家族旅行で一泊、福島の温泉に行って参りました。昨年と同じ「野地温泉ホテル」に宿泊して周辺を回ってきました。
んまーいいとこ行ったわねー楽しかったでしょーなんて、とりあえず何も考えずにしゃべりまくる親戚のオバちゃんみたいなこと言わないでください。家族サービスの旅、私には時に拷問であったりするのです。
初日に猪苗代から入り、五色沼を巡りました。
ドクゼリが並んでいたのは内緒ね。これでトリカブトがあれば日本三大毒使いが揃うのだけど、こんな高原にないはずはないのだけど、花期じゃなくて見つけられませんでした。
売店で見つけた「大噴火カレー」。これってシャレになってるのかなあ。
因縁の(ってのは過去記事を見てね)西吾妻スカイバレーを行って戻って、この方面の定宿になりつつある野地温泉ホテルに着きました。日本のベスト温泉に度々取り上げられる、標高 1200 メートルの硫黄温泉です。
到着早々湯舟を巡り、出たところで普段のカロリーの倍はある豪華な夕食を頂き…… さて何をしよう。家族はさっそくテレビのバラエティ番組を見始めます。かつては私も付き合って一緒にそのくだらなさをゲハゲハ笑ったりしてましたが、今日はその気がありません、むしろ苦行です。ホテルそのものは快適で、つまりは私の気の持ちようなのですけど、とにかく耐えられません。堪らずに、持参した文庫本を手にホテルのロビーに避難しました。私のお気に入りの場所で、照明の抑えられた広いロビーいっぱいに座り心地のいいソファーが並べられてます。何時間でも読書していられます。手にした本が岩波文庫、漱石の「草枕」。
さて皆さまは、旅に何を求めますか。そもそも旅はホモサピエンスという動物の持つ内的衝動の一つで、それゆえにこの地球の津々浦々に居を構え日々のたつきにいそしむ大繁栄を遂げたわけですが、そんな本能は折々に行って帰る小旅行の言い訳にはなりません。たぶん多くの皆さんの思い描く「旅」は、気の合う方々と連れだって日常を忘れ、おもろいもんを見て、思い切り羽を伸ばして明日への活力とする、そんな功利的な目的を持ったものでしょう。修学旅行がまさにこれだし、職場の仲間で温泉や南国に行くというのもそうでしょう。ただしこれには必須の条件があります。女性主体であること。
女性同士の旅は楽しいものでしょうね。対して男同士の旅というのもあるだろうけど、青い空白い砂浜で男だけがキャッキャッと駆け回るとか、温泉で笑いながら男同士でお湯を掛けあうとかああああ気持ち悪い。女性がいなければ団体の旅は絵にならない、どころかそもそも動機になりません。
まあ女性の存在が下心の対象であるうちは夢もあるでしょう。このブログの読者さま方に「お父さん」がどれほどおられるか存じ上げませんが、お父さん方、家族旅行は楽しいですか。どこでもいいから連れてってという割にはこちらの提案を「えー」の一言で却下する。出かけてみれば子守り、荷物持ち、運転手等々奥さまお子さま方が旅を満喫するためのあらゆる雑用を引き受ける。渋滞から悪天候まですべてお父さんのせい。そんな旅行、楽しかったですか。女性のお供や家族サービスではなく自分のためにディズニーランドを楽しむ男性ってどれほどおられるのでしょう。そうつまり、観光業とは観光スポットとは、極論すれば女性のためにあるんですうううう。
はあはあ、失礼しました。年甲斐もなくついアツくなってしまいました。いえいえいえいえ決して決して実体験で言っているのではなく、世の中ソンナモノカナーというお話ですよあはあはあは。…… 話を戻そう。
私も旅は好きです。強い情動を得た旅をこれまでも記事にしてきました。すべて一人旅です。一人旅って、たぶんここまでお話しした旅とはちと違う。宿は雨露がしのげれば良し、ごちそうは食べたければ居酒屋にでも行けばいい。特に興味のない分野の名所旧跡、メディアで紹介された店、SNSで評判の自撮りポイント、みんなどうでもよろしい。自分の中に一本ブレない軸を持つ人なら、もっと違う「旅」があるはずです。…… いかん話が戻らない。
ホテルのロビー。持参した本は「草枕」でした。お読みになったことはありますか。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。… 冒頭の一文はあまりにも有名ですが、私がきちんと読んだのはいい歳になってからで、おかげで愛読書になりました。一言で言うと男の一人旅での見聞をただ綴ったという体の小説です。主人公の「余」は三十代の画工、これは「えかき」と読みます。その彼が画題の天啓を得んがため、都会の喧騒を離れて僻地の温泉に逗留する間に見聞すること、特に宿の出戻り娘「那美」に翻弄される話です。彼はこの旅を「非人情の旅」、俗塵から遠く離れ風流に出合うための旅と位置づけるのですが、那美さんの一筋ならぬ奇矯な言動に風流どころではありません。これがいかにも、ああ一人旅に出てこんな風にあれこれ巻き込まれてみたいなあと思わせてくれるファンタジーなんです。ちなみに主人公と那美さんの間には何も起こりません。関係性が変わりません。ただ「余」が振り回されつつぐだぐだと理屈をこねるというのが性癖に刺さります。そんなラノベのような展開を、適当なページを開いてはああまたやってると読む楽しさ。ままならぬ旅のさ中に理想の旅行記を読む現実逃避。私なりの精神安定剤でもあります。
ついでですが、皆さまは漫画やアニメの「温泉回」ってご存じでしょうか。主人公一行が温泉に行く。深夜、主人公とヒロインが露天風呂でハチ合せする。互いにドギマギするけど何事もなく、何も後を引かず、ストーリー上の布石にもならない。ギャグだろうがシリアスだろうが、ロボットものだろうがラブコメであろうが、およそ少女向け以外のすべての長編作品にそれこそ判を押したように同じ型のシーンが繰り返される、もはや日本の様式美と言っていいい温泉回。さてそのルーツはどこにあるか。何とこの「草枕」なんです。主人公の入浴中に現れる。まあ那美さんのイタズラで、例によって「余」は頭の中で屁理屈をこねてそれでおしまい。何の後も引きません。明治までは混浴が当たり前でドギマギも何もない。風呂が男女に分かれたまさに明治という時代ならではの「事件」で、これも漱石の先見性ってやつでしょうか。
それともう一つ。19 世紀イギリスの画家 ジョン・エヴァレット・ミレー の最高傑作と名高い「オフィーリア」。ものすごい絵です。写真技術の未熟な当時ですら日本人に知られていましたが、どうやら漱石はロンドンで現物を見ているようで、「草枕」の主人公を介してこの絵に実に秀逸な題名を付けてます。
「 風 流 な 土 座 衛 門 」
漱石ってすごい。
読みふけて夜も更けました。涼しい風に吹かれようと表に出てみると、ホテルの背後、鬼面山という断崖の上に月がありました。
月に叢雲。この旅はこれを見るためにあったのかも知れません。
翌日は天鏡閣に案内してから帰路に就きました。よく寝付けなかったせいか帰りの高速道での眠気が半端なく、幾度か冷や汗を掻きました。
↓ 去年はそれなりに楽しんだんだけどなあ。
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