感覚です。特に今年に入ってから、そういうことが増えました。メノウとか、カザグルマとか、キウイとか。
フィールド歩き、いよいよ興が乗って参りました。浮かれることなく、自然への感謝を忘れず、我が身が自然の一部であることを見失わず。もっといろいろな声が聞こえる、そんな存在になりたいと思うのです。
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